木苺ガールズロッククラブ

まゆり

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Second Affair by りり子

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 佐伯とは、一〇九の前で待ち合わせをした。十分後にりり子のスマホを鳴らすという約束だ。閑静な住宅街を抜け、表通りに出た途端に、傘が邪魔になって歩けないほどの人波に巻き込まれる。一〇九の前に着くと、りり子は佐伯らしき男がいないかどうか、あたりを見回した。繭とサキは五メートルほど離れたところでカップルの振りをしながら、りり子のことを見守っている。
 バッグの中で携帯が震えた。りり子は取り出して、応答せずにちゃちな電子音で構成された「ハートに火をつけて」を聴く。こんなロリ系の格好をして、ドアーズの着メロなんてやはり変だ。仕事をするときは、それらしいアイドルの曲などに着メロを変えていたが、ある日たまたま変えるのを忘れて、ドアーズのままで行ったら、妙に受けがよかった。オヤジのノスタルジーを刺激するらしい。それに、人とかぶらない着メロなので、待ち合わせにも便利だ。銀縁眼鏡をかけた、いかにも真面目そうな中年の男が、りり子のほうに近づいてきた。
「あの、みきちゃん?」
「佐伯さんですね。わあ、会えて嬉しいです」
 少女を買うことには慣れているのだろう。いきなり汗に湿った手でりり子の手を握ってくる。
「みきちゃんはお腹は空いてないかな? それとも、買い物でもしようか?」
 そんな面倒なことをする気はない。
「近くに友達の家があるから、そこに行こうよ。友達は出かけてるし、体操着だけじゃなくて、制服とか、水着とかも置いてあるから。写真取ってもいいよ」
 りり子がそう言うと、佐伯の顔の作り笑いが消えた。なかなかに用心深い男のようだ。
「……ホテルで写真撮らせてくれないかな。体操着だけでいいから」
 耳元で囁かれた。気持ちが悪い。
「わかった。可愛いいところがいいな。どっかいいとこ知ってる?」
 にぎやかな文化村通りを佐伯と手を繋いで歩きながら、後ろを振り返り、繭とサキがついてきていることを確認した。
 円山町のホテル街にさしかかると、りり子はあまり人の入っていなさそうなホテルを探す。明確な基準はないけれど、古そうだったり、建物が悪趣味なところを狙うのだ。空室が多いところのほうが、当然のことながら、隣どうしの二部屋を確保できる確率が高い。そうすればあとの展開がスムーズになる。佐伯がりり子の手をくすぐり始める。掌のくぼみから、徐々に指の付け根に移動して、りり子の指の間に押し入ってくる。
「ね、あれはどう? なんかレトロっぽくてかわいくない?」
 建てられたときは、おそらく白色の荘厳な建物だったと思われる、ゴシック建築を模した薄汚れた建物を指さした。名前は「メルヘンキャッスル」だ。前々から気にはなっていたが、入ったことはなかった。入り口の脇にある電光掲示板には、空室の緑の文字が輝いている。
 佐伯は黙って、りり子の手をいじくりながら、壁に隠れた入り口のほうへ足を向けた。スモークガラスの自動ドアを開けると、部屋の写真がずらりと並んだパネルが目に入る。上の階に行くほど部屋の料金が高く、五階の部屋にはすべて空室を示す明かりが灯っている。カラオケつきの部屋と、なんだかよくわからない逆さ吊りの道具のようなものがある部屋が並んでいる。そんなことはどうでもよかったけれど、繭とサキが追いつくまで時間を稼がなければならない。
「みきちゃんは、縛られたりするの好き?」
 残念ながらそういう趣味はない。縛られるのはこいつのほうだ。
「やだー、ヘンタイっぽいのはいやですぅ。カラオケのほうがいいなあ」
 五〇三号室の写真には、ガラス張りの浴室が映っている。この部屋はパス。
 自動ドアが開くコンプレッサー音がした。腕を組んだ繭とサキだ。
「ね、五〇一号室にしようよ」
 佐伯の返事を待たずに、ボタンを押した。
 
 エレベーターで五階に上がり、五〇一というランプが点滅しているドアに向かう。隣の五〇二号室もぴったりと同じペースで点滅している。ドアの取手には、施錠のためのボタンがない。古そうな建物だったので、ドアも内側から施錠するタイプかと思っていたけれど、ここもオートロックのようだ。りり子はポケットの中に用意しておいたヘアゴムを挟み、ドアを閉めた。
 部屋に入るなり、佐伯はテレビのスイッチを入れた。低くうめくような女の声は、セイウチの鳴き声のようだ。幸先のいいスタートだ。音量は大きければ大きいほどいい。
「みきちゃん、こっちへおいで」
 佐伯はいつの間にかコートと上着を脱いでダブルベッドの上に座っている。
「着替えてきていいですか? 体操着持ってきたの」
 りり子は、巨大ながま口のかたちをしたピンクのバッグを持って、浴室へ向かう。
「ここで着替えれば? ね?」
「いやですー。恥ずかしいもん。でもお風呂場でだったら、見てもいいですよお」
「ここではダメで、風呂場ではいいの?」
 りり子は、恥ずかしげに、こくりと頷く。
「人に見られる見られないの問題じゃなくて、場所なの」
「じゃあ、着替えてるところを写真にとってもいいかな」
「そんなこと、聞かないで無理矢理っぽく撮っちゃったらいいじゃないですかあ」
 めちゃくちゃな理由で浴室に誘導した。佐伯は書類かばんの中からけっこう高そうなカメラを取り出した。
 大きな浴槽の脇に立って、りり子がスカートの中に手を入れると、佐伯が
「待って、脱がないでそこに座ってスカートをまくって脚をちょっと開いて」
 と注文をつける。言われたとおりに浴槽のふちに腰掛ける。
「すごい、いい感じ」
 それが終わると、りり子はワンピースのファスナーを下ろし、袖を肩から抜いた。いちご模様のコットンのブラに、視線が注がれる。仕事が進んでいるかどうか、聞き耳を立ててみたけれど、ドアを隔ててくぐもったセイウチ女のあえぎ声が聞こえてくるだけだった。バッグの中から、使い古した体操着を取り出す。胸のところに「1A 古賀」と黒マジックで書いた布があててある。ネットオークションで購入したものだった。
「体操着を着る前に、ブラも取って」
 カメラを構えたまま佐伯が言う。ホックを外すために両手を後ろに回したところで、フラッシュが光った。ブラジャーを外して、頭のお団子を崩さないように、体操着をかぶっているところでまた一枚。ストッキングを下ろし、ブルマーに足を突っ込んだところでまた一枚写真を撮られた。ブルマーは地元の商店街の古い洋品店でやっと探して購入したものだ。それからソックスと運動靴を履く。着替えが終わると、トイレに腰掛けているところを撮りたいと言われた。変態には、慣れているので、おとなしく従う。その格好のままで、体操着を捲り上げたところを撮られて、浴室をあとにした。
「ねえ、のど渇いた。ジュース飲んでいい? ビールもあるよ」
「みきちゃんもビールにしなよ」
「へへへ、飲むとすぐ眠たくなっちゃうんだ、あたし。でもちょっとだけ飲んじゃおうかな」
 りり子は、冷蔵庫からビール瓶を一本抜き出すと、脇のラックから消毒済みと書かれた紙に包まれたコップをふたつ取り出した。片方のコップのふちには、ピンクの口紅のあとがついている。こっちがりり子用だ。もう片方の口紅がついていないほうには、底に五ミリほどの透明な液体が沈んでいる。りり子はビールの栓を抜き、ふたつのコップにビールを注ぐ。
「ね、せーので飲み比べしない? 負けたほうが一枚ずつ脱ぐの」
 繭には、味に影響しない睡眠導入剤を選んでもらっているが、飲んでいる途中で気づかれないように、細工には念を入れる。効きが悪いときや、飲み物を飲みたがらないやつのために、座薬も用意してある。一杯目と二杯目でりり子が連続して負けて、運動靴を両方脱いだ。
「んー、なんだか眠くなってきた」
 ベッドの上に寝転がると、りり子まで眠ってしまいそうだった。飲み比べはそれでお開きとなった。ビールでひんやりと冷えた唇を首筋に這わせられて、りり子は声をあげて笑う。佐伯のネクタイを緩め、片端を引き抜き、シャツのボタンを外した。眠ってしまうと脱がせるのが大変なのだ。ベルトを外し、スラックスを下ろしてベッドの下に投げ捨てると、佐伯があくびをひとつした。
「ビール飲むと、眠くなっちゃうよね、佐伯さん。ね、眠っちゃう前に早く脱いで」
 佐伯は生返事をひとつすると、ブリーフを下ろした。膝のあたりで手が止まった。
「はい、ご苦労さま」
 りり子がそう言うと、佐伯は口の中で何かをもごもごとつぶやいた。
 
