43 / 56
第?巡 縁ノ章 ― 人間道 ―
第三十八話 窮地
しおりを挟む
「覚范は……どれくらいで再生しそう……?」
私の問いに、髑髏は顔を曇らせる。
「あれだけ勢いづいてりゃ、あと一日もかからねぇな」
「そっか……」
つまり、刹鬼の回復を待つ暇はないってことだ。
ましろも、浮かない顔で拳を握りしめる。
「妾は、村を浄化する儀も執り行わなければならぬ。準備はしておるものの……巫覡達がいなければ、それも叶わぬ」
ましろの言う「村を救う」は、おりんさんが(覚范に操られた状態で)言っていた「村人たちの復活」ではなく、「村を侵す思念たちの浄化」を意味していたんだ。
かつての「朱乃」との約束。おそらくは今までの「巡り」の中で、一度も果たされたことのない悲願……。
「妾は……怨嗟と悲嘆に侵された彼の地を、再び人が住める土地に戻したいのじゃ」
……今なら、少しだけわかる気がする。きっと、朱乃との「契り」のためだけじゃない。
ましろが「蛇神」として、呪いにも似た約束を律儀に果たそうとするのは――大切な思い出の残った村を、後世に繋ぎたいからじゃないのかな。
「されど、覚范にとっては、穢れた土地こそ都合が良い。ゆえにこそ奴は妾の邪魔をし、自らが穢れた地に君臨せんと企んでおるのじゃ」
覚范が、この村を「自分が望む、自分の欲を満たせる極楽浄土」に変えようとしているのは、彼の記憶を覗き見たことで知っている。……それはきっと、極楽浄土とは名ばかりの地獄だ。だからこそ、覚范にとっては、怨嗟も悲嘆も、「そのまま」の方が都合がいいんだろう。
そんな状況で、ましろは闘っていた。私を幸せにした上で、村のことも救おうと、本気で頑張っていたんだ。……あまりにも、健気すぎる。
片方だけでも、よっぽど難しいことだろうに。
「……秤のおかげで、妾の力はある程度回復しておる。次の『巡り』を起こすこと自体は、可能であろう」
「まあ、嬢ちゃんは霊力が高そうだからな。まぐわったんならそれなりの力は得られそうだ」
「…………」
髑髏の言葉で、ましろは耳まで真っ赤にして黙りこくってしまった。
うん、私も気まずい。
なんてことを言ってくれたの、髑髏。
「……髑髏の、さすがに、言葉が直截に過ぎるぞ」
「あー……悪ぃ。要するに、だ。もう一度『巡り』を起こせりゃ巫覡達がいる状態に戻れるし、そのぶん信仰も復活する。手立てはまだあるってこったな」
刹鬼に諌められ、髑髏は気まずそうに議題を修正する。
ましろもこほん、と咳払いをし、再び居住まいを正した。
「『巡り』を起こすこと自体は可能じゃ。……されど……それは、不完全なものとなろう」
「不完全……?」
私の問いに、ましろは静かに頷く。
「この社の刻を戻すことはできる。されど……刹鬼の傷や、髑髏の消耗までは、手が回らぬのじゃ」
「あー……なるほどねぇ。おれ達の戦力が削られた状態で、覚范を相手にしなきゃならねぇと」
髑髏は苦笑しつつ、骨の腕をかしゃかしゃと組む。
……そうだよね。「餓者髑髏」は確かに強力だけど、当然ながら、無制限に使えるわけはないよね……。
「……更には、信仰が戻るという確証もない。覚范の術中に陥ってしまえば、同じことの繰り返しじゃ」
「……厳しい状況ですね。覚范はまだ、『底』を見せておりませぬゆえ」
刹鬼は身体を横たえたまま、眉をひそめて語る。
巫覡達を洗脳したり、分霊を使ったり……覚范の術は本当に不気味で、対抗策がなかなか見えない。
どうにか、突破口が見つかれば良いんだけど……
「髑髏。先ほどは『骨刃牢』を使うたと聞いたが……『餓者髑髏』はどれほど保ちそうじゃ」
「まあ……今はせいぜい三分の一、休んで半分まで……ってとこですかねぇ。喰うもんがありゃ別だけど」
「すまぬが……」
「へいへい、分かってますよ。言ってみただけってやつです」
髑髏はいつものようにへらへらと笑っているけれど、その目には確かに疲労の色が見え隠れしている。
……このままじゃ、良くないよね。私に何かできることは――
「……覚范は、どこから『力』を得ているのかな」
私の問いに、場の空気が変わる。
「宮寺――か」
髑髏の言葉に、ましろも大きく頷いた。
「むしろ、他には考えられぬ。奴は……宮寺の亡者達を糧にして、力を得ておるのじゃろう」
「されど……宮寺の亡者は、覚范を恨んでいるはず。力になどなり得ましょうか?」
「……ふむ……それはそうなのじゃが……」
刹鬼の言葉に、思案するましろ。
対し、今度は髑髏が語り始めた。
「何のことはねぇ。覚范は責め苦を耐え抜き、亡者たちに『なおも届かない』という絶望と恐怖を与え続けたんだろう。恐怖ってのも、信仰と似たようなもんだからな」
……そうか。
「自分よりも強大な、得体の知れない存在」。
それも、一種の「信仰」の形なんだ。
「つまり……こっちから宮寺に攻め込んで、力の源を叩くって手もあるってこった」
「さすがに危険じゃ。覚范を封じた時のことを忘れたか? 巫覡達の力を借りても、己らはあれほどの負傷を――」
ましろの忠告を遮るように、決意にも似た、凛とした声が響いた。
「勝算は、あります」
刹鬼は布団に横たわったまま、それでも覚悟を決めた表情で滔々と語った。
私の問いに、髑髏は顔を曇らせる。
「あれだけ勢いづいてりゃ、あと一日もかからねぇな」
「そっか……」
つまり、刹鬼の回復を待つ暇はないってことだ。
ましろも、浮かない顔で拳を握りしめる。
「妾は、村を浄化する儀も執り行わなければならぬ。準備はしておるものの……巫覡達がいなければ、それも叶わぬ」
ましろの言う「村を救う」は、おりんさんが(覚范に操られた状態で)言っていた「村人たちの復活」ではなく、「村を侵す思念たちの浄化」を意味していたんだ。
かつての「朱乃」との約束。おそらくは今までの「巡り」の中で、一度も果たされたことのない悲願……。
「妾は……怨嗟と悲嘆に侵された彼の地を、再び人が住める土地に戻したいのじゃ」
……今なら、少しだけわかる気がする。きっと、朱乃との「契り」のためだけじゃない。
ましろが「蛇神」として、呪いにも似た約束を律儀に果たそうとするのは――大切な思い出の残った村を、後世に繋ぎたいからじゃないのかな。
「されど、覚范にとっては、穢れた土地こそ都合が良い。ゆえにこそ奴は妾の邪魔をし、自らが穢れた地に君臨せんと企んでおるのじゃ」
覚范が、この村を「自分が望む、自分の欲を満たせる極楽浄土」に変えようとしているのは、彼の記憶を覗き見たことで知っている。……それはきっと、極楽浄土とは名ばかりの地獄だ。だからこそ、覚范にとっては、怨嗟も悲嘆も、「そのまま」の方が都合がいいんだろう。
そんな状況で、ましろは闘っていた。私を幸せにした上で、村のことも救おうと、本気で頑張っていたんだ。……あまりにも、健気すぎる。
片方だけでも、よっぽど難しいことだろうに。
「……秤のおかげで、妾の力はある程度回復しておる。次の『巡り』を起こすこと自体は、可能であろう」
「まあ、嬢ちゃんは霊力が高そうだからな。まぐわったんならそれなりの力は得られそうだ」
「…………」
髑髏の言葉で、ましろは耳まで真っ赤にして黙りこくってしまった。
うん、私も気まずい。
なんてことを言ってくれたの、髑髏。
「……髑髏の、さすがに、言葉が直截に過ぎるぞ」
「あー……悪ぃ。要するに、だ。もう一度『巡り』を起こせりゃ巫覡達がいる状態に戻れるし、そのぶん信仰も復活する。手立てはまだあるってこったな」
刹鬼に諌められ、髑髏は気まずそうに議題を修正する。
ましろもこほん、と咳払いをし、再び居住まいを正した。
「『巡り』を起こすこと自体は可能じゃ。……されど……それは、不完全なものとなろう」
「不完全……?」
私の問いに、ましろは静かに頷く。
「この社の刻を戻すことはできる。されど……刹鬼の傷や、髑髏の消耗までは、手が回らぬのじゃ」
「あー……なるほどねぇ。おれ達の戦力が削られた状態で、覚范を相手にしなきゃならねぇと」
髑髏は苦笑しつつ、骨の腕をかしゃかしゃと組む。
……そうだよね。「餓者髑髏」は確かに強力だけど、当然ながら、無制限に使えるわけはないよね……。
「……更には、信仰が戻るという確証もない。覚范の術中に陥ってしまえば、同じことの繰り返しじゃ」
「……厳しい状況ですね。覚范はまだ、『底』を見せておりませぬゆえ」
刹鬼は身体を横たえたまま、眉をひそめて語る。
巫覡達を洗脳したり、分霊を使ったり……覚范の術は本当に不気味で、対抗策がなかなか見えない。
どうにか、突破口が見つかれば良いんだけど……
「髑髏。先ほどは『骨刃牢』を使うたと聞いたが……『餓者髑髏』はどれほど保ちそうじゃ」
「まあ……今はせいぜい三分の一、休んで半分まで……ってとこですかねぇ。喰うもんがありゃ別だけど」
「すまぬが……」
「へいへい、分かってますよ。言ってみただけってやつです」
髑髏はいつものようにへらへらと笑っているけれど、その目には確かに疲労の色が見え隠れしている。
……このままじゃ、良くないよね。私に何かできることは――
「……覚范は、どこから『力』を得ているのかな」
私の問いに、場の空気が変わる。
「宮寺――か」
髑髏の言葉に、ましろも大きく頷いた。
「むしろ、他には考えられぬ。奴は……宮寺の亡者達を糧にして、力を得ておるのじゃろう」
「されど……宮寺の亡者は、覚范を恨んでいるはず。力になどなり得ましょうか?」
「……ふむ……それはそうなのじゃが……」
刹鬼の言葉に、思案するましろ。
対し、今度は髑髏が語り始めた。
「何のことはねぇ。覚范は責め苦を耐え抜き、亡者たちに『なおも届かない』という絶望と恐怖を与え続けたんだろう。恐怖ってのも、信仰と似たようなもんだからな」
