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六章 トーア、冷たき国
458.雪崩の合図
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母の言葉とノエルの想いの間で、私の胸は張り裂けそうに揺れていた。
冷たい雪の匂いが肺を刺す。耳の奥では、外套の連中が交わす低い声が木霊している。
引けば安全。踏み込めば危険。
けれど、目の前の現実を見てしまった以上、どちらも等しく背負うしかない。
私は唇を噛み、やがて杖の柄を握りしめた。
「・・・見過ごせない」
小さな声だったが、自分の胸の奥に確かな響きを残した。
母がこちらを見つめる。
深い赤の瞳に、一瞬だけ揺れるような光が宿った。
「・・・覚悟はあるのね」
私は頷いた。サラも、不安そうに震えながら、それでも目を逸らさなかった。
ノエルは強く唇を結び、すでにその瞳に決意の炎を宿している。
「なら、いいわ」
母は雪を払うように短く息を吐き、視線を窪地へと戻した。
「さっきも言ったけど、正面から挑むのは無謀。まずは彼らの動きを探り、弱点を突く。・・・袋を運び出す瞬間を狙うのよ」
「運び出す・・・?」
「ええ。焚き火の近くにあるあの袋・・・分散して運ぶ気なように思える。彼ら、人数は多くないけど、魔導具を持っている。その意味でも、正面衝突は避けるべき」
母の指が雪の上をなぞり、即席の図を描く。
焚き火を中心にした窪地の配置、木立の陰、雪で崩れやすい斜面──。
その全てを踏まえた上で、彼女は静かに告げた。
「・・・合図を出したら、一気に崩すわ。敵を混乱させて、袋を奪う。追撃は避ける。目的は彼らの捕縛じゃない。あくまで“証拠を持ち帰る”こと。いいわね?」
母の言葉に、私の胸はずしりと重くなる。
けれど、逃げ道だけを選ぶよりも、その方が確かに前へ進む道だと思えた。
「・・・分かった」
私が答えると、ノエルが力強く頷いた。
サラも小さく震える手を握りしめ、私たちに続く。
母は静かに杖を握り、目を閉じて短く息を吸う。
次に開いたその瞳には、鋼の光が宿っていた。
「・・・行くわよ」
雪の森がさらに深い沈黙に包まれる。
その中で、私たちは密売の闇に向け、ついに動き出した。
窪地を囲むように張り巡らされた木立の陰を縫い、私たちは慎重に位置を変えていった。
雪の枝が頬を掠めるたび、胸の鼓動が大きくなっていく。
外套の連中は気づかぬまま、焚き火の前で袋を抱え直し、運び出す準備を始めていた。
──その瞬間を狙う。
母は視線だけで合図を送る。
私は喉が焼けるほど緊張しながら頷き、杖を固く握った。
ノエルの瞳は焚き火を映して鋭く輝き、サラは唇を噛みしめながら杖を抱えている。
そして──外套の一人が布袋を背負い、窪地を離れようとした。
「今!」
母の声が雪を切り裂いた。
同時に、その手にある杖の先から炎が走る。
周囲の雪を巻き込み、斜面がごっそりと崩れ落ちた。
「なっ・・・!」
外套の男たちが一斉に顔を上げる。
雪崩れ込む白に視界を奪われ、焚き火がはじける音と怒号が交錯した。
「行くわよ!」
母の叫びに続き、私は飛び出した。
足を取られぬよう力強く踏み込み、崩れた雪煙の中へ身を躍らせる。
私は手に炎の剣を出し、袋を抱えてよろめいた男の腕を斬り払う。
剣の刃は金属ではなく、布袋の紐を断ち切った。
中身が雪に散らばり、鉄の部品が冷たい音を立てる。
「何者だっ!」
怒声と同時に、別の外套が筒状の魔導具を構えた。
赤い光紋が表面を走り、唸りを上げて収束していく。
「させないっ!」
ノエルが飛び出し、手のひらから橙の火花を散らす。
魔導の火線が走り、敵の魔導具に直撃した。
火花と雪煙が弾け、男は悲鳴をあげて後退する。
「証拠を──掴むのよ!」
母の声が雪の森に響いた。
私は散らばった部品を必死に抱え込み、背負い袋へと押し込んでいく。
だが周囲ではまだ外套の影が剣を抜き、雪を蹴って迫ってくる。
冷たい息が、喉を焼く。
胸の鼓動は、剣よりも激しく鳴り響いていた。
冷たい雪の匂いが肺を刺す。耳の奥では、外套の連中が交わす低い声が木霊している。
引けば安全。踏み込めば危険。
けれど、目の前の現実を見てしまった以上、どちらも等しく背負うしかない。
私は唇を噛み、やがて杖の柄を握りしめた。
「・・・見過ごせない」
小さな声だったが、自分の胸の奥に確かな響きを残した。
母がこちらを見つめる。
深い赤の瞳に、一瞬だけ揺れるような光が宿った。
「・・・覚悟はあるのね」
私は頷いた。サラも、不安そうに震えながら、それでも目を逸らさなかった。
ノエルは強く唇を結び、すでにその瞳に決意の炎を宿している。
「なら、いいわ」
母は雪を払うように短く息を吐き、視線を窪地へと戻した。
「さっきも言ったけど、正面から挑むのは無謀。まずは彼らの動きを探り、弱点を突く。・・・袋を運び出す瞬間を狙うのよ」
「運び出す・・・?」
「ええ。焚き火の近くにあるあの袋・・・分散して運ぶ気なように思える。彼ら、人数は多くないけど、魔導具を持っている。その意味でも、正面衝突は避けるべき」
母の指が雪の上をなぞり、即席の図を描く。
焚き火を中心にした窪地の配置、木立の陰、雪で崩れやすい斜面──。
その全てを踏まえた上で、彼女は静かに告げた。
「・・・合図を出したら、一気に崩すわ。敵を混乱させて、袋を奪う。追撃は避ける。目的は彼らの捕縛じゃない。あくまで“証拠を持ち帰る”こと。いいわね?」
母の言葉に、私の胸はずしりと重くなる。
けれど、逃げ道だけを選ぶよりも、その方が確かに前へ進む道だと思えた。
「・・・分かった」
私が答えると、ノエルが力強く頷いた。
サラも小さく震える手を握りしめ、私たちに続く。
母は静かに杖を握り、目を閉じて短く息を吸う。
次に開いたその瞳には、鋼の光が宿っていた。
「・・・行くわよ」
雪の森がさらに深い沈黙に包まれる。
その中で、私たちは密売の闇に向け、ついに動き出した。
窪地を囲むように張り巡らされた木立の陰を縫い、私たちは慎重に位置を変えていった。
雪の枝が頬を掠めるたび、胸の鼓動が大きくなっていく。
外套の連中は気づかぬまま、焚き火の前で袋を抱え直し、運び出す準備を始めていた。
──その瞬間を狙う。
母は視線だけで合図を送る。
私は喉が焼けるほど緊張しながら頷き、杖を固く握った。
ノエルの瞳は焚き火を映して鋭く輝き、サラは唇を噛みしめながら杖を抱えている。
そして──外套の一人が布袋を背負い、窪地を離れようとした。
「今!」
母の声が雪を切り裂いた。
同時に、その手にある杖の先から炎が走る。
周囲の雪を巻き込み、斜面がごっそりと崩れ落ちた。
「なっ・・・!」
外套の男たちが一斉に顔を上げる。
雪崩れ込む白に視界を奪われ、焚き火がはじける音と怒号が交錯した。
「行くわよ!」
母の叫びに続き、私は飛び出した。
足を取られぬよう力強く踏み込み、崩れた雪煙の中へ身を躍らせる。
私は手に炎の剣を出し、袋を抱えてよろめいた男の腕を斬り払う。
剣の刃は金属ではなく、布袋の紐を断ち切った。
中身が雪に散らばり、鉄の部品が冷たい音を立てる。
「何者だっ!」
怒声と同時に、別の外套が筒状の魔導具を構えた。
赤い光紋が表面を走り、唸りを上げて収束していく。
「させないっ!」
ノエルが飛び出し、手のひらから橙の火花を散らす。
魔導の火線が走り、敵の魔導具に直撃した。
火花と雪煙が弾け、男は悲鳴をあげて後退する。
「証拠を──掴むのよ!」
母の声が雪の森に響いた。
私は散らばった部品を必死に抱え込み、背負い袋へと押し込んでいく。
だが周囲ではまだ外套の影が剣を抜き、雪を蹴って迫ってくる。
冷たい息が、喉を焼く。
胸の鼓動は、剣よりも激しく鳴り響いていた。
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