百年人形物語

青キング

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第一部前編

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 「僕は高校二年生で、いつものように学校から帰宅しました。

 夕ご飯まで自分の部屋でのんびり過ごしていると、下の階から母親が自分を呼ぶ声が聞こえましたから、下へ降りたのです。

 リビングでは母親と父親が、しかつめらしい顔でダイニングテーブルの席に腰をかけているのです。

 自分は驚いて「どうしたんだ、母さん父さん」と訊きました。

 父さんが手招きして「一輝、ちょっと来なさい」といつになく真剣に言うので、自分は席につきました。

 座った俺に母さんが切なそうな目をして「一輝、今から父さんが話すことは、しっかり受け止めなさい」と前置きしました。

 何を言い出すのか緊張しながら、父さんの言葉を待っていると、おももろに父さんは口を開いた。

「父さんの会社が倒産した」

 最初聞いた時は、単なるダジャレを交えた冗談かと思ったが、普段の父さんはダジャレを言うような人ではなかったので、じわじわと言葉の意味が表している事実を理解したんだ。

「それって、まずいのか」

 俺が危機感を感じて尋ねると、父さんは不意に考え込んで「まずいにはまずいが、一輝を高校まで通わせることはできる」と言ったんだ。

 俺はほっとして、脅かすなよと父さんを軽く注意したんだ。

 部屋に戻るため席を離れようとした俺に、母さんが深刻な顔で付け足した。

「一輝、高校には通わせてあげられるけど、転校はやむを得ないのよ」

「えっ」

 俺はその場で固まってしまったよ。

 言い添える形で父が「この家を売って、おじいちゃんのところに引っ越しするぞ」と独り決めした。

 次の日、急遽学校側に退学届けを提出し、クラスメイトの奴らと離れ離れになった。日常が瞬く間に崩れたんだ。

 電車を乗り継いで、祖父の実家に行きました。

 祖父の実家は島根の田舎町に巍然と佇む築百年を超える屋敷で、老朽化で解体を余儀なくされた家だったのです。

 到着初日から俺と両親の使う部屋の掃除に昼夜を費やしました。

 翌日には最寄りの高校に入学手続きを申請し、田舎町の高校からか人数が少なく易々と入学できました。

 そこから一週間は、生活用品を揃えることや町の人との顔合わせに追われて過ぎました。

 二週間が経って引っ越し先の生活にも少しずつ慣れてき始めた頃です。その日は夏休みの三日目で、祖父と俺の両親が町内の集まりに出掛けたので、一人で留守をすることになったのです。

 前日から祖父に、暇があったら蔵の中のものを出しておいてくれんかと掃除を頼まれていたので、俺は所々で外壁の剥がれた年月の長さを感じさせる蔵の掃除をすることにしたのです。

 懐中電灯を携えて蔵の中に入ると、懐中電灯の光を舞っているほこりが反射して眩むほど、長年の手つかずの汚い状態でした。

 一旦母屋に戻って埃を吸わないようにマスクを付けて来てから、蔵の中を進みました。

 出入り口付近に蔵の中のものでは比較的に新しい、箪笥やら机やらが詰め込まれていて、その辺りの物を全部外に出すと、蔵内が今でいうアトリエのように広いことに気付きました。埃は被っていましたが、タップダンスの出来そうな床の木の作業台や、作業台の脇に据えられた椅子の上の形状の違う数本の鑿など、様々な工具がきちんと場所を分けられて配置されていたのです。

