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三章 学院生活・後半
104.色を選ばなかった魔女
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数日が過ぎても、マシュルの体調は完全には戻らなかった。けれど、あの夢を見てからというもの、彼は時おり黙ったまま空を見つめるようになった。
その視線の先に何があるのか、私は訊けずにいる。
そして今日もまた、家の廊下を抜けた先、片隅で薬草が栽培される中庭で、私はあの本を膝に広げていた。
頁の間から、一枚の古びた羊皮紙が滑り落ちる。封筒も宛名もなく、ただ一つ、手書きの文字だけが記されていた。
「真実に触れた者へ。マティアは“闇”ではない。
彼女は、“すべて”を受け入れる力を持っていた。
だが、世界はその存在を恐れた。だから、“闇”と呼んだ。」
私は指先で羊皮紙をなぞる。滲むような筆跡が、まるで過去の震えを今に伝えているようだった。
(すべてを受け入れる魔女・・・)
マティアの髪と瞳。深く、光を吸い込むような黒。その色こそが、“全属性への適性”を意味している。
火、水、風、地、雷、氷、そして闇と光──通常の魔法使いは一つか、せいぜい二つの属性を扱うのが限界だ。
それに対し、全属性への適性があるということは、“すべて”に共鳴できる、ということ。
それはもはや、“魔法使い”という枠組みすら超えている。
私は本の記述と羊皮紙の言葉を見比べる。
──『彼女の魔力は、時に光に、時に影に、そしてまたその中間に揺れていた。誰よりも純粋だったがゆえに、境界が崩れていた。』
その行の下に、誰かが走り書きしたようなメモがある。
『彼女の目は、最初から“色を選ばなかった”。だから、拒絶された。』
選ばなかった。ではなく、選べたからこそ、選ばなかった。
(それが、“闇”とされた理由・・・?)
「アリア」
そのとき、背後から静かな声がかかった。振り返ると、そこにいたのはセリエナ──私の母だった。
母は何も言わず私の隣に腰を下ろすと、本の頁をそっと指で押さえた。
「この記録は、元々レフェ王家の図書館に封印されていたものよ。あなただから、渡したの」
私は息をのんだ。
「マティアは、本来“光”にも“闇”にもならない存在だった。だからこそ、世界が彼女を定義できなかった。定義できないものは、恐れられる」
セリエナの言葉は静かだった。だが、その目には微かな哀しみが宿っていた。
「──それが、“全属性”の力。あなたも、少しずつ気づいているでしょう?」
その言葉に、私は答えられなかった。
私は炎の魔力を持って生まれたはずだった。けれど、風にも、水にも、時には雷にも、なぜか心が反応する。
そう言うと、誰もが戸惑う。気づかぬふりをする。──私ですら、そうしてきた。
第一、私は髪も目も赤い。
魔法の適性は、それらの色によって決まるとされているため、赤い瞳と髪を持っていながら炎以外にも適性があるという私は、この世界ではかなり異質な存在とされている。
一部の人々からは、私は“適性未定の魔女”、あるいは“異端の魔女”と呼ばれているとも聞く。
けれど──マティアと同じように、私もまた、“何色にも染まっていない”だけだったのかもしれない。
空を仰ぐと、深まりゆく秋の空が、まるで墨で塗られたように澄んでいた。
その向こうに、“色を選ばなかった魔女”の視線を感じる。
私も、きっと選ばなければならない。
この力を“拒絶される”のか、それとも“受け入れる”のか──
マティアが、最後に守ろうとした“誰か”が、今もまだこの世界にいるのなら。
その“意味”を、私は知りたい。
彼女が残した“選ばれなかった力”が、今、私の中で息をし始めている。
その声を、私は聴こうと思う。
拒絶ではなく、受容のために──。
その視線の先に何があるのか、私は訊けずにいる。
そして今日もまた、家の廊下を抜けた先、片隅で薬草が栽培される中庭で、私はあの本を膝に広げていた。
頁の間から、一枚の古びた羊皮紙が滑り落ちる。封筒も宛名もなく、ただ一つ、手書きの文字だけが記されていた。
「真実に触れた者へ。マティアは“闇”ではない。
彼女は、“すべて”を受け入れる力を持っていた。
だが、世界はその存在を恐れた。だから、“闇”と呼んだ。」
私は指先で羊皮紙をなぞる。滲むような筆跡が、まるで過去の震えを今に伝えているようだった。
(すべてを受け入れる魔女・・・)
マティアの髪と瞳。深く、光を吸い込むような黒。その色こそが、“全属性への適性”を意味している。
火、水、風、地、雷、氷、そして闇と光──通常の魔法使いは一つか、せいぜい二つの属性を扱うのが限界だ。
それに対し、全属性への適性があるということは、“すべて”に共鳴できる、ということ。
それはもはや、“魔法使い”という枠組みすら超えている。
私は本の記述と羊皮紙の言葉を見比べる。
──『彼女の魔力は、時に光に、時に影に、そしてまたその中間に揺れていた。誰よりも純粋だったがゆえに、境界が崩れていた。』
その行の下に、誰かが走り書きしたようなメモがある。
『彼女の目は、最初から“色を選ばなかった”。だから、拒絶された。』
選ばなかった。ではなく、選べたからこそ、選ばなかった。
(それが、“闇”とされた理由・・・?)
「アリア」
そのとき、背後から静かな声がかかった。振り返ると、そこにいたのはセリエナ──私の母だった。
母は何も言わず私の隣に腰を下ろすと、本の頁をそっと指で押さえた。
「この記録は、元々レフェ王家の図書館に封印されていたものよ。あなただから、渡したの」
私は息をのんだ。
「マティアは、本来“光”にも“闇”にもならない存在だった。だからこそ、世界が彼女を定義できなかった。定義できないものは、恐れられる」
セリエナの言葉は静かだった。だが、その目には微かな哀しみが宿っていた。
「──それが、“全属性”の力。あなたも、少しずつ気づいているでしょう?」
その言葉に、私は答えられなかった。
私は炎の魔力を持って生まれたはずだった。けれど、風にも、水にも、時には雷にも、なぜか心が反応する。
そう言うと、誰もが戸惑う。気づかぬふりをする。──私ですら、そうしてきた。
第一、私は髪も目も赤い。
魔法の適性は、それらの色によって決まるとされているため、赤い瞳と髪を持っていながら炎以外にも適性があるという私は、この世界ではかなり異質な存在とされている。
一部の人々からは、私は“適性未定の魔女”、あるいは“異端の魔女”と呼ばれているとも聞く。
けれど──マティアと同じように、私もまた、“何色にも染まっていない”だけだったのかもしれない。
空を仰ぐと、深まりゆく秋の空が、まるで墨で塗られたように澄んでいた。
その向こうに、“色を選ばなかった魔女”の視線を感じる。
私も、きっと選ばなければならない。
この力を“拒絶される”のか、それとも“受け入れる”のか──
マティアが、最後に守ろうとした“誰か”が、今もまだこの世界にいるのなら。
その“意味”を、私は知りたい。
彼女が残した“選ばれなかった力”が、今、私の中で息をし始めている。
その声を、私は聴こうと思う。
拒絶ではなく、受容のために──。
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