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七章 ガロウの雷鳴
621.里は再び息づく
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夜が明けた。
淡い光が山の端から差し込み、灰と煙に覆われた里をゆっくりと照らしていく。
風は冷たく、けれど昨夜よりも柔らかかった。
焦げた木々の間を、細い陽光が縫うように差し込み、壊れた屋根の隙間を通って地面に落ちる。
私は毛布を肩にかけたまま、焚き火の跡に腰を下ろした。
炎はもう消えていたが、わずかに残った炭が白く燻っている。
そこから立ちのぼる煙の匂いが、夜の記憶を少しだけ引きずっていた。
──朝は来る。どんな夜のあとにも。
遠くで、誰かの声がした。
家の骨組みを立て直す音。荷車の軋む音。
それらが少しずつ重なって、まるで里全体が再び息を吹き返すようだった。
「おはよう、アリア」
振り向くと、母が立っていた。
夜の疲れを少し残した顔に、それでも穏やかな笑みを浮かべている。
「おはよう、母さん。・・・みんな、もう動いてるね」
「ええ、夜が明けるのを待ってたみたい。倒れた建物の片づけと、水路の確認をしてるわ」
母は空を仰いだ。
その瞳に映るのは、薄く霞む朝の光。
先日の兵士たちの魔法、そして私が放った炎の痕跡はまだそこかしこに残っているが、優しく吹く風の匂いはもう“破壊”ではなく“始まり”のそれだった。
「例の結界、少し見直しておくわ」
「結界?」
「ええ。あの時張って維持してたのは、応急処置のようなものだったから。今のうちに、もっと強くて長く保つ結界に張り直しておきたいの」
母の言葉に、私は頷いた。
「じゃあ、私も手伝うよ。魔力もだいぶ戻ったし」
「それは頼もしいわね。でも、焦らないで。結界を張るには、十分な魔力の他に集中が必要だもの。少しでも無理をすれば、また倒れてしまうかもしれないわよ」
「それは、わかってる。・・・でも、私もこの里を守りたいの」
母は微笑み、私の額にそっと手を置いた。
その掌の温かさが、夜の名残を溶かすようだった。
「大丈夫。あなたの炎は、怖れに飲まれるようなことはない・・・あの火が、それを改めて教えてくれたわ」
私は静かに息を吸い込み、空を見上げた。
雲の向こうに、陽が昇る。
光が焦げた大地を照らし、煙の中に金の筋を描いた。
その瞬間、私は確かに感じた。
この里は、まだ生きている。
そして、私たちの炎も──まだ消えていない。
「・・・よもや、ここにも北の兵士たちが来るとは。今までは、この里は平和だったのですが・・・」
里長の老婆は、そう言って項垂れた。
「彼らが来たのは、今回が初めてなんですか?」
「はい。このカリンの里は、南ガロウでは数少ない攻撃を受けたことのない都市でした。故に、あちこちの都市から逃げてきた者たちがおったのですが・・・」
老婆は目を伏せた。
「こうして攻撃を受けては、もはや安全とは言えませぬな。家々も壊れてしまったし、直すのにもどれだけ時間がかかるか・・・」
「どんなに時間がかかっても、必ず立て直すのよ。何があっても、戦火に屈してはいけないわ!」
母が、力強く言った。
「私たちも、可能な限り手伝います。だからどうか、希望を持って。諦めなければ、いつか必ず復興できるわ。・・・神魔戦役の時も、焼け跡から立ち上がったじゃない」
その言葉に、私ははっとした。
「・・・そうですな。どんな戦争も、わしらの絆と精神までは焼けん。そのこと、思い知らせてやりましょう」
「その意気よ。それに・・・あなたに諦められては、私も悲しいわ。あなたは、私にとっても恩人ですもの」
「えっ?」
驚く私を尻目に、老婆はかすかに笑った。
「ほほ・・・かつての教え子に、励まされる時が来るとはの。昔と立場が逆転してしまったな、セリエナ」
「ええ・・・不思議なものね。剣の腕は、あなたのほうが上ですのに。ジェマ師匠」
母と老婆は、そう言って笑い合った。
年老いた里長の背筋には、かつて優れた剣士だった者の名残があった。
淡い光が山の端から差し込み、灰と煙に覆われた里をゆっくりと照らしていく。
風は冷たく、けれど昨夜よりも柔らかかった。
焦げた木々の間を、細い陽光が縫うように差し込み、壊れた屋根の隙間を通って地面に落ちる。
私は毛布を肩にかけたまま、焚き火の跡に腰を下ろした。
炎はもう消えていたが、わずかに残った炭が白く燻っている。
そこから立ちのぼる煙の匂いが、夜の記憶を少しだけ引きずっていた。
──朝は来る。どんな夜のあとにも。
遠くで、誰かの声がした。
家の骨組みを立て直す音。荷車の軋む音。
それらが少しずつ重なって、まるで里全体が再び息を吹き返すようだった。
「おはよう、アリア」
振り向くと、母が立っていた。
夜の疲れを少し残した顔に、それでも穏やかな笑みを浮かべている。
「おはよう、母さん。・・・みんな、もう動いてるね」
「ええ、夜が明けるのを待ってたみたい。倒れた建物の片づけと、水路の確認をしてるわ」
母は空を仰いだ。
その瞳に映るのは、薄く霞む朝の光。
先日の兵士たちの魔法、そして私が放った炎の痕跡はまだそこかしこに残っているが、優しく吹く風の匂いはもう“破壊”ではなく“始まり”のそれだった。
「例の結界、少し見直しておくわ」
「結界?」
「ええ。あの時張って維持してたのは、応急処置のようなものだったから。今のうちに、もっと強くて長く保つ結界に張り直しておきたいの」
母の言葉に、私は頷いた。
「じゃあ、私も手伝うよ。魔力もだいぶ戻ったし」
「それは頼もしいわね。でも、焦らないで。結界を張るには、十分な魔力の他に集中が必要だもの。少しでも無理をすれば、また倒れてしまうかもしれないわよ」
「それは、わかってる。・・・でも、私もこの里を守りたいの」
母は微笑み、私の額にそっと手を置いた。
その掌の温かさが、夜の名残を溶かすようだった。
「大丈夫。あなたの炎は、怖れに飲まれるようなことはない・・・あの火が、それを改めて教えてくれたわ」
私は静かに息を吸い込み、空を見上げた。
雲の向こうに、陽が昇る。
光が焦げた大地を照らし、煙の中に金の筋を描いた。
その瞬間、私は確かに感じた。
この里は、まだ生きている。
そして、私たちの炎も──まだ消えていない。
「・・・よもや、ここにも北の兵士たちが来るとは。今までは、この里は平和だったのですが・・・」
里長の老婆は、そう言って項垂れた。
「彼らが来たのは、今回が初めてなんですか?」
「はい。このカリンの里は、南ガロウでは数少ない攻撃を受けたことのない都市でした。故に、あちこちの都市から逃げてきた者たちがおったのですが・・・」
老婆は目を伏せた。
「こうして攻撃を受けては、もはや安全とは言えませぬな。家々も壊れてしまったし、直すのにもどれだけ時間がかかるか・・・」
「どんなに時間がかかっても、必ず立て直すのよ。何があっても、戦火に屈してはいけないわ!」
母が、力強く言った。
「私たちも、可能な限り手伝います。だからどうか、希望を持って。諦めなければ、いつか必ず復興できるわ。・・・神魔戦役の時も、焼け跡から立ち上がったじゃない」
その言葉に、私ははっとした。
「・・・そうですな。どんな戦争も、わしらの絆と精神までは焼けん。そのこと、思い知らせてやりましょう」
「その意気よ。それに・・・あなたに諦められては、私も悲しいわ。あなたは、私にとっても恩人ですもの」
「えっ?」
驚く私を尻目に、老婆はかすかに笑った。
「ほほ・・・かつての教え子に、励まされる時が来るとはの。昔と立場が逆転してしまったな、セリエナ」
「ええ・・・不思議なものね。剣の腕は、あなたのほうが上ですのに。ジェマ師匠」
母と老婆は、そう言って笑い合った。
年老いた里長の背筋には、かつて優れた剣士だった者の名残があった。
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