 時代を飛び越えたような錯覚を覚えました。見たこともない空間なのに、何故かそう感じたのです。

 見回してみると角の壁際の椅子の背に束縛するように人形が括りつけてありました。人形の頭に顔まで覆い隠す継接ぎだらけの襤褸布が乗せてありました。

 得も言われぬ人形の怪しさに惹きつけられて、すぐ前まで近づき襤褸布を剥ぎ取りました。

 するとどうでしょう、人形の清楚で優艶な面貌が目の前に現れました。

 自分は埃で鼻がむず痒くなってくしゃみをするまで、人形の美しさに見入ってしまいました。

 そこから数分くらい蔵の中にいたでしょうか。一人でも運べそうなものを蔵の外に出して一段落し、人形の端麗な容貌が忘れられず再び目を向けました時です。

 自分が目にしたことが信じられませんでした。

 人形は自分を興味深そうにじっと見つめて、瞬きを頻りに繰り返すのです。

 白昼夢の中にいるような茫々たる感覚を突如身に感じ、自分はその場で立ち竦みました。

「あなたは誰?」

 自分が驚きに言葉も発せないでいるうちに、人形の方から声をかけてきたのです。

「私を助けに来たの?」

「えー」

「どうなの。何か仰ってくださいよ」

 人形が活きている。そんなことはあり得ないので、自分の頬をぶちました。

 しかし人形は、まだ自分を見つめていました。

「答えてくださいな」

 自分は返す言葉が見つからず、呆然と人形の瞳を熟視しました。

 自分が返事をしないので、活きた人形は椅子に縛りつけている身体の縄を解こうと、もぞもぞし始めました。

 しばらく縄を解くのに苦心していましたが、縄は固く縛ってあるらしく寸毫も緩みはしませんでした。

「解くの手伝って」

 活きている人形は、友人にでも頼むように馴れ馴れしく手助けを求めてきました。

 その時自分は幻想の中にいるような気がして、呆然としていました。

「何もなさってくれないのですか?」

「……」

 訊くべきことがあるのは理解していたが、これが現実かどうかさえ疑わしい。

 自分が何もできないでいると、人形は唐突に目元を手で覆い泣き出す。

「ひどいわ。囚われの女を助けて下さらないなんて。どうしてそこまで薄情になれますでしょうか」

 泣かれると自分に非があるみたいで、気持ち的に分が悪い。

すぐにでも事態を逃れたいので、自分の疑問を一絡げにした質問をぶつけました。

「どうしてこんなことになってるの?」

「私にもわかりませんわ。だから助けて欲しいと頼んでいますのよ」

 一つの疑問も明らかにならない答えだった。

 状況の理解に難渋し、人形をはたと見据えるだけしか出来なかった。

 そうしていると人形の和服の襟からうなじが覗いている事に気付き、ついうなじに目を移しました。するとふと顔全体が火照るような欲情が湧きおこったのです。

 自分の中に生じた肉欲に、自分は背中を押されました。

 人形の傍まで歩み寄り、汗で湿る手で縄を解いてやりました。

「お助けいただいて、ありがとうございます」

 活きている人形が自由になった身体を折って、慇懃に礼を述べました。

 もうその時には人形などとは思っていませんでしたが、自分は人形の手を取り、有無を言わさず蔵の外へ連れ出しました。

 人形の雪のように白い手首を掴んだ時、掌に感じたなめらかさは筆舌に尽くしがたい感触でした。

「力がお強いんですね。お父様みたいですわ」

「お父様。君の?」

「はい。私のお父様です」

 頷くと、興味深そうに自分の顔を覗いてきます。

「あなた、よく見るとお父さんと目元が似てらっしゃるわ」

「俺が君のお父さんに似ている? そうは言われてもこっちは君のお父さんを知らないから、肯定も否定も出来ないぞ」

こう返しつつ、自分は一つの疑問を持ちました。目の前の美しい人形は、本当は人形ではないのではないかと。

「お尋ねしたのですが、ここはどこなのですか?」

 疑問を挟む余裕はなく、場所を訊かれました。

「お前、場所を知らずに蔵の中で監禁されてたのか」

「わたしは監禁されてのですか」

 初めて知ったみたいな顔をして、ほぼ鸚鵡返しに言いました。

 自分は唐突にある現象を思い出して、人形に恐る恐る訊きます。

「まさかお前、記憶喪失とかじゃないだろうな?」

「記憶喪失とは、なんですか?」

 あまりにも無知すぎて、幼子と接しているみたいに感じました。

「記憶が喪失する。そうだな、覚えていることを恐怖や衝撃なので忘れてしまう、そんな感じかな」

「へえ、それでは私は今、それになっているのですね」

「わかったのか、わかってないのか判断しにくいが、まあいいだろう」

 記憶喪失の女にどう接すればいいか、自分が考えだした途端に、彼女は「あら、そうでしたしわ」と記憶を思い出したようでした。

「うん、何か思い出したのか?」と自分は考え事をやめて、尋ねました。

 彼女は明るい笑顔で頷き、「私、ももとせ雪子って言うんだよ」

 最初聞いた時は、彼女の苗字に当たる漢字がわからず頭を捻りました。

「百年って書いてももとせって読むんです」

「百年と書いて、ももとせ。これはまた珍しい苗字だな」

 その時自分は彼女の苗字に、故人の遺意が籠められているとは露にも思いませんでした。なので関心もなく、会話が続きました。

「それでだけど肝心の君の親の名前はわかる?」

「さあ、私も存じていません」

 思い出したのは自身の名前だけで、彼女に名を与えたであろう親御の名前は忘失したままだった。

 お互いに話柄に困っていると、折しも門扉の開く音がして、自分の両親と祖父が帰ってきました。知らない間に、夕方近くになっていたのです。

「その子は誰だ?」

 父は自分と彼女とを目に入れるなり、口を笑ませて尋ねました。

 自分は彼女の身に起きている事情を話そうと口を開きかけたが、彼女の方が早く父にお辞儀して返事をした。

「百年雪子です」

「礼儀の正しい子だなあ」

 丁寧なお辞儀で挨拶されて、父は声の調子でわかるほど好印象を持ったようだった。

 母親については「一輝とは大違いで可愛くて偉い子ね。今思うとやっぱり娘が欲しかったなあ」などと、嫌味っぽく自分に丁度聞こえる声で呟きました。

 「悪かったな、可愛くなくて偉くない息子」で言い返してやりたかったです。

  祖父もにこにこ彼女を眺めていたが、突然物問いたげに目を細めました。

「今の若い人で足袋を履いておるとは、古風じゃのう。昔のものが好きなのか?」

「いえ、そういうわけではありません」

 彼女は昔のもとと言われたことに合点がいかぬ表情で、頭を振りました。

 祖父は少年時代を思い返しているのか、しみじみと言った。

「わしが子供の頃は、女はみんな君のような格好をしておったわ」

「そうなんですか」

 興味なさそうに相槌を打つ。

 父が今更ながらに自分に尋ねます。

「それでこの子は、どこの子なんだ?」

「それが……」

 自分は両親と祖父に、彼女が蔵の中に閉じ込められていたこと、記憶を失くしてしまっていることなど知っている限り話した。

 父は思案顔で「それは事件だな。警察に連絡して、とりあえずこの子の親を探さないと」と冷静に言う。

 母は安心させる微笑みを彼女に向け「私達も親を探すの手伝うからね」と慰めた。

 祖父は「親が見つかるまで、うちでおればええ」と当分の寝泊まりを保証しました。

 三人の親切な反応に彼女は目を潤ませ、ありがとうございますと深いお辞儀をしました。

 その日は警察への連絡と彼女が覚えている限りの事情を聞き出しただけで、さしたる問題もなく過ぎました。
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