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2. 太陽の石

2-4 太陽の石

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イセトゥアンは非番のため、街へ繰り出そうとしているとこへ、第一騎士団団長のグロリオサに出くわし、特殊魔法で、別人に変身して追って来る彼女をかわした。
直ぐに自分の姿に戻ると、恐ろしく鼻の利くグロリオサに見つかってしまう可能性があるため別人の姿のまま街へやって来ると、目立つ三人組をおしゃれなカフェのテラス席で発見した。
三人とも黒髪で、そのうち二人は男女の双子のように見えるが、全くの赤の他人どころか種族が違うソゴゥとルキであり、あと一人はヨルだった。
三人は顔を突き合わせて、深刻そうに話し合いをしている。
その様子を、通りを挟んだ場所で立ち止まって見ていると、ソゴゥと目があった。
ソゴゥは思いっきり、眉間に皴を寄せたあと、視線を外して再び会話に集中し出した。
変身している俺の正体に気付いたわけではないだろう。
俺の変身の精度は、非常に高いと自負している。自分の正体を隠す際の変身には、視覚的なものだけでなく、魔力量や存在感をもコントロールしているし、特定の対象者に変身する際は、声や仕草、それに匂いまで写し取っているのだ。
通りを渡り、ソゴゥ達の元へ行く。

「すみません、第一司書様ですよね、お目に掛かれて光栄です」
「ああ、はい、そうですか」とソゴゥが素っ気なく言う。
「あの、出来れば私の頭に、手をカザしていただけませんか」
「えー、面倒くさい、自分でやったら? 俺に変身して」
「ゲッ、嘘だろ、何でだよ、バレてる?」
「往来でイチャついてはないが、別人に変身していることで、女子から逃げてきたことが伺えるので、五分五分です」
「五分五分?」
るか、刈らないかの五分五分」
「えっ、命を?」
「毛髪を」
イセトゥアンは後退り、頭を両手で覆った。
「いやあ、違うんだよ、こうしてたまに変身して、能力の向上を図っているんだ」
「優しい嘘ニャー」
「違うよルキ、これは保身の嘘だ、こういう嘘をついては駄目だよ?」
「なるほどニョス」
イセトゥアンは元の姿に戻り、彼らのテーブルに着いて、エルフコーヒーを注文した。
「ところで、お前たちは何をあんなに深刻そうに話し合っていたんだ?」
あからさまに話題を変えてきたなと思ったが、ソゴゥはテーブルの上を指した。
皿の上に、宝石の様なチョコレートの粒がいくつか乗っている。
「これは?」
「コールドチョコだ」
「はあ」
「食べると、口の中がひんやりと冷たくなって、溶けたチョコの中からラズベリーの甘酸っぱい爽やかな味が広がって、やみつきになる」
「アイスとは違うのか?」
「アイスではない。特殊な製法によって、口に含んだ瞬間一気に冷気が口腔を駆け抜けていく夏にぴったりのチョコである」
何故かヨルが詳しく説明してくる。
「おう、いやまて、違うだろ? お前たちの話していたのはこのチョコの話じゃないよな?」
ソゴゥが舌打ちをする。
「王宮勤めに聞かせるような話じゃないんでね、イセ兄には聞かせない方がいいと思ったんだよ」
「なんだよ、除け者にするなよ、家族だろ? 何かあったのか? 俺には相談できない事なのか?」
イセトゥアンのコーヒーが運ばれてくると、ソゴゥはチョコレートの皿をイセトゥアンの方に寄せた。
「まずは糖分をとったほうがいいよ、恐らく、想像以上にきつい話だろうから」
イセトゥアンがチョコを口にするのを見て、ソゴゥは周囲に防音魔法と、傍聴阻害、また周囲から自分たちの存在を希薄にする幻覚魔法を掛けた。
「なんだ、厳重だな」
「ああ、さっきから防音魔法は掛けていたんだが、重ね掛けした」
「それで、何があった?」
「今日、三人で国立美術館に、例の太陽の石を見てきたんだ」
「ああ、どうだった? 綺麗だったか?」
「俺は、常設展示のエメラルド鋼で出来た短剣や装飾品の方が好きだけどね。あのメロンのゼリーみたいな、プルンとした石はいつ見ても触りたくなる。太陽の石は、宝石というより光を見に行ったような感じだったよ、黄色い光が強すぎて、石そのものを見ようとすると目がやられる感じだった」
「そんなに輝いているのか」
「この次元の鉱石ではまず見られない、異常な輝きだったよ。それに、あれは、ウランやプルトニウムのようなものらしい。ルキがその危険性に気付いて、どうすべきか話し合っていたところだよ」
「ウランとかプルトニウムってなんだ?」
「危険な爆弾の材料になるってこと。あの太陽の石は、精製すれば、次元に穴をあける爆弾になるらしいんだ。石そのものからは、放射性物質は出ていないから、その点では触れても人体に影響はないらしいが」
ソゴゥはルキを見る。
「あの石のもたらす災害の一つが『魔物だまりの渦』ニョロ。こちらと魔界の次元の境に穴をあけてしまう現象のきっかけが、あの石の爆発によるものニョス。魔物が、開いた穴からこちらに噴出して、生物を食い荒らす災害となるノシ」
「ミトゥコッシーが、過去に一度だけ海洋で見たと言っていたな、回避可能な遠方での発生だったから、なんとか無事帰港できたと言っていたが」
「ミッツ、そんな危険な目に遭っていたんだね。でも、逃げたのは賢明な判断だった、理性なき魔物が数千数万と襲ってくるんだ、応戦していたら、命はなかったかもしれない」
「それでも、時空に開いた穴は、数分から数時間ほどで塞がっているはずニョ、さっきルキ達が見てきたあの石の大きさなら、数十年、数百年と空間に穴をあけてしまうか、穴の大きさが一定を超えた場合、開いた状態で定着してしまう恐れがあるニャ」
「え?」
ソゴゥは皿の上のチョコを、口に放り込んだ。
「な、衝撃的過ぎて、糖分が必要だろ?」
「いや、お前、何でこのタイミングで最後の一個を食べた?」
ソゴゥは背凭れに体を倒して、伸びをする。
「これまでさあ、大陸で『魔物だまりの渦』が観測されていないのは、爆弾が魔界側から使用されたからで、偶々海と空間が繋がったのかもね。もし、こちら側から使用すれば、街中に魔界への風穴を開けることもできるのかもしれないよ」
「魔族側に爆弾の精製する技術と、太陽の石を手に入れる方法があるという事か」
「さあ、憶測だけどね。でも、小さな結晶でも十分厄介なのに、あの大きさの太陽の石をこちら側に見せてきたという、ヘスペリデスの意図は、決して友好の証ではないと思う」

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