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―元の世界へ、帰そう―
306話 残されていた選択肢
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「え…」
言葉を失うさくら。と、竜崎は自らの服をぐいっとまくり上げ、お腹を晒した。見えるのは当然、彼の肌…。
だけではない。彼の白めの腹肌、その上にはドス黒い何かが浮かんでいた。入れ墨なんかではない。捻じ曲がり、絡みつく茨のようなそれはまるで複雑な魔法陣のよう。加えて、竜崎の呼吸とは別に、微かではあるが脈動しているではないか。
『呪い』―。彼がこの世界に来て、生贄に捧げられた所以。ニアロンが防いでいた、人を殺す謎の魔術。その毒々しいまでの名残を始めて目にしたさくらは思わず口元を抑えてしまった。
忘れていたわけではなかった。だが、あまりにも竜崎が気にしていないため勝手に大丈夫なものだと勘違いしていたのだ。しかし、実物を見てわかった。これは、未だ殃禍秘めた代物だと。
竜崎はすっと服を戻し、上から呪いの魔法陣を撫で擦る。そして、寂しそうに呟いた。
「これがある限り、私は元の世界に戻るわけにはいかない。これは魔術、向こうは科学。治せる可能性は存在すらしないだろう。私が戻ったのちに死んだら、この呪いは解放され、皆を一瞬で蝕んでしまう」
だから、戻れない。戻ってはいけない。そう漏らしながら、服越しに撫でていた手で魔法陣を掴むようにギュッと握る竜崎。その顔は、諦めに包まれていた。
(…!)
さくらはそこで気づいた。気づいてしまった。彼には、元の世界に戻るという選択肢がハナから存在し得なかったということに。
帰る方法探しを諦めかけていたというのも、それが理由だったのであろう。なにせ、見つけても使う事が叶わないのだから。
つまり、竜崎の選べる選択肢は『さくらを帰すか、帰さないか』のどちらかのみ。それしかなかったのだ。
そして彼が選んだのは、『さくらを帰す』選択。でも、何故。何故そこまでしてくれるのか。その選択は余りにも竜崎にメリットが少ない…いや、無いといってもいい。何故…。
そう沈痛な面持ちを浮かべるさくらの表情を読んだのか、竜崎はポムポムと彼女の頭を撫でる。そしてゆっくり口を開いた。
「…これはね、私にとってもチャンスなんだ」
へ?と驚いた顔をするさくらから手を離し、竜崎は懐を探る。そして、改めて彼女に向き直った。
「さくらさん、少し頼まれてくれないか?」
そう言いながら竜崎が取り出したのは、一枚の厳重に封された手紙と、かつて見せてもらった古い携帯。彼はそれらをさくらに手渡した。
「向こうの世界に戻れても、暫くは色々騒がれるだろう。それが全部収まって、落ち着いた後で良い。どうか、その二つを私の親に届けてほしいんだ」
「その手紙には、私の髪とか当時の学生証とか、証明できそうなものも幾つか詰め込んである。その携帯も合わせれば、きっと本物だと認識してくれるはず」
そう言われ、さくらはその中身が少し膨らんだ手紙と、充電口が焦げた古ぼけた携帯を握る。彼からの、初の頼み。恩返しを果たせるお願い。 と、竜崎は手紙を指さした。
「裏に住所を書いておいた。そこに私が住んでいた家があるはずなんだ。もう無かったり、別の人が住んでいたら仕方ないけど…あったなら是非手渡して欲しい」
さくらは手紙をひっくり返してみる。そこに書かれていた場所は、意外にも近所。歩いていける距離であった。
もし、2人共異世界に来ることがなければ、どこかで顔を合わせていたかもしれない。そうさくらが物思いにふける中、竜崎はもう一つ頼み込んできた。
「そして、私の事を両親に話してあげて欲しい。まだ同じ場所に住んでいるどころか、生きていてくれているかすらもわからないけど…出来ることなら私が生きていたこと、この世界で楽しくやっていることを知って安心してほしいんだ。 …流石にタマは死んじゃっただろうけどなぁ…」
