元悪の組織の怪人が異能力バトルなどに巻き込まれる話(旧題:世の中いろんなヤツがいる)

外套ぜろ

文字の大きさ
7 / 38
第1章 悪の怪人は異能力者の夢を見るか?

第6話 善良な一般市民

しおりを挟む
 ——『異能力反応なし』


 大きな机の上に置かれたデスクトップ型パソコンの画面にその文字が表示されたとき、牙人は特に驚かなかった。驚かなかったし、むしろ安堵の息を短く吐いたくらいだ。
 当然だ。そんなものを使えるようになった覚えはないし、その予定すらない。
 しかし、牙人以外はそうではなかった。

「……えーと、故障?」
「いえ、そんなはずはありません。……この通り、寺崎さんにはしっかり反応します」
「そうだな……私の異能力はちゃんと検出されている」
「じゃあなんでぇ?」
「……」

 りこが銃の玩具のような形をした器具を栞に向けると、画面には『あなたは能力者です』と表示された。
 その下には、何やら細かい文字がずらりと。
 グラフや図を交えながら、検査結果でも書いてあるのだろうか。
 読む気が失せる大きさと量だったので、牙人は視線を上げた。

「だからさっきも言っただろ、俺は異能力者じゃない」
「……」
「あれは……そう、マジックなんだよ」
「……」
「信じてくれ」
「……」
「……何回やっても同じだから。いい加減諦めろ」
 銃の形の機械を牙人に向けたり自分に向けたりを繰り返している栞に呆れて言う。
 栞はぴたりと手を止めると、無言のまま機器を机の上にそっと置いた。

「……本当に能力者じゃない……のか?」
「そうだってば」
「そうか……」
「ようやく信じてくれる気になったか? 俺は異能力なんて持ってない、善良な一般市民だ」

 「ラボ」と呼ばれるその部屋の第一印象は、とにかくものが多いということだった。
 床には段ボール箱がいくつも積み上がっていて、中央の机の上には、大量の書類と機械類が置かれている。
 壁は本棚がほとんどを占めていて、「万物の法則は物理だ」だの、「分子間力入門」だの、「ラプラスの悪魔は存在するか」だの……様々な専門書が収まっている。本の詰まっていない段には、何かの模型のようなものも散見された。
 机の上に積まれていた本の一番上、「ゴリラでもわかる! 相対性理論のなんたるか」という本をぱらぱらとめくってみるが、最初のページで半分ほど何を言っているかわからなかったので、そっと閉じて元に戻した。アフリカの森に暮らす彼らの知能は、侮らない方がいいかもしれない。
 そんな感じで物量の多さに圧倒されたわけだが、それでいて整理はされているので、散らかっているという感じではない。 それがなんだか不思議だった。
 そして、パソコンにつながれたこの銃型の機器が、「異能力検出器」なるものらしい。
 初めは何をされるかと思ったが、結果的にはこれがあって助かった。
 まあ、この体ならば、何をされてもある程度は大丈夫だろうが。何せ、ヒーローの必殺技を食らってもこの通り生きている。
 殺せていないのに必殺とはこれいかに。
 牙人は心の内で苦笑して、ほとんど治ったわき腹の古傷を服の上から撫でた。
 しかしこれで、牙人が能力者でないことを証明できる。
 ということは、疑いも晴れて家に帰れる——

「じゃああの変身は何だ」
「……あー……」
「善良な一般市民は、狼男に変身したりしないぞ」
「……」
「おい、目を逸らすな。異能力じゃないなら、あの姿は何なんだと聞いているんだ」

 ……というわけにはいかないのが現実だ。世の中、そう都合良くはできていない。
 彼らにとっては、異能力で説明できない牙人の力の方が未知にして異端と、そういうことだろう。
 より面倒な状況となってしまったようである。

「俺は……」
「俺は?」
「——ヒーローなんだ」
 いや、何を言っているんだ。
 焦って言い淀んだ末に苦し紛れに口から出たのは、そんな言葉。
 心中で、自分で自分にツッコミを入れる。
 あろうことか、かつての敵をかたってしまった。

 ……しかし、ふと思いなおす。
 これはあながち悪手とも言えないのではないだろうか。
 先の戦闘中の悪役ヴィラン発言も、栞は気絶していたようだったので聞いていないはずだ。
 起きていたとしても、そう大きな声ではなかったので大丈夫だろう。たぶん。そう思いたい。
 それさえクリアすれば、変身の説明もつくし、悪印象も与えずに済む。
 あとは、信じてもらえるかだが……。

「寝言は寝てから言うものだぞ」
「ですよねー」
 やはりそうはいかなかった。
 この反応を見る限りは例の発言は聞かれていないようだが、これがダメとなると、どうしたものか。

「——よし、皆。ちょいと聞いてくれや」
 次なる言い訳を思案していると、壁際で寄りかかって腕を組んで見ていた有悟が不思議と良く通る声で言った。
 この場の誰よりも立場が上……の言葉に、全員が口をつぐんで彼の動向を見守る。
 もちろん牙人も例外ではなく、張り詰めた部屋の空気を肌で感じ取って目の前の中年男性に意識を向けた。

「狼谷牙人」
「……うす」

「ひとまずお前を捕まえんのはやめだ」

「——は?」
「えー?」
「え?」
 牙人、千春、栞が、それぞれ驚きの声を上げる。
 聴力にはそれなりに自信のある牙人だが、今回ばかりは自身の耳の不具合を疑った。
 唐突にして突飛。何を言い出すのだろうか。

「隊長、何を……」
「まあ聞け」
 顔をしかめながら言いかけた栞を片手で制止して、有悟は続けた。

「まず、こいつは異能力を持ってない。これは確かだ。偽装の異能力で姿を変え、この画面を改竄かいざんしていたとしても、聞いたような強さを発揮することはできん。二つの力を使っていたら、それこそだ」
 どうやら、異能力は「一人一つ」のようだ。
 つまり、偽装と強化の二種類の力を有していたとすれば、その時点で異能力という分類ではなくなる、ということだろうか。
 かろうじてついてこられていることを自分に確認するように、牙人は首を傾げながらも何回かうなずく。
「俺らにも見えるってんなら“寮”の担当分野でもなさそうだし、そんなヤツを本部に連れてってもめんどくせえことになるだけだろ?」
「異能力でない力を有するのが異端なら、その異能力を取り締まる場所に俺を連れていくというのは筋違い……ってことで認識合ってます?」
「厳密に言やぁ異能力だけってぇわけじゃないんだが……まあだいたいそんなこった」
 なんだか新出の単語も聞こえた気がしたが、今はややこしいので忘れることにする。

「けどさー隊長。むしろだからこそ見逃しちゃダメじゃないの?」
 アヒルのように口をとがらせて言う千春だが、表情に反して少なからず真剣なまなざしだった。
 千春の意見はもっともだ。というか、それが普通の反応だろう。
 もちろん牙人は見逃してほしいが、自分がこの立場だったら、見逃しはしないと思う。

 しかし、有悟はそこでにやりと笑みを浮かべると、

「泉、俺は一言もぞ?」

「え?」

「狼谷、お前を捕らえたりすんのは、ひとまず保留だ。これまで通り生活して構わん。……ただし!」
「……ただし?」


「——。それが条件だ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

第2の人生は、『男』が希少種の世界で

赤金武蔵
ファンタジー
 日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。  あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。  ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。  しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。

俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜

早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。 食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した! しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……? 「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」 そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。 無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...