16 / 52
精霊の声を聞け
16 報われぬ者
しおりを挟む
目を奪われてる間に、またゆゆに逃げられてしまった。でもこれは仕方ないでしょう、感動したの。どうしても放っては置けないの。
ゆゆ、今でも約束を覚えてくれてた。だからこそとても寂しい。今の私はゆゆの好きな私じゃない……でも私、なりたくてこうなったんじゃない!
『気付いて……』
私だって気付いて、名前で呼んで。どんな名前でも良いから、ちゃんと応えるから──……
『嫌わないで』
涙が落ちた。それは強い光を映し込む。
『……火のにおい?』
昏倒させた女の精霊が敵意を燃やしている。もう一体は風の精霊だ。魍魎という天敵を前に、戦意で漲っている。山では生木を燃やせなくて、手を組んだのか。
『今度はやっつける!』
風が火の粉を煽り炎が広がる。私を逃がさないように、ただ大雑把に力を振るうのだ。箚士のいない未熟な精霊のせいで、古い家は瞬く間に燃えて行った。
『ゆゆの家が……!』
熱さに一人が目を覚ます。仲間の肩を揺らし担ぎ上げ、そいつらは避難する。ここはゆゆの居場所だから、私は右往左往して、何かしようと足掻いていた。
火は消せそうにない。大事な品を持ち出そうにも、人間の道具は何がなんだか分からない。だから一つだけ。花飾りを持って逃げた。これは間違いなく、私にとっても大事な物。
バチバチと爆ぜる火の粉、煙を吐き出して家が燃え尽きて行く。ゆゆは逃げたから無事だろうけど、今度は箚士が現れた。箚士、精霊を宿す肉の器。
浄化と呼ぶ不完全な力業で、魍魎の無念や未練を切り捨てる人間。魂を強引に再転させる者。互いに戦うしかない存在だ。
「たあ!」
──駄目だ、毒の効きも悪い。
箚士はまだ幼い、苦しめられる程の罪など犯してないのだろう。私は弱くて、負けるしかなかった。叩き落とされ地の底を這う。
白い光が穢を祓い、黒さえ白く塗り替える。箚士の浄化は残酷だ、魂を次へ次へと追いやるの。無念すら引き剥がし、感情を置き去りにして行く。叶えられずとも抱えるしかない思いさえ奪うだなんて。
『嫌だ……』
私が消えたら誰があの子を守るの? 誰も救おうとしてくれないあの子の傍にいてくれるの? 私まだ何も出来てない、何も果たせてない……!
会いたい──……
『ゆゆ』
心が軽くなって行く。絡まってぐしゃぐしゃに壊れていた、思いの糸が解かれて行く。頼んでもいないのに救おうとしないで。
ああ、でも自覚出来る。私はもうこの世界に望まれてない。誰にも求められない精霊で……正しく死すべきなんだと、理解が追い付いてしまった。
『ゅ……』
──ねえ、通じるのかな。いつか本当に叶うのかな。私の声がゆゆに届いて、伝わる日は来る?
神様、聞いて。次に生まれ変わったら……私あの子の精霊になる。強くなって、凄い精霊になって、それで……それでね……
『……ゅ』
私が守ってあげるの──
「万物流転」
***
圜と別れて、山道で出会したのは顔のない影法師。黒い黒い何か。飲み込まれた真っ黒な世界は、怨嗟の声が絶え間なく響く。誰かを呪った罰なんだわ、私は咎人の魂だものね。
時折浮かぶ光景は誰の記憶かしら。溺れて流された子供を、岸へと運ぶ誰かの腕。動物達に囲まれて光を浴びる身体。やがて濁る水に蝕まれる苦痛……
これは恐らく──
『おのれ、よくもよくも……同じだけ苦しめ。それ以上に思い知れ……』
人間が嫌いなのね、好きだったから。人間を許せないのね、報いがなかったから。人間の流した廃液に苦しんで息絶えたのね。染物をした後の毒の水。
あなたの元に着くと、人間が知らなかったばかりに。もし手遅れになる前に、箚士が辿り着いていたなら。助けられたのかしら、精霊も人も。
──それがとても悲しい。私が傷付けたあの子も、こんな風に悲しませたのかしら……
「ゆゆ」
傍らに光が灯る。優しい輝きだ。
「泣かないの」
──兎……精霊さん?
「あのね、これ約束だから貰うの」
──私が作った……でもそれはもう古びているし、新しいのを渡したいわ。
「嫌、これが良いの」
──えっと、それが良いのなら……
「あのね、もう一つ欲しいの」
──何かしら。私あなたになら何も惜しまないわ、どうにかする。
「名前」
──名前……精霊に名付けられるのは、言葉が通じる箚士だけよね? あれ、どうして今は話が出来るのかしら……?
「欲しいの。考えておいて」
──あなたが喜んでくれるなら。
「次に会った私にあげてね」
──……精霊さん?
「ゆゆ、友達。大好き」
世界に光が差した。或いは心に。生まれて初めて貰った言葉が深くに刺さる。染み込んで行く。そして何故そんな奇跡が起きたか、分かってしまった。精霊さんはもう、この世にいられないからだと。
「ゆゆ」
──行かないで……
「笑って」
──行かないで……!
「私もう忘れない」
──あなたまで行かないで!
「約束」
──ごめんなさい、謝るから。あれは嘘なの。酷いこと言ってごめんなさい。どんな償いでもするから、置いて行かないで!
「神様に誓ったの。絶対叶う、今度こそ会いに行く……」
衝撃が迸る。黒い世界、この檻が壊れる音。身体が痛い、そんなのどうだっていい。この世から消えてしまう前に、精霊さんを治さなきゃ……
「やっと話せた……じゃあね……」
──竜神様、医の三女神様! 誰でも良いから治して、私の命でも魂でも差し出すから! この子を死なせないで! 助けて!
──……息吹よ……
そんな声がした。誰かの囁き、微かな慈悲。ふっと風を感じて、光が爆発したように闇を吹き飛ばした。何が起きたのか分からない。でも、私の願いは叶わなかった。
「違う! 私じゃない、あの子を! 友達を助けて!」
叫びすら潰えて消える白光、癒えたのは私の身体だけ。間に合わなかった、精霊さんは私を置き去りに次へ進んだ後──そう察しが付いた。
奇跡が底尽き、記憶と認識は忘我に溶ける。今はまだ早いと隠されて行く。器が足りないからだと、何故か理解出来る。抱えるだけで精一杯の未熟な器が耐えられないせいだ。
あれは誰の声か、何を約束したのか……
ああ……思い出せなくなった──
ゆゆ、今でも約束を覚えてくれてた。だからこそとても寂しい。今の私はゆゆの好きな私じゃない……でも私、なりたくてこうなったんじゃない!
『気付いて……』
私だって気付いて、名前で呼んで。どんな名前でも良いから、ちゃんと応えるから──……
『嫌わないで』
涙が落ちた。それは強い光を映し込む。
『……火のにおい?』
昏倒させた女の精霊が敵意を燃やしている。もう一体は風の精霊だ。魍魎という天敵を前に、戦意で漲っている。山では生木を燃やせなくて、手を組んだのか。
『今度はやっつける!』
風が火の粉を煽り炎が広がる。私を逃がさないように、ただ大雑把に力を振るうのだ。箚士のいない未熟な精霊のせいで、古い家は瞬く間に燃えて行った。
『ゆゆの家が……!』
熱さに一人が目を覚ます。仲間の肩を揺らし担ぎ上げ、そいつらは避難する。ここはゆゆの居場所だから、私は右往左往して、何かしようと足掻いていた。
火は消せそうにない。大事な品を持ち出そうにも、人間の道具は何がなんだか分からない。だから一つだけ。花飾りを持って逃げた。これは間違いなく、私にとっても大事な物。
バチバチと爆ぜる火の粉、煙を吐き出して家が燃え尽きて行く。ゆゆは逃げたから無事だろうけど、今度は箚士が現れた。箚士、精霊を宿す肉の器。
浄化と呼ぶ不完全な力業で、魍魎の無念や未練を切り捨てる人間。魂を強引に再転させる者。互いに戦うしかない存在だ。
「たあ!」
──駄目だ、毒の効きも悪い。
箚士はまだ幼い、苦しめられる程の罪など犯してないのだろう。私は弱くて、負けるしかなかった。叩き落とされ地の底を這う。
白い光が穢を祓い、黒さえ白く塗り替える。箚士の浄化は残酷だ、魂を次へ次へと追いやるの。無念すら引き剥がし、感情を置き去りにして行く。叶えられずとも抱えるしかない思いさえ奪うだなんて。
『嫌だ……』
私が消えたら誰があの子を守るの? 誰も救おうとしてくれないあの子の傍にいてくれるの? 私まだ何も出来てない、何も果たせてない……!
会いたい──……
『ゆゆ』
心が軽くなって行く。絡まってぐしゃぐしゃに壊れていた、思いの糸が解かれて行く。頼んでもいないのに救おうとしないで。
ああ、でも自覚出来る。私はもうこの世界に望まれてない。誰にも求められない精霊で……正しく死すべきなんだと、理解が追い付いてしまった。
『ゅ……』
──ねえ、通じるのかな。いつか本当に叶うのかな。私の声がゆゆに届いて、伝わる日は来る?
神様、聞いて。次に生まれ変わったら……私あの子の精霊になる。強くなって、凄い精霊になって、それで……それでね……
『……ゅ』
私が守ってあげるの──
「万物流転」
***
圜と別れて、山道で出会したのは顔のない影法師。黒い黒い何か。飲み込まれた真っ黒な世界は、怨嗟の声が絶え間なく響く。誰かを呪った罰なんだわ、私は咎人の魂だものね。
時折浮かぶ光景は誰の記憶かしら。溺れて流された子供を、岸へと運ぶ誰かの腕。動物達に囲まれて光を浴びる身体。やがて濁る水に蝕まれる苦痛……
これは恐らく──
『おのれ、よくもよくも……同じだけ苦しめ。それ以上に思い知れ……』
人間が嫌いなのね、好きだったから。人間を許せないのね、報いがなかったから。人間の流した廃液に苦しんで息絶えたのね。染物をした後の毒の水。
あなたの元に着くと、人間が知らなかったばかりに。もし手遅れになる前に、箚士が辿り着いていたなら。助けられたのかしら、精霊も人も。
──それがとても悲しい。私が傷付けたあの子も、こんな風に悲しませたのかしら……
「ゆゆ」
傍らに光が灯る。優しい輝きだ。
「泣かないの」
──兎……精霊さん?
「あのね、これ約束だから貰うの」
──私が作った……でもそれはもう古びているし、新しいのを渡したいわ。
「嫌、これが良いの」
──えっと、それが良いのなら……
「あのね、もう一つ欲しいの」
──何かしら。私あなたになら何も惜しまないわ、どうにかする。
「名前」
──名前……精霊に名付けられるのは、言葉が通じる箚士だけよね? あれ、どうして今は話が出来るのかしら……?
「欲しいの。考えておいて」
──あなたが喜んでくれるなら。
「次に会った私にあげてね」
──……精霊さん?
「ゆゆ、友達。大好き」
世界に光が差した。或いは心に。生まれて初めて貰った言葉が深くに刺さる。染み込んで行く。そして何故そんな奇跡が起きたか、分かってしまった。精霊さんはもう、この世にいられないからだと。
「ゆゆ」
──行かないで……
「笑って」
──行かないで……!
「私もう忘れない」
──あなたまで行かないで!
「約束」
──ごめんなさい、謝るから。あれは嘘なの。酷いこと言ってごめんなさい。どんな償いでもするから、置いて行かないで!
「神様に誓ったの。絶対叶う、今度こそ会いに行く……」
衝撃が迸る。黒い世界、この檻が壊れる音。身体が痛い、そんなのどうだっていい。この世から消えてしまう前に、精霊さんを治さなきゃ……
「やっと話せた……じゃあね……」
──竜神様、医の三女神様! 誰でも良いから治して、私の命でも魂でも差し出すから! この子を死なせないで! 助けて!
──……息吹よ……
そんな声がした。誰かの囁き、微かな慈悲。ふっと風を感じて、光が爆発したように闇を吹き飛ばした。何が起きたのか分からない。でも、私の願いは叶わなかった。
「違う! 私じゃない、あの子を! 友達を助けて!」
叫びすら潰えて消える白光、癒えたのは私の身体だけ。間に合わなかった、精霊さんは私を置き去りに次へ進んだ後──そう察しが付いた。
奇跡が底尽き、記憶と認識は忘我に溶ける。今はまだ早いと隠されて行く。器が足りないからだと、何故か理解出来る。抱えるだけで精一杯の未熟な器が耐えられないせいだ。
あれは誰の声か、何を約束したのか……
ああ……思い出せなくなった──
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜
美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊
ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め…
※カクヨム様にも投稿しています
※イラストはAIイラストを使用しています
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる