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第06章 伝説の剣

第18話 (閑話)キッカの決意

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「おはようございます」
 そう声を掛けたのは女子寮こと元孤児院で暮らすエイジの元奴隷であるローズさん。
 すでに厨房では当番の何人かで朝食の準備をしていた。

 これはエイジが朝逃げした日の翌日の話である。

 食堂では装備を万全に整えたキッカが座っている。ローズが声を掛けたのはキッカに対してだった。
 キッカはローズの声も聞こえない程、考え込んでいた。何か思い悩みを抱えてるようで、ローズの声が届いてないようだった。

「……キッカさん?」
「……」
「キッカさん!」
 未だ思い悩み続けるキッカの肩を揺さぶり声を掛けるローズさん。

 昨日、エイジが逃げた後、女子全員で色々と話し合い、ローズとキッカも同じ悩みを抱える同志となっていたが、立場が違う彼女の気持ちも分かっていた。
 自分は関係ができただけで満足だが、キッカはその先を望んでいるのだろう。もちろん自分にもそれはあるが、今はエイジと関係を持てた事に十分満足していた。

「ローズ……さん…」
「ローズさんじゃありません。どうされるのですか? もう出発しないと間に合いませんよ?」
「…だって…どんな顔して会えばいいかわかんないもん…」
 今にも泣きそうな顔で答えるキッカ。しかし悲観的な感じは若干あるものの、嬉しさと恥ずかしさの方が勝ってるような複雑な表情だった。
 そんなキッカに気軽に答えるローズ。

「いつもの顔で普段通りに挨拶すればいいんです。さ、早く仕度しないと」
「……やっぱり無理だよ。だって逃げられちゃったんだもん」
 そう、キッカは朝早くエイジが逃げた事で振られたと思ってた。
 エイジとしては記憶は無く、朝起きた時の現場を見て、やっちゃった感に耐えられなくなって一旦逃げて時間を置こうと思っただけなのだが、逃げられた方としたらそう思ってしまうだろう。

 そんなキッカにローズは自分の思いを打ち明けた。
「キッカさん、私達奴隷は…元奴隷ですが、昨晩の事を皆非常に喜んでいるのです。本来であれば性奴隷として売られていたかもしれなった私達が、今ではこの町一番の繁盛店を切り盛りして、生活も余裕ができ、美味しい物を食べたりお風呂に毎日入れたり、給料はもちろん休暇まで頂ける夢のような今の暮らしを頂いたご恩を少しでも返したいという思いと、エイジ様と少しでも繋がりを持ちたいという思いで、半ば無理やりでしたが昨晩の行動に出ました。私達は十分満足できましたし、ずっとエイジ様の奴隷でいたいと思っています。でも、キッカさん、あなたは違いますよね?」

 エイジ様だったら性奴隷でもいいのですが、と顔を赤らめ付け加えたローズの言葉だったが、キッカはもう別の事に考えを巡らせ全く聞いてなかった。
 弱そうだと皆から言われるエイジだが、女性からは意外とモテるようだ。

 キッカはローズの話を聞き、そういう考えもある事を知った。
 ユーやクラマやマイアが羨ましかったキッカにしたら、それでも幸せだと言えるローズの言葉は、何か胸の中で引っ掛かっていた物がポロリと落ちた、そんな爽快な気分にさせられた言葉だった。
 そんなキッカがローズに意を決して言葉を放った。

「ローズさん! 私もここで働かせてください!」
「え!?」
 意外なキッカの言葉に固まるローズ。

「ダメですか?」
「い、いえ、でもあなたは…冒険者で…エイジ様のパーティメンバーで…【星の家】の運営にも関わってて…エイジ様の嫁候補で……」
 キッカの更なるお願いに、しどろもどろな返事になってしまうローズ。事情を色々聞いてるだけに、エイジの奴隷として一緒に働く事が憚られる。キッカはエイジのパーティメンバーなのだから、自分達とは立場が違うとローズは考えてしまう。
 奴隷では無いというエイジの考えは百も承知しているが、エイジの奴隷であることの方が幸せに暮らせるという思いは、この女子寮に住む元奴隷達全員の考えでもあったからだ。

 その繋がりを強固にするための楔として女子寮の女性達で前々から計画していた事を実行に移し、まんまと嵌められたエイジだった。実際に、エイジは今どう責任を取ろうかと頭を悩ませていた。
 先送りにして有耶無耶にしたいとは思ってるエイジだが、怒られないはずもないと戦々恐々としているのも事実だった。
 ローズ達の計画は、恩返しの意味もあったが、エイジとの繋がり持って安心したいという事も含まれていた。そんな事は知らないエイジはどうやって責任を取ろうかと考え中だ。ローズ達が要望を言えば何で叶えてしまうだろう。
 ローズたち女子寮メンバーは計画以上の成果を果たす結果を出したのだった。

 さて、そんなキッカの願いだが、聞き受けられる事になった。ただし、料理人という立場ではなく警備という立場での採用だった。
 エイジから魔法書との契約を授けられ、その後キッカやクラマにレベリングしてもらって、冒険者としても中級以上の実力は持ってる彼女らだが、街中でバンバン魔法を打つわけにも行かず、風魔法で目眩ましをする程度に留めていた。

 そう、彼女達はかなりの頻度で襲われていたのだ。
 ケーキのレシピを狙う者、大繁盛している売り上げを狙う者、彼女達のファンだと言い付きまとう者。三人いる男性のファンの方が熱烈なストーキングをしていたようだが。
 理由は様々だが、何度も襲撃を受け、時には攫われそうになった事もあった。

 相談したわけではないが、ケーキ屋【星菓子】の盛況ぶりを聞きつけた領主様の娘のアイリスが自主的に心配して領主様に頼んでお墨付きをくれたり、警邏で敢えて衛兵を今まで以上に巡回させたり、裏でフォローしてくれてたようだが、領主様も、その娘のアイリスもまだ店に訪れた事が無いので、『お墨付き』というのは、あまり信憑性がなく効果も然程なかった。
 アイリス自信はちゃっかり毎日警邏の者にケーキを買わせてるようだが。
 だがそれも衛兵が立ち寄る店という事で少しは抑止力に繋がってはいたようだ。

 【星菓子】のリーダー格であるローズも、未だに実害は出ていないし遠慮もあって相談できなかった。エイジならこの状況は既に把握していて、【星菓子】メンバーなら問題ないぐらいに思ってるかもしれないとも考えていた。それでも、そろそろエイジに報告だけでもしようかと考えていた所でキッカからの提案だった。

 キッカの腕前はレベリングの時に見ているので十分に分かっている。しかも女性であるキッカは【星菓子】女子メンバーの護衛としては最も適した人材である。
 問題はエイジのパーティメンバーで嫁候補であるという事。しかし、それも今回はキッカからの申し出ではあるし、エイジからダメ出しが入れば他の護衛を付けてくれるだろうと、ローズはキッカの申し出を受ける事にした。

 キッカの仕事は朝晩の通勤時の護衛のみ。
 他の空いてる時間は女子寮に残って暇を持て余してる者から料理を習ったりしている。自由な時間というやつだ。
 キッカは冒険者だし、盗賊の手下をしていた時はリーダーのような事もしていた。元々孤児院仲間からも、ある程度の事はなんでも起用に熟す方だ。料理にしても食べられるレベルのものは作れるようだが、売り物にできるレベルでは無い。この世界の料理事情を考えれば十分できそうな気はするが、キッカの料理レベルはそれ以下だったのだ。ただ塩を掛けて焼くだけなのによく焦がしてしまうのだ。

