6 / 73
薬草園
しおりを挟む「今日は、モカル草を短く刈ってしまうわ」
私とアンヌ、ヨハンは汚れてもよい綿の服にエプロンを掛けて、城の西館の庭にある薬草園の一画、小さな白い花をつけた新緑のモカル草の茂みの前に来ていた。
「はい、ソフィさま、これを全部ですね」
薬草園の作業は侍女と従僕の正式な仕事ではないけれど、ふたりはこうしてよく私に手を貸してくれる。
モカル草は風通しの良さを好むので、そろそろ刈り込んでやらなくちゃと思っていた。
茂みの前にしゃがみ、柔らかな茎を、鎌でザクザクと刈って横に積んでいく。
辺りにはモカル草の爽やかな甘い、林檎のような香りが漂った。
去年は雨が続いた時に枯らしてしまったけど、今年は上手くいったと、顔がほころぶ。
「この薬草は、今度入浴の時に使いますか?」
アンヌもモカル草の香りが気に入ったようた。
「モカルは薬草茶やポプリ、洗髪後のリンスにもできる。きれいな金色の香りのよい薬草茶は飲みやすくて、おいしいし。薬効としては、鎮痛、発汗、消炎、殺菌、安眠……」
故郷の村で薬師の母から学んだことを、同郷の二人に伝えるのは私の自己満足かもしれない。
ふたりが薬草に興味を持っているのかどうかもあやしいし。
でもこうして一緒に、薬草を育てたり収穫するのは楽しかった。
「――あとは小川でさっと洗って束にして、薬草小屋に干したら休憩にしましょう」
庭には小さな泉から流れる小川が引いてある。そして薬草園の傍らには、作業と薬の調合をできる小屋が建てられていた。
そうして収穫したモカル草を入れた籠を持って、立ち上がろうとした時だった。
「ソフィさま、あそこに誰かいます」
ヨハンが指をさしたのは、薬草園の中央に植えられた樹の根元に寝ている若い男の姿だった。
大きな帽子を顔の上に乗せ、仰向けになって足を組んでいる。側に洋梨を半分に切ったような形状の弦楽器が置かれていた。
「どこから入って来たんだろう。追い出して来ます」
「いいの、悪い人じゃないみたいだし。そのまま寝かせて置いてあげましょう」
若者のいる方へ足を踏み出したヨハンを引き止め、私たちは小川に移動した。
モカル草を洗い終え、再び薬草園に戻ると、ルイーズたちがこちらに歩いて来るのが見えた。
散策をするにしても、薬草園は庭師の整えた庭園とは違い、私が趣味や実益を兼ねて好きにさせてもらっている場所だ。薬草というと聞こえはいいが、見た目は野の花、雑草みたいなものである。
彼女たちがここに来るようなことは、今までなかったと思う。
いったい、どうしたのだろうと、怪訝に思っていると、ルイーズはつかつかと近づいて来て、私に指を突きつけた。
「ねえ、どういうこと? ソフィ、あなたいったい、どんな汚い手を使ったの」
「何のことだか、ちゃんと説明してもらわないと、分からないわ」
感情的になっている彼女を落ち着かせようと思い、ゆっくりとしゃべる。
「ふん、惚けるつもりなのね。わたくしたち、女官長から突然言われたの。今月いっぱいで契約を終了って。でも順番からしたら、あなたが先に城を出て行くべきでしょう? おかしいわ」
アロイスや他の貴族のために真紅の薔薇城に集められた領地内の若者たちは、『提供者』として期間中、貴族にその血を提供する。
そうすることによって貴族は必要な糧を得て、他の人間を襲ったりはしないことになっていた。
『提供者』は、大抵一、ニ年もすれば契約を終了して城を出て行く。
稀に契約期間を延長する者もいるけれど……私がそうだ。
ようするに貴族たちの気持ち一つ、気まぐれで変わる。
「ここはあなた方が居るべき場所じゃない。早く城を出た方がいいわ」
貴族に血を提供することが、この先どんな影響を与えるのか分からないから――というつもりだったのだけれど、彼女たちは違う意味に取ったようだ。
「何よ、偉そうに――!」
「あなた、この間の夜のこと、告げ口したの?」
「本当のこと言いなさいよ!」
あの夜、びしょ濡れで部屋にもどった私たち。
ヨハンから詳細を聞いたアンヌは、アロイスに話すべきだと言った。
でもそんなことをしたら、アロイスがルイーズたちにどんな罰を与えるか分からない。
