愛の献身

白崎ぼたん

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花踏み舞い

〈了〉..愛していました。

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 トウハは履き物を脱ぎ、裸足で宴席の中央に向かう。髪を解き、結いひもを額に結びつけた。
 あたりはしんと静まりかえっていた。家の者たちは、トウハが狂ったのではないかと思った。それほどに、トウハは静かであった。
 トウハ自身、これほどに心が凪いでいるのは久しぶりであった。諸肌を脱ぐ。トウハの上半身が、露わになった。男のように頑健になることもない、少年の体躯には、おびただしい裂傷の後が、赤い枝のようにからみついていた。皆、見てはいけないものを見るように、トウハの裸身を見ていた。
 トウハは、もはやなにも怖れるところはないと思った。手をのべると、ゆったりと舞いだした。

 白い。静かな舞であった。音さえ立たない。くるり、軸足に舞う動きに衣がついていく様さえ、雪がふるように静かだった。
 それは厳冬のなかの木を思わせた。花のつぼみを内に抱え、凍える時を燃えるように生きている。
 トウハの白い髪が、旋回の中、白く踊った。肌の赤い傷は、花を思わせた。それらを、飲み込むように、舞は幽玄にしずか――

 息をのみ、皆その光景に見入った。トウハは、ひたすらに白い時の中だった。体中がふわふわと、なにも感じない。時を無くしたかのようだ――

『トウハ、お前は筋がよい。時を無くし舞うように、「花」を踏め』

 アルグの言葉が、静かな間の内に降りてくる。トウハは手をのべ、それを握った。

「あれは――」

 それは剣舞であった。トウハの手に剣は握られていない。けれども、間違いなくそれは剣舞の動きである。白刃のひらめきを、トウハの動きの中に皆みとめることができた。花が咲く。赤き血の花が、しるべとなり、トウハの足下に。天を望むように咲く。それを、トウハは踏む。踏み、形無しの剣をふるう。花の赤い血が上る。また、咲く。踏み、舞う――
 トウハの肌に、玉のような汗が浮かぶ。傷跡が燃えるような紅へと変化する。それは、終わりの訪れ、始まりの息吹であった。
 皆、息を忘れてその舞を見守った。痛切な愛の叫びが、あたりにこだましていた。
 ニルは涙を流し、その姿を見守っていた。


 舞が終わる。トウハは地に手を着き、恭しく頭をさげた。
 どこからともなく、打たれるような拍手が起きる。それは雷撃のように激しかった。
 トウハは顔を上げ、美しく微笑する。そうして、此度の祝いの言葉を述べる。これには、夫君も顔を羞恥に赤らめ、礼をとるほかなかった。



 宴が終わった。ニルが、トウハのもとへ来て深く頭を下げた。
 それだけですべてがわかった。トウハもまた、彼女に微笑を返した。

 アルグ殿下。回廊を行きながら、トウハは彼の名を呼んだ。愛していました。きっとずっと昔から。あなたが私を男と扱ってくださった時から。
 けれども、あなたの行く先は、私の向かう先ではない。

「トウハ!」

 主の呼ぶ声がする。その後ろに、リウエの足音も聞こえる。トウハは、微笑し応える。あのとき、己は何者でもなくなった。そうして悟ることができた。私が生きていく未来は、それでも花を踏まぬ道。
 天に焦がれる花を、慈しみ護る道だ。あなたが、そうしたかったように。私があなたにしたかったように。
 だから私は護ろう。あなたの愛した者を、この命続く限り――

 トウハは、天を背負い笑った。


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