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六章 トーア、冷たき国
502.残り香の道
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夜。宿場町の灯りは次第に落ち、広場の片隅からはまだかすかに煙の匂いが漂ってきていた。
宿の一室で、私たちは簡素な夕食を囲んでいた。
「・・・なんか、昨日今日でいろいろありましたね」
サラが小さな声で言う。
その瞳には、不安と安堵が入り混じっていた。
「でも、結局誰も死ななかった。それが一番大事なことじゃないかな」
ノエルが言うと、母は静かに頷いた。
「ええ。災厄や事件のあとに残るのは、恐怖だけではない。誰かが誰かを守ろうとした記憶だって、必ず残るものよ」
私はうつむいたまま、冷めかけたスープをすくった。
「・・・私たち、本当に力になれたのかな」
「それは、もちろんです!」
サラが慌てて言う。
やけに必死で、私たちをカバーしようとする彼女を見て、奥の重さがほんの少しだけ和らいだ気がした。
やがて母が立ち上がる。
「明日には出発しましょう。この町は、もう大丈夫。けれど、私たちの旅はまだ続くのよ」
窓の外に目をやると、星空が広がっていた。
静かな夜風に揺れる灯火を眺めながら、私は深く息を吐いた。
──旅は続く。けれど、心のどこかにこの町の夜の匂いは残り続けるかもしれない。
その夜は、思ったよりも深く眠れた。
気がつけば朝になっていて、窓の外には眩しいほどの陽光が差し込んでいた。
昨夜の煙の匂いは、もうほとんど消えている。
私たちは簡単な朝食を済ませ、宿の前へ出た。
おととい受け取った馬車が、朝の光を浴びて木肌を輝かせている。馬も落ち着いていて、旅の支度は整っていた。
「荷物、ちゃんと積めた?」
ノエルが馬車の後ろを覗き込み、腕を組む。
「ええ、杖や衣服は全部まとめてあります」
サラが控えめに答え、慎重に手を触れる。
彼女はまだ緊張しているようだった。
母は手を翳し、魔力で結界をかけ直す。柔らかな光が馬車を包み、ふっと消える。
「これでよし。道中で盗賊なんかに出会っても、簡単には壊されないわ」
私たちが乗り込むと、町の広場から何人かの人々が駆けてきた。
まだ顔に疲れを残したまま、それでも精一杯の笑みを浮かべている。
「旅の魔女様!どうかお気をつけて!」
「皆様・・・ありがとうございました!」
彼らの声に、胸が熱くなる。
私は手を振り返しながら、母の言葉を思い出していた。──感謝を受け取ることも大事。
「・・・はい。また必ず、無事に」
そう答えると、サラもおずおずと小さく会釈し、ノエルは片手をひらひらと振ってみせた。
馬車がきしむ音を立てて動き出す。
振り返れば、まだ修理途中の建物の影から、人々が小さく手を振っている。
「ねえ、アリア」
ノエルが横で言う。
「こういうのってさ・・・なんか、気持ちがくすぐったいね」
「うん。でも・・・悪くない」
私は笑って、まっすぐ前を見た。
空は高く澄み渡り、道は遠くへ続いている。
首都までの長い旅路。その最初の一歩を、私たちは確かに踏み出したのだ。
宿の一室で、私たちは簡素な夕食を囲んでいた。
「・・・なんか、昨日今日でいろいろありましたね」
サラが小さな声で言う。
その瞳には、不安と安堵が入り混じっていた。
「でも、結局誰も死ななかった。それが一番大事なことじゃないかな」
ノエルが言うと、母は静かに頷いた。
「ええ。災厄や事件のあとに残るのは、恐怖だけではない。誰かが誰かを守ろうとした記憶だって、必ず残るものよ」
私はうつむいたまま、冷めかけたスープをすくった。
「・・・私たち、本当に力になれたのかな」
「それは、もちろんです!」
サラが慌てて言う。
やけに必死で、私たちをカバーしようとする彼女を見て、奥の重さがほんの少しだけ和らいだ気がした。
やがて母が立ち上がる。
「明日には出発しましょう。この町は、もう大丈夫。けれど、私たちの旅はまだ続くのよ」
窓の外に目をやると、星空が広がっていた。
静かな夜風に揺れる灯火を眺めながら、私は深く息を吐いた。
──旅は続く。けれど、心のどこかにこの町の夜の匂いは残り続けるかもしれない。
その夜は、思ったよりも深く眠れた。
気がつけば朝になっていて、窓の外には眩しいほどの陽光が差し込んでいた。
昨夜の煙の匂いは、もうほとんど消えている。
私たちは簡単な朝食を済ませ、宿の前へ出た。
おととい受け取った馬車が、朝の光を浴びて木肌を輝かせている。馬も落ち着いていて、旅の支度は整っていた。
「荷物、ちゃんと積めた?」
ノエルが馬車の後ろを覗き込み、腕を組む。
「ええ、杖や衣服は全部まとめてあります」
サラが控えめに答え、慎重に手を触れる。
彼女はまだ緊張しているようだった。
母は手を翳し、魔力で結界をかけ直す。柔らかな光が馬車を包み、ふっと消える。
「これでよし。道中で盗賊なんかに出会っても、簡単には壊されないわ」
私たちが乗り込むと、町の広場から何人かの人々が駆けてきた。
まだ顔に疲れを残したまま、それでも精一杯の笑みを浮かべている。
「旅の魔女様!どうかお気をつけて!」
「皆様・・・ありがとうございました!」
彼らの声に、胸が熱くなる。
私は手を振り返しながら、母の言葉を思い出していた。──感謝を受け取ることも大事。
「・・・はい。また必ず、無事に」
そう答えると、サラもおずおずと小さく会釈し、ノエルは片手をひらひらと振ってみせた。
馬車がきしむ音を立てて動き出す。
振り返れば、まだ修理途中の建物の影から、人々が小さく手を振っている。
「ねえ、アリア」
ノエルが横で言う。
「こういうのってさ・・・なんか、気持ちがくすぐったいね」
「うん。でも・・・悪くない」
私は笑って、まっすぐ前を見た。
空は高く澄み渡り、道は遠くへ続いている。
首都までの長い旅路。その最初の一歩を、私たちは確かに踏み出したのだ。
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