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悲哀
しおりを挟む血の絆から、アロイスの血への渇望と情欲が高まっているのを知って、濡れた髪をかき上げうなじを露わにする。
「アロイス、私の血を――」
「いや。ソフィは今、とても疲れているし、顔色も悪いから」
アロイスは苦しそうに顔を歪めた。
――でも彼は……血を、補給をしなければならない。私以外の、誰かから。
無意識に唇を噛みそうになって、堪えた。
この後、戦地に赴く彼に、せめて負の感情を顔に出して見せるようなことはしたくなくて。
「これから作戦会議があるから先に行くけれど、ソフィはゆっくりして。アンヌを呼ぼう」
お互いに離れがたく感じているのに、状況はそれを許してはくれない。
寂しさを覚えながらも、我がままを言ってはいけないと思う。
だって、非常時なのだから……。
アロイスと入れ替わりに浴室に入って来たアンヌは、私の顔を見るなりハラハラと涙をこぼした。
「ソフィさま、心配しました。ご無事で本当に、よかっ――」
「アンヌ……もう大丈夫よ」
私はアンヌの手を握り、宥めようとした。でもアンヌは芯の強い娘で、すぐに気持ちを立て直してくれた。
棚から薔薇の石鹸を取ると、よく泡立てて私の髪を丁寧に洗い、すすいだ。
浴室から出て着替える時に脱ぎ捨てられていたドレス見て、屈んでポケットの中に入れてあった銀の柳葉飛刀を取り出した。
「片付けてなくて、すみません」
アンヌが慌てて籠の中に衣類を集めて入れる。
私は着替えたドレスのポケットの中に、そっと柳葉飛刀を潜ませた。
――この銀の刃で、リゼットは滅びてしまった。
銀の威力は凄まじいものだった。圧倒的な力と再生力を持つ貴族が、あんなにも脆く死んでしまうなんて。銀が貴族によって厳しく管理され、人間が所持することは許されていないのも当然だ。
アロイスの言う通り私に流れる妖精の血が貴族を惹きつけるのなら、自分の身を守るためにこれを持っていよう。
それから、ローランを見つけてあの腕輪を返してもらわないと。
「お食事を、ソフィさまのお部屋の方にご用意してあります」
「ありがとう。アロイスは、もう会議が始まっているのかしら」
アロイスの寝室から、居間を横切り控えの間に出て、執務室の扉に向かう。
「お待ちください。そちらは、いけません!」
アンヌの声が後ろから届く。
私はその時、何かに駆られたように、確かめずにはいられなかった。
執務室の前に控えていた居た従僕が制止するのを振り払って、バン!と大きく扉を開いた。
そこで目にしたのは――ウォールナット材の美しい象嵌細工が施された執務机の椅子に座っているアロイスと、彼の膝の上のうら若い娘の姿。
アロイスは、灰色がかった金髪の娘の首筋に顔を埋め、血を飲んでいた。
煌びやかなドレスを着た娘は、膝の上に横座りして両手をアロイスの肩に回して抱きついている。
彼が顔を上げると、爛々と光るその紅い目と、私の目が合った。
私はくるりと後ろを向き、その場から逃げ出した。
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