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二人だけの晩餐

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 レオの魔力循環の施術が上手くいったせいか、体調がよくなったエステルは、久しぶりに空腹になって食欲を感じていた。

「今日の夕食は、本館から誰か届けてくれるかな」

 今夜はアリアネとシェルトの結婚披露宴で大勢の招待客を迎え、厨房は戦争のような忙しさだろう。
 離れに居るエステルのことまで手が回らず、忘れられているかもしれない。

「もしかすると、今夜は夕食抜きになるかもしれない」

 エステルが呟くと、レオ魔道人形が首を傾げた。

「人は食事を取らないと、すぐに弱って死に至る。僕が夕食を調達して来よう」

「一食くらい抜いても死にはしないが。そうか、レオが取りに行ってくれると助かる。本館の厨房の場所が分かるか?」

「食べ物の匂いがすれば、分かる」

 一抹の不安はあったが、レオが自信たっぷりな様子だったので大丈夫だろうと、そのまま行かせてしまった。

 しばらくしてレオが戻って来ると、期待したようなお盆に乗せた料理などは持っておらず、見たことのある鞄を抱いていた。

「お帰り、レオ。その鞄はマジック・バック空間魔法付与鞄じゃないか。どこからそんなものを持ち出した?」

「食事を運ぶのにちょっと借りた」

 空間魔法付与鞄マジックパックは、土中蟲アースワームの胃の特殊部位を使った魔道具で、小さな袋に大容量を納めることが出来る。高価なアイテムだから、コーレイン家でも宝物庫に大切にしまってあるのだが……。

 レオは鞄から、様々な料理を盛り付けられた皿ごと取り出した。
 ポッポ鳥の姿焼き、ブラックホーンのミートパイ、白身魚のフライ、ふかひれスープにサラダ、チーズの盛り合わせ、花の形にカットされた果物、野苺のアイスクリーム、上等のワイン……。

 テーブルに次から次へと、ぎっしり並べられていく豪勢な料理の数に、エステルは仰天した。

 じゅうじゅうと音がしそうな程、出来立ての熱々の料理を前に、口の中に唾が出て来るが……。

「待て、これは宴の客に出す料理じゃないか。まさか勝手に持って来たのか?」

「いや、大丈夫だ」

 今日は、次期当主と婿のお披露目も兼ねた披露宴だ。
 離れにも御馳走を気前よく分けてくれたのだろうか、とエステルは納得した。

「……こんなにたくさん、ひとりでは食べ切れない」

「僕も手伝おう」

「えっ? レオは、食事をするのか?」

魔物ブラックホーンの肉は魔力も含んているから、活力エネルギーに変換できる」


 そういうことならと、エステルはレオと共に夕食を取ることにした。

 まだベッドから出ることはできないが、上体を起こしてもらって、ベットサイドテーブルに料理を取り分けてもらう。
 レオはポッポ鳥の丸焼きを器用にナイフで切り分け、柔らかい胸肉のところをエステルの取り皿に並べてくれた。


「レオはお酒も飲めるのか?」

「飲める」

「じゃあ、乾杯しよう」

 二人はワインを注いだゴブレットを、カチンと合わせた。

「エステルと僕の出会いに」

「ふふ、気障なことを言うなぁ」


 エステルは、久しぶりに上等のワインと御馳走を、堪能する。

 闘病生活で小さくなってしまった胃は、それほど量は入らない。少しずつ色んな料理を、ゆっくり味わって食べた。

 給仕をしながら、人間のように飲み食いしているレオを見ていると、とても人形ドールとは思えなかった。その洗練された動作に、見惚れてしまう。


「……ああ、とても美味しい。食事が美味しく食べられるというのは、本当に幸せなことだな」

「全くその通りだ」

 エステルは、レオとの夕食を心から楽しみながらも、事故に遭ってから今までのことが、走馬灯のように心によぎる。

 親身に世話をしてくれた乳母やデリク、レオをエステルの元に送ってくれた姫様、ホワイトウィローを遠方まで取りに行ったシェルト……。

 シェルトには妹と結婚する前に、けじめとして本人の口から説明が欲しかったが、もういい。


 エステルにとって、シェルトのことはすでに終わった過去のことになっていた。
 

 
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