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2. 太陽の石

2-10 太陽の石

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予告通り現れた怪盗に、王宮騎士たちが、進行を食い止めようと立ち塞がる。
魔法攻撃や直接的な攻撃を行うが、魔獣に当たる前に無効化されたり、弾かれたりしてダメージを与えるどころか、その歩行の速度を緩める事すらできないでいた。

強化金属を砕いたのは、魔獣の咆哮に合わせて、金属や鉱物を変形させることのできる能力を持つルキが行ったもので、王宮騎士の攻撃を防いでいるのは、不可視化されたヨルの防御魔法に因るものだった。
邪神と悪魔の能力により、魔獣の背に乗って威風堂々と国立美術館へ突入したイセトゥアンは、応戦する王宮騎士達を見下ろしながら、一人胸を痛めていた。
美術館建物の前に到達すると、三人は魔獣の背から飛び降りる。魔獣は三人が降りた途端、小さな子犬ほどのサイズになって、ルキの肩に飛び乗った。
怪盗一味は、向かってくる騎士や警備員を迎え撃ちながら、建物内の内部へ進んでいく。
警備員が壁のように折り重なって道を塞ぎ、三人を掴みかかるが、警備員達は怪盗に触れたと思った瞬間、遠くへと弾き飛ばされていた。
真っ直ぐに太陽の石の展示室へ向かう三人を、これまでの者達が食い止めることが出来なかったように、展示室に犇めく手練れの騎士たちもまた、彼らが悠然と石の置かれた台の前の空壁に到達する様を、まるで地面に足が縫い留められたように、動けずに見守るしかなかった。
ルキの精神支配の元、ヨルが空壁に穴を開ける装置のようなものを、空壁の手前に置いて、赤い光が空壁に照射された部分に穴を穿った。これは、ただの赤い光を投影する魔法石が仕込んであるだけの、何でもない箱なのだが、ヨルが空壁を溶かして開けた穴を、装置に因るものと周囲に思わせるための小道具だった。
イセトゥアンが、空壁に開いた穴から手を入れて、太陽の石のを掴み、用意していた箱の中にしまう。

『石を箱に格納した』
『了解、石を俺の元に移動させる』
ソゴゥは美術館を見下ろす、別の場所から、ヨルの意思伝達により昼間マーキングしておいた太陽の石を自分の手元に移動させ、抱えていたモフモフの白い蛾のような魔獣を、この石の上にそっと乗せた。
「さあ、石に変身してくれよ~」
ソゴゥが見守る中、モフモフ蛾の口吻コウフンから白い糸が吐き出され、石に吹きかけている。
ソゴゥは怖くて、ちょっと下がってその様子を見ている。
まるで、蚕が繭を作るように、見た目は成虫となった蛾の姿だが、幼虫が成虫になるためにするように石を糸で完全に包むと、今度は、自らの体も糸で覆い出して、あっという間に白い繭玉が二つできた。
暫くすると、魔獣を包んでいた方の繭玉が割れて、そこから太陽の石が転がり落ちた。
ソゴゥはそれを手に取るとすぐに、マーキングしていた、イセトゥアンが持つ箱の中に移動させた。
『いま魔獣を、箱の中に移動させた、完璧に太陽の石にしか見えない、すり替えは成功だ』
『了解である。こちらも撤収する』
ヨルは、ルキとイセトゥアンに「完了した」と告げる。
イセトゥアンは気が乗らないが、女神であるウルズを真似て、思いっきり高笑いをしながら「太陽の石は、頂戴いたしましたわ」と叫んで、美術館建物を脱出する。
庭に出ると、ルキは肩に乗せていた魔獣をもとの大きさに戻し、三人はそれに飛び乗って来た道を戻って行く。
計画では、このまま正面の門を抜け、待機している警察官達と揉み合って、箱をわざと落として暗闇に乗じて逃げるという段取りだ。
だが、門を抜けたところで、異変が起きた。
三人を乗せた魔獣が、ピクリとも動かなくなったのだ。
ルキが進むように言うも、まるで金縛りにあったように、この巨大な魔獣は動かない。
イセトゥアンは、眼下にこちらを見ているニトゥリーを見つけ、両手で顔を覆った。

「どうしたの、ウルズ姉さま」
ルキがイセトゥアンに声を掛ける。
「スクルド、魔獣は魔界へ直ぐに戻して、それから、私の体が動かなくなったら、抱えて行って欲しいのだけれど」
「どういう事かしら?」
「あそこを」とイセトゥアンは視線だけで、二人にニトゥリーの存在を知らせる。
ヨルが気づき「特殊能力は確か・・・・・・」と言い掛けるのを、イセトゥアンが制する。
「口唇を読まれるわ、とにかくこの魔獣はもう動けないのよ、私も微妙なラインなの」
「わかったわ、姉さま」と、ヨルがニトゥリーの威嚇に抵抗し続けているイセトゥアンを抱えて魔獣の背から飛び降り、ルキも続いた。
魔獣の周りに青白い魔法円が出現し、魔獣の姿が消える。
ニトゥリーは「ほう、動けるんか」と嬉しそうに、凶悪な笑顔で三人を出迎える。
「警察をバカにしおって、己ら、まとめてブタ箱の中で反省させたるけえのう」
イセトゥアンは、ミトゥコッシーのようにニトゥリーに意思を飛ばせないかと、心の中で『俺だ気づけ、手加減しろ、ハゲ!』と繰り返すが、ニトゥリーにはまるで通じていないようだ。
それどころか「何や、お前からムカつく気配を感じるのう」とニトゥリーがイセトゥアンを指して言う。
ニトゥリーを含む、警察官達は以前の吸血鬼取り逃がし事件以来、名誉挽回のチャンスを伺っていたかのように、騎士や警備員たちもその気概はすごかったが、それをも上回る鬼気迫る猛攻に、三人は苦戦を強いられていた。
ソゴゥはそれを見るや、直ぐに海軍基地へ瞬間移動して、寝ているミトゥコッシーを揺り起こし、事情を説明した。

『ニッチ、落ち着け、そこにいるのはイセ兄さんや、ソゴゥがそう言っとる』
『は?』
『その可愛らしい三人組は、皆身内や、手加減してほどほどのところで開放せい』
ソゴゥの横に、幽体離脱して状況を見下ろしているミトゥコッシーが、ニトゥリーに説明する。
『ウルズに扮しているのがイセ兄さんや』
『ウルズってどれや?』
『マントが一番長い奴や、それと一番動きが鈍い、お前の能力に抵抗しとるんやろ』
『ってことは、後の二人はヨルとルキか、どうりで俺の威嚇が効かんと思ったわ』
『イセ兄さんが、箱をわざと落とすから、お前がそれを拾って、その場で中をアラタめろ、中に太陽の石が入っておるから、周りの目を太陽の石にひきつけるんや、その隙に三人には逃げてもらう』
ミトゥコッシーの横で、ソゴゥもヨルに指示を出して、イセトゥアンに伝える。
大太刀回りを繰り広げるながら、イセトゥアンは派手にバランスを崩して、手にしていた箱をとり落とす。それを、ニトゥリーがすかさず拾い上げ、後方に飛び退いてから、箱を開けると、持ち前の大声で「太陽の石や!」と叫ぶ。
「石を奪還した!」と周囲に知らせ、周囲に歓声が上がる一方で、「それは私たちの物だわ! 寄こしなさい!」と叫ぶウルズ。
「姉さま、ここまでです!」
スクルドが首を振り、ベルがその場に留まろうとするウルズを抱えて、黒い煙幕の中へと飛び込み三人は消えていく。

『三人は回収した、ご苦労さん』
『下手な芝居をしおって、笑いそうになったやろが』
『それは、あとでイセ兄さんに言いや』
『まあええ、石は取り戻した、とりあえず俺らはおとがめなしや、偽物とばれるまではのう』
『おっ、バレたか』
『ソゴゥのことや、何か理由があるんだろう』
『たぶんな、俺も詳しくは知らん。また後日、ゆっくりと聞かせてもらおうや』
『そやな、今日は撤収や』
ミトゥコッシーは、ソゴゥと、今し方ソゴゥが瞬間移動で回収した三人を見る。
「ニトゥリーが、また今度事情を聞かせてくれって言っとった、そん時は、俺も呼んでな」
「ありがとう、ミッツ。石を安全な場所に隠したら、二人にもちゃんと説明するよ」
「ああ、それじゃあ俺は、体に戻るわ、またな」
ミトゥコッシーの可視化されていた幽体が、スーッと消えていく。

「さてと、俺たちも戻ろう」
ソゴゥは太陽の石の入った繭玉を抱え、三人の女神怪盗と共にノディマー家の屋敷へと戻った。
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