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迎海のマグノリア
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ー朙暦一九八四年二月九日
海面を滑らかに侵攻する、魚群と思しき統制された戦闘機が、速度を落として前方の離れたところに隊列を成して伏せる。俺が索敵からの帰りに見るいつもの光景だ。
「エイゼンハウンド」…いつか再び、人類が大地を踏み締める事を願って設計された。飴坊然としたフォルムで、二対の長い脚と一対の前肢をもつ。流線型の凛としたボディは美しく、その曲線美には見惚れてしまうほどだ。大きさは小型の船舶一隻分。魚雷四発と機関銃ニ丁を備えた、超小型駆逐艦に分類される有人海上戦闘機だ。機動力に特化しており、海上を滑るように駆けアキュートを圧倒する戦力を誇る傑作機である。
というのは表向きの情報だ。実際、嘘はついていないが、量産配慮と軽量化に囚われたペラペラな紙装甲なうえ魚雷は重いため一発が適正、操縦をミスれば即自壊する欠陥機だ。それでも俺らが死なないのは、あの指揮官のおかげだろう。我らが部隊の女王陛下。エストライヒ共和主義国軍少佐。呼称「ロットベル」。
「国軍本部よりロットベル01へ。ポイントαにて、ロットベル部隊所属P.C.フェアウェルより、単独でアキュート群勢とのエンカウントサイン確認、三時の方向よりオーバーテイクした模様。オーバー」
「ロットベル01より本部へ。了、これよりロットベル部隊による迎撃開始。オーバー」
「本部よりロットベル01へ。了解した」
本部からの通信を皮切りに一気に緊張感が高まり、通信も頻度を増してきた。
ーけど、俺は違う。場数ならトップだからな。
「さて、ウチのヤンチャで我儘な女王陛下は何をご所望だ?」
「ロットベル01よりフェアウェル。無駄口を叩く暇があるなら単独撃破を命ずるが?オーバー」
「フェアウェルより。…了ォ解」
ーもともと俺は索敵・兼単独陽動の役なのに、わざわざ言ってくるあたり…全く、いつも冗談キツいぜ。
入り乱れる視界に集中して脳内の海図を俯瞰しつつアキュートを撃墜しにかかる。
「本部よりロットベル01へ。ポイントβにスリーライン部隊および友軍が現着。展開に二十秒、その間戦線を維持されたし」
「ロットベル01より了解。各員!フェーズ二へ移行する!」
指揮官の指揮に従い、広く展開した隊列が魚群のように蠢く。
「フェアウェルよりロットベル01。ロットベル03との合流に成功。戦闘を継続する。オーバー」
「ロットベル01よりフェアウェル。ロットベル01へ合流しつつ、敵性勢力の状況を報告されたし」
「フェアウェルより。了。ー…っ!全部隊に告ぐ!ポイント二〇/一一/二七に陸海間 電磁誘導砲の反応検知!着弾予想地点はザザザザッ…」
ークッソ、磁場の影響が…。それに、アキュートが動きを止めた…?まさか撤退する気…違う!まさか、そういうことかっ!ぁあぁぁあ畜生!間に合えぇぇぇっ!
