幻想東邦霊異聞 ~写し身乙女は春を待つ~

波津井

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精霊の声を聞け

16 報われぬ者

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 目を奪われてる間に、またゆゆに逃げられてしまった。でもこれは仕方ないでしょう、感動したの。どうしても放っては置けないの。
 ゆゆ、今でも約束を覚えてくれてた。だからこそとても寂しい。今の私はゆゆの好きな私じゃない……でも私、なりたくてこうなったんじゃない!

『気付いて……』

 私だって気付いて、名前で呼んで。どんな名前でも良いから、ちゃんと応えるから──……

『嫌わないで』

 涙が落ちた。それは強い光を映し込む。

『……火のにおい?』

 昏倒させた女の精霊が敵意を燃やしている。もう一体は風の精霊だ。魍魎という天敵を前に、戦意で漲っている。山では生木を燃やせなくて、手を組んだのか。

『今度はやっつける!』

 風が火の粉を煽り炎が広がる。私を逃がさないように、ただ大雑把に力を振るうのだ。箚士とうしのいない未熟な精霊のせいで、古い家は瞬く間に燃えて行った。

『ゆゆの家が……!』

 熱さに一人が目を覚ます。仲間の肩を揺らし担ぎ上げ、そいつらは避難する。ここはゆゆの居場所だから、私は右往左往して、何かしようと足掻いていた。
 火は消せそうにない。大事な品を持ち出そうにも、人間の道具は何がなんだか分からない。だから一つだけ。花飾りを持って逃げた。これは間違いなく、私にとっても大事な物。

 バチバチと爆ぜる火の粉、煙を吐き出して家が燃え尽きて行く。ゆゆは逃げたから無事だろうけど、今度は箚士が現れた。箚士、精霊を宿す肉の器。
 浄化と呼ぶ不完全な力業で、魍魎の無念や未練を切り捨てる人間。魂を強引に再転させる者。互いに戦うしかない存在だ。

「たあ!」

 ──駄目だ、毒の効きも悪い。

 箚士はまだ幼い、苦しめられる程の罪など犯してないのだろう。私は弱くて、負けるしかなかった。叩き落とされ地の底を這う。
 白い光が穢を祓い、黒さえ白く塗り替える。箚士の浄化は残酷だ、魂を次へ次へと追いやるの。無念すら引き剥がし、感情を置き去りにして行く。叶えられずとも抱えるしかない思いさえ奪うだなんて。

『嫌だ……』

 私が消えたら誰があの子を守るの? 誰も救おうとしてくれないあの子の傍にいてくれるの? 私まだ何も出来てない、何も果たせてない……!

 会いたい──……

『ゆゆ』

 心が軽くなって行く。絡まってぐしゃぐしゃに壊れていた、思いの糸が解かれて行く。頼んでもいないのに救おうとしないで。
 ああ、でも自覚出来る。私はもうこの世界に望まれてない。誰にも求められない精霊で……正しく死すべきなんだと、理解が追い付いてしまった。

『ゅ……』

 ──ねえ、通じるのかな。いつか本当に叶うのかな。私の声がゆゆに届いて、伝わる日は来る?
 神様、聞いて。次に生まれ変わったら……私あの子の精霊になる。強くなって、凄い精霊になって、それで……それでね……

『……ゅ』

 私が守ってあげるの──

「万物流転」


***

 ぎんと別れて、山道で出会したのは顔のない影法師。黒い黒い何か。飲み込まれた真っ黒な世界は、怨嗟の声が絶え間なく響く。誰かを呪った罰なんだわ、私は咎人の魂だものね。
 時折浮かぶ光景は誰の記憶かしら。溺れて流された子供を、岸へと運ぶ誰かの腕。動物達に囲まれて光を浴びる身体。やがて濁る水に蝕まれる苦痛……

 これは恐らく──

『おのれ、よくもよくも……同じだけ苦しめ。それ以上に思い知れ……』

 人間が嫌いなのね、好きだったから。人間を許せないのね、報いがなかったから。人間の流した廃液に苦しんで息絶えたのね。染物をした後の毒の水。
 あなたの元に着くと、人間が知らなかったばかりに。もし手遅れになる前に、箚士が辿り着いていたなら。助けられたのかしら、精霊あなたも人も。

 ──それがとても悲しい。私が傷付けたあの子も、こんな風に悲しませたのかしら……

「ゆゆ」

 傍らに光が灯る。優しい輝きだ。

「泣かないの」

 ──兎……精霊さん?

「あのね、これ約束だから貰うの」

 ──私が作った……でもそれはもう古びているし、新しいのを渡したいわ。

「嫌、これが良いの」

 ──えっと、それが良いのなら……

「あのね、もう一つ欲しいの」

 ──何かしら。私あなたになら何も惜しまないわ、どうにかする。

「名前」

 ──名前……精霊に名付けられるのは、言葉が通じる箚士だけよね? あれ、どうして今は話が出来るのかしら……?

「欲しいの。考えておいて」

 ──あなたが喜んでくれるなら。

「次に会った私にあげてね」

 ──……精霊さん?

「ゆゆ、友達。大好き」

 世界に光が差した。或いは心に。生まれて初めて貰った言葉が深くに刺さる。染み込んで行く。そして何故そんな奇跡が起きたか、分かってしまった。精霊さんはもう、この世にいられないからだと。

「ゆゆ」

 ──行かないで……

「笑って」

 ──行かないで……!

「私もう忘れない」

 ──あなたまで行かないで!

「約束」

 ──ごめんなさい、謝るから。あれは嘘なの。酷いこと言ってごめんなさい。どんな償いでもするから、置いて行かないで!

「神様に誓ったの。絶対叶う、今度こそ会いに行く……」

 衝撃が迸る。黒い世界、この檻が壊れる音。身体が痛い、そんなのどうだっていい。この世から消えてしまう前に、精霊さんを治さなきゃ……

「やっと話せた……じゃあね……」

 ──竜神様、医の三女神様! 誰でも良いから治して、私の命でも魂でも差し出すから! この子を死なせないで! 助けて!



 ──……息吹よ……



 そんな声がした。誰かの囁き、微かな慈悲。ふっと風を感じて、光が爆発したように闇を吹き飛ばした。何が起きたのか分からない。でも、私の願いは叶わなかった。

「違う! 私じゃない、あの子を! 友達を助けて!」

 叫びすらついえて消える白光、癒えたのは私の身体だけ。間に合わなかった、精霊さんは私を置き去りに次へ進んだ後──そう察しが付いた。
 奇跡が底尽き、記憶と認識は忘我ぼうがに溶ける。今はまだ早いと隠されて行く。器が足りないからだと、何故か理解出来る。抱えるだけで精一杯の未熟な器が耐えられないせいだ。

 あれは誰の声か、何を約束したのか……
 ああ……思い出せなくなった──


 
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