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第?巡 縁ノ章 ― 人間道 ―
第二十九話 城島秤
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私は、少し霊力が高いところはあるし、母方の実家は特殊な家系だったけれど、それ以外は特筆することのない平凡な少女として育った。
そこそこ可愛いとは言われるけれど、モデルやアイドルにスカウトされるほどでもないし、成績も優秀な方とはいえ全国模試で上位になるほどの賢さでもないから、やっぱり「平凡」に近いのだと思う。
演劇部の中では演技もめちゃくちゃ上手くて「降霊してる」なんて噂もたったけど――結局は、自分を偽るのが上手いだけ。コンテストでは、毎回堂々の予選落ちだった。オーディションも応募してみたことはあるけど、だいたいが華麗な書類審査落ち。……それが、私。
平凡で、普通で、ありふれた人生。
……本当に?
そう信じたかっただけじゃなくて?
賑やかな教室の空気の中にいても、どこか、本心では馴染めなかった。
周りの子はアイドルがどうだとか話していて、私も話に乗りはするけれど、決定的なところで噛み合わなくて……相手の雰囲気に乗っかって、無理やり合わせる。そんなことの繰り返しだった。
確かに錦川マイケルはカッコイイと思うけど……そんなに熱狂できるわけじゃないし、西野光之の顔が綺麗なのもわかるけど……結婚したいとかは、思わないし。
私が結婚したいとか、キスしたいとか思うのは、いつだって友達が「憧れる!」「こうなりたい!」と言っている子達だった。
山崎郁子、キャンディー・レディー、岩口マリア……
みんな、女の子だった。
感想は同じの方が安心する。
変な目で見られないし、溶け込んでいた方が落ち着くし。
普通でいる方が、平和だ。
演劇部の部室で、友達と衣装合わせをした時。
狭いから、着替えスペースを区切ることなんてできなくて、「まあうちの部活、女子しかいないしね」なんて言いながらワイワイ着替えたんだっけ。
その時。友達の膨らんだ胸元に、どうしても目がいった。
柔らかそう。きっとすべすべしてる。触りたい。……なんて。
周りのみんなが無邪気に笑っている中。
そんなふうに思ったのは、きっと、私だけ。
「どしたの? 秤?」
「や、ごめん、なんかボタン引っかかっちゃって!」
「ありゃ、大丈夫? 外してあげようか?」
友達の白い手が、小さくて柔らかそうな手が、ブラウスのボタンに伸びる。……その瞬間、思わずごくりと息を飲んだ。
その手を掴んで、指先を唇に含む妄想をした。……してしまった。
気付かれませんように。そう願いながら、「普通」を演じた。
何となく、わかっていた。
これは、口に出してはいけない感情だと。
「ヤバ、あたし女の子の方が好きかも。一コ下の学年にかわいい子いてさ~」
「あ、それ、もしかして花野ちゃん?」
「いやさぁ、遠目に見かけたんだけど、たぶん転校生かな? 花野ちゃんと仲良さげなコ! バリバリ美少女!」
「うっそー。うちも目覚めちゃうかも?」
……クラスでは、そんなふうに言ってる子もいたけど。
目を見れば、わかる。なんなら声だけでもわかる。
それが本気なのか。ただの軽口なのか。
親愛でも、友愛でもない。
……私は、自分と同じ「女の子」の身体に、性欲を感じている。
「気持ち悪い」。……自分自身でさえ、そう思う。
そして、一番決定的だったのは、「あの日」。
母の実家に連れていかれて、おばあ様に挨拶させられて……開口一番、こう言われた。
「この子、もう18でしょう。婿は決まっていないの?」
婿?
雷に撃たれたような衝撃と共に、頭が真っ白になった。
「学業で忙しくて……。でも、いずれ見つけるつもりですよ」
お母さんが、ニコニコと笑いながら言う。
まるで、それがとても「良いこと」であるかのように。
「この子はそこそこ可愛らしいから、いいお婿さんが見つかるわ。お母さん、生きてる間にひ孫が見られるかも……」
吐き気がした。
母親の声が、知らない人が話しているみたいに遠く感じる。
好きでもない相手と婚姻を結ぶのは、私が「こう」でなくたって嫌に決まっている。
もしかしたら。あくまで可能性として。
親が選んだ相手でも、「こう」でなければ、好きになれる可能性だって――幸せになれる可能性だって、有り得たのかもしれない。
でも、無理だ。絶対に不可能だ。
私が私である限り、この家では、幸せになれない。
……だから、逃げだした。
私は――どうしたかったんだろう。
陽岬に帰りたかった? 自由になりたかった? 昔に戻りたかった?
……きっと、それだけじゃない。
私は、「私」でいられる場所を、求めていたんだ。
***
どこかの「巡り」で、蛇神が言ったことを思い出す。
――……ふむ。年頃の女子はこの姿を好むと聞いたが、そうでもないようじゃの
――お前さまが望むなら、こちらの姿でも構わぬのじゃが
蛇神は、私が男性の姿を好む可能性だけじゃなく、女性の姿を望む可能性も視野に入れていた。
――ふげき……巫は普通の巫女で、覡は、男性の巫女ですか。珍しい
――そうか? 人間はやけに雌雄を気にするものじゃな
あなたは、それを、何でもないことのように語った。
最初は警戒していたし、怪しいとも思った。
でも……今はそうじゃない。
優しくて、頑張り屋で、時々甘すぎるくらいだけど、いつだって私のことを考えてくれていたあなた。
本当はそこまで心が強いわけでもないのに、一生懸命「神」として振舞っていた、健気で可愛らしい土地神。
私は、あなたが好きだ。
あなたの表情をもっと知りたい。あなたが飲み込んできた想いを、もっと知りたい。
蛇神の、本当の名前が知りたい――
そこそこ可愛いとは言われるけれど、モデルやアイドルにスカウトされるほどでもないし、成績も優秀な方とはいえ全国模試で上位になるほどの賢さでもないから、やっぱり「平凡」に近いのだと思う。
演劇部の中では演技もめちゃくちゃ上手くて「降霊してる」なんて噂もたったけど――結局は、自分を偽るのが上手いだけ。コンテストでは、毎回堂々の予選落ちだった。オーディションも応募してみたことはあるけど、だいたいが華麗な書類審査落ち。……それが、私。
平凡で、普通で、ありふれた人生。
……本当に?
