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4モフモフと悪魔と朝ごはん

4- 2.モフモフと悪魔と朝ごはん

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たっぷり二時間かけて食事を終え、やっとのことでソゴゥのもとに、例の本が持ってこられた。
ソゴゥは食事や飲み物に一切口を付けることなく、椅子にさえ座らずに、その時間を過ごしていた。

「お待たせいたしました」
本当になと、ソゴゥは思考に留める。
「長らくお借りしておりました、これで返却は完了ですね」
「少しお待ちください」
ソゴゥは返却された本を手に取り、司書がもつガイドと呼ばれる携帯していた魔法書に手を当てて半眼で何事かをツブヤくと、本が呼応する様に光った。
「確かに、これはお貸ししていた物です。では、私はこれで」
「図書館まで、馬車でお送りいたしますよ」
「いえ、不要です」とソゴゥは振り返らずに食堂を出て行きトーラス家を後にする。

図書館へ続く真っ直ぐな街道に、ミキが淡く発光する街路樹が等間隔に植えられている。
ソゴゥはその間を通り、帰路を急ぐ。

嫌な予感がする。
あの男の目的はこの本だったのか、それとも別の何かか。

図書館が近くなると、周辺に民家などはなくなり、公園や商業施設だけとなるが、それも夜は無人になる。
夜になると、イグドラシルが昼間放出していた魔力を吸収しだすからだ。

やはり来たか。
ソゴゥは自分をつけてきた気配が動き出したのを察知して、その最初の攻撃をギリギリでカワすが、追尾ツイビするように飛来してきたものが再びソゴゥの方へと向きを変える。
けたつもりでいたが、気づけばソゴゥは地面に片膝を付いていた。
司書服の腹の部分が裂け、血がニジみだしている。
傷をフサいだり、治癒チユさせたりといった高度な治癒魔法は使えないが、とりあえず腹に手を当てて、止血を行うと、ソゴゥは高く跳躍チョウヤクして、自分を襲ったものの正体を確認する。
見たこともない武器だった。銀色の刃のついた円盤状のものが高速で回転しながら、二機が交差するように飛び交っている。
その超高速で回転する磁気をおびた武器により、場の重力が武器の方へ傾き、避けたつもりで引き寄せられていたのだと、ソゴゥは瞬時に解析する。
エルフの魔術によるものではない。あれは、他国の技術によって作られた武器だ。第二貴族のトーラスが他国とツナがっていたのか・・・・・・・。
ティフォン・トーラスは、トーラス家の当主ではない。当主の叔父にあたり、後見人としての役割を担っている。
このタイミングで襲ってきた者が、ティフォンと無関係であるわけがない。恐らく、一度返しておいて、この本を再び手にするつもりなのだろう。
ソゴゥは、磁気を消すため武器に火球をぶつけ、その後、冷却の魔法で凍り付かせた。
磁気が弱まり、円盤は回転速度を落とし、やがて、ただの二つの鉄の塊となって転がった。
顔を隠した十数人の男たちが武器を持って飛び出してきたのを見るや、ソゴゥはガイドを開き「シルシを」と、唱える。
これで、男たちの顔には、隠していても「イグドラシルを冒涜ボウトクしせし者」と刻印され、その心根がアラタまらない限り、何をしても消えることはない。
彼らは自分たちがされたことに気付かずに、ソゴゥに襲い掛かる。
ソゴゥが彼らを手玉に取り、圧倒的な実力差をみせつけると、襲ってきた者たちは、今度は拘束されまいとして、見切りをつけて撤退した。
ソゴゥも彼らを追うことはしない。本をイグドラシルに持ち帰ることが最優先であるためではあるが、これ以上彼らに構うだけの余裕がなかった。

灯の消えたイグドラシルに戻る。
レベル5の八人も、それぞれの住居となる第五区画の自室に戻っているのだろう。
閑散カンサンとして静まり返った巨大な建物に辿タドり着き、レベル7のみが立ち入りを許された、第七区画へ急ぐ。
部屋には、母、ヒャッカにモラった傷を治すことのできる治癒の魔術書がある。
もはや、医者へ駆け込むよりも内臓まで達したこの傷を治すには、その方が確実だと判断しての帰宅だったが、脂汗アブラアセがにじむ全身と、カスんでくる目。意識までもが朦朧モウロウとし始めた。
壁に手を付きながらも何とか歩き、禁書庫の書架に肩をぶつけ、うっかり意識を失いそうになるのを、気力を奮い立たせて堪える。
さっきから意識は「ヤベー」が無限ループしている。
エルフでもたちどころに傷が癒えるような治癒魔法を使えるのは、治癒専門の魔導士と、オスティオス園長のような高位の一部の魔導士だけで、通常の医者の治療においては前世の技術や薬品の方がずっと優秀だった。

自室まであと少しというところで、何かにつまずきソゴゥは絨毯ジュウタン張りの床に両手をついた。足をスクったのは、分厚い魔法書のようだ。先ほど、書架にぶつかった時に落としてしまったものだろう。
ソゴゥは本を拾いあげようとして失敗して、床にとり落とした。
めくれ上がったページに手が触れ、そこが赤く汚れたことに気付き、ソゴゥは悲鳴を上げそうになった。見ると、押さえていた腹からまた血が滲み出しており、自分の手が血で汚れていた。
そんな事にも気が回らないでいた。
一人で戦うことの限界を感じる。とは言え、レベル7と同等に戦える者はそうはいない。もしも、他の司書と共闘して、その者が人質になった際、イグドラシルの世界を破滅に追いやるような重要書籍と、その人質どちらかを選べと言われたら、自分はどちらも選ぶことが出来ないだろう。
だから、一人で戦うことにした。
その方が、ずっと心が楽だからだ。
十年前、誘拐された兄弟たちを目の当たりにした時、誰かを選び、誰かを犠牲ギセイにしなくてはならない状況だったらと、考えたことがある。
どんなに悩んでも、結論は出なかった。
俺は弱い。
イグドラシルの大切な知識を、俺の血で汚してしまった。

開いた本の上に小さな太陽のように高エネルギーの塊が出現し、水面に一滴の雫が落ちて波紋が広がるように、光が帯状になって拡散し、円の形で定着した。
「魔法陣か・・・・・・」
円に赤い光の字が浮かび、照度を上げて、その中央に宇宙の暗がりに似た闇が口を開く。
そこから、雷鳴に似た轟音を轟かせ、狭い門を潜るように巨大な悪魔が顕現ケンゲンした。

『我を呼んだのは貴様か』
「ウソだろ・・・・・・・」
それ、俺がやりたかったやつ・・・・・・・。
ソゴゥはその黒い炎を纏った悪魔に多大な嫉妬シットを覚えながら、そこで意識を失った。
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