敗者の街 Ⅱ ― Open the present road ―

譚月遊生季

文字の大きさ
45 / 49
第4章 Interest and Step

42. 四礼の記憶

しおりを挟む
「何かを作れば作るほど……そこには、『私』の姿が……けれど、『私』は『ぼく』であってはならなくて……『ぼく』は……『ぼく』であって、『ヴァンサン』じゃない、から……」

 膝をつき、ポールは自らの身体をかき抱いて震える。
 ……芸術は、自らの魂と向き合う作業。魂を作品に昇華させるなら、その過程で、見ないようにしてきた傷を直視しなきゃいけなくなることだってある。カミーユは自らの苦痛を糧にできたけど、ポールは、他人事にして切り離してしまっていた。……だから……

「今は考えんな。……その状態で『ヴァンサン』に寄っちまったら、『ポール』の死期が早まるだけだ」

 レニーの忠告に、ポールは小さく頷く。
 その身体を抱き締めることしか、あたしにはできなかった。



 ***



 何が起こったのか、よく覚えていない。
 いつの間にやら、視界が真っ暗になっていた。
 ひた、ひた、と、暗がりに足音が響く。

「ぼくの味方になるなら、許してあげるよ」

 許すって、何を?
 声が出ない。身体も動かない。……いいや、身体の感覚を認識できない。

「ぼく達の痛みの上で、ぼく達の犠牲の上で、おまえは幸せに生きてきたんだ。ぼく達みたいに苦しんでない時点で、おまえは加害者側だ。悪者なんだよ」

 苛立つような声色が、私を責める。
 ……この声は……確か……シレイ……君……?

「でも、おまえはそこまで悪いコトをしてたわけじゃないから……力を貸してくれるなら、許してあげる。ちゃんと仲間として扱ってあげるよ」

 悪いことをしていなくても、同じように苦しんでいなかったら悪なの?
 それって……おかしくない? 善悪に苦しみは関係ないでしょう?

「……はぁ? ポールに対して罪悪感、ないの? 幸せに呑気に生きててごめん、とか……本当に思わないの?」

 …………。
 確かに、ポールは苦しんでた。何の苦悩もなく笑ってた私と違って、ポールは……

 だけど、だからって私が不幸じゃないのが悪かったとは思わないよ。
 共に苦しむことが相手を救うとは限らないし、一緒に地獄に落ちることだけが愛じゃない。

「……あっそ。じゃあおまえも呪うけど、良い?」

 ……それなら、立ち向かうよ。どの道、君を放っておくと大変なことになりそうだしね。
 私は負けない。ポールと一緒にここを出る。

「やってみればぁ? おまえがぼくに勝てるわけないし」

 余裕ぶった嘲笑が、果てのない暗闇に響く。
 果てのない執念が、底知れない悪意が、じわりじわりと迫ってくるのを感じる。

 正直、怖い。
 ……それでも、負けたくない。

 シレイ君。どうして、私を呼んだの?
 ここに私を連れてきたのは、君なんだよね?

「…………たまたま、扉の近くにいたからだけど?」

 本当に?
「たまたま」なら、呼ぶのはロデリックでも良かったはず。わざわざ私を選んだ理由って、何?

「…………」

 有無を言わさない「圧」が身体を締め付ける。
 言葉を奪われていくのを、感じる。
 だけど、ここで引き下がるのはなんだか悔しい!

 私は「罪人」の一人かもしれないけど、そこら辺にゴロゴロいる程度の凡庸な一般人でしかないよね?
 だけど、君は私に「おいで」と声をかけた。
 どうして? 何か、訳があるんじゃないの?

 少年は私が念じた問いに対し、沈黙を守っていた。

「……効率的に、たくさんの『敵』を殺せる武器ってなんだと思う?」

 ……けれど、やがて、淡々と語り始める。

「情報だよ」

 再び、悪意が迫ってくるのを感じる。

「おまえと一緒なら、悪いヤツをたくさん殺せる」

 影は私を蝕み、私の記憶を、思考を、乗っ取ろうと……

 ……それ……マノンにも、似たようなことを言ったの? ブライアンって人にも?

 ぴたりと、侵蝕が止まったのを感じた。

「……おまえ、ブライアンを知ってるの……?」
「え。知ってる、っていうか、聞いたことあるってぐらいだけど……」

 突然、奪われていた声が返ってくる。……もしかして、動揺してる……? 

「大事な人なの?」

 隙が見えたから、ここぞとばかりに揺さぶりをかける。精神年齢が低いとは聞いたけど、脆さも見た目の年齢相応なのかも……?

「ブライアン……」

 私の声が聞こえていないのか、少年はぶつぶつと呟き、上の空だ。

「ぼくと、おまえは一緒だった。……一緒だった、のに……」

 拘束が弱まり、闇に包まれた視界が晴れていく。
 抜け出せる、そう思った瞬間。

 誰かの「記憶」が流れ込んできた。



 痛い。

 真っ赤な視界。どこが痛むのかも分からないほどの、痛み。

 苦しい。

 息ができない。腕を伸ばし、助けを呼ぼうにも……
 

 片目が熱い。いつ潰されたのか、もしくは抉られたのか、思い出せない。

 どうして……
 どうして、助けてくれないの?

 父様、母様、兄様、姉様……

 どうして、ぼくを見ているの?

 弟が刀を携えてやってくる。
 ずっと一緒だったのに。
 生まれた時期だって、ほとんど変わらないのに。
 おまえは殺す側で、ぼくは──

「四礼の兄上」

 どうして、おまえが泣いているの?

「許しとおせ」

 誰が、何が、おまえを泣かせているの?
 血筋? 役割? 儀式? 呪い? 立場? 運命?

 どうしてぼくは、殺されているの?
 どうしておまえが、ぼくを殺すの?

「……ッ、できん……。俺にはできんがじゃ……」
「やりなさい。五厘ごりん

 ……許さない。
 呪ってやる。
 ぼくは、おまえ達を許さない……

 呪いから逃れるために、ぼくが贄になるのなら、
 そうやって、ぼくを犠牲にして、救われようとするのなら、

 ぼくも、おまえ達を呪ってやる。



 ああ……だけど、五厘おとうとは可哀想だ。
 こんなに震える手で、ぼくを殺さなきゃいけないんだから。

 一緒に逝こう。
 おまえには、その権利があるから。

 一緒に、呪い続けよう。
 そうしたら、許してあげるよ。

 ……そうちや……安心せえ、五厘……。
 味方になるんなら、兄ぃはずっとずっと傍にいちゃる。守っちゃるきにのう……。



 身体が動かない。いや、動けない。
「私」が「誰」なのかすら、分からなくなっていく。

「……おかしいと思ったんだぁ」

 ひた、ひた、と、影が近寄ってくる。
 少年の姿は血塗れで、瞬きすると、時折手や足が欠けて見える。……ちょうど、大人と子供の境目にいる体躯が、痛々しく引き裂かれた姿が垣間見えてしまう。

「今まで散々叱ってきたくせに、その日だけ、着たい服を着ていいよって、父様達は言った」

 花柄の……女性用に見えるワンピースが、血に染まっている。

「最期だったから……贄にするつもりだったから……ぼくを嬲り殺すつもりだったから……」

 真っ赤な手が、私を包み込む。
 血走った黒い眼が、私を覗き込む。

「ねぇ、それでもぼくを邪魔するの?」

 身体が動かない。
 声が出ない。
 思考が、上手くまとまらない。

「……やれやれ。随分と強引に動いたね」

 聞き覚えのない声が、暗がりに響く。

「オリーヴを無理やり術中に閉じ込めるとは……余裕ぶっている割には、行動に焦りが見えているよ」

 この……紳士的なのに微妙にねとっとした声……
 ……。え、本当にわかんない。誰……?

「……!? なんで、おまえ……!」
「『なんで』? 私を取り込もうとしたのは、君だろう? 置いてきた残滓が、脅威になるとは考えなかったのかな?」

 取り込もうとした? 残滓?
 何のこと?

「オリーヴ。惑わされてはいけないよ」

 得体の知れない「誰か」の声に名前を呼ばれ、「私」の意識が確実に呼び覚まされていく。

「確かに、シレイの過去は哀れだ。……けれど、

 何というのか……すごく生理的に受け付けないし腹が立つ雰囲気をめちゃくちゃ感じるけど……妙に惹き付けられる声だ。

「シレイは君を、そして君の恋人を利用し、共に地獄に連れ込もうとしている。……それを、許せるのかい?」
「……ッ、おまえみたいなクズが、何を……ッ!」

 激しく反論する声を抑え込むように、男の声が続く。

「私が人間の屑であることと、シレイが哀れな被害者であることが……オリーヴ、君達が不利益を被る理由に関係するのかな? ……まさか。君は、堂々と君の目的を果たせばいい」

 何が何だか分からないけど、助けられているのはわかる。……そういえば、この人の声……誰かに似てる気も……?

「私は悪人だ。だからこそ……

 ──オリーヴ!

 男の声の向こうから、懐かしい声が響いてくる。
 意識がクリアになり、闇に包まれた視界が開けていく。

「オリーヴ!!」

 ポールが私の顔を覗き込み、肩を揺さぶっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2026/1/12:『あけてはいけない』の章を追加。2026/1/19の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/11:『みきさー』の章を追加。2026/1/18の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/10:『つかまれる』の章を追加。2026/1/17の朝8時頃より公開開始予定。 2026/1/9:『ゆうじんのかお』の章を追加。2026/1/16の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/8:『ついてきたもの』の章を追加。2026/1/15の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/7:『かわぞいのみち』の章を追加。2026/1/14の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/6:『まどのそと』の章を追加。2026/1/13の朝4時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

百物語 厄災

嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。 小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

短い怖い話 (怖い話、ホラー、短編集)

本野汐梨 Honno Siori
ホラー
 あなたの身近にも訪れるかもしれない恐怖を集めました。 全て一話完結ですのでどこから読んでもらっても構いません。 短くて詳しい概要がよくわからないと思われるかもしれません。しかし、その分、なぜ本文の様な恐怖の事象が起こったのか、あなた自身で考えてみてください。 たくさんの短いお話の中から、是非お気に入りの恐怖を見つけてください。

処理中です...