ふたりには固く口留めをしてある。
私のためにアロイスが報復するだろうと、うぬぼれているからではなくて。
アロイスは人間が決まりを破ると、情け容赦なく厳しく罰するのを知っているからだ。
それに、忙しいアロイスを些細な揉め事で煩わせたくなかった。
「告げ口なんかしてない。でも、私の言い方が気に障ったのなら、ごめんなさい」
原因はともかく、ルイーズたちとこれ以上言い争うのも億劫で、なんとか穏便に引き取ってもらいたかった。
「適当に謝ればいいってものじゃないわ」
そんな私の態度が、余計に彼女たちの怒りに火をつけてしまったようだ。
「あなただけが、アロイスさまの専属って訳じゃない。わたくしだって、指名されたの。それなのに契約終了なんて」
ルイーズが背筋を伸ばして、きっと睨んだ。
貴族は気に入った提供者を、自分の専属に指名することがある。
私たちは血を吸われ過ぎると、身体が弱って死に至る。そうならないために、貴族は複数の『提供者』から少しずつ、血を飲んでいる。
『提供者』が専属になれば、他の貴族は手を出さず独占できるから、より多くの血を飲むことができる、ということらしい。
「ソフィだけ二人も使用人がついて、特別扱いされているのは分かってる。でも」
アンヌとヨハンは、薬草園や治療院の奉仕活動を手助けするために、アロイスが側につけてくれた。それが町の人々の福祉に役に立つからと、評価されて。
彼女たちからしてみれば、それが特別扱いに見えてしまうのかもしれない。
他の少女たちだって、日中は届けを出せば町に行くことも可能で、城の女官たちを通じて行儀作法や機織り、裁縫、料理などの手に職をつける訓練をすることもできた。
また、契約期間中は報酬も支払われることから、貧しい家の少女たちが大勢応募していると聞いている。
不意にルイーズのうるんだ瞳に気づいてしまった。
では、彼女は本当にアロイスのことが好きなのだ。
でも――彼は人間じゃない。いくらアロイスを好きになったとしても、報われることはないのに。
そう思うと、ルイーズたちが可哀想にも思えた。
「馬鹿にしないで!!」
パン!
振り上げられたルイーズの手が、私の頬を打った。乾いた音と共に痛みが走り、ジンジンと熱を帯びて来る。
「ソフィさま」
アンヌがよろけた私を支え、ヨハンが前に出て私とルイーズの間に入った。ルイーズの取り巻きの娘達も、彼女を守るように囲い込んだ。
「衛兵さ――んっ、こっちです! 喧嘩だぁ、乱闘だよぅ。はやくはやく! あそこに、怖い女の人たちが居ますよ――」
突然、鈴のように響く声が聞こえた。あの若木の側で寝ていた若者が立ち上がって、城の方に手を振り衛兵を呼んでいる。
「なっ、何よ、あの子! 乱闘なんて、うそばっかり。――もう行くわよ!」
ルイーズたちは慌てて薬草園から出て行った。
「大丈夫ですか? 血が」
アンヌに言われてから気づく。口の端が少し切れたようだ。
「ええ、大丈夫。それより、衛兵が来ても、何もなかったことにして」
やっぱり大事にしたくなくなかった。彼女たちの為というより私が、なるべく波風を立てず平穏に過ごしたかったから。
「――衛兵は来ないから、平気だよ」
弦楽器を背中に担いだ若者がこちらにやって来て、にっこりと笑った。
「ちょっとお芝居をしたの。お姉さんが困っているみたいだったから」
0
あなたにおすすめの小説
喪女なのに狼さんたちに溺愛されています
和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です!
聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。
ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。
森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ?
ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる