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4 . 竜の島の冒険

4-1 竜の島の冒険

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リンドレイアナ姫は、蓮の花のような乗り物に竜神王であるスラジ・ラードーン王と、付き人の侍女と共に乗り込んだ。
護衛の王宮騎士二人は、飛行竜に乗って同行する。
外からは白く見えていた乗り物の壁が、中に入ると360度外が透けて見えており、出入り口を介して乗り込んだと思ったが、実は外に出ただけだったのかと錯覚を起こすほどだった。
さらに、この乗り物が離陸すると、中の重量が希薄となり、体が浮き上がってバランスをとることが難しくなった。浮かび上がった体を、どうにか態勢を立て直そうと手を広げる姫に、スラジ王がその両腕を伸ばすが、その手は空を切った。
リンドレイアナは気付くと侍女のソウに支えられており、ソウは見事にバランスをとりながら、スラジ王に冷たい目を向けた。

「姫様に、容易く触れてはなりませぬ。貴方が姑息な手で、姫様を我が物としようとした事、私は決して許しませんからね」
「ソウ!」
「ほう」
スラジ王が目を眇める。
「姫様が、御自ら許可された時だけ、さらに三度確認した後に、手指に触れるくらいの接触ならば許しましょう」
「ほほう」
「ソウ・・・・・・」
スラジ王が威圧を持ってこの侍女を黙らせようとするが、彼女はどこ吹く風だ。
「まあでも、暴力、権力、財力、これらを使って相手を黙らせようとする相手に、姫様が触れることをお許しになるとは思えませんがね。さあ、姫様、水に浮かぶように、全身の力を抜いてご覧あそばせ、そうすればバランスが取れるようになりますわよ」
威圧が効かないばかりか、こちらを無視して、何の敬意もみせない侍女の態度にスラジは驚きが隠せない。
エルフは長命で、魔力量も多く魔術を極めた者は魔王に匹敵する個体があるとも聞くが、このエルフは魔術を使ったわけでも、魔力による防御壁を張っているわけでもない。
にもかかわらず、竜人族ですら迂闊に目を合わせようとしない自分を、真っ直ぐに見てきたかと思えば、さらには神気をものともしない様子だ。
流石にエルフの王族は、そこら辺の胆力が並でないと感じていたが、たかだか王宮仕えの侍女ですらこの実力ならば、ヘスペリデスの竜人よりもエルフの方が、戦闘力が高いという事になる。

「そこな侍女は、一般的なエルフの部類か?」
堪らず、スラジはリンドレイアナに尋ねる。
リンドレイアナは小首を傾げ、ソウを見る。
「いえ、特別ですわ」
スラジは納得した。
「其方の身の回りの世話だけでなく、護衛もかねておるのだな?」
「ええ、その通りです」
侍女は体勢を立て直したリンドレイアナのスカートの裾を直しながら、下方に見えている竜人たちを見下ろした。
「彼らが上を見上げたら、姫様の御下着が見えてしまうのでは?」
非難するような口調に、スラジは咄嗟に「それはない、絶対にだ」と慌てる。
早くもスラジは、この姫の侍女が苦手となっていた。
「外から中は見えない。それは其方らも確認したであろう?」
「エルフの目では見えなくても、竜人族からはどうか分かりませんわ」
「いや、そんな透視能力は彼らにない、この壁材の構造は竜人族にも同様の効果だ」
「では、私が王をこの場で殺そうとしても、彼らには見えないという事ですのね?」
スラジが目を見開く。
「王は、エルフをアナドりすぎておられますわ」
乗り物内の空気が一変する。
胸を重く押さえつけるような負荷と、手足が麻痺した様な痺れにリンドレイアナがうめき声をあげると、スラジは威圧を解き、侍女が「冗談ですわ」と殺気を収めた。
「姫様をお預けする国王の危機管理を、確認させていただいたまでです」
しれっと言う侍女に、リンドレイアナは疲れ果てた様子で「ソウ、暫く大人しくしていてちょうだい」と頼んだ。
黄金色の光と共に、神殿のある浮島へと到着すると、竜人族と王宮騎士は神殿手前の庭部分へと降り立ち、飛行竜は竜舎へと繋がれた。竜神王と姫を乗せた乗り物は、神殿建物の上方へ着陸し、そのまま魁偉カイイな建造物の中へと案内された。

「荷物は既に、姫の部屋へと運んである。晩餐には出席するように」
姫を部屋に案内して、そのまま戻って行こうとするスラジ王を呼び止める。
「神殿の中を案内してくださらないのかしら?」と言ったのは、黙っていろと言われていた侍女のソウだ。
「姫と二人きりでよいか?」
「私は空気ですので、いないと思っていただいて結構です」
姫と竜神王の間に割り込みながら、侍女が言う。
そろそろ竜神王の方が気の毒になってきたと、リンドレイアナは額を押さえる。
侍女の要望の通り、スラジ王は自ら、リンドレイアナ姫と侍女を従え神殿内の案内に立つ。神殿は部屋部分を除く廊下などの通路のほとんどの壁が取っ払われた開放的な造りで、階段と柱で構成されたジグラット様式をとった高層構造となっている。
また、これまで嵐などに晒されたことがないかのように、凝った装飾の置物が廊下に飾られ、陽の光を受けている。
巨大な生物が出入りするにはいいのかもしれないと、リンドレイアナは思い、背の高いスラジ王を見上げる。
その視線に気づき、スラジ王がリンドレイアナに目を向けるも「はい、ちょっとごめんなさいよ」と侍女が王の視線に割り込む。
スラジは百の竜の能力を持ち、試しに腹が痛くなるという能力をこの侍女に試すも、この侍女は「なんか、お腹が空いてきましたね、晩餐は何時からですか?」とケロリとしている。
あらゆる者が自分の前では低頭し自ら膝をついて畏れ崇めるというのに、この数時間でスラジは自分から神気が失われたのではないかと、本気で考えた。
神殿の案内をしているところへ、庭の方から二人のエルフがやって来る。
王宮騎士の二人はリンドレイアナ姫を見つけると安心して「これより先は、我々も同行をさせていただきます」と王に申し出た。
「エルフと言うのは、意外と図太い民族なのだな。もっと華奢で脆弱なイメージであったが、この数時間で、まったくの思い違いをしていたと知らされた」
王宮騎士の二人は顔を見合わせ、そしてリンドレイアナの側に控える侍女に目を向ける。
「あの、そこの侍女が何か失礼なことをいたしましたでしょうか」
「余を殺すと脅して来たぞ」
一人は全く顔色を変えず、もう一人はすぐさま「申し訳ございません」と謝った。
「よいよい、さあ、そろそろ部屋へ送ろう」
スラジは姫と侍女、そして二人の王宮騎士を姫の部屋へと案内した。
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