「カラオケ歌おうよ。カラオケ」
 五〇一号室に入るなり、表紙が傷んでめくれ上がった曲目リストを目ざとく見つけて、たサキが、楽しそうに言った。
「おじさまが起きちゃうでしょ、ってか、さっさと仕事しないと」
 りり子がサキをたしなめると、繭が、
「大丈夫よ、六時間くらいは物音がしても目を覚ますことはないと思う……、りり子可愛いわ。本物の小学生みたい」
 と言って、りり子に抱きつく。こんなに優しげな体の中を流れる、冷徹な血のことを考えると、心の奥が不穏に波立つ。 
「いまどきブルマーはいた小学生なんていないってば」
 繭はりり子の言葉には反応せず、トートバッグのなかから三人分のラテックスの手袋を取り出した。りり子はそれを手に嵌めて、佐伯の書類かばんのファスナーを開けた。サキがベッドの脇の小さなテーブルに置いてあったカメラを見つける。
「あ、それ見ちゃダメ」
「見ちゃう見ちゃう、きゃー、りり子、おしっこしてる、可愛い」
「消しといてよ、それ。ってか、してないよ」
「待って。あとで使える写真があるかもしれないから。……財布みっけ。諭吉さま七名、けっこう持ってるよ」 
 繭が、佐伯の財布の中身をベッドの上に丁寧に並べていく。万券七枚と、運転免許証、クレジットカード二枚とキャッシュカード一枚、職員証。本名は佐川恒明、総務省の官僚だ。
 サキはデジカメに残っている写真をチェックしながら、「うそー」とか「アンビリーバボー」などと小声でつぶやいている。
 繭は真剣な面持ちで職員証と運転免許証を写真に撮ると、眠っている佐伯にスマホをのディスプレイを向けた。
「ああ、おじさま可哀相に。パンツ途中まで降ろしたところで、限界がきたんだね」
 いつもなら、ここでりり子と絡んでいる写真を撮るところだが、デジカメの中に、佐伯の顔まで映りこんだ反吐のでそうな写真が何枚もあったので、メモリーカードごともらっていくことにした。それから、佐伯の携帯を、サキが持ってきたパソコンに繋いで データを流し込んでおく。ほかのロリコン仲間や、職場の関係者など、有益なコンタクトが得られる可能性があるからだ。その間に、りり子は体操着を脱いで、元のワンピースに着替えた。時計を見ると、入ってからまだ三十分しか経っていない。
「あと一時間半残ってるから、やっぱりカラオケ歌ってこうか?」
 崩れかけた、お団子をまとめなおしながらりり子がそういうと、
「んーやっぱり、パンツ脱ぎかけのおじさま見ながらカラオケってちょっとねえ……」
「布団かぶせとけば?」
「ってかさあ、りり子が五〇一号室選ぶからいけないんじゃん。そしたらわたしたちがこっちで、仕事終わってからカラオケできたのに」
 カラオケにこだわるサキ。さつきより劇団に所属していた年月が長いサキは、歌も演技もさつきよりずっと上手い。ただ、サキは極度の上がり性なのだ。
「だって、五〇二号室に入ったら、縛られたり逆さ吊りにされたりしそうだったんだもん」
「とにかく、ここは早く出ちゃったほうがいいよ」
 繭が上手くまとめてくれたので、りり子は佐伯にメールを打つ。
<佐川恒明さま お写真たくさん撮ってもらって楽しかったです。途中で眠っちゃったのでつまらなくて、みきも佐川さんのお写真たくさん撮りました。佐川さんのこと、すごーく好きになっちゃったんで、本名も職場も免許書もケータイの中身もぜーんぶ記録しちゃいました。今月いろいろあってピンチなんだけど、とりあえず三十くらい援助してくれるとうれしいな また連絡しますね みき>
 無事着信したのを確かめると、りり子は浴室のドアや冷蔵庫など、指紋の残っているところをタオルで拭った。まさか、警察に指紋を照合されることはないだろうけど、あの事件のときに取られたものが残っていないとも限らないし、何事にも念を入れて完璧にやらないと、どこかで脇の甘さが命取りになるものだ。
 りり子は身支度を整えると、佐伯の財布から二万円抜き取った。繭とサキとは、キイチゴ城で合流する。ひとりでホテルを出ようとすると、マジックミラーの向こうにいた老婆に止められた。
「あの、お連れさまは?」
 部屋のパネルの脇のところだ。こんなところに受付があって、中に人がいたことには気がつかなかった。
「疲れてるみたいなんで、起きるまで寝かしといてあげようと思って。あの、一応明日の朝までこれで足りるかしら?」
 老婆は内線で五〇一号室に電話を掛ける。当然予測済み。サキが男の声色を作って対応しているはずだ。サキと繭とはキイチゴ城で落ち合うことになっている。りり子は、「ハートに火を点けて」を口笛で吹きながら、ランブリングストリートを歩いていった。
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