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第13話 結晶のダイアグラム
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その後割り出した六ヶ所から魔法陣をなんとか発見し、図案の中央位置に足を運ぶ。無人の空き教室へ。
恐らく、椅子や机を積み上げて貼り付けたのだろう天井の魔法陣を、二人は見上げていた。
「あった」
「ええ、同じ魔法陣ね」
「ここが儀式場、祭壇にあたるのかな」
思えば天井に書くのが困難で、紙片に書く手段に切り替わったのでは。
恐らくこの陣が入口、人間より高位の存在たるベルダートが降り立つ為の門。だから楽でも床にしなかったのだ。
意味や見立てを軽んじては、儀礼に価値はない。守らねばならない手順があり、実行犯はそれを遵守した様子。
「今日はもう遅いし、明日出直そう。私に召喚が可能なのかも、正直自信ない……」
エリシアは緊張の滲むニーナの手を取る。
「きっと大丈夫、ニーナは本物の魔法使いよ。それもベルダート様を一瞬で消してしまう、とびっきりの魔法使いだわ」
「……うん、頑張る」
「それに失敗しちゃ駄目なんて思わないで。一度で上手く行かなくてもいいの」
本当は分かっている。自分が一番役に立たないと。エリシアに才能なんてない、魔法も奇跡も何一つ。ただ声を上げることしか。あなたは凄いのよと、心から伝えるしか。
でもニーナは笑ってくれた。エリシアの拙い励ましを受け取って、力瘤を作って見せる。
「そうね、私は本物の魔法使い。きっとやれると思う!」
己を鼓舞してニーナは言い切る。エリシアの惜しみない応援や心遣いに応えたい、その気持ちが強く胸を叩く。
かつての責任逃れとは違う、むしろ果たす覚悟に変えて挑むのだ。克己心の源はエリシア、自分の一番の友達。
──だからもう弱音は吐かない。
「やれるやれる、どっちも魔法陣なんだから!」
原作で見たのが帰還の魔法陣を使うエリシアの勇姿だから、成功する確信を持ってあの日ベルダートに挑んだ。最初の思い込みが成否を決めたと言っていい。
──召喚だって、使える心構えで挑めば成功する。魔法使いなのは確かなんだから。
原作でベルダートを召喚したのは、名もなき男子生徒だった。同じモブの座に着いた今の自分なら、成り代わっても問題ないはず。世界の流れを味方に付けてやるんだ、と息巻いて拳を握る。
「この紙片、私の席に貼り直さなくちゃね」
エリシアは六花の形を整えるべく、再び自分の机の裏に魔法陣を貼り付けた。のだが……
「……あら? やだ、どうして」
「どうかしたエリシア?」
立ち上がったエリシアが、困り果てた顔で鞄を抱えている。見れば、お揃いで付けたチャームが半身で千切れてしまっていた。
「ごめんなさいニーナ。貰ったチャーム、気付かない内に壊しちゃったみたい……」
「ああ、糸が切れちゃったのか。大丈夫、また作るよ。残った石預かるね、明日には返すから」
「私がそそっかしくて、ぶつけてしまったんだわ」
「いいのいいの。お守りが壊れたってことは、災いを防いでくれたのよ」
原作でもそんなアイテムだったし、とは伏せておいた。しょぼくれたエリシアを慰める内に、自分の緊張なんて忘れてしまう。ニーナはすっかりいつもの調子だ。
***
翌日改めて空き教室を訪れた二人は、季節感をまるで無視した装いをしていた。
「さて、準備完了。残すは本日のクライマックスね!」
「今じゃもう暑いわね、コート」
「雪の精霊が相手だし、絶対寒くなるの目に見えてるでしょ。これは必須装備よエリシア」
既に初夏の手前だが、冬に着用する指定のコートを着込んでいる。今朝方手荷物にコートを突っ込んで来た二人は、当然ながら級友に奇妙な目で見られた。
備えや支度が好きな質らしいニーナは、さも平然と落ち着き払っていた。エリシアは説明に困るから、どうか何も訊かないでと願うばかり。そういう辺り、ニーナを見習いたいと思う。
「ベルダートは私にブチ切れてるだろうから、すぐ攻撃して来るかもしれない。絶対前に出ちゃ駄目だからね、エリシア」
天井の魔法陣を見上げ、その真下に立つニーナ。その手にはペンサイズの頼りない杖がある。
心を鎮め深く息を吐くと、先端の水晶が仄かに輝きを灯した。
「二つの世界を渡る者、四方を結ぶ門をくぐりて降り立ちたまえ。六花の理たる精霊よ……ここに」
詩吟の如く紡がれる呪文。帰還は手短な語句だけれど、呼びかけである召喚の詠唱は相応に長い。
ニーナの杖が目映い光を溢れさせる。清冽な魔力の輝きは、資格なき者は目を伏せよとばかりに神々しい。
「大いなる者、汝の名はベルダート・バラック。我は汝との契約を望む」
俄に空気が冷え込み、透明感のある音が降り注ぐ。喩えが浮かばない美しさ、妙音を先触れに氷の粒子が舞う。
チラチラと煌めいて温度を奪い尽くし、その場所だけが冬と化した。召喚に応じるが故の変化に成功を確信して、ニーナは杖を掲げる。真っ先に言うべきことがあった。
「まずごめんなさい! 私達の話を聞いて、助けて欲しいの!」
言い切る手前辺りで、天井から影が隆起した。人型で、成人男性程の──
「いい度胸なのだよ小娘!」
「ッ……!」
怒り狂った大音声と共に、猛烈な吹雪が叩き付けられる。肌に刺さりそうな雪の弾幕がどれ程続いたろう、気付けば室内は白く様変わりして。
急速に冷却の進んだ空気は煙り、黒板の金具や窓に霜が広がる。大自然を敵に回す恐ろしさで、本能的に頭を垂れたくなってしまう。
いや、吹雪に耐え切れずとうに膝を折った。それに負けじと、ニーナは必死に杖を握る。自分が倒れれば原作の二の舞、怒れる雪の悪魔を解き放ってしまう。
「分かってる、私が悪かったの。あなたを悪魔と思い込んで追い返した! あなたの築き上げたものを無為にしてしまった! 本当にごめんなさい……来てくれてありがとう!」
こんな虫のいい呼び出しに応じてくれた謝意を込めて叫ぶ。届くかどうかは分からない、ただ伝えるしか出来ないのだ。魔法が使えても、前世の記憶があっても、所詮ニーナは人間だから。
「私じゃきっと、あなたの失ったものを補填することも出来ないだろうけど、努力する! 償う意思がある……!」
いつの間にか吹雪が止んだ。雑音までも絶え、恐ろしい静けさが覆う。まるでこの教室だけ、別空間にでもなったみたいに。
「お願い、話を……」
言葉は白く煙って朧な形になる。涙で眦を凍り付かせ、凍えた指先を重ね。尚も杖を掲げるニーナの姿をじっと見下ろし、怒れる雪の精霊は姿を露にした。
「……嘘偽りはないようだな。おかしな小娘」
「ええ、誓って」
苛烈な眼光を見返し、ニーナは畏れを噛み殺す。虚勢とて貫けば本物だ。退かぬ気概を受け取り、ベルダートは尊大に腕を組む。
その姿はエリシアの思い出と寸分違わない。出会った日からずっと、ベルダートは歳を取らないまま。
何故だろう、エリシアはその事実に安堵する。この人だけはきっと、永遠に変わらないでいてくれると、そう思えるからか。
「この私を呼び付けたのだ。相応の話でなくば許さんのだよ」
神話の時代に悪名を轟かせた、自称凄くて悪い魔法使いベルダート・バラックが、再びこの地に顕現した。
恐らく、椅子や机を積み上げて貼り付けたのだろう天井の魔法陣を、二人は見上げていた。
「あった」
「ええ、同じ魔法陣ね」
「ここが儀式場、祭壇にあたるのかな」
思えば天井に書くのが困難で、紙片に書く手段に切り替わったのでは。
恐らくこの陣が入口、人間より高位の存在たるベルダートが降り立つ為の門。だから楽でも床にしなかったのだ。
意味や見立てを軽んじては、儀礼に価値はない。守らねばならない手順があり、実行犯はそれを遵守した様子。
「今日はもう遅いし、明日出直そう。私に召喚が可能なのかも、正直自信ない……」
エリシアは緊張の滲むニーナの手を取る。
「きっと大丈夫、ニーナは本物の魔法使いよ。それもベルダート様を一瞬で消してしまう、とびっきりの魔法使いだわ」
「……うん、頑張る」
「それに失敗しちゃ駄目なんて思わないで。一度で上手く行かなくてもいいの」
本当は分かっている。自分が一番役に立たないと。エリシアに才能なんてない、魔法も奇跡も何一つ。ただ声を上げることしか。あなたは凄いのよと、心から伝えるしか。
でもニーナは笑ってくれた。エリシアの拙い励ましを受け取って、力瘤を作って見せる。
「そうね、私は本物の魔法使い。きっとやれると思う!」
己を鼓舞してニーナは言い切る。エリシアの惜しみない応援や心遣いに応えたい、その気持ちが強く胸を叩く。
かつての責任逃れとは違う、むしろ果たす覚悟に変えて挑むのだ。克己心の源はエリシア、自分の一番の友達。
──だからもう弱音は吐かない。
「やれるやれる、どっちも魔法陣なんだから!」
原作で見たのが帰還の魔法陣を使うエリシアの勇姿だから、成功する確信を持ってあの日ベルダートに挑んだ。最初の思い込みが成否を決めたと言っていい。
──召喚だって、使える心構えで挑めば成功する。魔法使いなのは確かなんだから。
原作でベルダートを召喚したのは、名もなき男子生徒だった。同じモブの座に着いた今の自分なら、成り代わっても問題ないはず。世界の流れを味方に付けてやるんだ、と息巻いて拳を握る。
「この紙片、私の席に貼り直さなくちゃね」
エリシアは六花の形を整えるべく、再び自分の机の裏に魔法陣を貼り付けた。のだが……
「……あら? やだ、どうして」
「どうかしたエリシア?」
立ち上がったエリシアが、困り果てた顔で鞄を抱えている。見れば、お揃いで付けたチャームが半身で千切れてしまっていた。
「ごめんなさいニーナ。貰ったチャーム、気付かない内に壊しちゃったみたい……」
「ああ、糸が切れちゃったのか。大丈夫、また作るよ。残った石預かるね、明日には返すから」
「私がそそっかしくて、ぶつけてしまったんだわ」
「いいのいいの。お守りが壊れたってことは、災いを防いでくれたのよ」
原作でもそんなアイテムだったし、とは伏せておいた。しょぼくれたエリシアを慰める内に、自分の緊張なんて忘れてしまう。ニーナはすっかりいつもの調子だ。
***
翌日改めて空き教室を訪れた二人は、季節感をまるで無視した装いをしていた。
「さて、準備完了。残すは本日のクライマックスね!」
「今じゃもう暑いわね、コート」
「雪の精霊が相手だし、絶対寒くなるの目に見えてるでしょ。これは必須装備よエリシア」
既に初夏の手前だが、冬に着用する指定のコートを着込んでいる。今朝方手荷物にコートを突っ込んで来た二人は、当然ながら級友に奇妙な目で見られた。
備えや支度が好きな質らしいニーナは、さも平然と落ち着き払っていた。エリシアは説明に困るから、どうか何も訊かないでと願うばかり。そういう辺り、ニーナを見習いたいと思う。
「ベルダートは私にブチ切れてるだろうから、すぐ攻撃して来るかもしれない。絶対前に出ちゃ駄目だからね、エリシア」
天井の魔法陣を見上げ、その真下に立つニーナ。その手にはペンサイズの頼りない杖がある。
心を鎮め深く息を吐くと、先端の水晶が仄かに輝きを灯した。
「二つの世界を渡る者、四方を結ぶ門をくぐりて降り立ちたまえ。六花の理たる精霊よ……ここに」
詩吟の如く紡がれる呪文。帰還は手短な語句だけれど、呼びかけである召喚の詠唱は相応に長い。
ニーナの杖が目映い光を溢れさせる。清冽な魔力の輝きは、資格なき者は目を伏せよとばかりに神々しい。
「大いなる者、汝の名はベルダート・バラック。我は汝との契約を望む」
俄に空気が冷え込み、透明感のある音が降り注ぐ。喩えが浮かばない美しさ、妙音を先触れに氷の粒子が舞う。
チラチラと煌めいて温度を奪い尽くし、その場所だけが冬と化した。召喚に応じるが故の変化に成功を確信して、ニーナは杖を掲げる。真っ先に言うべきことがあった。
「まずごめんなさい! 私達の話を聞いて、助けて欲しいの!」
言い切る手前辺りで、天井から影が隆起した。人型で、成人男性程の──
「いい度胸なのだよ小娘!」
「ッ……!」
怒り狂った大音声と共に、猛烈な吹雪が叩き付けられる。肌に刺さりそうな雪の弾幕がどれ程続いたろう、気付けば室内は白く様変わりして。
急速に冷却の進んだ空気は煙り、黒板の金具や窓に霜が広がる。大自然を敵に回す恐ろしさで、本能的に頭を垂れたくなってしまう。
いや、吹雪に耐え切れずとうに膝を折った。それに負けじと、ニーナは必死に杖を握る。自分が倒れれば原作の二の舞、怒れる雪の悪魔を解き放ってしまう。
「分かってる、私が悪かったの。あなたを悪魔と思い込んで追い返した! あなたの築き上げたものを無為にしてしまった! 本当にごめんなさい……来てくれてありがとう!」
こんな虫のいい呼び出しに応じてくれた謝意を込めて叫ぶ。届くかどうかは分からない、ただ伝えるしか出来ないのだ。魔法が使えても、前世の記憶があっても、所詮ニーナは人間だから。
「私じゃきっと、あなたの失ったものを補填することも出来ないだろうけど、努力する! 償う意思がある……!」
いつの間にか吹雪が止んだ。雑音までも絶え、恐ろしい静けさが覆う。まるでこの教室だけ、別空間にでもなったみたいに。
「お願い、話を……」
言葉は白く煙って朧な形になる。涙で眦を凍り付かせ、凍えた指先を重ね。尚も杖を掲げるニーナの姿をじっと見下ろし、怒れる雪の精霊は姿を露にした。
「……嘘偽りはないようだな。おかしな小娘」
「ええ、誓って」
苛烈な眼光を見返し、ニーナは畏れを噛み殺す。虚勢とて貫けば本物だ。退かぬ気概を受け取り、ベルダートは尊大に腕を組む。
その姿はエリシアの思い出と寸分違わない。出会った日からずっと、ベルダートは歳を取らないまま。
何故だろう、エリシアはその事実に安堵する。この人だけはきっと、永遠に変わらないでいてくれると、そう思えるからか。
「この私を呼び付けたのだ。相応の話でなくば許さんのだよ」
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