……そうか。
「自分よりも強大な、得体の知れない存在」。
それも、一種の「信仰」の形なんだ。
「つまり……こっちから宮寺に攻め込んで、力の源を叩くって手もあるってこった」
「さすがに危険じゃ。覚范を封じた時のことを忘れたか? 巫覡達の力を借りても、己らはあれほどの負傷を――」
ましろの忠告を遮るように、決意にも似た、凛とした声が響いた。
「勝算は、あります」
刹鬼は布団に横たわったまま、それでも覚悟を決めた表情で滔々と語った。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
身体だけの関係です‐三崎早月について‐
みのりすい
恋愛
「ボディタッチくらいするよね。女の子同士だもん」
三崎早月、15歳。小佐田未沙、14歳。
クラスメイトの二人は、お互いにタイプが違ったこともあり、ほとんど交流がなかった。
中学三年生の春、そんな二人の関係が、少しだけ、動き出す。
※百合作品として執筆しましたが、男性キャラクターも多数おり、BL要素、NL要素もございます。悪しからずご了承ください。また、軽度ですが性描写を含みます。
12/11 ”原田巴について”投稿開始。→12/13 別作品として投稿しました。ご迷惑をおかけします。
身体だけの関係です 原田巴について
https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789
作者ツイッター: twitter/minori_sui
放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~
楠富 つかさ
恋愛
中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。
佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。
「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」
放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。
――けれど、佑奈は思う。
「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」
特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。
放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。
4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。
せんせいとおばさん
悠生ゆう
恋愛
創作百合
樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。
※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。
身体だけの関係です‐原田巴について‐
みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子)
彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。
ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。
その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。
毎日19時ごろ更新予定
「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。
良ければそちらもお読みください。
身体だけの関係です‐三崎早月について‐
https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060
【完結】【ママ友百合】ラテアートにハートをのせて
千鶴田ルト
恋愛
専業主婦の優菜は、夫・拓馬と娘の結と共に平穏な暮らしを送っていた。
そんな彼女の前に現れた、カフェ店員の千春。
夫婦仲は良好。別れる理由なんてどこにもない。
それでも――千春との時間は、日常の中でそっと息を潜め、やがて大きな存在へと変わっていく。
ちょっと変わったママ友不倫百合ほのぼのガールズラブ物語です。
ハッピーエンドになるのでご安心ください。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる