【完結済】蛇神譚 犬首村六道繪巻 ― 誰そ彼の契り ―

譚月遊生季

文字の大きさ
26 / 56
第零巡 蛇ノ章 ― 畜生道 ―

第二十二話 巡り

しおりを挟む
「……『めぐり』……?」

 お前さまは、既に三つ「巡った」記憶があるはずじゃ。
 それ以前……もっとも初めの「巡り」について、話さねばならぬ。
 わらわも、ようやく決心がついたでな。

「繰り返すようになった『きっかけ』ってこと?」

 そうじゃ。
 お前さまは覚えておらぬじゃろうが、わらわとお前さまの、「過ち」がすべての始まりじゃった――


 
 ***


 
「過ち」。
 その言葉を聞いた瞬間。
 蛇神の「眷属けんぞく」である子蛇が、ちょんと私の手をつついた。
 こちらを見上げる、つぶらな朱い瞳――

 失われたはずの記憶が、ゆっくりと、形を取り戻していく。

 そうだ。私は、確か……


 
 ***

 

 最初に本殿に招かれた時、蛇神は今よりもずっと暇そうにしていた。

「特にやることもないでな。ゆるりと過ごすが良い」

 その時は確か、男の姿をしていたと思う。
 今思えば、必死に「私にとって好ましい姿」を考えていたんだろう。
 ……本当に、優しくて可愛らしい神様だ。

「神様……なんだっけ? 普段は何をしているの……?」

 当時の私は、やっぱり警戒しきっていた。
 内心は「私を食べるつもりなんじゃ」って、恐怖でいっぱいだったように思う。

「……特に、何もしておらぬ」

 その時の蛇神は、諦めたような表情で、寂しげな笑みを浮かべていた。

「儂は、何も為せず、何も救えず……何も、守れなかった。神など名ばかりじゃ」

 今なら、わかる。
 おりんさんの話には、それが本人の意思か、覚范の仕込みかは分からないけれど虚言もたくさんあった。
 それでも、本当のこともたくさん含まれていたんだ。

 廃れた信仰。忘れられた神。……滅びた土地。
 おりんさんは、蛇神を「村の復活を諦めきれない神」だと語った。
 でも、そうじゃなかった。本当はとっくに折れて、諦めてしまっていた……。

「今は配下や眷属と共に、ひっそり暮らしておる。……お前さまも、気兼ねなく過ごすといい」
「いや、あの、私……家に、帰りたくて……」

 そう。その時の私は、まだ、自分が生者だと思っていた。
 今思えば、蛇神の引きつった表情の理由も、よく理解できる。

 死者を生き返らせることは、「神」にすらできないのだから。

「……それは……できぬ」
「ど、どうしてですか?」
「それは……その……。……ええと、なんと申せば……」

 どうやら蛇神は、巡るうちに取り繕うのが上手くなっていたらしい。
「最初」の姿は見ていられないくらいボロボロだった。この有様ありさまじゃ、隠せるものも隠せない。

「……もしかして、私を食べようと……」
「ち、違うのじゃ! 決してそういうことではないのじゃ! 儂はお前さまを害すつもりなど、これっぽっちもないのじゃっ!!」

 ……そうだね。
 前は、こんなにも焦っていたんだね。
 今思い出したはずなのに、なんだか、懐かしくなってきちゃった。

「ち、ちと待て。話し合ってくる」
「……何をですか……?」
「そ、そんなに怯えた顔をするでない! 門番を呼ぶだけじゃ!」

 そのまま蛇神はせわしなく駆けていき、「髑髏どくろ! 刹鬼せっき!」と、門番の二人を呼ぶ声がする。
 ……数分後、髑髏面と鬼面を被ったままの二人を連れて、蛇神は息を切らせて現れた。

「正直に言っちまった方がいいんじゃ?」

 髑髏の方が、面倒くさそうに言う。刹鬼の方はというと、下を向いて考え込んでしまっていた。

「……案ずるな。危害を加える心算つもりはない」

 とはいえ、それだけはしっかりと伝えてくれる辺り、刹鬼もやっぱり「いいやつ」なんだと思う。……だからこそ、あんなに壮絶に苦しんでいたんだろうけどね。

「っつーか……隠してどうするんです? いずれ分かることですぜ」
「そ、それはそうなのじゃが……」

 髑髏の方は何というか、リアリストだなあ。
 まあ、仕方ないんだけどね。……髑髏は髑髏なりに、苦労してきてたから。

「あの……私、何かあるんですか……?」

 結局、色々言われたことで察してしまう私。
 ここまで来ると、「警戒」というより、「不安」の方が大きかったように思う。
 
「お前さまは……そのう……」

 やがて、ためらいながらも、蛇神は真実を告げる。

「既に、死者なのじゃ。……ゆえに、帰ることはできぬ」

 今なら、わかる。
 蛇神がなぜあんなに頑なに、私の死を隠そうとしたのか。
 生きている人間として、扱おうとしたのか。

 ……私の過ちが、そうさせてしまったんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

身体だけの関係です‐三崎早月について‐

みのりすい
恋愛
「ボディタッチくらいするよね。女の子同士だもん」 三崎早月、15歳。小佐田未沙、14歳。 クラスメイトの二人は、お互いにタイプが違ったこともあり、ほとんど交流がなかった。 中学三年生の春、そんな二人の関係が、少しだけ、動き出す。 ※百合作品として執筆しましたが、男性キャラクターも多数おり、BL要素、NL要素もございます。悪しからずご了承ください。また、軽度ですが性描写を含みます。 12/11 ”原田巴について”投稿開始。→12/13 別作品として投稿しました。ご迷惑をおかけします。 身体だけの関係です 原田巴について https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789 作者ツイッター: twitter/minori_sui

放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~

楠富 つかさ
恋愛
 中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。  佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。  「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」  放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。  ――けれど、佑奈は思う。 「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」  特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。  放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。 4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

身体だけの関係です‐原田巴について‐

みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子) 彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。 ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。 その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。 毎日19時ごろ更新予定 「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。 良ければそちらもお読みください。 身体だけの関係です‐三崎早月について‐ https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060

【完結】【ママ友百合】ラテアートにハートをのせて

千鶴田ルト
恋愛
専業主婦の優菜は、夫・拓馬と娘の結と共に平穏な暮らしを送っていた。 そんな彼女の前に現れた、カフェ店員の千春。 夫婦仲は良好。別れる理由なんてどこにもない。 それでも――千春との時間は、日常の中でそっと息を潜め、やがて大きな存在へと変わっていく。 ちょっと変わったママ友不倫百合ほのぼのガールズラブ物語です。 ハッピーエンドになるのでご安心ください。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

処理中です...