木苺ガールズロッククラブ

まゆり

文字の大きさ
上 下
17 / 25
17

Seventeenth Transaction by サキ

しおりを挟む
 サキはICカードを使って構内に入り、携帯が鍵がわりになるコインロッカーを探した。人の波を掻き分けながら、駅員に聞いたとおりに急ぎ足で歩き、鮮やかなブルーに塗られたコインロッカーにたどりついた。
 モニター画面を操作して、空いているロッカーを探し、男の携帯の番号を入力する。割り当てられたロッカーに封筒に入れた五十万円を入れ、施錠すると、サキは男に電話をかけた。男が折り返しサキに電話をかけるまで、コインロッカーから離れるようにと言われたので、人の流れに加わって通路を歩いた。私鉄の乗換え口まで来てしまったので、キオスクの前で立ち止まり、緊張をまぎらわすために週刊誌を買った。電車の中吊り広告で、ネット詐欺に関する記事が掲載されていることを知り、読みたいと思っていたのだ。お金を払うときに、春らしいピンク色の服を着たモデルが微笑んでいるファッション雑誌の表紙が目に飛び込んできた。サキには無縁な平和な世界での女子たちは、春の合コンでひとり勝ちするため着こなしについて心を砕いているようだった。買った週刊誌をぱらぱらと開いてみたけれど、読む気にはならなかったので、ブリーフケースの中に突っ込み、男からの電話を待った。このまま五十万騙し取られるのではないかと、一秒ごとに不安になる。やっていることが矛盾だらけだ。サキのようなケースもネット詐欺に引っかかった事例として、記事に取り上げられているかもしれない。
 五分ほど経ったところで、男から、サキが五十万入れた同じロッカーを開けにいくようにという指示が出された。ほっとしたと同時に、みぞおちに嫌な感じの塊を感じる。人を殺す道具を手に入れるのだ。コインロッカーに戻り、携帯で電話をかけ、鍵を開ける。デパートの手つきの紙袋が入っている。ロッカーから出し、辺りを見回した。とにかく中身を確認しなければ。サキはトイレを探した。
 鏡の前に群がる化粧直しをする若い女性たちを掻き分けて、個室を待つ列に並んだ。まさか、防犯用のカメラはないと思うけど、盗撮用のカメラなどが仕掛けられていないかと、サキはあたりを見回した。置き忘れに見せかけた荷物など、怪しいものはない。
 やっと順番が回ってきたので、個室のドアを閉め、紙袋の中をあらためた。もっと、いかにも禍々しい鉄の固まりを想像していたけれど、不恰好に大きくて重い、昔の電化製品のような色合いの拳銃が姿を現す。片手で握ってみると、ずしりと重く、手首がふらつく。上部についている小さな突起物が安全装置なのだろうか。そもそも弾は込められているのかすらわからない。袋の中には、真鍮色の弾丸が並んだスティック状のものが入っている。弾丸は想像していたよりも軽い。
 サキは携帯を取り出し、男に電話をかけた。
「受け取ったわ。使い方を教えて」
「なかなか勇ましいお嬢さんだな。知らないのに買ったのか?」
「どうしても必要だったの」
「まあいい、グリップの下のところを開けてマガジンを装填しろ」
 ちょっとマガジンって何? 雑誌ならさっき買ったものがある。それをどうしろというのだ。サキが絶句していると、
「取っ手の下のところに、弾丸が並んでるトレーみたいなものを入れるんだ」
 と、男が呆れたように言った。取っ手の下を見てみると、男の言うとおりに開閉口がある。ちょうど弾丸の並んだ細長いトレー――おそらくこれがマガジンなのだろう――が入るぐらいのスペースが空いている。
「それから?」
「セイフティを解除して撃つだけだ」
「セイフティって?」
「……グリップの上の方についているレバーのことだ」
 レバーがあることを確かめる。赤い印のほうにレバーを倒すと弾が出るのだろう。
「それから、一発でも撃ったらすぐに捨てるんだな。拳銃を特定される」
 そんなことまで考えていなかった。さつきを助けるために、威嚇のための銃がいると思った。山根は殺してやりたいと思う。でも拳銃を撃つか、撃ったあとどうするかなんて考えてもみなかった。
「わかったわ。ありがとう」
 サキはそう言うと、電話を切った。安全装置をかけて銃をしまい、それでも暴発したらと恐ろしくなって、マガジンを引き出し、外から見えないようにポリ袋に入れてブリーフケースに詰め込む。個室を出るときに、順番を待っていた女の何人かがサキのことを睨みつけた。
 豊洲に戻るには、地下鉄に乗らなければならない。乗換え口の表示を見ながら通路を歩いていると、携帯にメールが着信した。三宅からだった。
<あの男、やっぱりあのビルに住んでるみたいです。食料品の袋を持ってビルに入っていきました。入れ違いに色の歳のいった黒いホストみたいな男が出て行きました。裏に車が停めてあったみたいです。紺のスポーツタイプのBMWでした>
 サキは通路の端に立ち止まった、色の黒いホストみたいな男は、栗田だろうか。
<これから三十分くらいでそっちに戻る>
 と、サキは返信した。
 山根がサキの手の届くところにいる。殺す道具は、手に入れたばかりだ。背筋に冷たい汗が流れ、サキは怖気を奮った。さつきは山根のところにいるのだろうか。もしいるのなら、乗り込んでいってさつきを解放させて、サキが残る。さつきは三宅につれて帰ってもらえばいい。ややストーカーの気はあっても、三宅なら信用しても大丈夫だろう。それか、繭に豊洲まで来てもらう。でも、とにかくさつきの居所を確かめなければ、どんな計画を立ててもまったく意味をなさない。
 地下鉄大江戸線の乗り場が見えてきたので、サキは歩調を速めた。
しおりを挟む

処理中です...