炎へ堕ちる〜王女と男爵令嬢の国崩し〜 【彼女の絶望、私の炎・長編版】

ゆりんちゃん

文字の大きさ
5 / 20

第五章「彼女の絶望」

しおりを挟む
 その言葉を聞いた瞬間、セレスティアは立ち上がり、イリスの座る椅子へと歩み寄った。
 そして躊躇いもなく、男爵令嬢の手を取る。

「……っ!」
 思わず身を反らし、手を引こうとするイリスを、セレスティアは許さない。無理やりに引き寄せ、その顔を近づけさせる。
 互いの吐息がかかるほどの距離で、ガラスのような瞳がイリスを射抜いた。

「私と、手を組まない?」

「……は?」
 あまりのことに、イリスの思考が停止する。意味がわからず、戸惑いの表情で王女を見返すことしかできない。
 セレスティアは、イリスの手を握る力を強めた。

「復讐に身を焼かれながらも、自身の置かれた立場を冷静に見極める目。自分ができる最大限の策略を築くことができる、その冷徹な頭脳。……それに、私の『王女』としての権力を組み合わせれば、あなたの望みは叶えられる」

 イリスは信じられないものを見る目でセレスティアを見た。
「……贖罪のつもりですか?」

 そう囁くイリスに、セレスティアは首を振り、ゆっくりと立ち上がった。
 彼女は、この殺風景な部屋を見渡すように、そしてこの国の未来を予見するかのように告げた。

「いいえ。私も、この国を――自分自身を含めて、燃やし尽くしたいの」

 イリスは息を呑んだ。目の前の王女は、狂気とも正気ともつかない静けさを纏っている。
「……どうして、あなたが」

「私も昔は、物語の中の英雄や姫君に憧れていたわ」
 セレスティアは遠くを見るように目を細めた。
「両親や兄と共に物語を読み、悪を挫き、弱きを助けることこそが正義だと、そう信じて語り合っていた」
 彼女は自嘲気味に笑う。
「でも、ある日気づいてしまったの。私たちが毎夜開く晩餐会で語られる『武勇伝』が、何であるかを」

 領民からいかに効率よく税を搾り取ったか。反抗する者をいかに残酷に踏み潰したか。彼らにとって民はただの数字、領地は私腹を肥やすための資産でしかなかった。
「両親も、兄も、それを咎めるどころか、ワインを片手に高らかに笑い合っていたわ。彼らにとっての正義とは、己の利益を飾るための安っぽい装飾に過ぎなかった」
 セレスティアは、自らの腕を抱くように震えた。
「あの日、逃げ出した廊下で見た、初代当主の甲冑を覚えているわ。磨き上げられたそれが、まるで骸骨のように私を見下ろしていた。……そして鏡に映った私の顔もまた、あの怪物たちと同じ『血』でできているのだと、絶望したの」
「……」
「私は訴えたわ。これは間違っていると。物語の英雄たちはこんなことはしないと。けれど彼らは笑って言った。『いい加減に現実を見ろ、あれはただの物語だ』と」

 「誰にも理解されず、刃向かう力もなかった。私は心を殺し、都合の良い「人形」として生きるしかなかった」

「私は、あなたと同じよ。イリス・アッシュ」
 セレスティアは再び、イリスの方を向いた。
「あなたと私なら、とても良い『お友達』になれると思うの」
「……」
「私はあなたの頭脳を利用する。だからあなたは、私の王族としての権力を利用しなさい。そうすれば、あなたが諦めていた復讐という夢を、最後まで見ることができる」

 それは、悪魔の契約にも等しい誘いだった。
 イリスは警戒心を解かないまま、しかしその瞳の奥に、微かな、だが確かな共鳴の色を宿して王女を見つめた。

「……あなたのことを信用するわけではありません。ですが、その『絶望』だけは本物のようですわね」
 イリスは、躊躇いながらもゆっくりと右手を差し出した。
「いいでしょう。手を組んで差し上げます」
「ええ、ありがとう」

 セレスティアは満面の、しかしどこか壊れた人形のような笑みを浮かべ、両手でその手を包み込んだ。その手は、死人のように冷たかった。
「これで、同盟成立ね」

 二人の手が結ばれたその瞬間、部屋の空気が変わった。もはや囚人と看守ではない。国を崩落させる共犯者たちの密会所となった。

「さて、友好の証として、一つ重要な秘密を教えてあげる」
 セレスティアは声を潜めた。
「兄が、公爵家の不評を買うことを恐れずに行動できた、もう一つの理由について」
「……理由?」
「表向き、十三貴族は全会一致で王の罷免が可能とされているわ。けれど、それは実質的に不可能なの」
 イリスが怪訝な顔をする。王女は悪戯っぽく、しかし残酷な事実を告げるように微笑んだ。
「貧民街で蔓延する薬物。あれの出所を知っていて?」
「……まさか」
「ええ、十三貴族のある一家が裏でばら撒いているの。他の貴族たちはそれを知らない。けれど王家はそれを知っていて、その秘密を守ることを条件に、その家から王家への絶対的な忠誠を誓わせている」
 セレスティアは不快そうに顔を歪めた。
「父上は言っていたわ。『あれで貧民たちも立派な納税者だ』と。……この密約がある限り、全会一致などあり得ない。王家が罷免されることは絶対にないの」

 それを聞いたイリスは、一瞬言葉を失い、やがて乾いた笑いを漏らした。
「……どこまでも、腐りきっていますのね」
 彼女は思考を巡らせるように顎に手を当てた。その瞳に、かつての冷徹な輝きが戻ってくる。

「……しかし、計画の方向性が見えてきました」
「聞かせてちょうだい」
 セレスティアの期待に満ちた問いかけに、イリスは頷いて口を開いた。
「王家と公爵家の対立を決定的なものにするのです。そうすれば王令は議会の過半数で否決され、国政は停滞する。しかし、その『密約』がある家が反対するため、王を罷免して挿げ替えることもできない」
 イリスの声に熱が帯びる。
「機能不全に陥った中央。それを、革命勢力や中央に不満を持つ辺境貴族たちが見逃すはずもありません。彼らは必ず動き出す」

 完全な手詰まりを作り出し、その腐敗の熱で国そのものを内側から発火させる。
 セレスティアは、想像するだけで胸がすくようなその光景を思い描き、うっとりと目を細めた。

「ええ……きっと、盛大に燃え盛ることになるでしょうね」

 王城の離れ、装飾のない空虚な部屋で、二人の令嬢は静かに嗤った。
 
 ーー二つの絶望が今、一つに重なったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

追放聖女だってお茶したい!─セカンドライフはティーサロン経営を志望中─

石田空
ファンタジー
「ミーナ今までありがとう。聖女の座を降りてもらおう」 貴族の利権関係が原因でいきなり聖女をクビになった庶民出身のミーナ。その上あてがわれた婚約者のルカは甘味嫌いで食の趣味が合わない。 「嫌! 人の横暴に付き合うのはもうこりごり! 私は逃げます!」 かくしてミーナは神殿から脱走し、ティーサロン経営のために奔走しはじめた。 ときどき舞い込んでくるトラブル。 慌ててミーナを探しているルカ。 果たしてミーナは理想のセカンドライフを歩めるのか。 甘いお菓子とお茶。そしてちょっとの恋模様。 *サイトより転載になります。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

My Knight

チャーコ
恋愛
地味で控えめな公爵令嬢のエレオノーラ。彼女の婚約者は年若く美しいヴィルヘルム王太子である。それが不釣り合いに感じた隣国の王女はエレオノーラからヴィルヘルムを奪おうと思い立つが、エレオノーラの意外な正体が明らかになると──? ※他サイトにも掲載しています。 ※表紙絵はあっきコタロウさんに描いていただきました。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

政略結婚の果て、私は魔女になった。

黒蜜きな粉
恋愛
政略結婚で冷酷と噂される辺境伯のもとへ嫁いだ魔術師の娘フリーデ。 努力すれば家族になれると信じていたが、初夜に「君を抱くつもりはない」と突き放される。 義母の「代わりはいくらでもいる」という言葉に追い詰められ、捨てられたくない一心でフリーデは子を宿すため禁じられた魔術に手を染める。 短いお話です。

処理中です...