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見舞い
しおりを挟む――遅い時間に目が覚めると、外は雨だった。しとしとと降る草木を潤す甘雨だ。
身体がだるくて気力が沸かないのは、お天気のせいではなく。
昨日から深夜にかけて様々なことが起き、寝たのが明け方近くだったから。
「悪いけど、今日は治療院を休ませて頂くわ」
アンヌに頼んで町の治療院へ使いを出してもらうと、午前中は何するともなく部屋でぼうっとして過ごした。
午後になると、ベックがお見舞いだと言って訊ねて来た。
「よく西館長が許したわね」
西館の提供者の居室に、外の人間が来訪するのには西館長の許しが必要だ。
親族でもない異性は、許可されにくいと聞いている。
「うん。西館長さん、俺のファンなんだって。すぐに通してくれたよ。
それと俺の歌が気に入られて、城で雇ってくれることになったの」
ベックに与えられたのは、使用人用の大部屋だけど、寝に帰るだけだから問題はないという。
アンヌがモカル茶と数種類のベリーパイを持って来た。
モカル茶の爽やかな香りと、焼き立てのパイの香ばしい匂いに、ベックはくんくんと鼻を動かし笑顔になった。
「バターのいい匂いだね。甘酸っぱいベリーとパイがよく合いそうだ」
――お茶うけにベリーパイを出すなんて、アンヌもこの吟遊詩人が気に入っているのかしら。
「どうぞ、召し上がって。アンヌ、ヨハンも呼んで来て。みんなでお茶にしましょう」
掃除をしていたヨハンもやって来て、四人でにぎやかなお茶の時間を楽しむ。
ベックは、冒険者ギルドの初依頼を面白おかしく話してくれた。
「じゃあ、本当に下水道で灰ネズミや闇コウモリに遭遇した時、歌ってやっつけたの?」
「そうさ! やっつけたのは雷神の槌のメンバーなんだけどね」
冒険者ギルドでベックは、名前だけは立派な初心者パーティ雷神の槌に声を掛けられ、下水道のスライム駆除に行ってきたという。
ベックが言うには、町の地下に張り巡らされた下水道には最近、スライムの他にネズミやコウモリ、トカゲなどの小魔獣、場所によっては幽霊まで出ることがあるそうだ。
「もちろん! 俺は歌って踊れる吟遊詩人だから、大活躍だったのさ」
「踊りも!?」
ベックは吟遊詩人らしく、臨場感たっぷりに語りだした。
突然幽霊が現れて、パーティが驚き一目散で逃げ回ったあげくに下水の中に落ちた話や、大量のスライムに囲まれてピンチになったことなどを、笑いあり、涙ありで語った。
「俺が不思議な踊りを踊ると、魔物らも動きにつられて一緒に踊るんだ。そこを雷神の槌のメンバーたちが攻撃して――」
陽気で元気いっぱいのベックの話を聞いて笑っていると、昨日の憂さが晴れるような気がした。
「想像以上に危険な依頼だったのね。怪我しなくてよかった」
「うん。俺は回避能力が高いからね! えへへ」
「また、ギルドの依頼を受けるの?」
ヨハンが、うらやましそうな顔で聞いた。
「そうだなあ。そのつもりなんだけど……」
「なあに、何かあるの?」
「依頼を達成して、ギルドに戻ったら巡察官のユー・シュエンが居てさ。どぶ臭いって追い出されちゃったんだよね。あのいけ好かない奴の顔は、見たくないなあ」
「ユー・シュエンを知っているの?」
「少しね、王都に居た時、会ったことがある」
巡察官は、サシャ王の代理人として派遣される、地方領主や教会聖職者を監督する官職だ。
彼らは国王の代理として大きな権限を持って、定期的に地方を巡回している。
聖職者と武官の各一名でなり、地方政治を監督、また民衆の役人やギルドへの不満を聞き、場合によっては裁判を行い、王に報告する。
ベックの話では、今回の巡察官のもう一人のギルメット卿は異端審問官で、最近王都を中心に勢力を伸ばしつつある地下組織『光の民』が地方にも及んでいないかを調べるために、このノワール地方に派遣されたという。
そしてユー・シュエンは、近衛騎士団などには属さない王直属の武官で変り者だという話だった。
「あいつは、伯爵さまを調べに来たんだろうね。巡察官だからそれが仕事なんだろうけど。伯爵さまのサシャ王への忠誠心を、変な形で試されなきゃいいね」
私は昨夜のユー・シュエンやパトリスの言葉を思い出し、不安がよぎった。
――どうか何事もなく、ユー・シュエンたちが一刻も早くノワールから立ち去りますように……!
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