七つの星の英雄~僕は罪人~

ミシェロ

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第5章 「スター一族」

第54話

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 扉を開けた瞬間、僕に風が襲い掛かった。頬に赤い川が流れる。そして目の前にはシベルを吹き飛ばした銀髪の彼女がいた。

 僕は息を漏らした。

 それを聞いてから彼女は身体を震わせ、お腹を押さえる。

「……ぷぷっ、あは、あははは! 何しに来たの?」

 全身黒服のへその見えてしまうワンピースとショートパンツ。銀色の髪。頭ではわかっていても感覚が叫んでいた。この人は僕の知っている彼女ではないと。

「もちろんミカロを助けに来たに決まってるじゃないですか」

 声は彼女だ。姿も彼女だ。だとしたら彼女は......

 頭の中に考えがめぐる。彼女は敵に向けていたように僕に向かって扇の裏を僕に向ける。

「なに勝手な事してくれてんの? 私、助けてほしいなんてあのとき一言も言ってないよ?」

「仲間を助けな......」
「だから私はシオンたちの仲間じゃないんだって。もともとスターダスターにはお金を稼ぎたかったから入っただけで、シオンを助けたのも、謝礼っていうの? それをもらえると思ったから助けただけ。今回のもパパのお金が目的だしね」
 
 ウソだ。こんな彼女を僕は知らない。知りたくもない。今の言葉は僕が効くだけで満足だ。今の言葉を聞けば、目の前にいる人物が誰なのかはハッキリした。彼女がこんな服を好むはずもない。僕にはそれがハッキリとわかる。何か月一緒にいたと思っているんだ。

「あなたは誰なんですか?」

「……だからミカロ・タミアだよ。シオンの記憶が元に戻るように支援して、リラの同期で、アスタロトの友達で、エイビスとよくケンカして、しかもシオンと一緒にお風呂に入って夜空を眺めた女の子。……これを聞いてもまだ信じてくれない?」

僕は右拳に力を込めた。彼女ではない。きっと誰かが化けて僕を騙そうとしているんだ。そう信じたい。けれど、今の言葉のやさしさは、間違いなく彼女だ。おっちょこちょいで素直で天真爛漫で明るい性格で、少し照れやすいところが弱点な彼女。ミカロ・タミアに間違いない。

 操られている感覚も、ない。まさかこのために薬を使うことになるなんて。ごくり。苦い。右手の感覚が戻る。彼女はヴィエンジュさんを呼び出す。動揺がない。僕の勘が間違っているのか? 彼女の肝が据わっているだけか。

 武装発光(ウェポンライト)は意味がない。先手必勝。ほかの星霊を呼ばれる前にかたをつける。彼女の光に見境がない。しっかりと避けていなければ体に2.3個穴ができていた。

 後退して場所を変える。ミカロにウェポンライトを放つ。が、ヴィエンジュさんに吸収される。強い。味方だと心強かった。人数の差を補える魅力的な能力。なおのこと僕の右手には力がこもった。

 ――楽しむ余裕などあるのか?――

 声が響く。誰だ? 僕に話しかけているのか?

 ――見せてやるよ。喧嘩を売ったやつがどうなるかを――

 僕は身体の中に引きずりこまれた。四角い閉鎖された空間。目の前にヴィエンジュさんが見える。ミカロが風で傷ついている。ヴィエンジュさんが光に消えた。赤い鉾? 火というよりも感情を持っているみたいだ。誰だ? まさかミカロも......

 ふざけるな! ここからは僕の戦いだ!

 押し出た感覚がした。赤い鉾はそのままだ。ミカロは傷ついた体を気にしつつ僕から後退する。場所は円形の1つの部屋に変わってしまっていた。

「万物発祥の開祖たちよ。我の召喚術において汝を現世に形作る......」

 聞いたことのない|言葉(コール)。竜巻を纏った女性が姿を見せる。彼女がミファ......こんなところで会いたくなかった。

「シオン、まだわからないの?」

 ミカロは慌ただしく呼吸を繰り返し、ミファ=ラグウェルの召喚と共に、2体の星霊は姿を消した。相当なエネルギーを使うのは本当だったらしい。だが、彼女の言葉と同時にシオンは歯に力を込めていた。

「……例えミカロが嫌でも、僕はありのままの、前までのキミを信じる。隠すのはもうやめにしよう」

 焔をまとった鉾はさらに熱気を増し、シオンの半身を彼女の視線から隠した。彼女がミファに手を振り上げると同時に、シオンは彼女に駆け出した。本来透明なはずの風が、シオンにはまるで異空間から現れた針に似たものに見えていた。

 引っかき爪に似た彼女の攻撃による隙間を利用し、シオンは風を足場に彼女の真正面に鉾を振り上げ姿を見せた。

「滅理・星牙!」

 ミカロのガードよりも素早く、彼女の感知を越え、シオンは彼女の体に連撃を与えてゆく。7連撃を受け、彼女が空へと飛び上がった瞬間、彼も体をしならせ、鉾を振りかぶった状態で彼女にとびかかった。

 彼が振り下ろした瞬間、シオンは目から光の結晶を放出していた。鉾を捨て、落ちるミカロを庇う形で地面に落ちた。

 痛みのさなか、シオンの目に映ったのは、小さな竜巻を手に構えるミファの姿だった。けれど、彼女は笑顔に似た口を見せると、姿を消した。

「くっ!」

 シオンは自分の腕が固まったように動かなくなったような感覚にさせられた。そしてその瞬間、ミカロは彼を地にたたきつけた。互いに輝きを失ったものの、気力では彼女が圧倒的に勝っていた。

