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「回帰の塔」
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東京中等少年院の一室に、地の底を揺らすような産声が響いた。
殺風景な景観の続く、真夜中の少年院の周囲の静寂は、その泣き声の反響によって、少しずつ消されていき、闇の濃さだけが増していく。
「先生、もう駄目です。血圧が異常に下がり始めました。脈拍、心拍数ともに、絶望的な数値です」
医務室のベッドの上で今、出産を終えたばかりの母親の身体をさすり続ける看護婦が、声を上げる。
「この子の代わりに、この少女は、短い生涯を終えてしまうというのか……」
数時間前、院生の妊娠が判明したという通報を受け、急いで少年院へと駆けつけた産婦人科医の兼高研次は、
次第に青くなる母親の手を強く握りしめながら
「頑張れ、頑張れ」
そう励ましの言葉を繰り返した。
「大丈夫だ、赤ん坊は無事に生まれたぞ。君はもう母親となったんだ、だから気をしっかりと持て」
「先生、し、心臓が停止してしまいました」
自分の命と引き換えに、新しい生命をこの世に誕生させた幼い母親。
彼女は、その最期を看取った兼高医師の腕の中で、静かに息絶えた。
少年院の夏にもたらされた、一人の少女の死。
少女へと合掌した兼高医師は、医務室のドアを静かに開けて廊下へと出た。
「まだ、まだ十六だというのに……」
幼い頃に両親を失い、孤児院の中で育てられてきたという少女。しかし、十代半ばからグレ始め、果てはこの少年院へと入院……。
彼女のその生い立ちに、干渉することなどはできない。
しかし、余りにもその死は無残ではないのか……。
兼高医師は、無力な少女の死を前に、皺の寄った白衣の裾を、思いきり指でつかみ、そのまま強く握り締めた。
空には、まだらの雲の隙間から射し込む月の微光。それが、地面を、廊下の兼高の顔をも、窓越しに、しなやかに照らした。
開いた窓に、強い風が一吹き。少年院の廊下に吊るされた風鈴が、凛と、はかなく鳴った。
そして、誕生とともに、母親という人生の根幹部を失ってしまった赤ん坊の、無垢なまでの泣き声が、夏の闇の底に重厚に響いた。
どこか、自分の妹の面影を宿す、産まれたばかりの赤児。
彼女の行く末に、幸福がありますように……。
兼高医師は手を組み、月に向かって、合掌をした。
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