そう信じたかっただけじゃなくて?
賑やかな教室の空気の中にいても、どこか、本心では馴染めなかった。
周りの子はアイドルがどうだとか話していて、私も話に乗りはするけれど、決定的なところで噛み合わなくて……相手の雰囲気に乗っかって、無理やり合わせる。そんなことの繰り返しだった。
確かに錦川マイケルはカッコイイと思うけど……そんなに熱狂できるわけじゃないし、西野光之の顔が綺麗なのもわかるけど……結婚したいとかは、思わないし。
私が結婚したいとか、キスしたいとか思うのは、いつだって友達が「憧れる!」「こうなりたい!」と言っている子達だった。
山崎郁子、キャンディー・レディー、岩口マリア……
みんな、女の子だった。
感想は同じの方が安心する。
変な目で見られないし、溶け込んでいた方が落ち着くし。
普通でいる方が、平和だ。
演劇部の部室で、友達と衣装合わせをした時。
狭いから、着替えスペースを区切ることなんてできなくて、「まあうちの部活、女子しかいないしね」なんて言いながらワイワイ着替えたんだっけ。
その時。友達の膨らんだ胸元に、どうしても目がいった。
柔らかそう。きっとすべすべしてる。触りたい。……なんて。
周りのみんなが無邪気に笑っている中。
そんなふうに思ったのは、きっと、私だけ。
「どしたの? 秤?」
「や、ごめん、なんかボタン引っかかっちゃって!」
「ありゃ、大丈夫? 外してあげようか?」
友達の白い手が、小さくて柔らかそうな手が、ブラウスのボタンに伸びる。……その瞬間、思わずごくりと息を飲んだ。
その手を掴んで、指先を唇に含む妄想をした。……してしまった。
気付かれませんように。そう願いながら、「普通」を演じた。
何となく、わかっていた。
これは、口に出してはいけない感情だと。
「ヤバ、あたし女の子の方が好きかも。一コ下の学年にかわいい子いてさ~」
「あ、それ、もしかして花野ちゃん?」
「いやさぁ、遠目に見かけたんだけど、たぶん転校生かな? 花野ちゃんと仲良さげなコ! バリバリ美少女!」
「うっそー。うちも目覚めちゃうかも?」
……クラスでは、そんなふうに言ってる子もいたけど。
目を見れば、わかる。なんなら声だけでもわかる。
それが本気なのか。ただの軽口なのか。
親愛でも、友愛でもない。
……私は、自分と同じ「女の子」の身体に、性欲を感じている。
「気持ち悪い」。……自分自身でさえ、そう思う。
そして、一番決定的だったのは、「あの日」。
母の実家に連れていかれて、おばあ様に挨拶させられて……開口一番、こう言われた。
「この子、もう18でしょう。婿は決まっていないの?」
婿?
雷に撃たれたような衝撃と共に、頭が真っ白になった。
「学業で忙しくて……。でも、いずれ見つけるつもりですよ」
お母さんが、ニコニコと笑いながら言う。
まるで、それがとても「良いこと」であるかのように。
「この子はそこそこ可愛らしいから、いいお婿さんが見つかるわ。お母さん、生きてる間にひ孫が見られるかも……」
吐き気がした。
母親の声が、知らない人が話しているみたいに遠く感じる。
好きでもない相手と婚姻を結ぶのは、私が「こう」でなくたって嫌に決まっている。
もしかしたら。あくまで可能性として。
親が選んだ相手でも、「こう」でなければ、好きになれる可能性だって――幸せになれる可能性だって、有り得たのかもしれない。
でも、無理だ。絶対に不可能だ。
私が私である限り、この家では、幸せになれない。
……だから、逃げだした。
私は――どうしたかったんだろう。
陽岬に帰りたかった? 自由になりたかった? 昔に戻りたかった?
……きっと、それだけじゃない。
私は、「私」でいられる場所を、求めていたんだ。
***
どこかの「巡り」で、蛇神が言ったことを思い出す。
――……ふむ。年頃の女子はこの姿を好むと聞いたが、そうでもないようじゃの
――お前さまが望むなら、こちらの姿でも構わぬのじゃが
蛇神は、私が男性の姿を好む可能性だけじゃなく、女性の姿を望む可能性も視野に入れていた。
――ふげき……巫は普通の巫女で、覡は、男性の巫女ですか。珍しい
――そうか? 人間はやけに雌雄を気にするものじゃな
あなたは、それを、何でもないことのように語った。
最初は警戒していたし、怪しいとも思った。
でも……今はそうじゃない。
優しくて、頑張り屋で、時々甘すぎるくらいだけど、いつだって私のことを考えてくれていたあなた。
本当はそこまで心が強いわけでもないのに、一生懸命「神」として振舞っていた、健気で可愛らしい土地神。
私は、あなたが好きだ。
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