「えっ、タマって…」
「あぁ、霊獣のあの子じゃなくて、私が元の世界で飼っていた猫だよ。長毛種の白猫じゃなく、短毛種のキジ猫だったんだけどね」
命を賭けてもらうというのに、断る道理なんてない。さくらは竜崎のお願いにしっかりと頷き、されども迷いながらバックに手紙と携帯を詰めた。
受け取ってしまってよかったのか。本当に自分は竜崎を犠牲にして帰るべきなのか。刻一刻と迫る運命の時の中で、さくらの心は一段と揺れていた。そんな時だった。
キィンッ
高い金属音の様な音を立てたのはあの装置。光が一際強く明滅している。どうやら無情にも、魔力の充填が済んだらしい。
「さ、行こうか。何はともあれ、まずは本当に起動するか試さないとね」
よいしょと立ち上がり、さくらに手を差し伸べる竜崎。恐る恐る、さくらは彼の手を握った。少し、手汗で濡れていた。
誘われるまま、揃って装置の前に。さくらは大きい台座に、竜崎は小さい台座にそれぞれ足をかける。すると、装置の点滅は点灯に代わり、それぞれの台座を光が包み始めた。
「よし…! 良かった、起動成功だ!」
軽くガッツポーズをする竜崎。予想が正しかったことを喜んでいる様子である。しかし、そうとなれば次の行動は決まってしまった。
竜崎の身を生贄とした、装置の発動―。怖くなり、学生バッグをぎゅっと抱えるさくらへ、竜崎は歩み寄る。そして彼女が持っていた武器『神具ラケット』を降ろさせた。
「流石にこれは回収させてね。向こうの世界でも、こんなの持っていたら命を狙われるだろうし」
そう言いながら、彼は袋を解き神具ラケットを取り出す。そして、そこについていたオーブのように輝く精霊石を幾つか取り外し、さくらに手渡した。
「もし転移に失敗したら、この世界のどこかに飛ばされてしまう。その精霊石はそんな時の護身用に持って行って。『身代わり人形』もまだ機能してるし、今のさくらさんの実力ならどんな難題でも対処できるさ」
それにどこに飛んだとしても、勇者一行の、私の知り合いといえばアリシャバージルに連絡を取ってくれるだろうしね。そうさくらを宥めた竜崎は、ふうぅっと大きく息を吐いた。
「さあ、やるぞ。ニアロン、準備は出来たか?」
自らの背にいるはずの相棒に声をかける竜崎。すると、即座に返答が返ってきた。
―あぁ。私も覚悟を決めた―
瞬間、竜崎の背後がカッと輝く。異常に気付いた彼は振り向き、驚愕の表情を浮かべた。
「何してるんだ…!?」
そこでは…大人の姿へ身を変えたニアロンが、幾つもの攻撃魔法陣を浮かべ、目の前の装置へと照準を合わせていた。
言葉を失うさくら。と、竜崎は自らの服をぐいっとまくり上げ、お腹を晒した。見えるのは当然、彼の肌…。
だけではない。彼の白めの腹肌、その上にはドス黒い何かが浮かんでいた。入れ墨なんかではない。捻じ曲がり、絡みつく茨のようなそれはまるで複雑な魔法陣のよう。加えて、竜崎の呼吸とは別に、微かではあるが脈動しているではないか。
『呪い』―。彼がこの世界に来て、生贄に捧げられた所以。ニアロンが防いでいた、人を殺す謎の魔術。その毒々しいまでの名残を始めて目にしたさくらは思わず口元を抑えてしまった。
忘れていたわけではなかった。だが、あまりにも竜崎が気にしていないため勝手に大丈夫なものだと勘違いしていたのだ。しかし、実物を見てわかった。これは、未だ殃禍秘めた代物だと。
竜崎はすっと服を戻し、上から呪いの魔法陣を撫で擦る。そして、寂しそうに呟いた。
「これがある限り、私は元の世界に戻るわけにはいかない。これは魔術、向こうは科学。治せる可能性は存在すらしないだろう。私が戻ったのちに死んだら、この呪いは解放され、皆を一瞬で蝕んでしまう」
だから、戻れない。戻ってはいけない。そう漏らしながら、服越しに撫でていた手で魔法陣を掴むようにギュッと握る竜崎。その顔は、諦めに包まれていた。
(…!)
さくらはそこで気づいた。気づいてしまった。彼には、元の世界に戻るという選択肢がハナから存在し得なかったということに。
帰る方法探しを諦めかけていたというのも、それが理由だったのであろう。なにせ、見つけても使う事が叶わないのだから。
つまり、竜崎の選べる選択肢は『さくらを帰すか、帰さないか』のどちらかのみ。それしかなかったのだ。
そして彼が選んだのは、『さくらを帰す』選択。でも、何故。何故そこまでしてくれるのか。その選択は余りにも竜崎にメリットが少ない…いや、無いといってもいい。何故…。
そう沈痛な面持ちを浮かべるさくらの表情を読んだのか、竜崎はポムポムと彼女の頭を撫でる。そしてゆっくり口を開いた。
「…これはね、私にとってもチャンスなんだ」
へ?と驚いた顔をするさくらから手を離し、竜崎は懐を探る。そして、改めて彼女に向き直った。
「さくらさん、少し頼まれてくれないか?」
そう言いながら竜崎が取り出したのは、一枚の厳重に封された手紙と、かつて見せてもらった古い携帯。彼はそれらをさくらに手渡した。
「向こうの世界に戻れても、暫くは色々騒がれるだろう。それが全部収まって、落ち着いた後で良い。どうか、その二つを私の親に届けてほしいんだ」
「その手紙には、私の髪とか当時の学生証とか、証明できそうなものも幾つか詰め込んである。その携帯も合わせれば、きっと本物だと認識してくれるはず」
そう言われ、さくらはその中身が少し膨らんだ手紙と、充電口が焦げた古ぼけた携帯を握る。彼からの、初の頼み。恩返しを果たせるお願い。 と、竜崎は手紙を指さした。
「裏に住所を書いておいた。そこに私が住んでいた家があるはずなんだ。もう無かったり、別の人が住んでいたら仕方ないけど…あったなら是非手渡して欲しい」
さくらは手紙をひっくり返してみる。そこに書かれていた場所は、意外にも近所。歩いていける距離であった。
もし、2人共異世界に来ることがなければ、どこかで顔を合わせていたかもしれない。そうさくらが物思いにふける中、竜崎はもう一つ頼み込んできた。
「そして、私の事を両親に話してあげて欲しい。まだ同じ場所に住んでいるどころか、生きていてくれているかすらもわからないけど…出来ることなら私が生きていたこと、この世界で楽しくやっていることを知って安心してほしいんだ。 …流石にタマは死んじゃっただろうけどなぁ…」
「えっ、タマって…」
「あぁ、霊獣のあの子じゃなくて、私が元の世界で飼っていた猫だよ。長毛種の白猫じゃなく、短毛種のキジ猫だったんだけどね」
命を賭けてもらうというのに、断る道理なんてない。さくらは竜崎のお願いにしっかりと頷き、されども迷いながらバックに手紙と携帯を詰めた。
受け取ってしまってよかったのか。本当に自分は竜崎を犠牲にして帰るべきなのか。刻一刻と迫る運命の時の中で、さくらの心は一段と揺れていた。そんな時だった。
キィンッ
高い金属音の様な音を立てたのはあの装置。光が一際強く明滅している。どうやら無情にも、魔力の充填が済んだらしい。
「さ、行こうか。何はともあれ、まずは本当に起動するか試さないとね」
よいしょと立ち上がり、さくらに手を差し伸べる竜崎。恐る恐る、さくらは彼の手を握った。少し、手汗で濡れていた。
誘われるまま、揃って装置の前に。さくらは大きい台座に、竜崎は小さい台座にそれぞれ足をかける。すると、装置の点滅は点灯に代わり、それぞれの台座を光が包み始めた。
「よし…! 良かった、起動成功だ!」
軽くガッツポーズをする竜崎。予想が正しかったことを喜んでいる様子である。しかし、そうとなれば次の行動は決まってしまった。
竜崎の身を生贄とした、装置の発動―。怖くなり、学生バッグをぎゅっと抱えるさくらへ、竜崎は歩み寄る。そして彼女が持っていた武器『神具ラケット』を降ろさせた。
「流石にこれは回収させてね。向こうの世界でも、こんなの持っていたら命を狙われるだろうし」
そう言いながら、彼は袋を解き神具ラケットを取り出す。そして、そこについていたオーブのように輝く精霊石を幾つか取り外し、さくらに手渡した。
「もし転移に失敗したら、この世界のどこかに飛ばされてしまう。その精霊石はそんな時の護身用に持って行って。『身代わり人形』もまだ機能してるし、今のさくらさんの実力ならどんな難題でも対処できるさ」
それにどこに飛んだとしても、勇者一行の、私の知り合いといえばアリシャバージルに連絡を取ってくれるだろうしね。そうさくらを宥めた竜崎は、ふうぅっと大きく息を吐いた。
「さあ、やるぞ。ニアロン、準備は出来たか?」
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―あぁ。私も覚悟を決めた―
瞬間、竜崎の背後がカッと輝く。異常に気付いた彼は振り向き、驚愕の表情を浮かべた。
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