 以前からエイジのように美味しい料理を作れないかと思ってたので、エイジが提供する調味料を使って料理をする彼女らに習うのは、キッカにすれば願ったり叶ったりだった。
 その待遇を受けるための仕事の方はと言うと、Aランク冒険者である実力での護衛。これは、この街でAランク冒険者をやってるキッカだけあって効果的であった。
 このフィッツバーグの街は、人口一○万人程だが冒険者ギルドは一つのみ。そこのAランクと言えば、領軍の将軍並みに有名なのだ。この世界では強さは憧れの象徴でもあったからだ。
 ただし、その中には何故かエイジは入ってない。国家公認Aランクでもあるのにも関わらずだ。見た目も大事なのかもしれない。

 そんなAランク冒険者であるキッカが護衛するとあっては、チャチャを入れる者も激減した。しかも、初日にはAランク冒険者を雇えるほど儲かってるのかと噂が広がったが、その日の内にキッカが関係者だと分かると今までの襲撃者達も諦める者達が続出、ローズの想定以上に効果的だった。

 【星菓子】のオーナーがエイジである事は周知の事実なのに、エイジが特別な冒険者であるとか、『煌星きらぼし冒険団』のリーダーである事はあまり知れ渡ってないようだ。
 エイジの見た目からして結びつか無かったのかもしれない。

 それから数日、キッカを護衛とした事で、今までの懸念であった襲撃は無くなった。そこでローズはもう一つの考えに思いを巡らせた。
 店舗拡大についてだ。

 【星菓子】現況を考えるともっと儲けられるのに何故エイジは支店を出さないのだろうと、ローズには不思議でならなかった。
 レシピは独占、仕入れルートは確保できている。しかも核となる砂糖や小麦は【星の家】から仕入れているので格安で入荷できている。
 販売価格を抑えているといっても、利益率は非常に高い。
 もしかしたら、自分達が新人教育をできるまで待っているのかもしれないと深読みしているローズであった。

「また何か計画中ですか?」
 ローズと同じくリーダー格のアンジェリカがローズに声をかけた。
 この二人、とても仲はいいのだが、何かに付けてよく競い合う仲でもあった。

「あ、アンジェリカ。いえ、計画って程ではないのですが、もっとエイジ様のお役に立てないものかと考えてたの」
「やっぱり何か計画してるのですね。聞かせてもらっても?」
「ええ、あなたの協力は不可欠ですし、意見も聞きたいですしね」
 そう言ってローズはアンジェリカに支店の事について話した。

 それを聞いたアンジェリカもまた、ローズ以上に深読みをした回答を口にした。
「エイジ様は国家公認冒険者です。という事は国中の全領地に支店を出そうとなさってるのでしょう。それには各店舗での責任者が必要になってきます。その責任者が全員揃うまで待っておられるのではないでしょうか」
「…なるほど…さすがはアンジェリカ。私はそこまで考えが及びませんでした。では、今夜、緊急会議を開いて皆にこの考えを浸透させ、もっと精進させなければなりませんね」

 その夜、早速開かれた会議で意見は交わされた。
 支店の設立。会議が終わると、最早これは彼女達全員の決定事項になっていた。
 そしてキッカも。
 この街での危険は去ったが、他の街でも同じような状況になるであろう事は容易に想像できる。
 そこでキッカは各地に出す支店の警護の全てを請け負うと約束した。
 もちろんキッカ一人ではできないので、専属で腕が立ち信用のおける者を雇い、その管理をすると提案したのだ。

 後のキッカが【星固守スターガード】という護衛専門の組織を作る事になるのだが、それはまた別のお話で。

 今は心当たりとして【星の家】にいるケンとヤス、それに居付いてしまっているプリームとシェルのロンド姉弟。あとは、少し力不足だが【星の家】出身で冒険者になった者に声をかけようと考えていた。まずはその四人に声を掛けようと、エイジが既にエルダードワーフの里に向け、旅立ったと思う【星の家】へと向かうキッカであった。

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