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瀬奈さんのタマゴ
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「けーじ、これ」
そう言って瀬奈が差し出してきたのは、先の尖った楕円形で白色の物体。
「……卵がどうかしたのか?」
手探りで尋ねる。心は既に嫌な予感でいっぱいだ。
「温めて」
「……は?」
思わず、聞き返す。
「私、どうやらこの卵を産んだみたいなの。だから温めて」
「…………はああああああ!?」
――要約すると、瀬奈の話は以下のようなものであった。
朝起きたら枕元に卵があった。これは私が産んだに違いないと直感。何せ世界は不条理に満ちあふれているわけだから、これくらいは別に何の不思議もない。
「いやいやいやいやいや」
啓示は首を横に振りまくる。
「人間は卵を産まないだろ、普通」
ごく当たり前にそうツッコんだ。というか、本当に産んだらとんでもないことになるではないか。参りましょう、ガチでアレなふしぎ、発見。
「普通かどうかなんて問題じゃないわ。私は産めるようになった。重要なのはその事実だけよ」
スーパーひ○しくんですけど何か? みたいな顔で瀬奈は言い切る。
「産めるようになったって……おいおいおいぃ」
啓示はさえないジョークを聞いたアメリカ人のように肩をすくめた。
「百万歩譲って瀬奈が産んだとしても、何で俺がそれを温めなきゃいけない?」
尋ねる口調も、そこはかとなくアメリカン。
「だって……」
瀬奈の頬が、ぽっと赤らんだ。
「この子のパパは……けーじしか考えられないんだもん……」
「ちょ!」
口がひゅっとすぼまる。甘い声でなーにとんでもないことを言っとるんだ、この女は。パパってなんだ、パパって。
「え、えーと……」
探るように、瀬奈を見やる。
「じー……」
ガン見された。何だろう、この「取るよね、責任」みたいな感じ。
(い、いやいや。まさか、そんな……)
懸命に打ち消した。
身に覚えはない。ないはずだ。いいや、どう考えたってない。有り得ないこと、有り得ないこと。これは一から十まで全てがおかしなことでできているお話です。そのはずです。
(でも……)
胸にすきま風が、ひゅるり。
(本当に、有り得ないのか?)
ちらりと、そんな考えがよぎった。
たとえば、自分の知らない間にもう一人の自分が何かしているだとか――そんな可能性はゼロだと本当に言い切れるのか? 本当に? 本当の本当に?
「む、むむむ……」
「じゃあ、これ」
迷える啓示の前に、瀬奈は改めて白い楕円形の球体を差し出す。
「お、おう……」
押し切られるように、おずおずと手に取った。取ってしまった。
「ほら、パパでしゅよー」
瀬奈は卵に語りかける。ドキッとするほど優しい声だ。
「ねー、うれしいねー。すりすりー」
生まれたての赤ちゃんでもあやすように、卵をそっとなでる。
「う、嬉しいって……そうなのか?」
手元をしげしげと見つめながら、啓示は尋ねた。
「そうだよ。絶対嬉しがってるよ、この子」
言いながらも、瀬奈は慈しむような眼差しを卵から離そうとしない。いつもとは違う母性愛が、啓示の目にも眩しく映る。
「うーむ……」
釣られるように、卵を観察してみた。言われてみれば、さっきより少し色つやがよくなっているような気がしないでもない。
「じゃ、パパにもお仕事してもらいましょうねー」
卵にちゅっとキスをすると、瀬奈は啓示を見上げる。
「さ、温めて温めて」
「……は?」
ほだされかかったハートが、また固い殻に閉じこもった。
「何を、しろって?」
「この子を、温めてあげて」
聞き返す啓示に答える瀬奈の口ぶりは、もうすっかり母親のそれ。
「え、えええ?」
一方、父親になりきれない啓示としては戸惑いが増すばかりだ。
「ね、早く。この子も待ってるから」
「お、おう」
流されて、押し切られる。なぜか逆らうことができない。なぜだ。
「じ、じゃあ……」
テーブルの上に乗って、丸くなる。まさしく雌鳥がするように、卵をお腹の下に抱え込んだ。
「そうそう、そんな感じ。はい、チーズ……オッケー、素敵よ」
瀬奈は懐から取り出したデジカメで、子育てパパの姿をしっかりと記録する。
(ああ……あったかいなー……)
ざらついた殻が少しずつ温もるにつれて、啓示の頬はほんわりと緩んだ。
幸せだ。心が愛情で満ちている。干からびた世界がみるみるうちに潤い、輝きを取り戻していくような、そんな感じ。
「はい、ごくろーさーん」
不意に、瀬奈の声が響いた。
「……はっ!」
啓示は一瞬で我に返る。どうした、俺。何をしてるんだ、俺。やばいぞ、俺。
「ぁ……あの……その……」
挙動不審にもじもじする。どうしよう。恥ずかしい。今すぐ魔法で滅されてこの世から消えてしまいたい気分だ。いやーん。
「ふ~ん、ふふ~ん」
瀬奈は鼻歌混じりで、備えつけの小棚から自分用のマグカップを出した。
「はい、どーも」
人肌に温められた卵を、啓示の手からひったくる。
「よっ」
こんこん、ぱか。
見事な片手割りから飛び出したのは、ぷりんとした黄身とそれにまとわる白身。ああ、なかなか新鮮な卵ですね。美味しそう。
「では、いただきます」
乾杯の仕草でマグカップを掲げると、瀬奈は一気に中身をあおった。
こく、こく、こく。
二人の愛の結晶が、細い喉にするすると吸い込まれる。
「ぷっはー」
「あ……あ……」
酔っぱらいのように息を吐く瀬奈を、啓示はただ呆然と見つめるしかなかった。
「パパだって……ぷぷぷ」
こらえきれないように瀬奈が笑い出すと、
「……くぉけっ」
啓示はとさかのように真っ赤な顔で、しめられた雄鶏みたいな声をあげた。
そう言って瀬奈が差し出してきたのは、先の尖った楕円形で白色の物体。
「……卵がどうかしたのか?」
手探りで尋ねる。心は既に嫌な予感でいっぱいだ。
「温めて」
「……は?」
思わず、聞き返す。
「私、どうやらこの卵を産んだみたいなの。だから温めて」
「…………はああああああ!?」
――要約すると、瀬奈の話は以下のようなものであった。
朝起きたら枕元に卵があった。これは私が産んだに違いないと直感。何せ世界は不条理に満ちあふれているわけだから、これくらいは別に何の不思議もない。
「いやいやいやいやいや」
啓示は首を横に振りまくる。
「人間は卵を産まないだろ、普通」
ごく当たり前にそうツッコんだ。というか、本当に産んだらとんでもないことになるではないか。参りましょう、ガチでアレなふしぎ、発見。
「普通かどうかなんて問題じゃないわ。私は産めるようになった。重要なのはその事実だけよ」
スーパーひ○しくんですけど何か? みたいな顔で瀬奈は言い切る。
「産めるようになったって……おいおいおいぃ」
啓示はさえないジョークを聞いたアメリカ人のように肩をすくめた。
「百万歩譲って瀬奈が産んだとしても、何で俺がそれを温めなきゃいけない?」
尋ねる口調も、そこはかとなくアメリカン。
「だって……」
瀬奈の頬が、ぽっと赤らんだ。
「この子のパパは……けーじしか考えられないんだもん……」
「ちょ!」
口がひゅっとすぼまる。甘い声でなーにとんでもないことを言っとるんだ、この女は。パパってなんだ、パパって。
「え、えーと……」
探るように、瀬奈を見やる。
「じー……」
ガン見された。何だろう、この「取るよね、責任」みたいな感じ。
(い、いやいや。まさか、そんな……)
懸命に打ち消した。
身に覚えはない。ないはずだ。いいや、どう考えたってない。有り得ないこと、有り得ないこと。これは一から十まで全てがおかしなことでできているお話です。そのはずです。
(でも……)
胸にすきま風が、ひゅるり。
(本当に、有り得ないのか?)
ちらりと、そんな考えがよぎった。
たとえば、自分の知らない間にもう一人の自分が何かしているだとか――そんな可能性はゼロだと本当に言い切れるのか? 本当に? 本当の本当に?
「む、むむむ……」
「じゃあ、これ」
迷える啓示の前に、瀬奈は改めて白い楕円形の球体を差し出す。
「お、おう……」
押し切られるように、おずおずと手に取った。取ってしまった。
「ほら、パパでしゅよー」
瀬奈は卵に語りかける。ドキッとするほど優しい声だ。
「ねー、うれしいねー。すりすりー」
生まれたての赤ちゃんでもあやすように、卵をそっとなでる。
「う、嬉しいって……そうなのか?」
手元をしげしげと見つめながら、啓示は尋ねた。
「そうだよ。絶対嬉しがってるよ、この子」
言いながらも、瀬奈は慈しむような眼差しを卵から離そうとしない。いつもとは違う母性愛が、啓示の目にも眩しく映る。
「うーむ……」
釣られるように、卵を観察してみた。言われてみれば、さっきより少し色つやがよくなっているような気がしないでもない。
「じゃ、パパにもお仕事してもらいましょうねー」
卵にちゅっとキスをすると、瀬奈は啓示を見上げる。
「さ、温めて温めて」
「……は?」
ほだされかかったハートが、また固い殻に閉じこもった。
「何を、しろって?」
「この子を、温めてあげて」
聞き返す啓示に答える瀬奈の口ぶりは、もうすっかり母親のそれ。
「え、えええ?」
一方、父親になりきれない啓示としては戸惑いが増すばかりだ。
「ね、早く。この子も待ってるから」
「お、おう」
流されて、押し切られる。なぜか逆らうことができない。なぜだ。
「じ、じゃあ……」
テーブルの上に乗って、丸くなる。まさしく雌鳥がするように、卵をお腹の下に抱え込んだ。
「そうそう、そんな感じ。はい、チーズ……オッケー、素敵よ」
瀬奈は懐から取り出したデジカメで、子育てパパの姿をしっかりと記録する。
(ああ……あったかいなー……)
ざらついた殻が少しずつ温もるにつれて、啓示の頬はほんわりと緩んだ。
幸せだ。心が愛情で満ちている。干からびた世界がみるみるうちに潤い、輝きを取り戻していくような、そんな感じ。
「はい、ごくろーさーん」
不意に、瀬奈の声が響いた。
「……はっ!」
啓示は一瞬で我に返る。どうした、俺。何をしてるんだ、俺。やばいぞ、俺。
「ぁ……あの……その……」
挙動不審にもじもじする。どうしよう。恥ずかしい。今すぐ魔法で滅されてこの世から消えてしまいたい気分だ。いやーん。
「ふ~ん、ふふ~ん」
瀬奈は鼻歌混じりで、備えつけの小棚から自分用のマグカップを出した。
「はい、どーも」
人肌に温められた卵を、啓示の手からひったくる。
「よっ」
こんこん、ぱか。
見事な片手割りから飛び出したのは、ぷりんとした黄身とそれにまとわる白身。ああ、なかなか新鮮な卵ですね。美味しそう。
「では、いただきます」
乾杯の仕草でマグカップを掲げると、瀬奈は一気に中身をあおった。
こく、こく、こく。
二人の愛の結晶が、細い喉にするすると吸い込まれる。
「ぷっはー」
「あ……あ……」
酔っぱらいのように息を吐く瀬奈を、啓示はただ呆然と見つめるしかなかった。
「パパだって……ぷぷぷ」
こらえきれないように瀬奈が笑い出すと、
「……くぉけっ」
啓示はとさかのように真っ赤な顔で、しめられた雄鶏みたいな声をあげた。
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