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―勇者―
84話 勇者との邂逅
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ポカポカと暖かい日光。そよそよと心地よい風。カッポカッポと馬の蹄の音が規則正しい馬車の上。こんな日はつい居眠りをしたくなってしまう。
僕はちょっとした街の商人見習い。今日は近場の村に注文品の牧草を届けにむかっているのだ。
しかし、こんな絶好の干し草ベッドがあると…悪魔の誘いにも等しい。手綱を握る先輩商人、といってもお祖父ちゃんほど年が離れている方だが、その人にそれとなく聞いてみると…なんと昼寝の許可を貰えた。他の商人仲間にばれないように内緒でと忠告は受けたが。
「へへ、やった…!」
商品の牧草を潰さぬよう、ゆっくりと倒れこむ。多少ちくちくするが、いいアクセント。柔らかく、良い匂いに包まれ思わずあくびがでる。危ない危ない、他の人に聞かれたらサボリを咎められてしまう。自分を孫のように思ってくれているお爺ちゃん先輩だからこそ許してくれたんだ。
そう時間は掛からず瞼が下がり、うとうとし始める。至福の時間。村につくまでもう少し時間がかかるし、その間存分に楽しもう…
ヒュルルルルルル…
何かか風を斬る音が聞こえる。不審に思って目を開けた時だった。
ドンッッ!!
凄まじい衝撃音が響いた。
「わ、わあ!な、何事!」
飛び起き、辺りを確認してみる。すると、少し離れたところに土煙が立っていた。
「おー。いいものが見れた」
「ツイてるな俺達」
他の商人仲間達はその様子を見てうんうんと頷いている。まるで理解できていないのは僕だけじゃないか。聞いてみるしか…
「あ、あの~すんません。何が起きたんですか?」
「ん?なんでお前干し草が体についてるんだ? まあいいや、勇者様だよ勇者様」
「勇者様?あの『伝説の一行』のですか?」
「そうだ。なんだ?今のやつ見てなかったのか」
まあ隠れて寝てたから…。でもそう言われても事情がよくわからない。頭の上にハテナマークが浮かんでいるのに気づいたのか、商人仲間は手を打つ。
「そうか。お前、勇者が飛んでいるところ見たことすらねえんだな?勿体ねえな、あれを見ればご利益が賜れるって噂なのに」
「え?ええ?どういうことなんですか?」
「勇者様はすんごく高くジャンプして、着地して、またジャンプしてで移動するんだよ。ほら、時たま地面に妙な穴が空いている時あるだろ?あれは勇者様が飛んだ跡なんだぜ」
「そんな人並み外れたこと、できるんですか!?」
「当たり前だろ?伝説の勇者様だぜ」
慌てて先程の方向を見るが、残っているのは穴だけ。商人仲間は笑い飛ばす。
「もう遅えよ。ああやって移動している勇者様は竜より速いんだ」
ヒュゥゥゥゥウ ドンッ!
とあるところに着地する人物が一人。ダークエルフの勇者である。彼女の目の先には王都アリシャバージル。これより先は歩いていくらしい。
道行く人々の内、彼女の顔を知るものは驚き深々と頭を下げる。勇者もそれにいちいち頭を下げ返し、進んでゆく。
と、道端に一枚のボロ布が落ちている。人一人は簡単に包めそうなその布を見て、勇者は自分の体を見る。そして、友に言われた言葉を思い出し、拾い上げ身に纏った。
「おい、そこの!止まれ!」
当然、門を警備する兵に止められる。彼女は仕方なしに頭の部分だけ外す。
「…!失礼しました!!」
「どうぞお入りください!!」
兵の対応は180度変わる。不審者を見る目から、畏敬を籠めた目に。それを気にすることはなく、勇者は布を被り直し、悠然と門をくぐっていった。
「…なんであの方、あんなボロキレ被ってたんだ…?」
「わからない…」
いつも通り街は盛況。人種、服装、職種、様々な人物が入り混じる。そのため、一人ぐらい汚い布を被っていても、「日差しに弱い種族かな」「そういう伝統服かな」とスルーされる。
と、ざわざわと騒がしい。
「誰か、助けてくれぇ!」
見ると、大荷物が載った馬車が倒れ掛かっている。車輪が外れたらしい。複数人の商人が力づくで押さえているが、上のほうの荷物はずるずると落ちかけていた。助けに入ろうとも命を脅かす危険があるため、誰も進み出るものはいない。
「あ!危ない!」
とうとう荷物の一つが落ちる。その真下には商人の一人、思わず目を瞑る民衆。
「…?」
悲鳴が聞こえてこない。おそるおそる目を開けてみると、ボロ布を纏った謎の人物が直前で落下品を受け止めていた。
「あ、ありがとうございます…」
謎の人物は商人のお礼に反応せず、荷物を受け止めた反対の手で馬車を支える。
「えっ!」
「マジかよ…」
じわじわと倒れかけていた馬車がピタリと止まる。
「車輪つけて」
「あっはい…!」
一人が急いでとりつけようとするが、斜めっているため上手くはまらない。
「これ持ってて」
謎の人物は片手に持っていた荷物を近場の人に渡し、両手を馬車の下に差し込む。そして、軽々と持ち上げた。
「うそだろ…」
「ありえない…」
商人が慌てて車輪を取り付けると、ゆっくり降ろし、馬車は元通りになった。
「なあ、あの人の肌、みたか?」
「あぁ。褐色だったよな…。ダークエルフはこの世に沢山いるが、あの怪力具合…まさか」
「間違いない、勇者様だ…」
人々はそう噂する。
「あ、ありがとうございます!是非お礼を…」
呆けていた商人の代表がそう声をかけた時には、謎の人物は既にその場にいなかった。
「忘れ物~忘れ物~」
さくらは教科書を取りに自室に向かっていた。教師寮の扉を開け、一階奥へと…。
「…っ!」
思わず足を止める。竜崎の部屋の前に不審な人物がいたのだ。コンコンと何度かノックをして返事がないのがわかると、今度は隣のさくらの部屋に。まさか強盗?武器が入った袋を開き、いつでも取り出せるようにして近づく。
「はいはーい、どなたですか?」
ペット用の小さな扉からタマが寝ぼけ眼で出てくる。謎の人物を一目みて、目を輝かせた。
「勇者様!どうしてこちらに!」
「キヨトに頼み事があって」
謎の人物はタマを抱え上げ、頭を撫でる。ゴロゴロゴロと喉を鳴らす音がさくらの元まで聞こえてきた。
どうやら悪い人ではないらしい。タマは「勇者様」と言っていたが、もしかして…。さくらは声をかけてみる。
「あの…タマちゃん。そちらの方は…?」
「おやさくらさん!この方は『勇者』アリシャ様ですよ!」
紹介され、謎の人物は顔を出す。かつて見た胸像や写真、それと寸分違わぬ見た目をした美しい女性勇者にさくらは思わず見惚れてしまう。
「今ご主人呼んできますね!」
タマは勇者の腕から降り、駆け出そうとする。意識を取り戻したさくらはそれを止める。
「私が呼んできましょうか…?」
「いいのですか?お願いします!ではその間私は勇者様とお昼寝を…」
タマはそう言葉を切ると竜崎の部屋に入っていく。内側から鍵を開け、勇者を中に招き入れた。
「アリシャが来たって?」
「そうなんです!」
焦るさくらに連れられ、竜崎も到着する。部屋の扉を開け中に入ると…
「……え」
彼女は布を脱ぎ捨て、竜崎のベッドの上でタマと共にすうすうと寝息を立てていた。いや確かにタマはお昼寝をするとはいっていたが…。
いや、それよりも。彼女の服装がおかしい。先程まではわからなかったが、着ている服はビキニのような布面積の少ないもの。この世界ではたまに見る服装ではあるが、そんな恰好で無防備に寝ているのは…。
だが竜崎は慣れたもの。トントンと叩き、彼女を起こした。
「ん…。あ、キヨト」
「おはようアリシャ。お前服は?」
すると彼女は床に落ちたボロ布を指さす。
「いやそれ以外の服は?」
「ない」
「またか…」
竜崎は深いため息をつく。その口ぶりから、前にも同じことがあったようだ。
―久しぶりだなアリシャ―
「ニアロン。久しぶり」
―お前から来るとは珍しい。何かあったのか?―
「うん、実は…」
座り直すため体を起こす勇者。だが、それと同時にベッドの上には砂が舞う。彼女が纏っていた布の汚れが移っていたようだ。竜崎はさらに深い深い溜息をつく。
「…とりあえず風呂行ってきてくれ。話はそれからだ」
僕はちょっとした街の商人見習い。今日は近場の村に注文品の牧草を届けにむかっているのだ。
しかし、こんな絶好の干し草ベッドがあると…悪魔の誘いにも等しい。手綱を握る先輩商人、といってもお祖父ちゃんほど年が離れている方だが、その人にそれとなく聞いてみると…なんと昼寝の許可を貰えた。他の商人仲間にばれないように内緒でと忠告は受けたが。
「へへ、やった…!」
商品の牧草を潰さぬよう、ゆっくりと倒れこむ。多少ちくちくするが、いいアクセント。柔らかく、良い匂いに包まれ思わずあくびがでる。危ない危ない、他の人に聞かれたらサボリを咎められてしまう。自分を孫のように思ってくれているお爺ちゃん先輩だからこそ許してくれたんだ。
そう時間は掛からず瞼が下がり、うとうとし始める。至福の時間。村につくまでもう少し時間がかかるし、その間存分に楽しもう…
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何かか風を斬る音が聞こえる。不審に思って目を開けた時だった。
ドンッッ!!
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「わ、わあ!な、何事!」
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「おー。いいものが見れた」
「ツイてるな俺達」
他の商人仲間達はその様子を見てうんうんと頷いている。まるで理解できていないのは僕だけじゃないか。聞いてみるしか…
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「ん?なんでお前干し草が体についてるんだ? まあいいや、勇者様だよ勇者様」
「勇者様?あの『伝説の一行』のですか?」
「そうだ。なんだ?今のやつ見てなかったのか」
まあ隠れて寝てたから…。でもそう言われても事情がよくわからない。頭の上にハテナマークが浮かんでいるのに気づいたのか、商人仲間は手を打つ。
「そうか。お前、勇者が飛んでいるところ見たことすらねえんだな?勿体ねえな、あれを見ればご利益が賜れるって噂なのに」
「え?ええ?どういうことなんですか?」
「勇者様はすんごく高くジャンプして、着地して、またジャンプしてで移動するんだよ。ほら、時たま地面に妙な穴が空いている時あるだろ?あれは勇者様が飛んだ跡なんだぜ」
「そんな人並み外れたこと、できるんですか!?」
「当たり前だろ?伝説の勇者様だぜ」
慌てて先程の方向を見るが、残っているのは穴だけ。商人仲間は笑い飛ばす。
「もう遅えよ。ああやって移動している勇者様は竜より速いんだ」
ヒュゥゥゥゥウ ドンッ!
とあるところに着地する人物が一人。ダークエルフの勇者である。彼女の目の先には王都アリシャバージル。これより先は歩いていくらしい。
道行く人々の内、彼女の顔を知るものは驚き深々と頭を下げる。勇者もそれにいちいち頭を下げ返し、進んでゆく。
と、道端に一枚のボロ布が落ちている。人一人は簡単に包めそうなその布を見て、勇者は自分の体を見る。そして、友に言われた言葉を思い出し、拾い上げ身に纏った。
「おい、そこの!止まれ!」
当然、門を警備する兵に止められる。彼女は仕方なしに頭の部分だけ外す。
「…!失礼しました!!」
「どうぞお入りください!!」
兵の対応は180度変わる。不審者を見る目から、畏敬を籠めた目に。それを気にすることはなく、勇者は布を被り直し、悠然と門をくぐっていった。
「…なんであの方、あんなボロキレ被ってたんだ…?」
「わからない…」
いつも通り街は盛況。人種、服装、職種、様々な人物が入り混じる。そのため、一人ぐらい汚い布を被っていても、「日差しに弱い種族かな」「そういう伝統服かな」とスルーされる。
と、ざわざわと騒がしい。
「誰か、助けてくれぇ!」
見ると、大荷物が載った馬車が倒れ掛かっている。車輪が外れたらしい。複数人の商人が力づくで押さえているが、上のほうの荷物はずるずると落ちかけていた。助けに入ろうとも命を脅かす危険があるため、誰も進み出るものはいない。
「あ!危ない!」
とうとう荷物の一つが落ちる。その真下には商人の一人、思わず目を瞑る民衆。
「…?」
悲鳴が聞こえてこない。おそるおそる目を開けてみると、ボロ布を纏った謎の人物が直前で落下品を受け止めていた。
「あ、ありがとうございます…」
謎の人物は商人のお礼に反応せず、荷物を受け止めた反対の手で馬車を支える。
「えっ!」
「マジかよ…」
じわじわと倒れかけていた馬車がピタリと止まる。
「車輪つけて」
「あっはい…!」
一人が急いでとりつけようとするが、斜めっているため上手くはまらない。
「これ持ってて」
謎の人物は片手に持っていた荷物を近場の人に渡し、両手を馬車の下に差し込む。そして、軽々と持ち上げた。
「うそだろ…」
「ありえない…」
商人が慌てて車輪を取り付けると、ゆっくり降ろし、馬車は元通りになった。
「なあ、あの人の肌、みたか?」
「あぁ。褐色だったよな…。ダークエルフはこの世に沢山いるが、あの怪力具合…まさか」
「間違いない、勇者様だ…」
人々はそう噂する。
「あ、ありがとうございます!是非お礼を…」
呆けていた商人の代表がそう声をかけた時には、謎の人物は既にその場にいなかった。
「忘れ物~忘れ物~」
さくらは教科書を取りに自室に向かっていた。教師寮の扉を開け、一階奥へと…。
「…っ!」
思わず足を止める。竜崎の部屋の前に不審な人物がいたのだ。コンコンと何度かノックをして返事がないのがわかると、今度は隣のさくらの部屋に。まさか強盗?武器が入った袋を開き、いつでも取り出せるようにして近づく。
「はいはーい、どなたですか?」
ペット用の小さな扉からタマが寝ぼけ眼で出てくる。謎の人物を一目みて、目を輝かせた。
「勇者様!どうしてこちらに!」
「キヨトに頼み事があって」
謎の人物はタマを抱え上げ、頭を撫でる。ゴロゴロゴロと喉を鳴らす音がさくらの元まで聞こえてきた。
どうやら悪い人ではないらしい。タマは「勇者様」と言っていたが、もしかして…。さくらは声をかけてみる。
「あの…タマちゃん。そちらの方は…?」
「おやさくらさん!この方は『勇者』アリシャ様ですよ!」
紹介され、謎の人物は顔を出す。かつて見た胸像や写真、それと寸分違わぬ見た目をした美しい女性勇者にさくらは思わず見惚れてしまう。
「今ご主人呼んできますね!」
タマは勇者の腕から降り、駆け出そうとする。意識を取り戻したさくらはそれを止める。
「私が呼んできましょうか…?」
「いいのですか?お願いします!ではその間私は勇者様とお昼寝を…」
タマはそう言葉を切ると竜崎の部屋に入っていく。内側から鍵を開け、勇者を中に招き入れた。
「アリシャが来たって?」
「そうなんです!」
焦るさくらに連れられ、竜崎も到着する。部屋の扉を開け中に入ると…
「……え」
彼女は布を脱ぎ捨て、竜崎のベッドの上でタマと共にすうすうと寝息を立てていた。いや確かにタマはお昼寝をするとはいっていたが…。
いや、それよりも。彼女の服装がおかしい。先程まではわからなかったが、着ている服はビキニのような布面積の少ないもの。この世界ではたまに見る服装ではあるが、そんな恰好で無防備に寝ているのは…。
だが竜崎は慣れたもの。トントンと叩き、彼女を起こした。
「ん…。あ、キヨト」
「おはようアリシャ。お前服は?」
すると彼女は床に落ちたボロ布を指さす。
「いやそれ以外の服は?」
「ない」
「またか…」
竜崎は深いため息をつく。その口ぶりから、前にも同じことがあったようだ。
―久しぶりだなアリシャ―
「ニアロン。久しぶり」
―お前から来るとは珍しい。何かあったのか?―
「うん、実は…」
座り直すため体を起こす勇者。だが、それと同時にベッドの上には砂が舞う。彼女が纏っていた布の汚れが移っていたようだ。竜崎はさらに深い深い溜息をつく。
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