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第14話「同じ人間なんだから」

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2023年 5月26日 11時25分 
 
「他の人間に移れる方法が見つかっただぁ?」

『そうよ。良かったじゃない。厄介払いできて』

 朝……というよりも最早昼間に目覚めると瑠璃華のアイドル因子を転移する方法が見つかった事になっていた。
 だが当然そんな話は出ていない。瑠璃華なりの気を遣わせない為の配慮なのだろう。

「突拍子がなさすぎる気がしないでもないが……まぁ確かに朗報だな」

『でしょ?でもあんたみたいに好き勝手身体使えるとも限らないわけよ。そこで最後にるりからあんたにお願いがあるんだけど』

「お願い?」

 ――――――――――
東京 某所 路地裏 同時刻

 東京都内の真昼間にまた一人憎愚による被害者が出た。

「ウゥ~~ん熟れた女はニクっけがなくてお腹ガ満たされナイ……でもタマニ食べたくなるんダナァ」
 
 自我を持つ低級とは異なる特殊な憎愚。汚穢オワイは圧巻の巨体の持ち主かつ体のいたるところが腐敗しており悪臭が漂っており、常に人肉を食らう事に貪欲で日夜問わずあらゆる人間を喰らっている。
 汚穢には好き嫌いが無く、老若男女年齢問わず彼からすればただの食料でしかない。

「やっほ!汚穢くん!元気にやってるね!」

 汚穢が食した老婆の腕の骨を投げ捨て声の方へ視線をやるとそこにいたのは同じく自我を持つ上位種憎愚。負薄が鼻を摘みながら語りかけていた。

「オォ~~フハクぅ!フハクもクウか?こいつの太ももまだニクがノコテルぞ!」

「……悪いけど遠慮しとくよ」

「ソウカ……ヨボヨボニクも癖になるんダケんドなぁ」

「そんな健啖家の君に耳寄りの極うまグルメ情報を教えてあげるよ」

「エ!?ホントウか!?」

 汚穢の瞳孔が開く。よだれもだらだらと溢れ落ちその様は食に飢えた獣そのものだ。
 負薄は一枚の写真を汚穢へと渡す。

「このオンナ……すげぇベッピンさんダベ……」

「市導詩織。元アイドルだったんだって。東京総合病院で入院してるらしい。どうするかは君に任せるよ」

「クウ!!絶対クウ!!体のスミズミまでゼンブタベル!!!」

 そう言うと汚穢は這い這いの形で地べたを這いながら猛スピードで路地裏から去っていった。

「……さて、どこまでやれるか見ものかな」

 ――――――――――
東京 原宿 13時30分

 あれから隼人と合流した俺達3人は瑠璃華の要望を聞き原宿のポップな外観の商業施設へ来ていた。隼人には昨晩の話は伝えており、美乃梨ちゃんは母親のお見舞いに行っている。
 中へ入るとフードコートや若者受けしそうなコンテンツ、飲食店が並んでいる。

「んだよ。最後のお願いなんて言うからなんだと思ったら腹減っただけかよ」

『んなわけないでしょ。もうちょっと先よ。後変わりなさい』

 光也は瑠璃華へと身体の主導権を譲り瞬間的に切り裂き瑠璃華が顕現される。見た目も瑠璃華のものになる。これらは瞬くレベルの速さで行われる為人目を気にする必要はない。
 先導する瑠璃華について行くとそこでは見たことない女性グループのアイドルがライブをしていた。
 一目見た感想はおぼつかない。振り付けミスも多々ある。声量も不十分。全体的にぎこちない。お客さんなら数もまばらであり、話を聞いてみると彼女達はデビューして間もない駆け出しのアイドルだった。
 ライブが終わり物販が行われる。チェキ券を買うことでアイドルと数秒交流ができるっていうよくあるあれだ。

「瑠璃華ちゃんは並ばないの?」

「並ばないわよ。全然知らない子達だし。ちょうどアイドルのライブがあるって見たから気になっただけ」

『じゃあ何しにわざわざ来たんだよ』

「……ここはるり達が初めてアイドルとしてステージに立った場所」

 異世界転生なんて言ってはいたが瑠璃華ちゃんが元いた世界は限りなく俺たちの世界と類似しているらしい。
 少なくとも瑠璃華はこちらの世界を探訪して見てきた景色は元いた世界とさして変わらず道に迷う事もなかったと言う。
 瑠璃華はどこか遠くを見つめて話しだす。

「アイドルを始める前の私は自分に自信が持てない根っからのインキャってやつだったと思う。でもずっとアイドルに憧れはあった。ステージの上で懸命に歌って踊ってる姿を見て私も同じようにキラキラしたいってずっと思ってた」

「いざ勇気を出してオーデションを受けたいって話を親にしたら出来っこないって言われたわ。そう甘い世界じゃないって。クラスメイトからも馬鹿にされて。私は一歩踏み出す事が出来なかった。みんなの言ってる事……間違ってるって思えなかったから」

「半ば諦めてた。私は向こうの世界には行けないんだって。でもそんな時、無理やり背中を押してくれた人がいたの。それが同じユニットの子」

 …………………………
 
 時は遡り瑠璃華はオンラインビデオ通話中だった。
 SNS上で知り合い仲良くなった子と一緒に近日あるアイドルオーデションへ応募する段取りになっていた。
 だがアイドルデビューは諦めた事を伝える。

「ごめんね、勇姫ゆきこんな直前に……るりにはやっぱり無理……」

「諦めるなんてダメだよっ!絶対なれるよ!あたし達!トップアイドル!!」

「……無理だよ。売れっ子のアイドルはみんな死に物狂いで努力してるんだよ?体力もメンタルも弱いるりには絶対出来っこない」

「だったらあたし達も死に物狂いで努力したらいーじゃん!少なくともあたしはやる気だよ!」

「ど……努力って誰でもできる事じゃない……並大抵の気持ちじゃ絶対挫折する」

「そんな事ないよ!あたしも瑠璃華ちゃんもアイドルやってみたいって気持ちが少しでもあるなら絶対できるって!」

「そんな簡単に言わないでっ!!」

 つい強い言葉で否定してしまい咄嗟に謝る。失言をしてしまった。距離を置かれるかもしれないと胸が引き締まるほど苦しくなる。
 だが勇姫の表情はどこか嬉しそうだった。

「あははっ」

「な、なんで笑ってるの」

「ごめんごめん。なんか、本当の瑠璃華ちゃんを見れた気がして」

 他人に合わせる事が習慣になってしまっていた。昔から自分の感情を出す事が苦手だった。自分を否定されるのが怖かったからだ。嫌われて、いじめられたり独りぼっちになる事が何よりも恐怖だった。
 怒らないと。嫌な事は嫌と言わないとダメだって言われてたのに。自分を曝け出す事がどうしても当時の瑠璃華は出来なかった。
 でもこの時の瑠璃華は自分を押さえつけていた鎖から解放された気分だった。思うがままに、感情をむき出しにして勇姫へひたすらに自分の心情を吐露した。

「はぁ……はぁ…………はっ!ご、ごめんるりったらこんなに怒鳴っちゃって……本当にごめんっ!」

「あははっ!いーよ!むしろめっちゃ嬉しい!瑠璃華ちゃんの全部ぶつけてくれて」

 瑠璃華は感情の赴くままに訴え続けた末、息切れしてしまった。勇姫は笑顔で明るく続ける。

「やっぱりあたし達アイドルやれるって思う。瑠璃華ちゃんの情熱めっちゃ伝わってきたし!」

「それとこれとは別だよ……頑張り続けれたとしても……努力が必ず報われる世界でもない」

「それはもちわかってる!でもさ、トップアイドルの人達もあたしらと同じ人間じゃん?」

「そ、そうだけど……」

「だったらあたしらだって出来るよ!だって同じ人間なんだから!!」

 真っ直ぐそう言い切った勇姫に瑠璃華は否定したくもどこか心は高鳴っていた。
 理論や理屈をこねくり回して出来っこないと自分で自分の可能性を否定している事が恥ずかしく思えた。

「今のあたしはアイドル全力でやってみたい!何故なら楽しそうだから!難しいことは考えない!今のあたしが満足できるならそれでオッケー!」

「でも……お金足りなかったり全然ファンもつかなくて辛い日々が続くかもしれないんだよ?」

「それでもやる!絶対出来るって信じてやる!」

 否定の付け入る隙がないほどに勇姫の信念は強固な物だった。普段の勇姫からはこんな姿は見られなかった。
 自分の心内を吐露してくれた瑠璃華に対して勇姫も自分の想いを包み隠さずぶつける。

「私は死ぬ時後悔だけは絶対したくない!今しか出来ないことっていっぱいあって、それを一つでもやり残して死にたくない!だから私はやってみたいって思った事はなんでもやる!」
 
「瑠璃華ちゃんもさ……アイドルやらなかったとしたら絶対後悔すると思う」

「そ、それは……」

 戸惑いたじろぐ瑠璃華。だが勇姫は言葉を介さずとも瑠璃華の心情は察する事ができた。手を取るように勇姫は満面の笑みを瑠璃華へ向ける。

「じゃあ、やる事は一つだよねっ!」

 …………………………

「そうやってるり達はアイドルになった。数ある苦難を乗り越えて……ようやく一人前になれたかなって思った矢先の出来事だった……あんた達にとやかく言っても仕方ないけどね」

 ……今の話を聞いて心底思った。こんな子が理不尽に消滅しないと行けないのは間違ってる。
 憧れに向かってひたむきに努力する人間の人生を蔑ろにしていいわけがない。
 我慢ができなくなった俺は光也へ本当の事を告げようとした矢先

 ズゴオオォォォ!!!

「!?……このざわつく感じ……隼人!」

「あぁ憎愚だ。しかもそこらの雑魚じゃないな」

 距離を探るとそこまで遠くじゃない。どこか一点へめがけて憎愚は猛スピードで移動しているようだった。
 そのままの経路で進み続けた結果。行き着く先にあるのは……

『おい嘘だろ!?』

 憎愚が向かっているのは光也の母親が入院する都立総合病院だった。
 急いで達樹達は原宿を後にし、病院へと向かい始めた。

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