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2. 太陽の石

2-7 太陽の石

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「そうニャ、城に出た魔族の特徴を聞いて、それはナヘマーだと確信しているニョロ」
ヨルが目を細める。
ソゴゥはヨルから飛び降りて、その前に立つ。
「駄目だぞ、やり合うにしてもそれは今じゃない。今はそれどころじゃないからな。それに、相手が狡猾な奴なら、情報と準備が必要だ。今回のように、油断して、国を人質にとられでもしたら厄介だからな」
「今回の事も、裏でナヘマーが糸を引いていないとも限らないニャス」
「マジか、だとしたら、いや、もうとっくに敵だ、ルキを海に落とした事だって謝らせてやらないとな」
「感動ニャー、でもここは気づかれないように引き返すニュイ」
三人はキビスを返し、来た道を戻ることにした。
再び出発地点に戻ると、ルキが精霊の家の地下の壁に文様を浮かび上がられ、再び穴を穿った。
先程の何もない丘と違い、地下遺跡の内部のような場所で、薄暗い事には変わりないが、壁一面には電子回路のような模様があり、それが青白く光っている。
こちらも、床にはクルブシまで波が押し寄せてくる。
巨大な通路の先の開けた空間の中央に、ルキの打った杭が鎮座している。

「ここは大丈夫そうニョロ」
「ルキの宝物庫は、いくつあるの?」
「規模がそれぞれ異なるのデフが、千はありマフ」
「世界樹伐りの斧が保管されていた宝物庫に、他に危険な武器はなかったであるか?」
「神と戦った武器は、それだけが収められているニョロ、世界樹伐りの斧を収めていた宝物庫には、それしかなかったニャン。それと、他の宝物庫の鍵が破られていないか確認したニュルが、他は無事だったニャン」
「おっかない武器が、他に盗まれてなくてよかった」
「ルキの管理責任ニャ、特に神代の武器は、もっとセキュリティを厳重にする予定ニャス」
円形の装置の中央にある黒い石碑の前へ行き、ルキがソゴゥの手を繋ぐ。
「兄は、ヨル氏を掴んでおくノシ」
ソゴゥが頷くと、ルキが片手を上げて、石碑にカザした。
石碑の赤い文様が光り、床に黒い穴が開いた。
ソゴゥが身構える間もなく、地面に吸い込まれるようにストンと落っこちた。
落ちた先で、ワンバウンドして、モフリとした場所に落ち着いた。

「もう手を離して大丈夫ニャ」
ソゴゥは床を両手でわしゃわしゃとかき混ぜる。
地面が揺れ、ソゴゥはこちらに首を巡らせてきた巨大な目と目が合った。
両手を上げて、すみませんという意思表示を見せる。
ソゴゥがかき混ぜていた毛は、巨大な黒い犬の背中の毛だった。
シューッという、何やら不吉な音に振り向くと、犬の尻尾の位置から生えた大きな二匹の蛇が鎌首擡げて、顔を寄せて来る。
ひと飲みだ、ひと飲みされてしまう。
ソゴゥが死んだふりは有効か考えている間に、蛇がルキを見てオトガイを開く。
ソゴゥが視界を切り替えて、瞬間移動の準備をしていると蛇が「ルルル」と人の発音に近い音を発した。
「ル、ルキ様! ルキ様!」
蛇がルキにすり寄る。
『お前だけずるい』
犬が水を払うように、胴体をぶるぶるさせてソゴゥ達を振り落とし、落ちたルキを犬がベロりと舐めた。
ソゴゥは巻き込まれないよう、後方にピョンと避ける。
犬は好きだが、舐められたくないのである。

「この魔獣は知り合いであるか?」
「この宝物庫の番をしているニャ、特に頼んでないニャ、ボランティアの蛇しっぽ犬さんニャス」
「ボランティアの方なんだ、どうもこんにちは、って、オルトロスだよね?」
「特徴がちょっと違うのであるが、おおむねオルトロスであろう?」
犬が首を振る。
『蛇しっぽ犬だ、ルキ様はシッポちゃんと呼んでくださる』
「シッポちゃんとは、我々のことですけどね」
蛇が犬を挑発し、犬が唸る。
「喧嘩したら、お前たちを食べるニャン」
ルキの一言で犬が項垂れ、二匹の蛇がうねうねと後方に引き下がる。
「そこを通るので、ちょっと避けるニャス」
ルキが言うと、蛇しっぽ犬は転送杭から離れ、体をずらした。
「いってらっしゃませ、ルキ様」
『ルキ様、何一つ欠けていない事をご確認ください』
大きな魔獣の後ろに見えていた壁は、柱が少しづつずれて立っており、その隙間から奥へを進むことが出来るようになっていた。
完全に柱群から抜けて、奥の空間へ辿り着くと、そこは、今朝見た国立美術館の宝石館をも超える数の宝石で溢れていた。
ソゴゥの背丈を超える巨大な結晶が、珊瑚の林のように様々な形で乱立している。

「これは見事であるな、樹精獣たちにも見せてよいか?」
「もちろんニョス」
炎をそのまま固めたような形の赤く透き通る結晶や、異なる石が共生して不思議な形を作り出す鉱石、或いは混ざり合い宇宙に星が瞬くように青に金が散りばめられたもの。
ソゴゥは雲間から覗く青空の様な、スモーキークォーツの中にネオンブルーが差す透明な結晶にシバし見惚れた。
「すごい、どれも綺麗だね、時間があればゆっくり見ていたいけれど、魔獣を探さないと」
「似た宝石が並んでいたら、片方が怪しいノス」
「そういわれても、双子結晶が結構あるからな」
「水をかければ、元に戻るのであったな」
「イェスニャ」
ソゴゥは東京〇ームほどの空間を見渡し、今日中に帰れないかもしれないと覚悟した。
手前、奥、中央に別れて、一時間ほど怪しい物に水を掛けて回り、探索を続けていたが、中央にいたソゴゥが見つからない事に苛立って「ワー」っと叫び出した。
「ねー、ルキ! 手っ取り早く霧魔法で、全体を湿らせてみちゃダメかな?」
「天才ニャ! 早速やるニャ!」
ソゴゥは霧魔法を発動し、見渡す限り宝石で埋め尽くされた空間を霧で満たした。
やがて天上から、いくつかの結晶がポトリと落ちてきた。そのアクアマリンの様な美しい水色の円柱の結晶をルキが拾い上げ、さらに水魔法でしっかりと濡らす。
ピギェッと、ひと鳴きして結晶が白いモフモフの蛾の魔獣に変化した。
「見つけたニャ!」
「おお、やった! いてよかった!」
「この魔獣は、特に宝石に擬態しがちなので、宝石を多く保管している宝物庫にはいると思ったニャス」
「流石ルキ! よし、帰ろう」
結晶の間を縫って歩いていると、ルキの体がぼんやりと光った。

「光っておるぞ?」
ルキの体から、光の粒が花粉のように空気に舞って、一本の柱のように集まると成長し、女性の形になった。
「う、美しい」
「樹精霊ニャ、何か用にニャ?」
樹精霊の像は、儚げに空中に漂いながら少し離れた場所にある、一つの宝石を指さした。
ルキはそこを目指して、樹精霊の示した石を手に取る。
「これニャ?」
樹精霊は微かに微笑んで、光の粒はルキの中に戻っていった。
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