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最期の願い
しおりを挟む蝉の鳴く声の中、裸足で必死に走り抜ける。徐々に沈んでいく夕陽に追い掛けられているような気持ちだった。
怖い。痛い。暑い。どうして…。
様々な負の感情が頭の中を支配する。裸足で走るには辛い砂利道だった。足の裏には石だけでなく割れた硝子も刺さっている。
息を切らして走り続けている。肺が痛い。もうどれほど走っただろうか。あとどのくらい走ればいいのか。目的地まで続く坂道の終わりはまだまだ見えなかった。
目の前がグニャリと歪む。最後にゆっくりと休めたのはいつだろう。息を切らしながら汗まみれの顔を上げると崖の下に木造の小屋が見えた。木の根を掴み、足元に気を付けながら降りる。手が土で汚れてしまった。
ドアは腐って壊れてしまったのか取り払われていた。中は丸見えだ。確認すると誰もいない。迷わず入った。ガランとした物置で最近使われていた形跡は無い。
「少しだけ休もう…。」
地面に置いてあるブルーシートで横になる。ガサガサと音が鳴った。所々水滴が溜まっている。昨日の雨のせいだろう。裾で拭いてもまだ湿っていて気持ち悪い。だが直接地面に寝転ぶよりはいいだろう。
持っていたボディバッグの中に手を突っ込んだ。食べ物や飲み物は何も入っていない。
何か他に使える物は無いか必死に探す。するとチクチクと手に何かが当たる。ストラップが鞄の中で割れてしまっていた。ピンク色で可愛らしいイルカの形をしたプラスチック性ストラップ。ボディバッグから割れたストラップを取り出して祈る様に握った。
此処に辿り着くまでに居た場所を思い出した。古臭い畳。汚れた布団。近くで聞こえる大きな声。トイレとお風呂はベタベタしてた。ゴミは放置されていて狭い部屋の中は臭く、蝿が飛んでいる。足の踏み場が無いくらい散らかっていた部屋。
それすらも今の状況を考えると随分マシに思える。
「最近楽しいことあったっけな。」
借りた漫画が面白かった。上手に絵が描けた。この前食べた唐揚げは冷めてたけど美味しかった。このくらいしか出てこなかった。
「ダメだ。全然出てこない。」
諦めて寝ようとした瞬間、初めて2人で行った水族館を思い出した。大きな水槽に魚や鮫がいる。キラキラした鱗や優雅に泳ぐ姿に釘付けになった。イルカのショーを観ていたが途中で雨が降ってきて顔を見合わせて笑った。帰りにお土産でお揃いのイルカのストラップを買った。断片的な記憶だった。今となれば馬鹿馬鹿しい思い出だが、それでもあの日がこの1年で1番楽しかったかもしれない。
「だって相手は私じゃなかったんだもんね。」
夕陽が沈みゆっくりと辺りが暗くなる。ふっと鼻で笑いながら閉じられた瞼は、二度と開かれなかった。
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