 薬が切れていた。

「どうして? どうしてシオンはそこまで私を止めようとするの?」

 ミカロはボロボロになりながらも、止め方のわからない涙を雨のように溢れさせて僕を見ていた。

「ミカロが仲間だからですよ」

「……裏切ってシオンの敵になっても?」

「はい」

「私がシオンのこと、大嫌いでも?」

「はい」

「私のために、死ぬことになったとしても?」

「ええ。だってミカロは僕の仲間じゃないですか」

 ミカロはあふれる涙を止めようと、両手で目を覆い隠した。けれどそれは思い留まることなく、彼女の両手に雫が溜まっていった。彼女は必死に涙と引き戻すなか、シオンは彼女の左手に右手を優しく添えた。

「わかんない......わかんないよ......どうしてそこまで私を......」

「それはミカロが言ってくれたことじゃないですか。見ず知らずの僕を優遇してくれた。内気な僕の手を引いてくれた。一人の仲間として見てくれた。僕は恩を返すたちですから」

シオンは朦朧とする意識の中、柔らかい綿に包まれたような感覚に引き込まれた。ミカロは彼を起こし抱きしめた。

「ばか......バカシオン! そんなこと気にしなくていいのに......私が勝手してるだけなのに......」

シオンは肩に流れる彼女の涙を感じながら、ふと力が抜け、彼女に寄りかかった。けれど、彼女が否定を見せはしなかった。

ミカロはシオンが恨めしかった。自分で勝手にチームを離れたのに、彼を傷つける言葉をいくつも口にした。けれど彼はそれを笑顔で通り抜け、自分に手を差し伸べてくる。むかつきが頭をめぐると同時に、ここまで優しくしてくる、こんな裏切り者の自分を信じる、と言ったシオンに、体中からうれしさが弾けてもいた。

「戻ってきてくれますか? 僕たちのチームに」

「戻るから! 戻るから......涙、止めてよぉ......」

 シオンは痛みに震える右手をミカロの背中に回し、優しく叩いた。その瞬間、彼女は涙でいっぱいの目を彼に見せ、力強く抱き着いた。

 そして、シオンの目の前には、にやりと笑みを浮かべ、2人を見る大きな拳の赤髪男がいた。ミカロは彼に気が付くと、忘れたように涙を引っ込め、シオンから少しだけ遠ざかった。

 その瞬間、地鳴りが周囲を覆った。辺りを見回すと、下の階が崩壊を始めていた。

「カップル喧嘩は終わったか? そろそろ脱出しねぇと、そのまま眠ることになるぞ」

「カップルじゃないわよばかぁ!」

 涙を含み、声を震わせつつも、正論を言うミカロに、ファイスは心臓を持ち上げられたように電撃を受けたような、呆然とした顔をしていた。頭を振り乱し、冷静を取り戻すと、シオンに手を差し伸べた。

「立てるか?」

「たぶん、大丈夫です」

 正直大丈夫では全くなかった。手を引っ張られるだけで電気が流れたような感覚になり、体が躊躇いを見せていた。ここから脱出できるのか。その自信が限りなく薄くなっていく気がした。

 ファイスはエレベーターを吹き飛ばし、二人を催促した。シオンがミカロに振り返った瞬間、彼女は奥に進もうとしていた。

「おい何してんだ! このままだと」

「シオンの記憶がここにあるかもしれないの! 先に行ってて!」

「ハァー......シオン、動くなよ」

 彼はやれやれ、といった表情で拳の勢いでミカロに追いつくため飛び出した。シオンはため息をつくことしかできなかった。

体を動かせばコードを巻き付けられているように電撃が走り、静止しているだけで精一杯。会話をしようにも、はいもしくはいいえが平気な程度。顎を動かしすぎれば、顔を中心として電撃が姿を現す。1時間を有効に使うことを忘れていた僕にはぴったりな罰だったが、情けなかった。

 ふと彼らの言った方向を見ると、滝のような波を背に、駆けてくるミカロとファイスの姿が目に入った。周囲のガラスがぴきぴきと音を立て、警戒が身体を巡る。

「痛ぇかもしれねぇけど、我慢しろよっ!」


 ファイスはボロボロな服のミカロと僕を投げ、僕たちを両拳でエレベーターホールの空へと飛ばした。その瞬間、エレベーターホールや地下空間全体が崩落し、水の勢力が暴走するように空気の隙間を埋めてゆく。

 当然息を貯め込んでいる時間などなく、僕たちは大海の世界に引き込まれた。僕が願ったのは彼女の安否だけだった。

 頭の中には後悔が浮かんだ。エイビスにも何も言えていない。金髪の女の子がいったい誰だったのかもわからなかった。何よりミカロを救えなかった。僕の中から空気が消えたのか、怒りすらもこみ上げてこない。あるのはやり場のない感情だけだった。

 息が戻ったような気がした。目を開くと、そこには確かに僕が放出した泡と、唇を交わし、空気を送り込むミカロの姿があった。彼女の火照った笑顔を見た瞬間、ふっと僕の身体から僕が抜け出たような感覚に包まれた。
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