木苺ガールズロッククラブ

まゆり

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Seventh Affair by りり子

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 狭くてごちゃごちゃとした店が連なる竹下通りを抜けて、明治通りの交差点を渡ったところにあるオープンエアのカフェでりり子は石塚を待っていた。渋谷のあたりをうろうろして、高村たちに会ってしまわないために、原宿で待ち合わせをしたのだ。
 小学生の高学年から中学生のころは、原宿に行くのが楽しくて仕方がなかったけれど、歳を取りすぎてしまったのか、今はあまり行きたいとは思わない。ただ、ロリータっぽい格好をしていても浮かないので、居心地は悪くなかった。
 石塚が最初に「木苺ガールズ通信」の掲示板にコンタクトをしてきてから、すでに三週間近くになる。その間に、何度も電話をかけてきて、裸の画像を送れとか、電話口でオナニーしろなどとしきりに要求してきた。にもかかわらず、実際に会うことを持ちかけると仕事が忙しいことを理由にのらりくらりとかわされて、その後ぷっつりと連絡が途絶えた。単なる冷やかしか画像の収集が目的だったのか思い、石塚のことはあきらめかけていたころに再び電話がかかってきて、会いたいと言われた。
「木苺ガールズ通信」の掲示板は、あれからすごい勢いで業者の書き込みが増えたので、サーバーを移転した。そのせいか、石塚以外に偽中学生のみきと仲良くしたい男は出現せず、相変わらず高村に呼び出されてばかりだ。美人局はさせられることもあったけれど、ただ単に呼びつけられてキイチゴ城でやる気のないセックスをする日もあった。ただ、毎日のように何をしたかとか、誰と会ったかというようなことをしつこく聞かれた。プティ・フランボワーズの名簿のことや石塚のことはもちろん喋らなかった。お父さまとのことは、悪趣味なくらいに些細なことまで高村に報告した。高村をうんざりさせ、遠ざけるのがるのが目的だったが、残念なことにあまり効果はなかった。
 繭は、あれからしばらくの間、病院に入院した。退院してもまだあまり調子がよくないのに、やはり原田という脂性の男にしつこくされている。サキも相変わらずさつきに振り回されながら、髭剃り跡のあおあおとした松崎という男につけ回されている。
 道に面して、ふたつの椅子が横並びになった席に座って、ロイヤルミルクティを注文した。イヤホンを耳に突っ込んで、音楽を聴く。あれから、モトリー・クルーを聞きたくなって、アルバムをダウンロードした。ルックス・ザット・キル。秒殺のルックスを持つ女。
「みきちゃんかね」
 と、声をかけてきた石塚は、孫でも可愛がっていそうな、枯れたじいさまだった。
 メールの文章は、文面から脂がにじみ出てきそうなスケベジジイだったので、どこから見ても金持ちのジジイを想像していたのに、スーツもコートもほどよくよれ、磨り減った靴をはいている年金暮らしの老人のようだった。手に持っているハードタイプのアタッシュケースだけが、服装に不釣合いに新しく重そうに見える。
「石塚さんですか?」
 りり子は、白のファー付のコートの中に、春らしいピンクの細コーデュロイのワンピースを着て、髪をツインテールに結んでいる。子供のころのお出かけ服みたいな、白い襟と、三つのボタンが縦に並んだ丸ヨークと、カフスのところでぎゅっと絞るパフスリーブのついたワンピースだ。ブーツは目立つような気がしたので、春物のピンクのバレエシューズをはいてきた。目の粗い網タイツはこの時期にはまだ少し寒い。
「写真のとおりの可愛い子ちゃんだ。心臓に悪い」
 石塚は口元に好々爺っぽい笑いを浮かべて、りり子の隣に座り、りり子の脚の上に手を置いた。スカートの縁を手繰って、手を侵入させてくる。テーブルクロスのかかっていないプラスティックのカフェテーブルの下は、通りから丸見えのはずだ。
「石塚さんこそ、あんまり素敵なんでみき、どきどきして死にそうです。やだくすぐったい」
 カフェエプロンをつけた金髪のウェイターがやってきて、メニューを開いて石塚に見せる。石塚は平然と指をうごめかせながら、エスプレッソを注文した。
 石塚の指は、ショーツのクラッチのあたりに到達して、粗いネットの目を押し広げている。
「みきちゃんは、カラオケは好きかな?」
 りり子は時計を見た。まだ三時を少し回ったところだ。
「あのう、石塚さん、お仕事は大丈夫なんですか?」
 すぐにキイチゴ城に向かう予定で、繭とサキが待機している。
「ああ、今日は大きな取引をまとめてきたからもういいんだ」
「やだ、そんなことされたら、カラオケどころじゃなくなっちゃいます。渋谷の友達の家に来ません?」
「少し、ゆっくり慣らさないと。運動するときは準備運動をしろと医者に言われているんだ。歳だからね。みきちゃんを見ただけで心臓が止まりそうになったから、無理はしないことにするよ」
 りり子と石塚はカフェを出て、カラオケ店へ向かった。アタッシュのハンドルの脇には、ブラスでできた頑丈そうな三桁のダイアルロックがついている。これを破らなければ、プライバシーにはアクセスできないということか。楽勝だと思っていたが、なかなか侮れない相手かもしれない。プティ・フランボワーズの名簿には、ISDファイナンスという会社の代表だと書いてあった。明治通りを歩いていると、電子音のドナウ川の漣がどこからか聞こえてきた。石塚の携帯の着信音のようだった。石塚のポケットから出てきた携帯には、このあたりの雑貨店では見たことのない細密な模様が描かれた卵型の飾りがついている。石塚は、電話の相手に向かって、何度か相槌を打つと、携帯を閉じた。
「やだー、その卵、可愛い」
「ああ、イースターエッグなんだ。東欧のお土産」
 道の向こう側から歩いてくるふたり連れの女性が、りり子と石塚を見ている。咎めだてるような視線ではなく、軽く口元に笑みを浮かべている。仲のよい父と娘、あるいはおじいちゃんと孫に見えるのだろう。
「いいなあ、あたし外国なんていったことない」
「東欧はいいぞ。小さい子が買えるからね。みんな可愛くて。色が白くて目が青くてピンク色でつるつるなんだ」
 りり子は絶句した。こいつ、死んでいい。
 
 カラオケ店の個室に入って、飲み物を注文した。濃い紫色のソファに座って、りり子は曲目のリストを開く。石塚は本当にカラオケを歌う気で来ているのか? 真意がつかめないままリストをパラパラと見て、リモコンを使って得意な曲の番号を入力する。
 イントロが始まると、従業員が飲み物を持って現れた。なんとなく気後れして、出だしの四小節は歌わずにマイクをつついていた。従業員が防音の扉を閉めて出ていくと、石塚はりり子のパニエで膨らませたスカートを捲り上げた。
「無視して歌っててくれないか。なるべく反応しないで」
 カラオケに行って何もされないことなんてないと思っていたけど、やはり筋金入りの変態のようだ。石塚は、平静を装って、歌い始めたりり子の網タイツとフリルのついたショーツを下ろし、両手で膝を開かせた。カーペットに膝をつき、りり子のあそこを舐め始める。言われたとおりにりり子は石塚を無視して歌い続ける。石塚はカーペットの上にあったアタッシュケースをソファの上に持ち上げると、ダイヤルを操作し始めた。かちりと言う音がしてケースが開く。ボックスの薄暗い照明では、小さな数字ははっきりとは見えない。石塚はアタッシュケースの中から、ピンク色のローターを取り出した。それどころではない。ケースが開いているうちに番号を見て、記憶しておかなければ。りり子は体を起こし、ケースを閉じようとしている石塚の腰に手をかけ、ベルトのバックルを緩めた。
「そんなことしなくていいよ」
 六九七だった。引っ込みがつかなくて、石塚のスラックスのファスナーを下ろす。廊下を通りかかった従業員と視線が合う。ドアの上部にはガラスが埋め込まれているので、ボックスの中は外からも見えるのだ。トランクスの中央に盛り上がりはない。石塚はローターのスイッチを入れ、りり子の胸のふくらみの頂点にあてた。
「座って、曲の続きを歌って」
 と、りり子の耳元で囁いた。それから、立て続けに五曲歌わされた。その間にワンピースのファスナーは下ろされ、ブラのホックも外されて、ローターと舌で責められっぱなしだった。石塚が小用に立った隙に、メールをチェックして繭とサキに返信した。それからダイアルロックを開ける練習のつもりで、アタッシュケースを開けると、緑の文字で「エスエフティ・プロモーション」と書いてある白い封筒がふわりと落ち、中に入ってた紙片がカーペットの上に散らばった。慌てて紙片を拾い集める。奇妙な細工がしてある紙片で、細かい切れ込みの入った数字が入っている。紙片には約束手形と書いてある。全部で三枚あって、それぞれの金額は三千万が二枚、四千万が一枚。合計一億円だ。封筒に入れてアタッシュケースの中に戻す。現金ではないといえ、一億の金を持ち歩いているなんて、ゆすり甲斐があるというものだ。分厚い防音ドアが開き、石塚が戻ってきた。
「急用ができたから出かける。三十分ぐらいで戻ってくるけど、君はどうするかね?」
 と言って、石塚は腕時計をチラリと見た。せっかくのチャンスを逃したくない。
「ここで待ってます」
「みきちゃんはいい子だね。これを置いていってあげよう」
 石塚はりり子にローターを渡すと、アタッシュケースを持ってカラオケ店を出た。
 
 石塚はそれから四十五分後に戻ってきた。すぐにカラオケボックスを出て、表参道でタクシーを拾った。井の頭通りを代々木公園方面に向かう。遠回りをして場所を特定されないようにするためだ。タクシーの中で再度繭にメールを打った。木山パレスの外でりり子が現れるのを待っていてもらうためだ。
 着くとすぐに、用意してあったビールを冷蔵庫から出し、CDを数枚持って、寝室に石塚を案内した。石塚はまた腕時計をちらりとみると、すぐにシャワーを浴びるという。一緒に来いといわれたら嫌だと思ったけれど、ひとりでさっさと浴室に入っていってしまったので、りり子は、寝室に置かれたジャケットのポケットを探った。イースターエッグのついた携帯と、財布。一錠分だけ切り取られた錠剤の殻。つぶれた透明のプラスティックの部分は楕円のような、角を丸めたひし形のような形をしている。浴室からはまだシャワーの音が聞こえていたので、財布の中を開けてみる。数枚の名刺。ISDファイナンス、代表取締役という肩書きがついている石塚自身のものだ。あまりにシャワーが長いので、りり子はポケットの中身を元に戻すと、浴室をノックしてみた。相変わらず勢いのよい湯の音が聞こえる。ずっと湯を出しっぱなしにしているせいか、すりガラスを通してでも浴室が湯気で白く霞んでいることがわかる。返事がない。ドアを開けた。石塚は湯気の立ち込める浴室にうつぶせになって倒れていた。
「石塚さん、大丈夫?」
 シャワーの湯を止めて、石塚の肩を揺する。反応がない。まさか、死んでるとか。何かをつかみそこなったように軽く握られて、ガスの元栓のあたりに投げ出された手首を軽く握ってみた。拍動が感じられない。体をひっくり返して、左胸のあたりに耳を当てる。重石のように力ない体とは対照的な、赤紫色に硬直したペニスが生き物のように揺れる。心臓にも拍動は感じられなかった。本当に死んでいるのか? うそだ。生きているけど、ちょっとの間、心臓が止まっているだけなのではないか。いや、心臓が止まっているということは死んでいるということではないか。今までの行動を考えた。睡眠導入剤もまだ飲ませていないし、頭を殴ってもいない。りり子は何もしていない。心臓が止まりそうなルックスがいけなかったのか。カラオケで十二曲分、体を弄ばれて、こいつ死んでいいと思った。しかし、念力で人を殺せるような能力はさすがに持っていない。濡れた服に冷やりとした風を感じた。誰かが玄関を開けたのだ。狭いマンションなので、少しの空気の流れでも、あちこちに伝播するのだ。フローリングの床がかすかにきしむ音がする。
「りり子」
 小声で囁くサキの声だった。りり子は立ち上がり、浴室の外に出た。脚に力が入らない。
「なんだ、お風呂にいたの? どうしたの、服が濡れてる? おじさまはもうおねむかしら?」
 洗面所の入り口のところで繭が、たしなめるように言った。
「……うん。お風呂で……」
 死んでるのかもしれないと、言おうとした。喉のあたりが震えてそれ以上喋ることはできなかった。
「手のかかるおじさまだこと」
 と、繭は肩をすくめた。
「放っておいて、携帯と財布をチェックしちゃお。お偉いさんなんでしょ」
 サキは、りり子に背を向けた。
「ねえりり子、どうしたの? 何か変なことされたの? 顔色が悪いよ、服も濡れてるし、着替えたら?」
「……死んでるの」
 やっとの思いで声を絞り出す。
「え、どういうこと?」
 だから死んでるんだってば。りり子は浴室の方向をあごでしゃくった。繭が爪先立ちで浴室に足を踏み入れる。悲鳴が聞こえてきたので、慌てて浴室へ戻って、繭の口を手で塞いだ。誰かが取り乱し始めると、意外に冷静になれるものだ。サキがイースターエッグのついた携帯を片手に、浴室に駆け込んできたときには、りり子はかなり平静を取り戻していた。
「サキ、落ち着いて。叫んだりしないでね。おじさま、死んじゃったの」
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