354 / 391
―救いの手―
353話 指輪を通じて
しおりを挟む
「ゆび…、え…指輪……?」
一瞬、さくらは竜崎の台詞が理解できなかった。何故、こんな時に指輪の話なんて…。―!
「こ、これですか…!?」
直後、気づいたさくらは首に吊るしている御守りを開き、手の上でひっくり返す。その中からコロンと出てきたのは、飾り気の一切ない、シンプルな指輪であった。
神具の鏡をラケットに改造して貰った際、ソフィアの娘マリアに端材で作ってもらった指輪。それには、特殊な力が籠っていた。魔術が籠められると、大元である鏡へと伝達するという奇妙なる特性が。
しかし今、その神具のラケットは猛る獣人の手の内。竜崎は一体何をする気なのか…。
(あ…!)
ふと、さくらは自身の少し前の行動を思い出す。竜崎が獣人に窮地に追いやられていた際、指輪を通し魔術を送って妨害しようとしていたことを。
しかし残念ながら、それは失敗に終わっていた。焦り過ぎ、指輪を上手く取り出せなかったのだ。
加えて、魔獣がバッグを引きちぎりそうになっているのに気づいてしまった。元の世界とを唯一繋ぐそれを、竜崎の手紙も入ったそれを失うわけにはいかず、無我夢中に飛び出し―、結果、今の状況になってしまったのだが…。
そう。ならば恐らく…。竜崎は先程のさくらと同じ行動をしようとしている―。神具の鏡を通じ魔術を送り、獣人の動きを妨害しようとしているのだ。
「そ…う…。そ…れ…」
弱くも頷きながら、震える手を伸ばす竜崎。さくらは指輪を彼に握らせようとする。が―。
「あっ…!」
乗せた瞬間、指輪は地にコロリと落ちる。急ぎ拾って、もう一度持たせようとするが…やはり竜崎は握れず、落としてしまう。
「…っ…。動…け……」
歯を食いしばり、竜崎は必死に手を動かす。だが、とても細かい物を掴める動きではなかった。どうしようと焦ってしまうさくらに、賢者が促した。
「さくらちゃんや、指にはめてやるんじゃ」
「―。はい…!」
頷いたさくらは、すぐさま従う。竜崎の手を優しく支え、薬指に指輪をはめてあげる。と、竜崎は小さく笑った。
「あり…がとう…。……恥ずかし…からずに…、ずっと…はめとけば…よかったよ…」
痛みに耐え続ける苦悶の顔に、自虐と照れ隠しを混ぜっ返したような表情を微かに浮かべた竜崎。彼はそのまま、指輪を親指で押さえた。
「―…―。 ――、ぐっ… ――。」
そして、少しずつ詠唱を紡ぐ。しかし―。
「っ…がほっ…!」
「―! 竜崎さん!」
大きく吐血する竜崎。さくらだけではなく賢者とニアロンも即座に助けに入るが、彼は詠唱を止めなかった。
「フー…フー…。ぐぅっ…、――、――。」
命を消費し、魔術を紡ぐ。まさにそう言うべきな、必死の詠唱。それを見ていられなくなったニアロンが、声を震わせながら訴えた。
―…止めてくれ…清人…! 今、魔術を使うなんて…―
ただでさえ瀕死の状態の竜崎。それなのに魔術を行使する…体力魔力を浪費するなぞ、自殺行為に等しい。
それ故の、ニアロンの訴え。と、竜崎は詠唱を一旦止め、彼女を見つめた。
「ニ…アロン……」
―…くっ…!―
表情を歪ませ、口を噤むニアロン。こういう時の竜崎は、言う事を絶対に聞かない。そんなことはわかっていたというような素振り。
それでも、言わなければ気が済まなかったのだろう。彼女はただ顔を伏せ、心に渦巻く感情から逃れるように、呪いの沈静化作業へと戻った。
「…よ…し…」
魔術の準備が終わったのか、そう呟く竜崎。すると彼は、もう一方の手を動かす。そして別の詠唱を始めた。
「…! それって…風の…」
そう口にするさくら。その術式は幾度も聞き、使っているものであった。中位精霊―、妖精の姿をした精霊の召喚術式である。
と、指輪をはめていない方の竜崎の手に魔法陣が浮かび上がる。緑の光を伴うそこからは、精霊の姿が現れ―。
「――、が…っう…!」
その瞬間、竜崎は悲鳴をあげる。それと同時に、呼び出されかけていた精霊は心配そうな表情を浮かべ消滅していってしまった。
…もう彼に、召喚術式を完成させるほどの余力はなかった。呪いを抑えるのに精神力のほとんどを使っている今、片腕に別の魔術を準備したまま精霊を呼び出すことなぞ…。
「…く…そっ…」
悔しさを露わにしながら、再度試みる竜崎。しかし、今度は魔法陣すらまともに形成されない。20年もの間、最も使い、慣れ親しんだ精霊術。その詠唱が出来ぬほど、彼は弱っているのである。
そんな竜崎の姿を見て、さくらは思わず―。
「竜崎さん…! 私が…私が召喚します!」
そう名乗り出ていた。
「…! お…願い…!」
救いの手を見つけたかのような、安堵の声をあげる竜崎。託されたさくらは、両手を受け皿に詠唱を始めた。しかし―。
「――。――…」
パシュンッ…
「え…!?」
精霊術が、成功しない。普段、それどころかさっきまで使っていたはずのそれが。
異常事態が続く戦況、竜崎を瀕死にしてしまったという呵責、何もできないという鬱屈…。さくらの心は平静ではなかったのだ。集中力が必須となる魔術を行使できないほどに。
加えて、彼女は精霊石の補助に頼ってきた。バッグを奪い返す時は無我夢中で成功させたが、今は少々状況が違う。
竜崎さんから期待を寄せられている、なんとしても成功させなければ…! そんな思いが焦燥を加速させ、術式の成立を妨げていたのであった。
「な、なんで…なんで……!」
もう一度試すさくら。しかし、焦った詠唱が成功するはずもない。繰り返すほどに彼女はパニックに陥り、目から涙を滲ませ―。
「さ…くらさん…! 一度…深…呼吸…!」
そんなさくらを正気へと引き戻したのは、竜崎の喝。苦しみを極力抑え絞り出されたそれは、まるで諭すかのよう。
「教えた…こと…、今までの…経験を…思い出して…。必ず…出来るから…!」
続く竜崎の言葉に、さくらは思わず彼の顔を見る。彼の表情は、生徒を信じる教師のそれであった。
(思い出す…竜崎さんから教わったことを…、あの日のことを…!!)
さくらは、大きく深呼吸。目をつぶり、力を手に注ぐ。
「集中…して…、そう…慎重に…なり過ぎず…そう…その調子…!」
耳に入ってくる竜崎の教示に従いながら、気を研ぎ澄ましていくさくら。もう少し…もっと…今―!
「力を…貸して!」
「―――!」
瞬間、さくらの顔をそよ風が撫で、耳には涼やかな精霊の声が。目を開くと…そこには意気込む風の中位精霊が、軽やかに飛んでいた。
「やった…!」
喜ぶさくらに付き従うように、精霊は舞う。竜崎も笑顔を浮かべた。
「流…石…! あと…は…、ぐぅっ…!」
気を抜いてしまったせいか、苦しみに悶える竜崎。と、そんな彼を支え代わりに口を開いたのはニアロンであった。
―アリシャとソフィアの視界に入るように精霊を飛ばし、円を描きながら3回点滅させろ。それで通じる―
「…! はい!」
さくらは聞いた内容をしっかりと頭に描き、精霊へと祈る。これもまた、竜崎から学んだこと。
「―――!!」
そして任務を受けた風の精霊は、疾風蹴立てて飛び出していった。
「うぷっ…。ヤバいわね…これ…気持ち悪く…ウッ…」
一方の戦い続けている勇者達。機動鎧に乗るソフィアは、明らかに動きが鈍りだしていた。濃すぎる魔力に、魔力酔いの症状が出始めているのである。
ここはほぼ閉じ切った密閉空間、魔力は碌に外に出ていかない。それどころか、獣人が暴れるたびに竜脈が拗れ、今なお大きく噴き出し続けている。
更に不味いことに、先の獣人の一撃により、機動鎧の調整機構がイカレたらしい。このままでは、数分足らずも経たぬうちに戦闘不能に陥ってしまう。
いや、それよりも先に獣人の攻撃を食らい死んでしまうのが先かもしれない。今はアリシャが抑えてくれているが、そんな彼女も苦戦気味。掠り傷程度とはいえ、怪我を負い始めている。
どうすれば―。ソフィアが切羽詰まったその時だった。
ヒュンッ!
