382 / 391
―1人ぼっちの心の内で―
381話 ある男の回顧⑤
しおりを挟む―少し、自分の過去話となる。 かつて青年『リュウザキ』は、誰に対しても、『さん』や『くん』等を付けていた。
それは何故か。自身が異世界から来た部外者だという自覚があったからでもあるが…。それ以前に、元の世界での教育の賜物であった。
呼び捨てはしないようにしましょう、という道徳教育。 完全に身体に染み付いたそれは、下手に敬称を外すと、ちょっと悪い気持ちになってしまうほどであった。
だから詳しく知らない相手に対しては、幾ばくかの敬意を籠め、さん付けをしていた。それがルールであったから。 勿論、貴族王族へは様付けをしていた。
というかそもそも、当時は17歳。周りの人達はほとんどが年上。敬称をつけるのは至極当然のこと。故に、特に気にすることも、困ることもなかった。
―そして時は経て、青年リュウザキは【英雄】リュウザキとなった。 自分への敬称が、『くん』『さん』から『様』『殿』へと変わった瞬間であった。
それでも、別にあまり気にしなかった。様付けとなったのは面映ゆいが…結局は未だ子供の身。自分から相手を呼ぶ際は、やはりさん付けで全てが済んだのだから。
……それが変わり始めたのは、この世界に根を下ろし、各地を飛び回って幾年か経った後であった。
英雄リュウザキは大人となり、今度は【教師】リュウザキの肩書も得たのである。
無論、英雄となった後にも各国権威者には最大限の敬意を払った。そして初対面の相手には敬称敬語を用い続けた。
それは実績を笠に着ない品行方正さを示すポーズでもあったし…。そもそもがそういう生き方のため、そうしなければやっぱり気持ち悪さを感じたからでもあるが。
そして、それを変に思う事は当然なかった。元の世界でも、誰もがそうしてたのだから。
そう―、上や、同年代の相手にはそれで良かったのだ。 しかし…年を重ねるたび、呼び方に悩む相手が出てきた。
それは、自らより下の世代。 そしてその中でも…『自らの生徒達』であった。
他の一部の先生方がしているように、元の世界の先生達がしていたように、敬語ではなくとも敬称をつければ、それで良いだろう? 生徒のお手本なんだから?
…それが出来るなら、そうしたかった。だが、問題が発生したのだ。それは―。
……慕いに来てくれた生徒達を、無駄に恐縮させてしまったのである。
戦争と時を同じくしていない、または同じくしていても身を投じていない生徒達は、【英雄】という存在に酷く身を強張らせていた。
曰く『世界を救いし存在』
曰く『予言に選ばれた術士』
曰く『魔王や獣母を打ち倒し強者』
曰く『魔神とも呼ばれる高位精霊達との契約者』
曰く『復興に尽力せし聖人』
曰く『呪いと霊体を身に宿す怪物』
曰く『異世界から来た謎の人』
曰く――――。
世界に広まったそれは、多方面から見たリュウザキの紛れもない真実。そんな風に広まるのも致し方ない。
…だが、それを一心に聞いた子達は…リュウザキを『畏敬を払わなければならない相手』としてしまったのだ。
中には、『従わないとお仕置きを食らわせる怖い人』や『厳格極まりない戦士の極致のような方』など、明らかに意味不明な尾ひれがついた噂を信じ切っていた子達まで。
故に…自分が敬語敬称で生徒へ話しかけると…。誰もが肩をビクつかせ、ビシリと背を伸ばし、敬礼まがいなことをしだしたのである…。
いくら自分が、この世界の正しき住人ではないからと一歩引いている身だとしても…そんなのは望んでいなかった。
というか、普通に嫌だった。 できれば楽しく語らいあいたかった。 『優しいお兄さん(又はおっさん)』でいたかった。
―と、いうことで…一計を案じた。
【英雄】と固定されてしまった自身をなるたけフランクに見せるために、受け入れてもらうために、敬称敬語を取り払う事を決めたのである。
…正直最初は、むずがゆくて照れくさくて仕方なかった。それに接し方がよくわからず、逆に生徒達を怯えさせたこともあった。
けど、良い師がいた。 ニアロンである。
存外尊大な彼女の口調は、敬語なしの話し方の参考となった。いつの間にか精霊術の師と弟子ではなく、気の置けない相棒として気さくに話せる仲となっていたのも大きかった。
そして、ソフィアやアリシャ達との話し方も多分に活用できた。開けっ広げに好き放題話せる関係は、そのフランク口調に上手く転用できたのだ。
あとは、ちょっとした教師らしさと、相手への敬意と、自分らしさを混ぜ合わせ…今の話し方ができたのである。
…しかし、それができたのにも、とある理由があった。それは、この世界が『苗字ではなく、名前を呼ぶ文化』であったこと。
これに関しては…異世界らしさというよりも、『海外らしさ』を感じていた。
苗字で呼ぶことがほとんどの母国とは違い、『Hi,Mike!』という英語の教科書の例文のようなイメージが強かったのかもしれない。
なら、よくテレビで見た、そういう国のフランクさを真似てみれば良いと考え…その文化に『従った』のである。
『郷に入っては郷に従え』―。 その言葉が示す通りに。
幸い、その敬称敬語略の話し方は快く受け入れられ、大いに好かれた。話しやすいし相談しやすいと評判になり、授業中以外はそれで通すことにした。
なお貴族王族の御子息御息女には、流石に敬称敬語をつけるべきかと思ったが…。学園の方針でどの生徒にも格はつけないようにしているため、やはり敬称なしに。
とはいえ、彼らの公務の場に顔を出す際はしっかり遜るようにしていたため、誰からも特に不満は出なかった。
まあ英雄という肩書と、持っている力が大きすぎるからだろうが…。中にはその切り替えを称賛してくれる子もいた。 威を張って偉ぶっても良いのに、全くしないのが素敵だと。
――何はともあれ。自分はさん付けをなるべく減らすことで、生徒へ気安く接することを心掛けているのである。
自分の肩書を怖がらせないため、そして皆に受け入れてもらうために。
……だというのに。自分は未だ、さくらを常に『さん付け』して呼んでいるのだ。
齢37…もう40が目前に迫る歳の自分が、干支二回りほども離れた女の子をさん付けするなんて、おかしいことか?
――いや、なんらおかしい事ではない。寧ろ、礼儀正しい者にとっては当たり前のこと。
先に述べた通り自身にも、できれば生徒皆にさんくん付けしたい気持ちはあったのだから。
まあ、今や名前呼びでないと落ち着かなくなってしまった節はあるが…。
話を戻そう。この世界でも、さくらをさん付けで呼ぶ人々は沢山いる。街の人々に始まり、各国貴族王族、教員、彼女の友人…。
ある者は、詳しく知らない相手に幾ばくかの敬意を払うため。ある者は、自らが纏う権威の理論に従ったため。
ある者は、教育者として手本を見せるため。ある者は、単に距離感を詰める途中なため―。
理由は様々とはいえ、さん付け自体は全く変な事ではない。名を呼ぶ際のワンクッションであるだけなのだから。
そして…それは『元の世界』でもそうだった。同じような理由で、さん付けを行う人々がほとんど。
寧ろ、その呼び方がほとんどであろう。役職名があるならばいざ知らず、そうでなければ基本は『○○さん』である。
……ならば、何を気にしているのか? 何故、さくらに対してのさん付けに『思惑』なぞ抱いているのか? なんで、さん付けを気に病んでいるのか?
――それは、先の説明が理由の全て。
『元の世界』出身の…即ち同郷の者として、彼女の名は『ワンクッション』置かなければいけないという強迫観念に駆り立てられているからに他ならないのだ。
0
あなたにおすすめの小説
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る
ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。
異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。
一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。
娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。
そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。
異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。
娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。
そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。
3人と1匹の冒険が、今始まる。
※小説家になろうでも投稿しています
※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!
よろしくお願いします!
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。
ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。
残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、
同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、
追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、
清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。
Mです。
ファンタジー
異世界学園バトル。
現世で惨めなサラリーマンをしていた……
そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。
その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。
それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。
目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて……
現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に……
特殊な能力が当然のように存在するその世界で……
自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。
俺は俺の出来ること……
彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。
だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。
※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※
※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※
異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?
お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。
飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい?
自重して目立たないようにする?
無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ!
お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる