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第三章 海上にて勝負は決する

二十七、神託

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 血を失いすぎたからか、それともまばゆい光に当てられたからか。意識がふっと遠のく。

 知盛として死した後、そして、ズィルバーとして産まれる前の記憶が蘇る。
 かつて、ロレンソと戦う前にも視たことのある記憶だ。



「まず、あなたの転生に時間がかかったことをお詫びします」

 闇の中で、そんな声を聞いた。
 意識はゆらゆらと波間を漂うようで、肉体の感覚は既にない。

「あなたの更なる活躍を望む声を聞き届けました。あなたもまた、死してなお必要とされる魂なのです」

 へぇ、俺のねぇ。
 俺「も」ってことは、他にもそういうやつらがいるってわけだ。

「……ですので、その魂が存分に輝く場所にご案内します」

 おいおい、だが俺はそんなこと望んじゃいない。
 言ったはずだ。

「当たり前のものは全て見た……と?」

 ああ、それで……だ。そこには何がある?
 戦か?
 汚い権力争いか?
 野蛮な武士もののふどもか?
 それとも腐った公卿くぎょうどもか?

「それは、あなたの目でお確かめください。けれど、これだけは伝えておきましょう。あなたが見てきたものとは、異なる世界が広がっています」

 てめぇは誰だ? いったい、なんの目的で俺を蘇らせようってんだ。

「私のことは……そうですね、神と呼んでくださって構いません」

 神、ねぇ。天照大神あまてらすおおみかみか? それとも、大国主命おおくにぬしのみことか?
 ああ、黄泉よみってんなら伊邪那美命いざなみのみこと月読命つくよみのみことも有り得るか。

「あなたが知るべきことではありません。ただ……私には、『魔術』の芽生えた世界をより良い方向に導く責務があります」

 ……そうかい。
 そんなら、好きにしろ。海の底から蘇った甲斐があるといいんだがなァ。

「ひとつ、訂正しておきます。あなたは蘇るのではありません。『生まれ変わる』のです」……



 追憶をさえきるように、俺の肩を支える腕が視界に入る。

「とりあえず休んどけ。さすがに頑張りすぎだろ」

 ……ジャックの声だ。

「殿下……」

 疲労のせいか、出血のせいか、声が掠れる。
 俺の呼び掛けに答えるよう、殿下は胸を張り、歯を見せて笑った。

「安心してください」

 正義の騎士の前に、若き王子はすっくと立ち塞がる。琥珀こはくの目には、確かな決意がみなぎっている。

「少なくとも、貴方より魔術の腕には自信があります」

 王子はそう告げると、右手に輝く光の剣を作り出した。
 その剣に渦を巻くように、見覚えのある「雷」がまとわりついていく。

「私達も助太刀しよう。王子に何かあれば、カサンドラが悲しむ」
 
 雷の使い手……ロレンソは殿下に抱えられたまま、首だけでキリッと格好つける。
 ロレンソの言葉に対し、階下からは焦ったような声が飛んできた。

「ろ、ロレンソ!! 余計なことを言うでないっ!!」

 視界が霞む。
 遠い異邦の地。海の底に沈んだ一門の姿が脳裏に浮かぶ。……俺は、今度こそ……いや、違う。
 アントーニョ殿下は、安徳帝ではない。少なくとも……周りの大人たちに命運を左右されるしかないほど、か弱い存在ではない。
 ……俺は……知盛でもあり、ズィルバーでもある。だが、それなら……俺が今成すべきことは……

「……。知盛。我々は『この世界』に必要とされました。英雄に至った魂として、新たなる物語を作り出すために」

 本当に、この赤毛野郎への復讐か?

「けれど、僕は……クエルボ・フエンテスは、そんなことどうだっていいです。僕は……」

 何かを言いかけたところで、クエルボは飛んできた炎を避け、臨戦状態へと戻る。
 傷ついた体の痛みが次第にやわらぐ。……アリーの魔術だろうか。
 俺はズィルバーであり、知盛だ。
 クエルボは……クエルボは、どうだ……?

 甲板が雷により焦げ、仮面の騎士は苦戦を強いられる。……ああ、殿下を傷付けたくないのか。

「そこまで!!!!!!」

 ビリビリと大気を震わせるほどの大声が、各陣営の動きを止める。
 神父服の男……ペタロが巨大な魔術障壁を作り上げ、中央に仁王立ちになっていた。
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