「チッ、ロットベル01より各員!一時撤退!戦線を張り直し戦力を温存する!」
指揮官の通信が各員に飛ばされると、各部隊が激しい白波を立てながら急旋回して弾道を避けんと散っていく。俺はその隙間を縫うように疾駆する。
「指揮官!!」
ーガツンッッ
俺の機体で指揮官の機体を弾く。同時に、ゾーンに入ったような感覚になり、全てが遅く感じる。熾火色の弾丸が熱線の尾を引いて一直線にこちらへ迫る。その衝撃波は凄まじく、瞬きをする間も無く一帯が吹き飛んだ。電磁気を帯びた弾道を中心に、海水が電気分解され、尋常じゃない速度で氷壁の如く海面が凍てついてゆく。コックピットを弾丸の熱波が侵食してくると、金属がキィィという不快音を生じながらひしゃげていく様に根源的な恐怖を掻き立てられる。
「ーザザザザザザ…ー」
ーズダンッッ
遅れて来たレールガンの咆哮を、隊員たちが聞くことは無かった。
ー同年四月二十日
窓をくぐるシルクのように心地の良い風が、頬を優しく撫でる。木漏れ日で目が覚めて、ゆっくりと瞼を持ち上げる。
「ここは、…」
ゆっくりと体を起こして辺りを見ると、他にもたくさんベッドが並んでいる。病院だろうか。しかし、人の気配が感じられず、特にする事もないので、もう少し寝ていようかとまた横たわった。ただ、…。
「"み、ず…」
なぜ起きてすぐに気づかなかったのかというほど、喉が渇いて仕方がない。だんだんと苦しくなってきて、えずきが止まらなくなってしまった。
「っ!マグノリア様、どうなされましたか!?」
「ゔぅ、"みずっケホっケホっ」
「分かりました、今持って来ます」
彼女はそう言って、弾かれたように駆け出していったかと思えば、またすぐに戻ってきて水の入ったコップを差し出す。受け取ろうと手を伸ばした時、確かに触れたと思った手が空振りに終わった。代わりに看護師に飲ませてもらう。そして再度、自分の腕を見てみる。
「えっ、…」
そこに自分の腕はなかった。正確には、左腕の肩口から先がまるまる無くなっていたのだった。幸いにも右腕は残っているらしいが、こちらは動きが鈍い。急に弛緩した腕がガクンと垂れる。瞬間、これ以上にないほどの惨状がフラッシュバックした。
「あっ…。あぁ…、はぁっ、はぁっ、」
だんだんと思い出してきた。自分がどうなったのか。彼らが、彼が、どうなったのか。なぜ、こんなにも大切なことを忘れていたのだろうか。一刻も早く、早く戻らないと。
「部下が!アイツらがっ!」
「駄目ですっ、今は安静にしていないと!」
「いえ!私が行かなければっ!」
きっとアイツらは待っている。そして彼は、自分の身を投げ打ってでも生かしてくれた。まだ、彼らの生死は確定していない。そうこうしていると、誰かが廊下からバタバタと音を立てて駆けて来た。
「補佐官…そうだ、戦況は!アイツらはどうした!」
「そう、ですね…。何から言うべきか、」
考えあぐねている彼の顔は、酷く困窮しているように見えた。そうだ、怪我をしてここに運ばれて来たのだから、私の部下もここで治療を受けているはずだ。大怪我をしたのだ。きっとまだ目が覚めていないのだろう。それで彼は困っているわけだ。
「すまん。早とちりしてしまって。てっきり彼らは戻って来ていないのかと。まだ目が覚めていないのだな。それなら仕方がない。ここで大人しくしている」
「あ、あぁはい…そう、ですね…。彼らが起きたら私がまた声をかけに来ますので。それまでは自分のお体を優先してください」
「あぁ」
それからというもの、補佐官は私の元を訪れては街の様子やその日にあった事など、私が退屈しないようにと教えてくれた。リハビリも兼ねて日記も買ってくれたらしく、とても嬉しかった。ので、それを日記に書いておいた。ただ、いつも話が終わると少し顔色が曇るのが気になる。それも日に日に表情が険しくなっているようにも思えるのだが…。気のせいといえばそう思えるくらいだった。
ところで、いくら待っても彼らは目覚めない。このまま目が覚めることは無いのかもしれないと思うと、心臓がキュゥっと握り絞られるように痛んだ。そんな日々を一か月と半月ほど過ごしたある日の朝。今日も補佐官は話をしに来てくれた。だが、いつもとは違い、今日の補佐官はとても申し訳ないと言うような顔をしていた。目が合うと瞳が揺れ、目を逸らす。
聞く方が怖かった。自分の思っているそのまさかが当たってしまったらどうしよう、と。本当にそうだったとしても、信じられないし、信じたくもなかった。
「あの…。伝えるべきか我々も悩んだのですが…」
「やめて。私は聞かない」
「いえ、その…。彼らからの伝言でして…」
「ッ!目が覚めたの!?彼らはなんて!?」
「「俺らがもし、自分達のことまで手が回らなかった時は、指揮官に『必ず戻る』と伝えてくれ」と。あなたと任務にあたる直前の言葉です」
「じゃぁ…、彼らは…そんな」
「分かりません。データ上、バイタルが消失、辺り一体の海面が蒸発および電離。庇われたとはいえ、その状況であなたは生き延びている。完全には否定できません」
「…。わかった。もう下がっていい」
「了」
そして六月五日、私は退院を迎えたのだった。
ーおはようございます。十一月二十八日、今日の地上奪還状況をお伝えします。前回の奪還作戦にて、我がエストライヒ共和主義国軍がアキュートの侵攻部隊、第六波の駆逐に成功しました。今日も戦況は非常に良好であります。
次に、次発、出撃部隊についてお知らせします。母国への感謝を胸に戦線にて恩義を返し、使命を全うせんとする崇高な決意のもと、今朝五時二十五分に戦地へと向かいました。敵機撃墜に赴く姿はまさに、正義!正義!正義であります!我がエストライヒ共和主義国に万歳!赤章旗のもとに女神の加護が在らんことを!
「今日も大層なことだ。アキュートの相手もなかなか骨が折れるし、外で聞く戦況報告はイカれたプロパガンダ。実際、先日のは戦線を維持するだけで手一杯だったろうが。全く、毎日聞いていては気が滅入ってしまう」
「それにしても、ロットベル部隊員の情報…なかなか掴めませんね、少佐。それに、まさか以前から戦死した部下のIDを戦地まで赴いて回収していたとは。それで同僚から墓荒らしと…」
「…。ああ」
「しかし、良いのですか?牽制のためとはいえ…、あの紋章…」
「仲間を探している最中に殺し合いに巻き込まれたくないからな。補佐の君も、死にたくはないだろ?」
「そう、ですね…」
それは、焃灼の如き真紅の鐘があしらわれた紋章。私の名をとって「迎海の高潔な鐘」と呼ばれる。海から使われし迎えの音。どこの誰がそんな呼び名をつけたんだか。名付けた奴は、厨二病の重篤患者確定だな。
「そんなことより。そろそろ一番新鮮な墓を荒らしに行こうか。海上戦の最前線、メルツィア戦線へ…」
彼らを探し出して故郷へ帰すために。私は、戦死者の撃墜現場を荒らす。死地の海上へ、大切な仲間を迎えに…。
メルツィア戦線での探索が始まってしばらくが経った。途切れることなく、まだ鮮やかな鉄の匂いが、海風に乗って鼻腔の奥を刺す。
あれだけ信頼してくれていた。私のおかげで生きていられると言ってくれた。あの時。そんな彼らを、私の、せいで…。いや、私が、殺してしまったんだ。
「クソッ…。、どこにいやがるんだお前ら…」
迎えが来るべきは私だったのに。何故助けたりしたんだ。ハッチを開け、問いかけるように水平線を仰ぐ。双眼鏡を通してみると、そこには数機がまとまっている残骸があった。ふぅー、と一息ついてから通信をする。
「おい、向こうも調べるぞ」
言いながら、ハッチを開けた向こうのコックピット目掛けて双眼鏡を投げる。彼はそれを受け取ると、覗き込んで私が指示した方角を凝視した。
「…、あれは」
「墓だな」
近寄ると、機体の側部にコードホルダーしか付けられない、個人識別紋章がついていた。しかも…
「ロットベル部隊員の機体だ…」
機体はまだ暖かく、撃墜されて時間が経っていないことが分かる。
「ひとまず生存者の確認とIDの回収を優先する。その他の調査は後だ」
「了。周囲の警戒はお任せください」
「ああ頼んだ」
コックピットを覗くと既にもぬけの殻だった。アキュートの複合に使われたんだろう。アキュートは生体との複合をする事が確認されている。その対象は人類も例外ではない。ただ、大量に出血した跡が見られることもあって、まともな複合体となっている可能性は限りなく低い。複合体のクオリティは生体の被ダメージに影響されるからだ。もし無傷なら、人の形を保って生きながらえていた可能性も無くは無い。それならば、また会って話せたのだろうか。そんなことを考えつつも漁り続けていると、ちぎれたネックレス…否、IDプレートが転がっているのが目に留まった。こんな事になってからでないと、部下の…仲間の本当の名前すら知ることができない。それがたまらなく悔しかった。
