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第7話 あなたに花を、私は祈りを

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「……成程ね。二人の繋がりが見えたわ」

 私は放課後の図書室でエルナの在学中、ビークの父親がここで教鞭を取っていたと知る。卒業時に配布される冊子を見るに、担任教師と生徒。

 恩師の息子だから見守りたいと。どんな思い出があるか謎だけど、自分の親類縁者でなく恩師の子を見守っている辺り、エルナの家庭環境は恵まれたものではなかったのかしら。

「そこまで調べても……下衆の勘繰りよね」

 命の危機は一応去ったのに、未だに何かを知ろうとしている。自分の行動がよく分からない。

「もしかして、私はエルナを可哀想がってるのかしら」

 いやまさかと思いつつも、他に心当たりが浮かばなくて。私は恐らくエルナの境遇、或いは現状を改善したがっている。益もないのに自主的な意思で。
 それはエルナの痛々しい有様のせいなのか、意思疎通出来てしまったせいなのか。

「私にも人並の情緒があったのね。喜ばしいわ」

 言葉に反して溜息が出る。エルナの死はもう覆せない結末、私に出来ることは何もないと理解しているのに。でも胸の奥でずっと何かがささくれてるの。

「花でも供えようかしら」

 それくらいなら気が晴れそう、今からでも出来るのが気晴らしポイントが高い。
 パタンと冊子を閉じて私は校舎を出た。雨が降り出しそうな空模様は憂鬱ね。

 エルナの死亡した現場の真裏にあたる外壁に花を添える。私は少しの間そこで冥福を祈った。
 ……祈っておいてなんだけど、エルナ本人には伝わって欲しくない複雑な乙女心がある。不思議ね。


***

 幸いエルナの様子は変わらず、祈りは天に届いているものと思えば良さそう。
 けど半年も続けていればメイにバレてしまった。卒業まで残り一年、隠し通せるかと思ったけど駄目ね。友達付き合いが出来たら流石に行動パターンを把握されてしまうわ。

「フィシカ、たまに一人でいなくなるから何してるのかなと思ったの。でもこういうことだったんだね」

「まあね。メイがビークに話しかけている隙を狙ってちょこちょこと」

「あっ……やっぱりわざとだったんだ!」

 壁の前でメイに声をかけられ、少々バツの悪い顔になってしまう。
 ハンカチ大流行からずっと二人でいるものね。月に一度の習慣でも、そりゃあ気付くかと納得する。

「でもビークとは仲良くなれたんじゃないかしら?」

「それは、うん……ありがとう。ねえそれ誰の為のお花?」

「十年くらい前に亡くなった子がいるそうよ。現場は校舎の中だけど」

「フィシカの知り合いなの?」

「いいえ、赤の他人。なんとなく可哀想な気がしただけよ」

「良いと思うよ。私もお祈りする!」

 性根が素直なメイは手向けられた花に向かい指を組んだ。穏やかな沈黙が流れる。
 何故だろう、顔も名前も知らない相手に捧ぐ祈りは清らかなものだと、そう思わせられるのは。

「……ありがとう」

「ううん、フィシカの良い所を真似しただけだもん」

 メイが嬉しそうに笑うのを直視出来ない。そんなこと言われると思わなかったんだけど。私はあなたみたいに真っ直ぐな人間じゃないのよ。もっと利己的で、打算で生きてるの。

「メイは本当に騙し易そう、一人で外を出歩かないようにね」

「フィシカってあれでしょ、ツンデレなんでしょ?」

 真剣に案じているのに、メイは小さく吹き出してそう言った。

「何それ。違うと思うけど」

「普段は大事な人にもツンケンしてて、でも大事な人には照れて恥ずかしくなるくらい好意が溢れ返っちゃうことがある人? ……らしいよ!」

「よく分からないけど、絶対違うと思う」

「えー、大体合ってると思うなぁ」

「合ってないわよ。私好きなら好きって言うし、周りに自慢する方」

 私の好きになった人の凄い所はね、って語り明かしてやるわよ。もし出来たら間違いなく奇跡だもの。奇跡の逸話は吹聴していいって神話の時代から許されてるでしょ。

「それはそれで納得かも……」

 メイは仕様がないなぁみたいな語気で返す。その反応の方が納得行かないのだけど?


 
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