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籠の中の魔物
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魔物であるわたくしは空腹のあまり人里へふらふらと降り立ちました。
いい匂いが漂っていたのでそれをたどって行くと民家がありました。どうやら作家の住む家で、本が大量にある気配がしました。中に入ると、本棚に囲まれた十二畳ほどの部屋がありました。唯一の窓は小さくて、じつに閉塞感があります。半夏生の時期だったので、湿気でもわっとしていました。
机の上に書きかけの原稿用紙があったのでさっそくいただこうと思って手に取りました。そう、わたくしは文字を食べる魔物でした。
しかし、運の悪いことにちょうどそこへ作家が帰って来たのです。
「!? ぎゃーーーーー」
わたくしを見た作家の悲鳴が響き渡りました。
その声に驚いたわたくしは逃げようとしたところ、床に散らばった失敗原稿を踏んで転んで、打ち所が悪く気絶してしまいました。
目が覚めると作家は鳥かごにわたくしを押し込んでいました。
「珍しい生き物だ。食べられるんだろうか」
作家は冗談めいて言いました。
グーっと
今度はわたくしの腹の虫が響き渡る番でした。
「わたくしは文字を食べないと生きていけない魔物であります。どうか見逃してくださいませ」
同情を引く作戦に出ました。
「失敗の原稿ならいいだろう。やるよ」
作家は失敗の原稿用紙を少しわたくしに渡しました。作戦は成功です。
「いただきます」
律儀にそういってぺろりとたいらげました。
「ごちそうさま」
そのとき、はしたなくもゲップをしてしまいました。
ゲップからは作品の新しいアイデアが溢れ出て来ました。
それを見た作家は想像力をかき立てられ新しい作品作りに取りかかるのでした。
作家は意欲的でした。
「次は悲恋小説を考えているんだ」
机に向かって原稿用紙に筆を走らせる男と鳥かごの中におとなしく座っているわたくしだけがいました。
作家の部屋を見る限りあまり売れていないのでしょう。このようなつまらない作家に捕まったわたくしもまた、つまらない魔物なのだろかと悲観的になり始めていました。
「これではだめだ」
ふいに作家は手を止めて、頭を抱えました。
どうやらわたくしの出番のようです。
「見せてくださいまし」
作家はくちゃりと丸めた原稿をこちらに投げてよこしました。酷い男です。
「ああ、食っていいぞ」
床に落ちる寸前の原稿をうまく捕まえ、わたくしは丸まった原稿用紙をまっすぐにして眺めました。おいしそうな匂いがします。おいしそうというのは人間の食べ物でいうところの食前酒ような甘い匂いがする程度でしたが。
「うまいか?」
「いえ、まだなめてもおりません。これからにございます」
わたくしはその酒をたしなむことにしました。
だいたいのあらすじはこうでした。主人公とその親友の彼女が登場人物で、しまいに女は親友と喧嘩した後、主人公に彼よりあなたの方が好きだと言う。主人公は何を言ったか聞こえなかった、もう一度言ってとあしらう。女は言葉を紡ぐ気力を奪われたのでした。
「これは面白い味にございます」
「ほう、どんな風に?」
「人間世界の貧弱な語彙で表すと、おそらくつまらないと認識されるでしょうが、わたくしは違います。これは主人公のポリシーを貫いた守りの一手だったのです。守ったのは自分だけでなく、親友とその女もです。これですべてはうまくいった。万々歳の面白い味でございました」
「そんな見方をしてくれるのだな。では攻めの一手をした場合を考えるとするか。やはりお前は使えるからしばらくここにいろ。自由にしていいぞ」
「嫌でございます。鳥かごの中の自由など自由ではありません」
「ハハハ、うまいことを言う。お前が文字しか食べない魔物かどうか見極めることが出来たら出してやる」
そう言って作家は散歩に出かけてしまいました。わたくしを置き去りにするなんてやはり酷い男でした。
帰って来たら作家にどのように復讐してやろうか。そのことばかり考えていました。
いい案が浮かんだのでわたくしはわずかな力を振り絞り、原稿用紙に細工を施しました。
しばらくたって作家は部屋に戻って来てました。また、作家は机に向かって執筆活動をはじめました。
「かかりましたね」
わたくしは歓喜しました。
その瞬間、作家は自分の書いた物語の中に招かれてしまったのです。
わたしはにやけておりました。今頃恐ろしいめに合っている作家のことをあざ笑ってやりました。しかし同時に恐ろしい事実に気づきました。
わたくしは鳥かごの中にいる。このかごの鍵は作家がもっているということに。
わたくしは作家の戻し方を必死に考えざるをえませんでした。