他の機体も調べると、ある一人を除く全員のプレートが見つかった。残るは…。
「フェアウェル。お前って奴は…」
生きているのか死んでいるのか。その判断はできなかった。そこに機体はなかったから。
ーあれから、二年。私は今、ここにいる。
機体は錆びていて若干崩れかけている。コックピットを覗くと、やはりそこには誰もいなかった。
フェアウェル…、お前に迎海の名を継いでもらおうか。記念だ。「迎えを待ち、出会えた者」として、な…。
「これは頂いておく。なんせ私は墓荒らしだからな。迎海の…。名前、まだ知らなかったな」
手に取ったIDの名前を見た、その瞬間。背筋がゾワッとなぞり上げられ、冷や汗をかくほどの衝撃に、何も考えられなくなった。
「マグノリア…。そんな…血族…だと…。まさか、この年齢…間違いない。お前だったのか…カルミラス…。ここにいたのか…あの日、迎えに行ってやれなくて、ごめんな。遅くなってごめんな。やっと、姉さんが、迎えに来れたよ…。カル…」
それで合点がいった。迎海のマグノリア。その通り名をつけたのは、カルなのだろう。きっと、私が自分の姉だと気づいていたのだ。
だが、妙だ。全く破損の痕跡がなく、ただの一滴も…。
ー「血が…ついて、ない…」
その時、私の使命は終わっていないのだと、自覚せざるを得なかった。カルだけは、未だ迎えを待っている。迎海の名はまだ…、
「私のもの、か」
ここからだ。ここから、私の本当の戦争が始まった。
海面を滑らかに侵攻する、魚群と思しき統制された戦闘機が、速度を落として前方の離れたところに隊列を成して伏せる。俺が索敵からの帰りに見るいつもの光景だ。
「エイゼンハウンド」…いつか再び、人類が大地を踏み締める事を願って設計された。飴坊然としたフォルムで、二対の長い脚と一対の前肢をもつ。流線型の凛としたボディは美しく、その曲線美には見惚れてしまうほどだ。大きさは小型の船舶一隻分。魚雷四発と機関銃ニ丁を備えた、超小型駆逐艦に分類される有人海上戦闘機だ。機動力に特化しており、海上を滑るように駆けアキュートを圧倒する戦力を誇る傑作機である。
というのは表向きの情報だ。実際、嘘はついていないが、量産配慮と軽量化に囚われたペラペラな紙装甲なうえ魚雷は重いため一発が適正、操縦をミスれば即自壊する欠陥機だ。それでも俺らが死なないのは、あの指揮官のおかげだろう。我らが部隊の女王陛下。エストライヒ共和主義国軍少佐。呼称「ロットベル」。
「国軍本部よりロットベル01へ。ポイントαにて、ロットベル部隊所属P.C.フェアウェルより、単独でアキュート群勢とのエンカウントサイン確認、三時の方向よりオーバーテイクした模様。オーバー」
「ロットベル01より本部へ。了、これよりロットベル部隊による迎撃開始。オーバー」
「本部よりロットベル01へ。了解した」
本部からの通信を皮切りに一気に緊張感が高まり、通信も頻度を増してきた。
ーけど、俺は違う。場数ならトップだからな。
「さて、ウチのヤンチャで我儘な女王陛下は何をご所望だ?」
「ロットベル01よりフェアウェル。無駄口を叩く暇があるなら単独撃破を命ずるが?オーバー」
「フェアウェルより。…了ォ解」
ーもともと俺は索敵・兼単独陽動の役なのに、わざわざ言ってくるあたり…全く、いつも冗談キツいぜ。
入り乱れる視界に集中して脳内の海図を俯瞰しつつアキュートを撃墜しにかかる。
「本部よりロットベル01へ。ポイントβにスリーライン部隊および友軍が現着。展開に二十秒、その間戦線を維持されたし」
「ロットベル01より了解。各員!フェーズ二へ移行する!」
指揮官の指揮に従い、広く展開した隊列が魚群のように蠢く。
「フェアウェルよりロットベル01。ロットベル03との合流に成功。戦闘を継続する。オーバー」
「ロットベル01よりフェアウェル。ロットベル01へ合流しつつ、敵性勢力の状況を報告されたし」
「フェアウェルより。了。ー…っ!全部隊に告ぐ!ポイント二〇/一一/二七に陸海間 電磁誘導砲の反応検知!着弾予想地点はザザザザッ…」
ークッソ、磁場の影響が…。それに、アキュートが動きを止めた…?まさか撤退する気…違う!まさか、そういうことかっ!ぁあぁぁあ畜生!間に合えぇぇぇっ!
「チッ、ロットベル01より各員!一時撤退!戦線を張り直し戦力を温存する!」
指揮官の通信が各員に飛ばされると、各部隊が激しい白波を立てながら急旋回して弾道を避けんと散っていく。俺はその隙間を縫うように疾駆する。
「指揮官!!」
ーガツンッッ
俺の機体で指揮官の機体を弾く。同時に、ゾーンに入ったような感覚になり、全てが遅く感じる。熾火色の弾丸が熱線の尾を引いて一直線にこちらへ迫る。その衝撃波は凄まじく、瞬きをする間も無く一帯が吹き飛んだ。電磁気を帯びた弾道を中心に、海水が電気分解され、尋常じゃない速度で氷壁の如く海面が凍てついてゆく。コックピットを弾丸の熱波が侵食してくると、金属がキィィという不快音を生じながらひしゃげていく様に根源的な恐怖を掻き立てられる。
「ーザザザザザザ…ー」
ーズダンッッ
遅れて来たレールガンの咆哮を、隊員たちが聞くことは無かった。
ー同年四月二十日
窓をくぐるシルクのように心地の良い風が、頬を優しく撫でる。木漏れ日で目が覚めて、ゆっくりと瞼を持ち上げる。
「ここは、…」
ゆっくりと体を起こして辺りを見ると、他にもたくさんベッドが並んでいる。病院だろうか。しかし、人の気配が感じられず、特にする事もないので、もう少し寝ていようかとまた横たわった。ただ、…。
「"み、ず…」
なぜ起きてすぐに気づかなかったのかというほど、喉が渇いて仕方がない。だんだんと苦しくなってきて、えずきが止まらなくなってしまった。
「っ!マグノリア様、どうなされましたか!?」
「ゔぅ、"みずっケホっケホっ」
「分かりました、今持って来ます」
彼女はそう言って、弾かれたように駆け出していったかと思えば、またすぐに戻ってきて水の入ったコップを差し出す。受け取ろうと手を伸ばした時、確かに触れたと思った手が空振りに終わった。代わりに看護師に飲ませてもらう。そして再度、自分の腕を見てみる。
「えっ、…」
そこに自分の腕はなかった。正確には、左腕の肩口から先がまるまる無くなっていたのだった。幸いにも右腕は残っているらしいが、こちらは動きが鈍い。急に弛緩した腕がガクンと垂れる。瞬間、これ以上にないほどの惨状がフラッシュバックした。
「あっ…。あぁ…、はぁっ、はぁっ、」
だんだんと思い出してきた。自分がどうなったのか。彼らが、彼が、どうなったのか。なぜ、こんなにも大切なことを忘れていたのだろうか。一刻も早く、早く戻らないと。
「部下が!アイツらがっ!」
「駄目ですっ、今は安静にしていないと!」
「いえ!私が行かなければっ!」
きっとアイツらは待っている。そして彼は、自分の身を投げ打ってでも生かしてくれた。まだ、彼らの生死は確定していない。そうこうしていると、誰かが廊下からバタバタと音を立てて駆けて来た。
「補佐官…そうだ、戦況は!アイツらはどうした!」
「そう、ですね…。何から言うべきか、」
考えあぐねている彼の顔は、酷く困窮しているように見えた。そうだ、怪我をしてここに運ばれて来たのだから、私の部下もここで治療を受けているはずだ。大怪我をしたのだ。きっとまだ目が覚めていないのだろう。それで彼は困っているわけだ。
「すまん。早とちりしてしまって。てっきり彼らは戻って来ていないのかと。まだ目が覚めていないのだな。それなら仕方がない。ここで大人しくしている」
「あ、あぁはい…そう、ですね…。彼らが起きたら私がまた声をかけに来ますので。それまでは自分のお体を優先してください」
「あぁ」
それからというもの、補佐官は私の元を訪れては街の様子やその日にあった事など、私が退屈しないようにと教えてくれた。リハビリも兼ねて日記も買ってくれたらしく、とても嬉しかった。ので、それを日記に書いておいた。ただ、いつも話が終わると少し顔色が曇るのが気になる。それも日に日に表情が険しくなっているようにも思えるのだが…。気のせいといえばそう思えるくらいだった。
ところで、いくら待っても彼らは目覚めない。このまま目が覚めることは無いのかもしれないと思うと、心臓がキュゥっと握り絞られるように痛んだ。そんな日々を一か月と半月ほど過ごしたある日の朝。今日も補佐官は話をしに来てくれた。だが、いつもとは違い、今日の補佐官はとても申し訳ないと言うような顔をしていた。目が合うと瞳が揺れ、目を逸らす。
聞く方が怖かった。自分の思っているそのまさかが当たってしまったらどうしよう、と。本当にそうだったとしても、信じられないし、信じたくもなかった。
「あの…。伝えるべきか我々も悩んだのですが…」
「やめて。私は聞かない」
「いえ、その…。彼らからの伝言でして…」
「ッ!目が覚めたの!?彼らはなんて!?」
「「俺らがもし、自分達のことまで手が回らなかった時は、指揮官に『必ず戻る』と伝えてくれ」と。あなたと任務にあたる直前の言葉です」
「じゃぁ…、彼らは…そんな」
「分かりません。データ上、バイタルが消失、辺り一体の海面が蒸発および電離。庇われたとはいえ、その状況であなたは生き延びている。完全には否定できません」
「…。わかった。もう下がっていい」
「了」
そして六月五日、私は退院を迎えたのだった。
ーおはようございます。十一月二十八日、今日の地上奪還状況をお伝えします。前回の奪還作戦にて、我がエストライヒ共和主義国軍がアキュートの侵攻部隊、第六波の駆逐に成功しました。今日も戦況は非常に良好であります。
次に、次発、出撃部隊についてお知らせします。母国への感謝を胸に戦線にて恩義を返し、使命を全うせんとする崇高な決意のもと、今朝五時二十五分に戦地へと向かいました。敵機撃墜に赴く姿はまさに、正義!正義!正義であります!我がエストライヒ共和主義国に万歳!赤章旗のもとに女神の加護が在らんことを!
「今日も大層なことだ。アキュートの相手もなかなか骨が折れるし、外で聞く戦況報告はイカれたプロパガンダ。実際、先日のは戦線を維持するだけで手一杯だったろうが。全く、毎日聞いていては気が滅入ってしまう」
「それにしても、ロットベル部隊員の情報…なかなか掴めませんね、少佐。それに、まさか以前から戦死した部下のIDを戦地まで赴いて回収していたとは。それで同僚から墓荒らしと…」
「…。ああ」
「しかし、良いのですか?牽制のためとはいえ…、あの紋章…」
「仲間を探している最中に殺し合いに巻き込まれたくないからな。補佐の君も、死にたくはないだろ?」
「そう、ですね…」
それは、焃灼の如き真紅の鐘があしらわれた紋章。私の名をとって「迎海の高潔な鐘」と呼ばれる。海から使われし迎えの音。どこの誰がそんな呼び名をつけたんだか。名付けた奴は、厨二病の重篤患者確定だな。
「そんなことより。そろそろ一番新鮮な墓を荒らしに行こうか。海上戦の最前線、メルツィア戦線へ…」
彼らを探し出して故郷へ帰すために。私は、戦死者の撃墜現場を荒らす。死地の海上へ、大切な仲間を迎えに…。
メルツィア戦線での探索が始まってしばらくが経った。途切れることなく、まだ鮮やかな鉄の匂いが、海風に乗って鼻腔の奥を刺す。
あれだけ信頼してくれていた。私のおかげで生きていられると言ってくれた。あの時。そんな彼らを、私の、せいで…。いや、私が、殺してしまったんだ。
「クソッ…。、どこにいやがるんだお前ら…」
迎えが来るべきは私だったのに。何故助けたりしたんだ。ハッチを開け、問いかけるように水平線を仰ぐ。双眼鏡を通してみると、そこには数機がまとまっている残骸があった。ふぅー、と一息ついてから通信をする。
「おい、向こうも調べるぞ」
言いながら、ハッチを開けた向こうのコックピット目掛けて双眼鏡を投げる。彼はそれを受け取ると、覗き込んで私が指示した方角を凝視した。
「…、あれは」
「墓だな」
近寄ると、機体の側部にコードホルダーしか付けられない、個人識別紋章がついていた。しかも…
「ロットベル部隊員の機体だ…」
機体はまだ暖かく、撃墜されて時間が経っていないことが分かる。
「ひとまず生存者の確認とIDの回収を優先する。その他の調査は後だ」
「了。周囲の警戒はお任せください」
「ああ頼んだ」
コックピットを覗くと既にもぬけの殻だった。アキュートの複合に使われたんだろう。アキュートは生体との複合をする事が確認されている。その対象は人類も例外ではない。ただ、大量に出血した跡が見られることもあって、まともな複合体となっている可能性は限りなく低い。複合体のクオリティは生体の被ダメージに影響されるからだ。もし無傷なら、人の形を保って生きながらえていた可能性も無くは無い。それならば、また会って話せたのだろうか。そんなことを考えつつも漁り続けていると、ちぎれたネックレス…否、IDプレートが転がっているのが目に留まった。こんな事になってからでないと、部下の…仲間の本当の名前すら知ることができない。それがたまらなく悔しかった。
他の機体も調べると、ある一人を除く全員のプレートが見つかった。残るは…。
「フェアウェル。お前って奴は…」
生きているのか死んでいるのか。その判断はできなかった。そこに機体はなかったから。
ーあれから、二年。私は今、ここにいる。
機体は錆びていて若干崩れかけている。コックピットを覗くと、やはりそこには誰もいなかった。
フェアウェル…、お前に迎海の名を継いでもらおうか。記念だ。「迎えを待ち、出会えた者」として、な…。
「これは頂いておく。なんせ私は墓荒らしだからな。迎海の…。名前、まだ知らなかったな」
手に取ったIDの名前を見た、その瞬間。背筋がゾワッとなぞり上げられ、冷や汗をかくほどの衝撃に、何も考えられなくなった。
「マグノリア…。そんな…血族…だと…。まさか、この年齢…間違いない。お前だったのか…カルミラス…。ここにいたのか…あの日、迎えに行ってやれなくて、ごめんな。遅くなってごめんな。やっと、姉さんが、迎えに来れたよ…。カル…」
それで合点がいった。迎海のマグノリア。その通り名をつけたのは、カルなのだろう。きっと、私が自分の姉だと気づいていたのだ。
だが、妙だ。全く破損の痕跡がなく、ただの一滴も…。
ー「血が…ついて、ない…」
その時、私の使命は終わっていないのだと、自覚せざるを得なかった。カルだけは、未だ迎えを待っている。迎海の名はまだ…、
「私のもの、か」
ここからだ。ここから、私の本当の戦争が始まった。
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選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
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