「―! 何…!?」
突如、機動鎧の横を何かが掠める。頭部を動かしそれを確認すると―。
「風精霊…!」
その正体、緑に輝く中位精霊。と、その子は俄かに妙な行動をとった。空中で円を描くように周りながら、三度強く点滅したのだ。
「―!それって…!」
反射的に、ソフィアは竜崎の方を見る。しかし、彼は臥したまま。代わりにさくらが祈っているような様子は見えるが…。
「―ま、でも…! 間違いないでしょ!」
ふっと息を吐き、獣人へと顔を戻すソフィア。その言葉には一切の迷いはなく、全幅の信頼が籠められていることすら感じ取れた。
と、全く同じ語勢のアリシャの声が、彼女の名を呼んだ。
「ソフィア!」
「ええ!やりましょ! 頼んだわよ、キヨト!」
不意に、勇者達の動きが変わる。攻めあぐね、なんとか隙を探そうとしていたのが、いきなり獣人へと肉薄せしめたのだ。
「! ガォオッ!」
好機とばかりに吼え、烈々たる勢いで攻撃を仕掛ける獣人。勇者達は紙一重で避け、弾きを繰り返すが―。
ザシュッ!
「―っ…!」
ビキッ!
「うっ…! 関節の接続が…!」
ものの数秒足らずに、アリシャもソフィアも窮地に追いやられる。闇に染まりし4本の、文字通り怪腕による猛攻の前には、隙を突くことはおろか、逃げることすら能わない。
「「くぅっ…!」」
小さく悲鳴を漏らす勇者達。もはや抵抗することすら難しいその状況、死の運命は目前。
「グゥウウッ!」
勝利を確信したかのように吼える獣人は、トドメと言わんばかりに神具の鏡搭載のラケットを振り上げ―。
―その毛ほどの瞬間を、竜崎は逃さなかった。
「今…!!!」
戦況を凝視していた竜崎は、即座に溜めていた魔術を解放、注ぎ込む。刹那、指輪は緑に光り―。
ゴァッッッッッ!!
遠く離れた神具のラケットからは、狂飆の如し爆風が噴き出した。
「グゥッ!?!?!?」
全く予想だにしていない状況での、卒然とした風の一撃。獣人は腕を持っていかれ、俄かに態勢を崩す。
―そう。大きな、隙が出来たのだ。弱点を狙えるほどの。それこそが、勇者達が待ち望んでいたもの。
『風で隙を作る、仕掛けてくれ』―。勇者一行の間で取り決められていた、竜崎の精霊合図。彼女達はそれを信じ、飛び込んでいたのであった。
そして完全に懐に潜り込んでいた2人は、一切の間なく、仕掛けた。
「ぶん殴り機構…最大出力っ!!」
耐えている間に拳へのチャージを終わらせていたソフィアは、その一撃を獣人のみぞおちへと思いっきり叩きこむ。
ドムッッ…!
「ゴケッッッ…!?」
拳は獣人の身体を貫かんばかりに突き刺さり、彼は前のめりになる。そこへ―。
「はああぁっ!!」
ザンッッッッッ!!!
紫光煌めかせた勇者の一閃が、白目になった片瞳ごと、獣人の顔面を深々と叩き切った。
一瞬、さくらは竜崎の台詞が理解できなかった。何故、こんな時に指輪の話なんて…。―!
「こ、これですか…!?」
直後、気づいたさくらは首に吊るしている御守りを開き、手の上でひっくり返す。その中からコロンと出てきたのは、飾り気の一切ない、シンプルな指輪であった。
神具の鏡をラケットに改造して貰った際、ソフィアの娘マリアに端材で作ってもらった指輪。それには、特殊な力が籠っていた。魔術が籠められると、大元である鏡へと伝達するという奇妙なる特性が。
しかし今、その神具のラケットは猛る獣人の手の内。竜崎は一体何をする気なのか…。
(あ…!)
ふと、さくらは自身の少し前の行動を思い出す。竜崎が獣人に窮地に追いやられていた際、指輪を通し魔術を送って妨害しようとしていたことを。
しかし残念ながら、それは失敗に終わっていた。焦り過ぎ、指輪を上手く取り出せなかったのだ。
加えて、魔獣がバッグを引きちぎりそうになっているのに気づいてしまった。元の世界とを唯一繋ぐそれを、竜崎の手紙も入ったそれを失うわけにはいかず、無我夢中に飛び出し―、結果、今の状況になってしまったのだが…。
そう。ならば恐らく…。竜崎は先程のさくらと同じ行動をしようとしている―。神具の鏡を通じ魔術を送り、獣人の動きを妨害しようとしているのだ。
「そ…う…。そ…れ…」
弱くも頷きながら、震える手を伸ばす竜崎。さくらは指輪を彼に握らせようとする。が―。
「あっ…!」
乗せた瞬間、指輪は地にコロリと落ちる。急ぎ拾って、もう一度持たせようとするが…やはり竜崎は握れず、落としてしまう。
「…っ…。動…け……」
歯を食いしばり、竜崎は必死に手を動かす。だが、とても細かい物を掴める動きではなかった。どうしようと焦ってしまうさくらに、賢者が促した。
「さくらちゃんや、指にはめてやるんじゃ」
「―。はい…!」
頷いたさくらは、すぐさま従う。竜崎の手を優しく支え、薬指に指輪をはめてあげる。と、竜崎は小さく笑った。
「あり…がとう…。……恥ずかし…からずに…、ずっと…はめとけば…よかったよ…」
痛みに耐え続ける苦悶の顔に、自虐と照れ隠しを混ぜっ返したような表情を微かに浮かべた竜崎。彼はそのまま、指輪を親指で押さえた。
「―…―。 ――、ぐっ… ――。」
そして、少しずつ詠唱を紡ぐ。しかし―。
「っ…がほっ…!」
「―! 竜崎さん!」
大きく吐血する竜崎。さくらだけではなく賢者とニアロンも即座に助けに入るが、彼は詠唱を止めなかった。
「フー…フー…。ぐぅっ…、――、――。」
命を消費し、魔術を紡ぐ。まさにそう言うべきな、必死の詠唱。それを見ていられなくなったニアロンが、声を震わせながら訴えた。
―…止めてくれ…清人…! 今、魔術を使うなんて…―
ただでさえ瀕死の状態の竜崎。それなのに魔術を行使する…体力魔力を浪費するなぞ、自殺行為に等しい。
それ故の、ニアロンの訴え。と、竜崎は詠唱を一旦止め、彼女を見つめた。
「ニ…アロン……」
―…くっ…!―
表情を歪ませ、口を噤むニアロン。こういう時の竜崎は、言う事を絶対に聞かない。そんなことはわかっていたというような素振り。
それでも、言わなければ気が済まなかったのだろう。彼女はただ顔を伏せ、心に渦巻く感情から逃れるように、呪いの沈静化作業へと戻った。
「…よ…し…」
魔術の準備が終わったのか、そう呟く竜崎。すると彼は、もう一方の手を動かす。そして別の詠唱を始めた。
「…! それって…風の…」
そう口にするさくら。その術式は幾度も聞き、使っているものであった。中位精霊―、妖精の姿をした精霊の召喚術式である。
と、指輪をはめていない方の竜崎の手に魔法陣が浮かび上がる。緑の光を伴うそこからは、精霊の姿が現れ―。
「――、が…っう…!」
その瞬間、竜崎は悲鳴をあげる。それと同時に、呼び出されかけていた精霊は心配そうな表情を浮かべ消滅していってしまった。
…もう彼に、召喚術式を完成させるほどの余力はなかった。呪いを抑えるのに精神力のほとんどを使っている今、片腕に別の魔術を準備したまま精霊を呼び出すことなぞ…。
「…く…そっ…」
悔しさを露わにしながら、再度試みる竜崎。しかし、今度は魔法陣すらまともに形成されない。20年もの間、最も使い、慣れ親しんだ精霊術。その詠唱が出来ぬほど、彼は弱っているのである。
そんな竜崎の姿を見て、さくらは思わず―。
「竜崎さん…! 私が…私が召喚します!」
そう名乗り出ていた。
「…! お…願い…!」
救いの手を見つけたかのような、安堵の声をあげる竜崎。託されたさくらは、両手を受け皿に詠唱を始めた。しかし―。
「――。――…」
パシュンッ…
「え…!?」
精霊術が、成功しない。普段、それどころかさっきまで使っていたはずのそれが。
異常事態が続く戦況、竜崎を瀕死にしてしまったという呵責、何もできないという鬱屈…。さくらの心は平静ではなかったのだ。集中力が必須となる魔術を行使できないほどに。
加えて、彼女は精霊石の補助に頼ってきた。バッグを奪い返す時は無我夢中で成功させたが、今は少々状況が違う。
竜崎さんから期待を寄せられている、なんとしても成功させなければ…! そんな思いが焦燥を加速させ、術式の成立を妨げていたのであった。
「な、なんで…なんで……!」
もう一度試すさくら。しかし、焦った詠唱が成功するはずもない。繰り返すほどに彼女はパニックに陥り、目から涙を滲ませ―。
「さ…くらさん…! 一度…深…呼吸…!」
そんなさくらを正気へと引き戻したのは、竜崎の喝。苦しみを極力抑え絞り出されたそれは、まるで諭すかのよう。
「教えた…こと…、今までの…経験を…思い出して…。必ず…出来るから…!」
続く竜崎の言葉に、さくらは思わず彼の顔を見る。彼の表情は、生徒を信じる教師のそれであった。
(思い出す…竜崎さんから教わったことを…、あの日のことを…!!)
さくらは、大きく深呼吸。目をつぶり、力を手に注ぐ。
「集中…して…、そう…慎重に…なり過ぎず…そう…その調子…!」
耳に入ってくる竜崎の教示に従いながら、気を研ぎ澄ましていくさくら。もう少し…もっと…今―!
「力を…貸して!」
「―――!」
瞬間、さくらの顔をそよ風が撫で、耳には涼やかな精霊の声が。目を開くと…そこには意気込む風の中位精霊が、軽やかに飛んでいた。
「やった…!」
喜ぶさくらに付き従うように、精霊は舞う。竜崎も笑顔を浮かべた。
「流…石…! あと…は…、ぐぅっ…!」
気を抜いてしまったせいか、苦しみに悶える竜崎。と、そんな彼を支え代わりに口を開いたのはニアロンであった。
―アリシャとソフィアの視界に入るように精霊を飛ばし、円を描きながら3回点滅させろ。それで通じる―
「…! はい!」
さくらは聞いた内容をしっかりと頭に描き、精霊へと祈る。これもまた、竜崎から学んだこと。
「―――!!」
そして任務を受けた風の精霊は、疾風蹴立てて飛び出していった。
「うぷっ…。ヤバいわね…これ…気持ち悪く…ウッ…」
一方の戦い続けている勇者達。機動鎧に乗るソフィアは、明らかに動きが鈍りだしていた。濃すぎる魔力に、魔力酔いの症状が出始めているのである。
ここはほぼ閉じ切った密閉空間、魔力は碌に外に出ていかない。それどころか、獣人が暴れるたびに竜脈が拗れ、今なお大きく噴き出し続けている。
更に不味いことに、先の獣人の一撃により、機動鎧の調整機構がイカレたらしい。このままでは、数分足らずも経たぬうちに戦闘不能に陥ってしまう。
いや、それよりも先に獣人の攻撃を食らい死んでしまうのが先かもしれない。今はアリシャが抑えてくれているが、そんな彼女も苦戦気味。掠り傷程度とはいえ、怪我を負い始めている。
どうすれば―。ソフィアが切羽詰まったその時だった。
ヒュンッ!
「―! 何…!?」
突如、機動鎧の横を何かが掠める。頭部を動かしそれを確認すると―。
「風精霊…!」
その正体、緑に輝く中位精霊。と、その子は俄かに妙な行動をとった。空中で円を描くように周りながら、三度強く点滅したのだ。
「―!それって…!」
反射的に、ソフィアは竜崎の方を見る。しかし、彼は臥したまま。代わりにさくらが祈っているような様子は見えるが…。
「―ま、でも…! 間違いないでしょ!」
ふっと息を吐き、獣人へと顔を戻すソフィア。その言葉には一切の迷いはなく、全幅の信頼が籠められていることすら感じ取れた。
と、全く同じ語勢のアリシャの声が、彼女の名を呼んだ。
「ソフィア!」
「ええ!やりましょ! 頼んだわよ、キヨト!」
不意に、勇者達の動きが変わる。攻めあぐね、なんとか隙を探そうとしていたのが、いきなり獣人へと肉薄せしめたのだ。
「! ガォオッ!」
好機とばかりに吼え、烈々たる勢いで攻撃を仕掛ける獣人。勇者達は紙一重で避け、弾きを繰り返すが―。
ザシュッ!
「―っ…!」
ビキッ!
「うっ…! 関節の接続が…!」
ものの数秒足らずに、アリシャもソフィアも窮地に追いやられる。闇に染まりし4本の、文字通り怪腕による猛攻の前には、隙を突くことはおろか、逃げることすら能わない。
「「くぅっ…!」」
小さく悲鳴を漏らす勇者達。もはや抵抗することすら難しいその状況、死の運命は目前。
「グゥウウッ!」
勝利を確信したかのように吼える獣人は、トドメと言わんばかりに神具の鏡搭載のラケットを振り上げ―。
―その毛ほどの瞬間を、竜崎は逃さなかった。
「今…!!!」
戦況を凝視していた竜崎は、即座に溜めていた魔術を解放、注ぎ込む。刹那、指輪は緑に光り―。
ゴァッッッッッ!!
遠く離れた神具のラケットからは、狂飆の如し爆風が噴き出した。
「グゥッ!?!?!?」
全く予想だにしていない状況での、卒然とした風の一撃。獣人は腕を持っていかれ、俄かに態勢を崩す。
―そう。大きな、隙が出来たのだ。弱点を狙えるほどの。それこそが、勇者達が待ち望んでいたもの。
『風で隙を作る、仕掛けてくれ』―。勇者一行の間で取り決められていた、竜崎の精霊合図。彼女達はそれを信じ、飛び込んでいたのであった。
そして完全に懐に潜り込んでいた2人は、一切の間なく、仕掛けた。
「ぶん殴り機構…最大出力っ!!」
耐えている間に拳へのチャージを終わらせていたソフィアは、その一撃を獣人のみぞおちへと思いっきり叩きこむ。
ドムッッ…!
「ゴケッッッ…!?」
拳は獣人の身体を貫かんばかりに突き刺さり、彼は前のめりになる。そこへ―。
「はああぁっ!!」
ザンッッッッッ!!!
紫光煌めかせた勇者の一閃が、白目になった片瞳ごと、獣人の顔面を深々と叩き切った。
0
あなたにおすすめの小説
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る
ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。
異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。
一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。
娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。
そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。
異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。
娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。
そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。
3人と1匹の冒険が、今始まる。
※小説家になろうでも投稿しています
※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!
よろしくお願いします!
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。
ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。
残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、
同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、
追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、
清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……
異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。
Mです。
ファンタジー
異世界学園バトル。
現世で惨めなサラリーマンをしていた……
そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。
その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。
それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。
目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて……
現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に……
特殊な能力が当然のように存在するその世界で……
自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。
俺は俺の出来ること……
彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。
だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。
※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※
※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※
異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?
お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。
飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい?
自重して目立たないようにする?
無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ!
お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる