悪役令嬢に転生した俺は このままだと復讐に燃えるヒロインに殺されるので何とかしたいが、なかなか死亡フラクが消えてくれない。

ここはライトノベルの中

「キルシー様、お目覚めでございますか？」

　コンコンとドアをノックする音。
　部屋の扉の向こうで可愛らしい声がして、そのままドアが開かれる。
　現れたのは、コスプレとかでよく見かけるようなメイド服姿をした女の子だった。
　うん、多分、本物のメイドなんだろう、この屋敷の。

「おはようございます、キルシー様。」
「・・・あ、えっと、おはようございま・・・」

　・・・え？
　オレの名前って、キルシーなのか？

　思わず、そう叫んでしまって、失敗したと焦った。
　オレは今、お嬢様言葉で喋るべきなのに、ついうっかりいつも通りにしてしまった。
　と、思ったのだが。

「私の名前って、キルシーなの？」

　口から出たのは、ちゃんと女性らしい口調だった。
　何と便利な。
　どうやら喋り口調は、自動的に修正されるらしい。
　いや、それはともかく。

「キルシーって、もしかしてキルシー・レイブンハート？？」

　オレの問いかけに、メイドの女の子は不思議そうに小首を傾げて笑顔を見せた。

「ご自身のお名前をお忘れですか？朝っぱらからご冗談はおやめください。」
「あはは・・・えっと、ごめんなさい。」
「それより、ご支度を。お着替えをお手伝いいたします。」

　そう言って、彼女がオレの服を脱がしにかかるので、慌てて押し退けた。

「ちょ、ちょっと待って！！それより、今は一人にして！！もう少し一人で休みたいの！！」
「え？キルシー様？？どうされましたか？ご気分でも？？」

　オレはメイドの女の子を何とか部屋から追い出すと、ドアを後ろ手に立ち尽くした。


　キルシー・レイブンハート。
　その名前には、思いっきり心当たりがあった。
　それは、つい最近、読んだライトノベルの登場人物の名だ。

『私はあなたを許さない。二度目の人生で復讐を誓う』
　そんなタイトルだったと思う。

　主人公の名前は、ララベル・オーロラグロウ。
　清く、優しく、美しい聖女のような女の子で、キルシーは彼女の親友だ。

　いや、正確に言うと、親友という面の皮を被った悪女だった。
　ララベルはキルシーに婚約者も地位も名誉、財産まで奪われ、挙げ句の果てに命まで経ってしまうが、人生のやり直しの機会を得て、自分を死に追いやった親友へ復讐を遂げる。
　ライトノベルではお馴染みの、ざまぁ要素が痛快のストーリー。

　・・・なるほどな。

　オレはニヤリとした。
　この世界がどこだか、明確に理解した。
　つまり、ライトノベルの中。
　オレは、悪役令嬢キルシーに転生したワケか。

　どうせなら、主人公のララベルが良かったというのが、オレの率直な感想だ。
　裏切り者の親友へのリベンジなんて、気分爽快に違いなかったのに。
　残念ながら、オレは極悪非道の憎まれ役。
　物語的には、ララベルとダブル主演と言っていいかもしれないが、このままでは、人生2週目のララベルの復讐にあい、殺される運命が待っている。

　・・・まぁ、慌てる必要はないか。

　何せ、オレはライトノベル愛読者なのだから。
　この手の対処法は腐るほど、読んできた。

　こういう場合、「悪役令嬢」であることを放棄するのが得策だと知っている。
　この世界で、全ての元凶はキルシーだ。
　キルシーがララベルへの悪意ある行動をやめさえすれば、ララベルは絶望することもなく、死を選ぶこともないだろう。
　そうすれば、二度目の人生など、迎えることもないはずだ。

　オレことキルシーの生存戦略。
　それは、ララベルの恨みを買わないという一点に尽きる。

　簡単なことだ。
　ララベルの良き親友であり続ければいい。

　出来うる限り、ララベルに優しくしよう。
　もしかしたら、彼女と百合っぽい関係なんてのも、アリかもな。