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五章 ラグルの呼び声
323.開かれた扉
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塔の入り口前まで戻ってきたとき、私たちはすぐに気づいた。
扉が、開いていた。
「・・・うそ」
私は思わず立ち止まった。
以前見た時、塔の入り口であろう扉は、石のように固く閉ざされていた。それが今は──わずかに開いていたのだ。
ついこの前までは、重苦しい封印が施され、ただ近づくだけで胸の奥が締め付けられるようだった。
でも今は──風が通り、光も差しこむ。
そこにあったはずの拒絶は、もうどこにもなかった。
母が、一歩前へ出る。
掌を翳し、扉の縁にかすかに残る魔力の痕跡を読み取っていた。
その眉が、わずかに動いた。
「・・・これは」
「何か、わかったの?」
私が尋ねると、母はしばらく沈黙してから、静かに答えた。
「この封印、自然にほどけたわけじゃない。誰かが内側から意図的に解除している。それも、かなり高位の魔法で」
空気が張り詰めた。
ノエルが小さく息を呑む。
「もしかして、それって・・・」
「ええ。おそらく──オルガね」
母は、低く確信を帯びた声で言った。
「地脈の封を整えたのは私たち。でも、塔のこの扉の封印は別の術式構造だった。おそらく、もっと根源的で、もっと個人的なもの」
ノエルが、すぐに頷いた。
彼女は、そっと扉の隙間に手を添えた。
魔力に触れるように、指先で空気の層をなぞる。
「・・・あたたかい」
そのひとことに、私の胸がわずかに震えた。
この塔は、ずっと冷たかった。
無機質で、拒絶的で、沈黙の中に誰かの想いが凍りついているようだった。けれど今──そこにあるのは、静かなぬくもりだった。
「生きている、ってこと・・・なの?」
私が問いかけると、母ははっきりと頷いた。
「この封印は、決して“死者の置き土産”のようなものじゃない。生きている者が、意識をもって制御しているものよ。・・・オルガは、この塔の奥で生きている」
言葉にした途端、風がそっと吹き抜けた。塔の中から流れ出るそれは、森の奥に似た、深い静けさと力を孕んでいた。
私は知らずに拳を握っていた。なぜか、心のどこかで、“もしかしたら、会えないのではないか“と思い込んでいた存在。
歴史に名を残すだけの、幻のような人物──それが、この中にいる。
「でも・・・どうして、扉を開いたのでしょう?」
サラが、低く問いかける。
彼女もまた、緊張と期待の狭間にいるようだった。
「わからない。ただ──この封印には“外界との干渉を避ける”強い意図があった。長い間、誰にも知られず、誰にも触れられず、この塔に留まり続けるためのもの。・・でも、今は違う。扉が開いた。それはつまり、彼女が“外と関わる意思”を持ったということじゃないかしら」
「私たちに・・・会おうとしていると?」
ノエルの声に、母は首をかしげながらも、否定はしなかった。
「少なくとも、“見せること”を選んだ。自分が何を思い、何を守り続けてきたのか──それを、次の時代の誰かに渡す準備を」
私の胸が、強く打った。
「行こう。たとえそこに答えがなかったとしても、オルガ・グラウセリスの“今”を、見ておきたい」
私の言葉に、皆が頷いた。
扉の奥は、まだ薄暗かった。けれどその先にあるものは、もはや恐れではなかった。
それは、受け継ぐべき“意志”の場所だった。
ノエルが一歩を踏み出し、私たちもそれに続いた。
古い石の床が、かすかに軋む。壁に刻まれた紋章が、魔力に反応してわずかに光る。
奥へ、奥へ。
階段を下りていくたびに、塔の空気が変わっていく。
そして──
私たちは、ひときわ広い空間に出た。
そこには、静かに佇む人影があった。
白銀のローブ。夕焼けのような橙色の髪。
そして、地の魔力を深くまといながらも、どこか儚げな背中。
振り返ったその人は、私たちの姿をじっと見つめ、ふっと微笑んだ。
「・・・来たのね。ようやく」
その声は、想像よりも若かった。 でも、どこまでも深く、静かで──やさしかった。
私たちはその名を、確かに知っている。
封律の賢女、地の大魔女──オルガ・グラウセリス。
彼女は、生きていた。
そして、待っていた。
扉が、開いていた。
「・・・うそ」
私は思わず立ち止まった。
以前見た時、塔の入り口であろう扉は、石のように固く閉ざされていた。それが今は──わずかに開いていたのだ。
ついこの前までは、重苦しい封印が施され、ただ近づくだけで胸の奥が締め付けられるようだった。
でも今は──風が通り、光も差しこむ。
そこにあったはずの拒絶は、もうどこにもなかった。
母が、一歩前へ出る。
掌を翳し、扉の縁にかすかに残る魔力の痕跡を読み取っていた。
その眉が、わずかに動いた。
「・・・これは」
「何か、わかったの?」
私が尋ねると、母はしばらく沈黙してから、静かに答えた。
「この封印、自然にほどけたわけじゃない。誰かが内側から意図的に解除している。それも、かなり高位の魔法で」
空気が張り詰めた。
ノエルが小さく息を呑む。
「もしかして、それって・・・」
「ええ。おそらく──オルガね」
母は、低く確信を帯びた声で言った。
「地脈の封を整えたのは私たち。でも、塔のこの扉の封印は別の術式構造だった。おそらく、もっと根源的で、もっと個人的なもの」
ノエルが、すぐに頷いた。
彼女は、そっと扉の隙間に手を添えた。
魔力に触れるように、指先で空気の層をなぞる。
「・・・あたたかい」
そのひとことに、私の胸がわずかに震えた。
この塔は、ずっと冷たかった。
無機質で、拒絶的で、沈黙の中に誰かの想いが凍りついているようだった。けれど今──そこにあるのは、静かなぬくもりだった。
「生きている、ってこと・・・なの?」
私が問いかけると、母ははっきりと頷いた。
「この封印は、決して“死者の置き土産”のようなものじゃない。生きている者が、意識をもって制御しているものよ。・・・オルガは、この塔の奥で生きている」
言葉にした途端、風がそっと吹き抜けた。塔の中から流れ出るそれは、森の奥に似た、深い静けさと力を孕んでいた。
私は知らずに拳を握っていた。なぜか、心のどこかで、“もしかしたら、会えないのではないか“と思い込んでいた存在。
歴史に名を残すだけの、幻のような人物──それが、この中にいる。
「でも・・・どうして、扉を開いたのでしょう?」
サラが、低く問いかける。
彼女もまた、緊張と期待の狭間にいるようだった。
「わからない。ただ──この封印には“外界との干渉を避ける”強い意図があった。長い間、誰にも知られず、誰にも触れられず、この塔に留まり続けるためのもの。・・でも、今は違う。扉が開いた。それはつまり、彼女が“外と関わる意思”を持ったということじゃないかしら」
「私たちに・・・会おうとしていると?」
ノエルの声に、母は首をかしげながらも、否定はしなかった。
「少なくとも、“見せること”を選んだ。自分が何を思い、何を守り続けてきたのか──それを、次の時代の誰かに渡す準備を」
私の胸が、強く打った。
「行こう。たとえそこに答えがなかったとしても、オルガ・グラウセリスの“今”を、見ておきたい」
私の言葉に、皆が頷いた。
扉の奥は、まだ薄暗かった。けれどその先にあるものは、もはや恐れではなかった。
それは、受け継ぐべき“意志”の場所だった。
ノエルが一歩を踏み出し、私たちもそれに続いた。
古い石の床が、かすかに軋む。壁に刻まれた紋章が、魔力に反応してわずかに光る。
奥へ、奥へ。
階段を下りていくたびに、塔の空気が変わっていく。
そして──
私たちは、ひときわ広い空間に出た。
そこには、静かに佇む人影があった。
白銀のローブ。夕焼けのような橙色の髪。
そして、地の魔力を深くまといながらも、どこか儚げな背中。
振り返ったその人は、私たちの姿をじっと見つめ、ふっと微笑んだ。
「・・・来たのね。ようやく」
その声は、想像よりも若かった。 でも、どこまでも深く、静かで──やさしかった。
私たちはその名を、確かに知っている。
封律の賢女、地の大魔女──オルガ・グラウセリス。
彼女は、生きていた。
そして、待っていた。
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