【完結済】蛇神譚 犬首村六道繪巻 ― 誰そ彼の契り ―

譚月遊生季

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第?巡 縁ノ章 ― 人間道 ―

第三十八話 窮地

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「覚范は……どれくらいで再生しそう……?」

 私の問いに、髑髏は顔を曇らせる。

「あれだけ勢いづいてりゃ、あと一日もかからねぇな」
「そっか……」

 つまり、刹鬼の回復を待つ暇はないってことだ。
 ましろも、浮かない顔で拳を握りしめる。

「妾は、村を浄化する儀も執り行わなければならぬ。準備はしておるものの……巫覡達がいなければ、それも叶わぬ」

 ましろの言う「村を救う」は、おりんさんが(覚范に操られた状態で)言っていた「村人たちの復活」ではなく、「村を侵す思念たちの浄化」を意味していたんだ。
 かつての「朱乃わたし」との約束。おそらくは今までの「巡り」の中で、一度も果たされたことのない悲願……。

「妾は……怨嗟と悲嘆に侵された彼の地を、再び人が住める土地に戻したいのじゃ」

 ……今なら、少しだけわかる気がする。きっと、朱乃との「契り」のためだけじゃない。
 ましろが「蛇神」として、呪いにも似た約束を律儀に果たそうとするのは――大切な思い出の残った村を、後世に繋ぎたいからじゃないのかな。

「されど、覚范にとっては、穢れた土地こそ都合が良い。ゆえにこそ奴は妾の邪魔をし、自らが穢れた地に君臨せんと企んでおるのじゃ」 

 覚范が、この村を「自分が望む、自分の欲を満たせる極楽浄土」に変えようとしているのは、彼の記憶を覗き見たことで知っている。……それはきっと、極楽浄土とは名ばかりの地獄だ。だからこそ、覚范にとっては、怨嗟も悲嘆も、「そのまま」の方が都合がいいんだろう。
 そんな状況で、ましろは闘っていた。私を幸せにした上で、村のことも救おうと、本気で頑張っていたんだ。……あまりにも、健気すぎる。
 片方だけでも、よっぽど難しいことだろうに。
 
「……秤のおかげで、妾の力はある程度回復しておる。次の『巡り』を起こすこと自体は、可能であろう」 
「まあ、嬢ちゃんは霊力が高そうだからな。まぐわったんならそれなりの力は得られそうだ」
「…………」

 髑髏の言葉で、ましろは耳まで真っ赤にして黙りこくってしまった。
 うん、私も気まずい。
 なんてことを言ってくれたの、髑髏。
 
「……髑髏の、さすがに、言葉が直截に過ぎるぞ」
「あー……悪ぃ。要するに、だ。もう一度『巡り』を起こせりゃ巫覡達がいる状態に戻れるし、そのぶん信仰も復活する。手立てはまだあるってこったな」

 刹鬼に諌められ、髑髏は気まずそうに議題を修正する。
 ましろもこほん、と咳払いをし、再び居住まいを正した。

「『巡り』を起こすこと自体は可能じゃ。……されど……それは、不完全なものとなろう」
「不完全……?」

 私の問いに、ましろは静かに頷く。
 
「この社の刻を戻すことはできる。されど……刹鬼の傷や、髑髏の消耗までは、手が回らぬのじゃ」
「あー……なるほどねぇ。おれ達の戦力が削られた状態で、覚范を相手にしなきゃならねぇと」

 髑髏は苦笑しつつ、骨の腕をかしゃかしゃと組む。
 ……そうだよね。「餓者髑髏」は確かに強力だけど、当然ながら、無制限に使えるわけはないよね……。
 
「……更には、信仰が戻るという確証もない。覚范の術中に陥ってしまえば、同じことの繰り返しじゃ」
「……厳しい状況ですね。覚范はまだ、『底』を見せておりませぬゆえ」

 刹鬼は身体を横たえたまま、眉をひそめて語る。
 巫覡達を洗脳したり、分霊を使ったり……覚范の術は本当に不気味で、対抗策がなかなか見えない。
 どうにか、突破口が見つかれば良いんだけど……

「髑髏。先ほどは『骨刃牢』を使うたと聞いたが……『餓者髑髏』はどれほど保ちそうじゃ」
「まあ……今はせいぜい三分の一、休んで半分まで……ってとこですかねぇ。喰うもんがありゃ別だけど」
「すまぬが……」
「へいへい、分かってますよ。言ってみただけってやつです」

 髑髏はいつものようにへらへらと笑っているけれど、その目には確かに疲労の色が見え隠れしている。
 ……このままじゃ、良くないよね。私に何かできることは――

「……覚范は、どこから『力』を得ているのかな」

 私の問いに、場の空気が変わる。
 
「宮寺――か」

 髑髏の言葉に、ましろも大きく頷いた。

「むしろ、他には考えられぬ。奴は……宮寺の亡者達を糧にして、力を得ておるのじゃろう」
「されど……宮寺の亡者は、覚范を恨んでいるはず。力になどなり得ましょうか?」
「……ふむ……それはそうなのじゃが……」

 刹鬼の言葉に、思案するましろ。
 対し、今度は髑髏が語り始めた。

「何のことはねぇ。覚范は責め苦を耐え抜き、亡者たちに『なおも届かない』という絶望と恐怖を与え続けたんだろう。恐怖ってのも、信仰と似たようなもんだからな」

 ……そうか。
「自分よりも強大な、得体の知れない存在」。
 それも、一種の「信仰」の形なんだ。

「つまり……こっちから宮寺に攻め込んで、力の源を叩くって手もあるってこった」
「さすがに危険じゃ。覚范を封じた時のことを忘れたか? 巫覡達の力を借りても、うぬらはあれほどの負傷を――」

 ましろの忠告を遮るように、決意にも似た、凛とした声が響いた。

「勝算は、あります」

 刹鬼は布団に横たわったまま、それでも覚悟を決めた表情で滔々とうとうと語った。
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