転生薬師は癒しを掲げて、かつて私を焼いた世界を救う-焼かれた元魔女、処刑された恨みは薬で返します-

銀鏡。

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第6話 追放された王女と無毒の花

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オルドの町に戻ると、病に伏せっていた人々が少しずつ目を覚まし始めていた。
ラピスが精製した《ミュール・セレスタ》のエキス入りの薬が功を奏したのだ。

「……苦くても、ちゃんと飲めたら治る。ね?」

子どもたちに笑顔を見せるラピスの声は、どこか誇らしげだった。アニマは彼女に目を細め、そっと頷いた。

「ラピス、よく頑張ったわ。あとは町全体に配布して、経過観察ね」

「は、はいっ!」

 リュカは、薬の配布記録と回復者の症例を丹念に書きとめていた。もはやこれは“記録”のためではない。癒しの軌跡を、未来へと繋ぐための証だ。

「“癒しの魔女”か……ふふ、悪くない」

アニマの呟きに、リュカはペンを止めた。

「本当に、そう呼ばれる日が来るとは思わなかった。最初はただの“迷子”だったのに」

「うん。でも、迷子だからこそ拾える命もある」

 その時、不意に扉が叩かれた。
現れたのは、白い外套に身を包んだセラフィーナだった。旅の支度を整え、背に杖を携えている。

「町の人々が元気になったと聞いて、礼を言いに来たの」

「礼なんていらない。あなたが花を守っていたからこそよ」

「それでも……私はようやく、赦された気がしたの。ずっと、誰にも必要とされないまま、ここで朽ちるつもりだった」

 その瞳に浮かぶ光は、かすかに涙を孕んでいた。

リュカは尋ねた。

「これから、どうするつもりですか?」

「そうね。まずは“人として”生きることを覚えたい。王女でも、守護者でもない私を、見つけに行く旅に」

アニマがふっと微笑んだ。

「だったら、薬師として名乗ってみたら? 旅する薬師って響き、悪くないでしょ」

「ふふ、それもいいわね。……アニマ、ありがとう。貴女が来てくれて、本当に良かった」

 そう言って、セラフィーナは静かに扉の外へと去っていった。その背はもう、過去の亡霊ではなかった。

彼女もまた――癒されたのだ。

夕暮れ。町の広場で、小さな集会が開かれていた。町長がアニマに頭を下げ、薬を配るラピスの姿を見て、人々が自然と拍手を送った。

その光景を見ながら、私は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。

「リュカ、私ね、いつか“薬師の学校”を作ろうと思うの」

 アニマの声に、リュカは目を見開いた。

「学校?」

「うん。癒しを誰かひとりの特別な力にしないために。知識を共有して、誰でも人を助けられるようにしたい。……私がそうしてもらったように」

リュカはしばらく黙ったまま、彼女の横顔を見つめていた。
彼女は過去を知らない。けれど、誰よりも未来を信じている。

「じゃあ、私はその物語を記すよ。薬師たちの歩みを、癒しの足跡を。ずっと、君の隣で」

 アニマは驚いたようにリュカを見て、すぐにふっと笑った。

「うん、頼りにしてるわ、リュカ」
空に星がひとつ、瞬いた。

新しい癒しの旅が、今また始まろうとしていた。




 薬草園の奥、小さな聖堂跡。崩れかけた石壁の隙間から差し込む夕陽が、まるで祝福のように降り注いでいた。

そこでセラフィーナは一人、白い花を摘み取っていた。

 それは《ミュール・セレスタ》。かつて王城で彼女が育てていた“無毒の花”だった。
毒と誤解され、反逆者とまで呼ばれ、そして追放されたあの日から――彼女はずっと、誰にも理解されない花と生きてきた。

「もう……大丈夫よね」

小さく呟く声には、どこか安堵の響きがあった。花を抱きしめるその手は震えている。
ようやく救われたのは、彼女の方だったのかもしれない。

 後ろから、アニマがそっと近づいた。

「セラフィーナ。旅立つの?」

「ええ。……もう、ここに閉じこもっている理由がなくなったから」

振り返った彼女の瞳は、驚くほど穏やかだった。

「私は、ただ“無毒の花”を守ってきただけ。それでも誰かの命を救えた。それだけで……やっと、自分が誰かでいられた気がするの」

 アニマはゆっくりと頷いた。

「なら、これからも守っていけばいい。誰かの命も、心も。自分の手で」

セラフィーナは笑った。その笑顔は、かつて王女と呼ばれていた彼女の面影をわずかに残していた。

「アニマ。……あなたは、本当に不思議な人ね。まるで、毒を浄化する泉のよう」

「そんな大層なものじゃない。ただ、少しだけ痛みに詳しいだけよ」

ふたりはしばし、風の音に耳を傾けた。


 一方その頃、町の中央広場では、リュカとラピスが回復した住民たちの手助けをしていた。
子どもに薬の服用方法を説明し、高齢者の脈を取り、食事指導まで行うラピスの姿は、すでに立派な薬師だった。

「ラピス、成長したな」

リュカがぽつりと呟くと、ラピスは顔を真っ赤にして照れたように笑った。

「え、えへへ。全部アニマさんとリュカさんが教えてくれたから……。わたし、もっとちゃんと役に立ちたい!」

「きっと立てるさ。君の手は、もう誰かを救える」

 夕暮れの光の中、人々の笑い声がこだました。

やがて、アニマとセラフィーナも合流し、町の人々に別れを告げた。名残惜しむ声があちこちからあがったが、アニマは静かに言った。

「癒しは、ここで終わらない。次の場所にも、きっと誰かが待っているから」

 セラフィーナは薬師の外套を羽織り、杖を握りしめた。

「私は私を見つける旅に出るわ。いつか、またどこかで」

そう言って彼女は、白い花をひとつアニマに手渡した。

「これは……?」

「《ミュール・セレスタ》。貴女にこそ、ふさわしいと思って」

アニマは花を受け取り、そっと胸に抱いた。

「ありがとう、セラフィーナ。……気をつけて」

別れの言葉はそれだけだった。だが、ふたりの間に通じた想いは、言葉以上に確かなものだった。


 セラフィーナが去った後、リュカはアニマの横に並んで立ち、空を仰いだ。

「ねえ、アニマ。……君は、この世界で何をしたい?」

 アニマは少しだけ考えてから、ゆっくりと答えた。

「癒しを広げたい。命令じゃなくて、誰かのために生きたいと思う気持ちで。だから――いつか“薬師の学校”を作りたい」

リュカは目を見開き、そしてふっと笑った。

「いい夢だね。なら、私はその記録係になる。薬師たちの軌跡を、誰かが忘れないように」

 アニマは静かに笑った。白い花を胸に抱いたまま、その目はまっすぐ未来を見据えていた。

「一緒に来てくれる?」

「もちろん。私は“記録者”じゃない。“君の隣”に立つと決めたんだ」

 西の空に、ひときわ大きな星が瞬いた。

それはまるで、癒しの旅の道しるべのようだった。


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