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六章 トーア、冷たき国
465.酒場に潜む影
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扉を押し開けた瞬間、むっとするような熱気に包まれた。
冬の外気で冷え切った頬に、暖炉の火と人々の吐息が一気に押し寄せてくる。
「うわあ・・・あったかい!」
ノエルが小声で感嘆の声をあげる。
まだ朝だと言うのに、酒場の中はすでに賑わっていた。
丸い木の卓が隙間なく並び、商人や職人、兵士風の者までが椅子に腰かけている。
ジョッキを打ち鳴らす音、カード遊びの笑い声、楽師がかき鳴らす弦の音──それらが渦のように重なり、外とはまるで別世界だった。
「市場とは、また違った活気ですね・・・」
サラが驚いたように囁く。
母は答えず、ただ目だけを細めて人々の様子を観察している。
私たちは奥の空いた席に腰を下ろした。
分厚い木の机の上に、店員が黒パンとチーズ、それに淡い色の麦酒を置いていく。まだ朝だというのに、酒を口にしている者が多いのは寒い国ならではだろう。
耳を澄ますと、あちこちから断片的な会話が飛び込んでくる。
「森道で見たって話だ・・・夜中に荷馬車が何台も」
「馬鹿言うな。この時期に、複数の馬車で森を抜けられるもんか」
「いや、抜けたからこそ検問が厳しくなったんだろう」
別の卓では、兵士のような格好をした2人が酔いに赤い顔で愚痴をこぼしている。
「隊長が言ってた。上から荷の行き先を詮索するなってさ」
「・・・ってことは、やっぱり後ろ暗いモンなんだろ?」
「しっ、声がでかい!」
私は思わずノエルと顔を見合わせた。
やはり──市場で耳にした噂と繋がっている。
母は無言のままパンをちぎりながら、低い声で言った。
「やはり、ここにも流れているのね・・・彼らの噂は」
私は姿勢を崩さず、引き続きただ耳を澄ませた。
酒場のざわめきは、外の市場よりも濃く、深い。杯の音や笑い声に紛れて、人々は平然と秘密を漏らしている。
「──聞いたか?例のあの荷物、ただの武具とか薬草じゃねえらしい」
「ああ、それなら聞いたよ。魔導具だったんだろ?」
別の卓から低い声が洩れてきた。
私はパンを噛むふりをしながら、音を追う。
「そうだ。なんでも、この前ふらっと現れた旅の魔女たちが置いていったらしい」
「魔女?・・・そりゃすげえや」
今の話に出てきたのは、大方私たちのことだろう。
そう思うと、私はちょっと誇らしかった。
「だが、この雪解けの時期に森の中を突っ切って荷物運ぶなんて・・・正気の沙汰じゃねえ」
「いやまあ、それはそうなんだが・・・正気も何も、後ろにいるのが誰か分かってんのか?あの連中が絡んでるんだぜ」
「・・・“組織”のことか?」
「しっ・・・!声を落とせ!」
組織。
その不穏な一言で、背筋に何やら冷たいものが走った。
「詳しいことは知らん。ただ、裏の人間とか魔法使いが誰も逆らえねえくらいの連中だって話だ」
「へえ・・・だから皆、口をつぐむのか」
「そういうこったな。でなきゃ、命がいくつあっても足りねえ」
会話はそこで、酒の笑い声に紛れて途切れた。
だが十分だった。
魔導具の密輸。森道。そして──組織という言葉。
ノエルが机の下で、私の袖をそっと引いた。
「・・・聞いちゃいましたね」
サラも不安げに唇を噛む。
母は表情を変えないまま、低く囁いた。
「これ以上は、深入りしないこと。今は、耳にしたことを刻んでおきなさい」
酒場の熱気の中にいながら、私は寒さを思い出していた。
人々が笑い、歌う声に覆われていても──そこには、見えない影が広がっている。
この先、どんな運命が待っているのだろう。
冬の外気で冷え切った頬に、暖炉の火と人々の吐息が一気に押し寄せてくる。
「うわあ・・・あったかい!」
ノエルが小声で感嘆の声をあげる。
まだ朝だと言うのに、酒場の中はすでに賑わっていた。
丸い木の卓が隙間なく並び、商人や職人、兵士風の者までが椅子に腰かけている。
ジョッキを打ち鳴らす音、カード遊びの笑い声、楽師がかき鳴らす弦の音──それらが渦のように重なり、外とはまるで別世界だった。
「市場とは、また違った活気ですね・・・」
サラが驚いたように囁く。
母は答えず、ただ目だけを細めて人々の様子を観察している。
私たちは奥の空いた席に腰を下ろした。
分厚い木の机の上に、店員が黒パンとチーズ、それに淡い色の麦酒を置いていく。まだ朝だというのに、酒を口にしている者が多いのは寒い国ならではだろう。
耳を澄ますと、あちこちから断片的な会話が飛び込んでくる。
「森道で見たって話だ・・・夜中に荷馬車が何台も」
「馬鹿言うな。この時期に、複数の馬車で森を抜けられるもんか」
「いや、抜けたからこそ検問が厳しくなったんだろう」
別の卓では、兵士のような格好をした2人が酔いに赤い顔で愚痴をこぼしている。
「隊長が言ってた。上から荷の行き先を詮索するなってさ」
「・・・ってことは、やっぱり後ろ暗いモンなんだろ?」
「しっ、声がでかい!」
私は思わずノエルと顔を見合わせた。
やはり──市場で耳にした噂と繋がっている。
母は無言のままパンをちぎりながら、低い声で言った。
「やはり、ここにも流れているのね・・・彼らの噂は」
私は姿勢を崩さず、引き続きただ耳を澄ませた。
酒場のざわめきは、外の市場よりも濃く、深い。杯の音や笑い声に紛れて、人々は平然と秘密を漏らしている。
「──聞いたか?例のあの荷物、ただの武具とか薬草じゃねえらしい」
「ああ、それなら聞いたよ。魔導具だったんだろ?」
別の卓から低い声が洩れてきた。
私はパンを噛むふりをしながら、音を追う。
「そうだ。なんでも、この前ふらっと現れた旅の魔女たちが置いていったらしい」
「魔女?・・・そりゃすげえや」
今の話に出てきたのは、大方私たちのことだろう。
そう思うと、私はちょっと誇らしかった。
「だが、この雪解けの時期に森の中を突っ切って荷物運ぶなんて・・・正気の沙汰じゃねえ」
「いやまあ、それはそうなんだが・・・正気も何も、後ろにいるのが誰か分かってんのか?あの連中が絡んでるんだぜ」
「・・・“組織”のことか?」
「しっ・・・!声を落とせ!」
組織。
その不穏な一言で、背筋に何やら冷たいものが走った。
「詳しいことは知らん。ただ、裏の人間とか魔法使いが誰も逆らえねえくらいの連中だって話だ」
「へえ・・・だから皆、口をつぐむのか」
「そういうこったな。でなきゃ、命がいくつあっても足りねえ」
会話はそこで、酒の笑い声に紛れて途切れた。
だが十分だった。
魔導具の密輸。森道。そして──組織という言葉。
ノエルが机の下で、私の袖をそっと引いた。
「・・・聞いちゃいましたね」
サラも不安げに唇を噛む。
母は表情を変えないまま、低く囁いた。
「これ以上は、深入りしないこと。今は、耳にしたことを刻んでおきなさい」
酒場の熱気の中にいながら、私は寒さを思い出していた。
人々が笑い、歌う声に覆われていても──そこには、見えない影が広がっている。
この先、どんな運命が待っているのだろう。
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