いい匂いが漂っていたのでそれをたどって行くと民家がありました。どうやら作家の住む家で、本が大量にある気配がしました。中に入ると、本棚に囲まれた十二畳ほどの部屋がありました。唯一の窓は小さくて、じつに閉塞感があります。半夏生の時期だったので、湿気でもわっとしていました。
机の上に書きかけの原稿用紙があったのでさっそくいただこうと思って手に取りました。そう、わたくしは文字を食べる魔物でした。
しかし、運の悪いことにちょうどそこへ作家が帰って来たのです。
「!? ぎゃーーーーー」
わたくしを見た作家の悲鳴が響き渡りました。
その声に驚いたわたくしは逃げようとしたところ、床に散らばった失敗原稿を踏んで転んで、打ち所が悪く気絶してしまいました。
目が覚めると作家は鳥かごにわたくしを押し込んでいました。
「珍しい生き物だ。食べられるんだろうか」
作家は冗談めいて言いました。
グーっと
今度はわたくしの腹の虫が響き渡る番でした。
「わたくしは文字を食べないと生きていけない魔物であります。どうか見逃してくださいませ」
同情を引く作戦に出ました。
「失敗の原稿ならいいだろう。やるよ」
作家は失敗の原稿用紙を少しわたくしに渡しました。作戦は成功です。
「いただきます」
律儀にそういってぺろりとたいらげました。
「ごちそうさま」
そのとき、はしたなくもゲップをしてしまいました。
ゲップからは作品の新しいアイデアが溢れ出て来ました。
それを見た作家は想像力をかき立てられ新しい作品作りに取りかかるのでした。
作家は意欲的でした。
「次は悲恋小説を考えているんだ」
机に向かって原稿用紙に筆を走らせる男と鳥かごの中におとなしく座っているわたくしだけがいました。
作家の部屋を見る限りあまり売れていないのでしょう。このようなつまらない作家に捕まったわたくしもまた、つまらない魔物なのだろかと悲観的になり始めていました。
「これではだめだ」
ふいに作家は手を止めて、頭を抱えました。
どうやらわたくしの出番のようです。
「見せてくださいまし」
作家はくちゃりと丸めた原稿をこちらに投げてよこしました。酷い男です。
「ああ、食っていいぞ」
床に落ちる寸前の原稿をうまく捕まえ、わたくしは丸まった原稿用紙をまっすぐにして眺めました。おいしそうな匂いがします。おいしそうというのは人間の食べ物でいうところの食前酒ような甘い匂いがする程度でしたが。
「うまいか?」
「いえ、まだなめてもおりません。これからにございます」
わたくしはその酒をたしなむことにしました。
だいたいのあらすじはこうでした。主人公とその親友の彼女が登場人物で、しまいに女は親友と喧嘩した後、主人公に彼よりあなたの方が好きだと言う。主人公は何を言ったか聞こえなかった、もう一度言ってとあしらう。女は言葉を紡ぐ気力を奪われたのでした。
「これは面白い味にございます」
「ほう、どんな風に?」
「人間世界の貧弱な語彙で表すと、おそらくつまらないと認識されるでしょうが、わたくしは違います。これは主人公のポリシーを貫いた守りの一手だったのです。守ったのは自分だけでなく、親友とその女もです。これですべてはうまくいった。万々歳の面白い味でございました」
「そんな見方をしてくれるのだな。では攻めの一手をした場合を考えるとするか。やはりお前は使えるからしばらくここにいろ。自由にしていいぞ」
「嫌でございます。鳥かごの中の自由など自由ではありません」
「ハハハ、うまいことを言う。お前が文字しか食べない魔物かどうか見極めることが出来たら出してやる」
そう言って作家は散歩に出かけてしまいました。わたくしを置き去りにするなんてやはり酷い男でした。
帰って来たら作家にどのように復讐してやろうか。そのことばかり考えていました。
いい案が浮かんだのでわたくしはわずかな力を振り絞り、原稿用紙に細工を施しました。
しばらくたって作家は部屋に戻って来てました。また、作家は机に向かって執筆活動をはじめました。
「かかりましたね」
わたくしは歓喜しました。
その瞬間、作家は自分の書いた物語の中に招かれてしまったのです。
わたしはにやけておりました。今頃恐ろしいめに合っている作家のことをあざ笑ってやりました。しかし同時に恐ろしい事実に気づきました。
わたくしは鳥かごの中にいる。このかごの鍵は作家がもっているということに。
わたくしは作家の戻し方を必死に考えざるをえませんでした。
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好きな作風です。ブラックさが出ていて良いと思います。ぶしつけですがひとつだけ意見を申させていただくと魔物の姿はどんな風でしょうか?鳥かごと魔物という組み合わせが気になりました。そこを描写していただくともっと想像しやすい気がします