【完結済】蛇神譚 犬首村六道繪巻 ― 誰そ彼の契り ―

譚月遊生季

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第?巡 縁ノ章 ― 人間道 ―

第二十七話 理

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 気付けば、ボロボロと涙があふれ出していた。

「どうして……忘れさせたの」
「お前さまに、傷ついて欲しくなかったのじゃ」

 蛇神の言葉に、ぎゅっと拳を握りしめる。

「背負わせて貰えないくらい、頼りなかった? あなたが苦しんでる中……何もさせてもらえないくらい……」
「……お前さまは、ただの人の子じゃ。わらわが……『神』が庇護ひごすべきは当然であろう」

 蛇神は目を伏せ、静かに語る。
 それは、確かにそうだ。私は少しばかり霊力が高かっただけの、普通の人間。
 ……何かができたとも思えない。

 でも、忘れたくなんかなかったよ。
 あなたの重荷を、私だって、少しくらいは分かち合いたかった。

「あの後、幾度も『巡り』を繰り返した。覚范に寝返った巫女は、江戸時代の生まれで……ひどく生家に虐げられておった娘での。わらわに仕えながらも、世の中への恨みつらみを忘れられなんだようじゃ」
「……もしかして、『おみち』って人?」

 私の問いに、蛇神は黙って頷いた。
 最初の「巡り」の記憶の中にいた、三つの「巡り」で見覚えのない顔。あの巫女が覚范と内通していたことが、悲劇の発端だったんだ。

「さまざまな策を講じたが……どれも、最後には失敗した」
「策って……?」
「……。わらわは刻を壊し、新たに作り直すほどの力を得た。名実ともに『神』に相応しい境地に至ったがために……異なる幽世かくりよの神と話すことすら可能になったのじゃ」

 異なる幽世に、異なる神。……なんだか、私の想像が追いつかないほど、壮大な話になってきた気がする。

「その神は言った。現世げんせことわりが乱れており、幽世――本来であれば存在し得ぬ『狭間はざまの世界』が、数多く生まれてしまったと。わらわのような『神』の存在も、決して珍しくはないと……」

 現世の理が乱れ始めている。……そんな話は、私も聞いた気がする。
 一応私だって霊媒師の端くれだ。母の実家のことは気に食わないけれど、それなりに、情報は手に入る場所だった。……肌に合わない環境ではあったけれど、その点だけは、感謝してもいいのかもしれない。

「わらわ達が『現世』とする世界と並行するように、異なる歴史を辿った『現世』もあるという。其れを利用したのが、くだんの神じゃった」
「利用……?」
「お前さまも、知っておろう。『神』の力を高めるのは、『信仰』の力じゃ。……神がもっとも力を失うのは、忘れ去られた時じゃ」
「……並行する『異なる世界』を利用すれば、より多くの人に……?」
「その通りじゃ。さすがはお前さま。察しが良いな」

 優しく微笑む表情の美麗さに、思わずどきりと胸が高鳴る。
 ……おかしいな、私、死者のはずなのに。

「失敗した……ってことは、上手くいかなかったの?」

 その問いには、蛇神は首を横に振る。
 
「何も、すべてが失敗だったわけではない。力を得ることは充分できたゆえな。されど、覚范側の巫女『おみち』が暴走し……ついには、追放せざるを得なくなったのじゃ」
「そんなことが……。一体、何があったの? 私も、まだそこまでは思い出せていなくて……」

 私の問いに、蛇神は眉間に深いしわを寄せて黙り込む。
 やがて、苦虫を嚙みつぶしたような表情で、再び話し始めた。
 
「……あまり、思い出したくもない事件じゃ。わざわざ口にすることもなかろう」
「そっか……。よっぽど、大変なことがあったんだね……」

 「おみち」をめぐってどんなことがあったのか、気になりはするけれど……
 蛇神の表情を見る限り、あまり触れない方が良さそうだ。
 
「でも、覚范はその『追放』をネタにして、今度はおりんさんを懐柔かいじゅうし始めたんだね……」
「つくづく、厄介な男よ」

 ため息をつく蛇神。
 ……そっか。苦労してきたんだね。
 村を救うために――かつての「朱乃わたし」との約束を守るために、どれだけ頑張ってくれていたのだろう。
 そんな中で、私を幸せにすることまで考えてくれていたわけで……

「うん、やっぱり、ムカつく」
「えっ」
「だって! 私は何もできてない! ……これじゃ……あなたに、呪いを押し付けただけじゃん!」

 どんな意図だったかまでは思い出せていないけれど、何? 「村を守って」って。
 簡単に言っちゃってさ。このがどれだけ素直に、純粋な気持ちで約束を守ろうとしたのか、考えれば考えるほど過去の自分にムカついてくる。

「の……呪いなどと! わらわはそのようなことは……!」

 蛇神は必死に「朱乃」を庇うけれど、その切実な顔を見れば、嫌でもわかる。
 その「約束」が、どれほど彼女を苦しめて来たのか。
 ……心を、縛り付けて来たのか。

「わらわは……わらわは、お前さまを責めるつもりなど、これっぽっちもないのじゃ。本当に……心の底から、幸せになって欲しいだけなのじゃ……!」
 
 朱い瞳の淵で、透明な涙が水晶のように輝く。
 
 「蛇神」は、私のためにたくさん頑張ってくれていた。
 私は、どうするべきだろう。
 どうすれば、彼女の想いに報いることができるのだろう……?
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