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七章 ガロウの雷鳴
769.引き返せない夜
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深夜――
私は、微かな物音で目を覚ました。
夢だったのかと思うほど小さな音だったが、胸の奥がざわついて眠りに戻れなかった。
焚き火の爆ぜる音とは違う。明らかな、人の気配がする。
私は静かに身を起こし、外套を羽織ってテントを出た。
夜は、まだ深い。
空には雲がかかり、星はほとんど見えない。
見張りの交代の時間でもないはずなのに、門の方に人影があった。
・・・リゼだ。
彼女は一人ではなかった。
近くにいたのは、昼に救援として入ってきた部隊の兵士――女だった。
昼間見たときには着ていた鎧は脱ぎ、外套だけを羽織っている。
2人は焚き火から少し離れた場所で、声を落として話していた。
私は、足音を殺して近づいた。
「・・・想定してたより、だいぶ早かったわね」
リゼの声は低く、感情を削ぎ落としたようだった。
「はい。先ほど、こちらにも王城から情報が入りました。討伐部隊の先遣が、今夜のうちに周辺都市の街道を封鎖し始めています」
胸が、ひくりと跳ねた。
「今夜?」
リゼが聞き返す。
「ええ。彼らが直接ここに来るかは不明ですが、民たちの逃げ道を潰すような動きです」
兵士は、少し言いづらそうに続けた。
「・・・正直に申し上げますと、おそらくはカイルに想定以上に抵抗する、と判断された可能性が高いかと」
つまり、昼間の小競り合いは、こちらが思っている以上に意味を持ってしまったということだろうか。
「向こうの本隊は?」
リゼが問う。
「今どのあたりにいるかはわかりませんが、このペドラに向かっていることは間違いないでしょう。早くて2日後、遅くても4日後には・・・」
兵士は、一瞬だけ視線を伏せる。
「ですが、上は見せしめを欲しがっています」
その言葉に、夜の空気が冷えた。
見せしめ。それが何を意味するか、誰も説明を受ける必要はなかった。
「・・・ありがとう」
リゼは短く言った。
「他の者には言ったの?」
「まだです。混乱を招くと思いまして」
兵士は、こちらをちらりと見た。
・・・いや、私を見たのだ。
気づかれていたらしい。
私は、隠れるのをやめて一歩前に出た。
「お話、聞きました」
2人の視線が、私に向く。
リゼは驚いた様子もなく、小さく息を吐いた。
「アリア・・・起こしちゃった?」
「・・・そろそろ起きる時間だったので」
それは本当だった。
そろそろ、私が見張りを代わる時間である。
もっとも、正確には「半分正しい」と言うべきだが。
兵士が、改めて姿勢を正す。
「アリア様・・・私は、南ガロウの支援部隊の所属、イーラと申します」
彼女は、はっきりと名乗った。
「ペドラの人々は、あなたをとても信頼しているようです。リゼ様やセリエナ様共々、この街の希望だと言う者もいます」
その言葉に、胸が少しだけ重くなる。
「私は・・・そんなものじゃありません」
私は即座に言った。
「ただ、判断をしているだけです」
イーラは、少しだけ目を細めた。
「それを、人は希望や象徴と呼ぶんです」
どうにも、それを否定しきれなかった。
リゼが、会話を戻す。
「封鎖が始まってるなら、夜明け前に動く選択肢は?」
「可能ではありますが・・・」
イーラは言葉を選ぶ。
「街の中に、動けない者や動きたくないという者が多くいます。今動けば、置き去りにせざるを得ない者が出るでしょう」
・・・やはり、そこに行き着くのか。
「そう」
リゼは、静かに頷いた。
「だから、まだ動かない」
イーラが驚いたように目を上げる。
「しかし・・・動かなければ、それはそれで危険です」
「承知してる」
リゼは、私を見る。
「でも、この街は逃げるために集まった場所じゃない」
視線が、私に託される。
私は、夜の街を見渡した。
眠る人。うなされる人。武器を抱えたまま目を閉じる人。
「・・・夜明けまでは、何も変えません」
私は言った。
「この夜を越えられない人に、明日の選択はできない」
その声は、小さかったが揺れていなかった。
イーラはしばらく黙っていたが、やがて深く頷いた。
「・・・わかりました。でも、次はきっと選択肢が減ります」
「ええ」
私は答える。
「それは、最初からわかっていました」
兵士が去ったあと、しばらく沈黙が続いた。
「・・・聞いちゃったわね」
リゼが言う。
「本当は、聞くつもりはなかったんです」
私は、正直に言った。
「でも・・・聞いてよかったかもしれません」
リゼは、少しだけ笑った。
疲れた、でも覚悟のある笑みだった。
「じゃあ、もう少しだけ起きていましょ」
彼女は、夜空を見上げる。
「この街が、無事に朝を迎えられるかどうか・・・見届けないと」
私は、リゼの隣に並んだ。
夜は、まだ深い。
けれど、静かに・・・確実に、次の段階は夜の底で動き始めていた。
私は、微かな物音で目を覚ました。
夢だったのかと思うほど小さな音だったが、胸の奥がざわついて眠りに戻れなかった。
焚き火の爆ぜる音とは違う。明らかな、人の気配がする。
私は静かに身を起こし、外套を羽織ってテントを出た。
夜は、まだ深い。
空には雲がかかり、星はほとんど見えない。
見張りの交代の時間でもないはずなのに、門の方に人影があった。
・・・リゼだ。
彼女は一人ではなかった。
近くにいたのは、昼に救援として入ってきた部隊の兵士――女だった。
昼間見たときには着ていた鎧は脱ぎ、外套だけを羽織っている。
2人は焚き火から少し離れた場所で、声を落として話していた。
私は、足音を殺して近づいた。
「・・・想定してたより、だいぶ早かったわね」
リゼの声は低く、感情を削ぎ落としたようだった。
「はい。先ほど、こちらにも王城から情報が入りました。討伐部隊の先遣が、今夜のうちに周辺都市の街道を封鎖し始めています」
胸が、ひくりと跳ねた。
「今夜?」
リゼが聞き返す。
「ええ。彼らが直接ここに来るかは不明ですが、民たちの逃げ道を潰すような動きです」
兵士は、少し言いづらそうに続けた。
「・・・正直に申し上げますと、おそらくはカイルに想定以上に抵抗する、と判断された可能性が高いかと」
つまり、昼間の小競り合いは、こちらが思っている以上に意味を持ってしまったということだろうか。
「向こうの本隊は?」
リゼが問う。
「今どのあたりにいるかはわかりませんが、このペドラに向かっていることは間違いないでしょう。早くて2日後、遅くても4日後には・・・」
兵士は、一瞬だけ視線を伏せる。
「ですが、上は見せしめを欲しがっています」
その言葉に、夜の空気が冷えた。
見せしめ。それが何を意味するか、誰も説明を受ける必要はなかった。
「・・・ありがとう」
リゼは短く言った。
「他の者には言ったの?」
「まだです。混乱を招くと思いまして」
兵士は、こちらをちらりと見た。
・・・いや、私を見たのだ。
気づかれていたらしい。
私は、隠れるのをやめて一歩前に出た。
「お話、聞きました」
2人の視線が、私に向く。
リゼは驚いた様子もなく、小さく息を吐いた。
「アリア・・・起こしちゃった?」
「・・・そろそろ起きる時間だったので」
それは本当だった。
そろそろ、私が見張りを代わる時間である。
もっとも、正確には「半分正しい」と言うべきだが。
兵士が、改めて姿勢を正す。
「アリア様・・・私は、南ガロウの支援部隊の所属、イーラと申します」
彼女は、はっきりと名乗った。
「ペドラの人々は、あなたをとても信頼しているようです。リゼ様やセリエナ様共々、この街の希望だと言う者もいます」
その言葉に、胸が少しだけ重くなる。
「私は・・・そんなものじゃありません」
私は即座に言った。
「ただ、判断をしているだけです」
イーラは、少しだけ目を細めた。
「それを、人は希望や象徴と呼ぶんです」
どうにも、それを否定しきれなかった。
リゼが、会話を戻す。
「封鎖が始まってるなら、夜明け前に動く選択肢は?」
「可能ではありますが・・・」
イーラは言葉を選ぶ。
「街の中に、動けない者や動きたくないという者が多くいます。今動けば、置き去りにせざるを得ない者が出るでしょう」
・・・やはり、そこに行き着くのか。
「そう」
リゼは、静かに頷いた。
「だから、まだ動かない」
イーラが驚いたように目を上げる。
「しかし・・・動かなければ、それはそれで危険です」
「承知してる」
リゼは、私を見る。
「でも、この街は逃げるために集まった場所じゃない」
視線が、私に託される。
私は、夜の街を見渡した。
眠る人。うなされる人。武器を抱えたまま目を閉じる人。
「・・・夜明けまでは、何も変えません」
私は言った。
「この夜を越えられない人に、明日の選択はできない」
その声は、小さかったが揺れていなかった。
イーラはしばらく黙っていたが、やがて深く頷いた。
「・・・わかりました。でも、次はきっと選択肢が減ります」
「ええ」
私は答える。
「それは、最初からわかっていました」
兵士が去ったあと、しばらく沈黙が続いた。
「・・・聞いちゃったわね」
リゼが言う。
「本当は、聞くつもりはなかったんです」
私は、正直に言った。
「でも・・・聞いてよかったかもしれません」
リゼは、少しだけ笑った。
疲れた、でも覚悟のある笑みだった。
「じゃあ、もう少しだけ起きていましょ」
彼女は、夜空を見上げる。
「この街が、無事に朝を迎えられるかどうか・・・見届けないと」
私は、リゼの隣に並んだ。
夜は、まだ深い。
けれど、静かに・・・確実に、次の段階は夜の底で動き始めていた。
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