AUPD-世界線の繋ぎ目に立つ警官-

からこて

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第32話 セイガとアマギリ②

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俺がAUPD第2課へ到着すると、
セイガさんはまた家に帰らなかった様で、局内の隅で無造作に寝袋が敷かれていた。

その上で、仰向けになりセイガさんが寝ている。

ああまた寝坊している、と思い見に行ったがその姿を見てドキリとした。

セイガさんは寝ながら静かに涙を流していたのだ。

俺がそんな彼を見るのは初めてで動揺した。
どう起こそうか迷っていると、彼は自然と目を覚ました。

数秒、ぼんやりと宙を見つめてから、俺がいる事に気付き寝ぼけ眼で言った。
「んー、おはよう。」

「あ、おはようございます。」
なるべく平静を装って挨拶を返すが、まだ彼の頬には涙が溢れていた。

「あの…すみません。セイガさん泣いてますよ。」
そう指摘して顔に指を指すと、彼はびっくりした様に手で涙を拭った。

「…あー、ちょっと思い出してきた。」
彼は手で目を拭いながら言った。

「元の世界の…夢を見てた。楽しかった思い出とか、色々…。」

そう言われて思い返す。

セイガさんがいた世界線で、彼は重要な分岐を握っていた。
彼が偶然世界線を越境していなくなった事で、世界線が収束してしまい、自然消滅してしまった。

「…戻りたいですか。」
俺の問いに、彼はしばし黙って天井を見つめた後、答えた。

「戻るも何も、もう無いんだから。空に手を伸ばしたって、風しか掴めないだろ~。」

俺はそれ以上何も言わず、少しだけ視線を落とした。



今日は「トラベラー移送任務」はなく、AUPD第2課の越境観測訓練、
通称「越境シミュレーター」の日だった。

この訓練は定期的に行われている。

どんな世界線に行ったとしても、我々が戸惑っているとトラベラーにも影響が出る。

自分の知らない他の世界線を知る事は、かなり重要だ。


シミュレーター室に移動し、装置をセットする。
ここでは仮想世界線への越境体験が可能だった。

対象の脳波と同期させることで、リアルな錯覚と構造変化を再現する。

俺は先ずプログラムに用意されていた、
「標準構成世界線 #015-B:地殻プレート移行型」と言う世界線へシュミレーション体験をした。


そこは灼熱の砂漠に都市群が浮いている。
シュミレーションとは言え、五感はリアルに再現される。
蒸し暑く、直ぐに汗が吹き出してきた感覚を覚える。

ここは人口管理がAIによって統括され人間は日々、
割り当てられた「思考課題」を提出することで生存が保障される社会だ。

あまりの暑さに建物内に入っても、涼しさは感じられない。
どこへ行っても暑さからは逃れられなかった。

行き交う人々は涼しい顔で通り抜けていく。

体内の感覚温度がプログラムによって始めから変えられているのか、
何かしらの装置で自分の体温を保っているのかと、色々と考察が捗った。

シュミレーションの世界線は、事前に少しの情報は教えられるが詳細は不明だ。

俺はそこで“違法越境者が残した認識痕”を探しながら、構文観測精度の向上を図っていた。

黙々と、忠実に。

———————


その頃、隣のブースでは。

【世界線 #777-F:ゼリーでできた街】

「 ははっ、なんだそれ。おもしろー!」

そこは全てがゼリー状の物体で成形されている世界線だった。

歩いてみても、地面がぷよぷよと動き中々上手く歩けない。
他の人がしている様に少しジャンプしながら歩くと、スムーズに出来た。

試しに近くの建物の一部を手でちぎり、食べてみる。

オレンジ色だったので、勝手にオレンジ味かなと思ったが、
食べてみたらびっくりする程味がなかった。

「ちぇ、つまんねーの。」


その後セイガはモニター端末のセーフガードを無効化し、勝手に“ランダム接続モード”を使用していた。

楽しそうな世界線を探し、越境体験モジュールの制限をすり抜け、
危険な世界線まで足を踏み入れていく。


世界線AQUA-Ex:すべての物理法則が液体で表現される空間。
世界線NEO-JUNK:廃棄電子の記憶だけで構成された都市
世界線UMAMI-4:人間の五感すべてが“味”で認識される

セイガは味覚で情報を処理する世界では自らの考えを“しょっぱい”で伝えるコミュニケーションに夢中だった。


「いいねー。いつもこんな楽しい世界線だったらいいのにな~。」

一通り色んな世界線を楽しんだ後、次の世界線へアクセスをしようとした。


だが、次にアクセスした【世界線GLOCK-V1】

【全てが“時間弾”として存在する空間】で、構文ループが異常増幅してしまった。

「わっ、やべ。これ……やりすぎた?」

セイガがそう言った瞬間、システムがエラー音を発した。

『システム異常。越境演算子、演算無限遷移に突入』

機械音がその言葉を繰り返している。
恐る恐る装置を見ると、機材が白煙を上げて停止していた。

越境シミュレーターがオーバーロードにより故障した。



「ねえ、俺、そこまで悪いことした? ちょっと遊んだだけでしょ。」

シュミレーションを真面目に取り組んでいた俺も、
セイガさんとバディと言うだけで、上司に呼び出され滅茶苦茶に怒られた。

俺全然関係ないじゃん、と説教中に思っていたが何故か上司は連帯責任の様に俺をも攻めた。

「何で俺まで怒られるんですか!」

堪らずセイガさんを睨むと「すいまーせん」とセイガさんは悪びれもなく返事をした。

「セイガさん、“ちょっと遊んだ”で観測サーバーが燃えたんです。
メモリも飛びました。今日1日で訓練データ12TB消えました」

俺は冷静に事実を告げる。
シュミレータを壊すなんて、結構な事件だ。

セイガさんには、経緯の報告書と反省文の提出が命じられている。
隣の席で、だらだらと反省文を書いているセイガさんの端末を勝手に開いて伝える。

「反省文は文章は8000字以内で、4000字以上。ついでに再発防止策も書いてください」

俺は苛立ちをぶつける様にセイガさんへ言った。

「文字制限なんかあったっけ!?」

そんな制限はないが、それ位書けと思い俺は嘘をついた。



セイガさんが反省文と格闘していた間、俺は黙々と彼が壊した越境シミュレーターの再構築をしていた。

一通り元に直した時に、ふと思いついた事を実施する。

プログラム層に「対セイガ用フィルター」を独自に実装してみた。

あの人の“突発的な好奇心”で非許可世界線にアクセスした場合でも、
クラッシュしない様に“耐性スクリプト”を走らせた。

流石の彼も暫くは大人しく訓練する筈だ。
だが、多分近い未来、また遊び始めるだろう。
その時にまた故障しない様に徹底したプログラムを書いた。



反省文を書き終えたセイガさんがこちらに向かってきた。
彼は上司から、反省文を書き終えた後にシュミレーターの復旧を命じられていたのだ。

「え、アマギリが直してくれたの?」

驚いた様にそう言う彼に、コクリと頷く。

その後、セイガさんはシュミレーション装置を起動し、
先ほどクラッシュした原因の世界線へ飛び、構文ループが異常増幅する世界へ再度アクセスをした。

「…なんか、バグっても落ちなくなってる。これプログラムし直してくれたの~?」

装置を外したセイガさんが、キラキラした目で俺を見てきた。

「あのね、あんたが馬鹿な事すると、俺も怒られるんですよ。分かります?言ってる意味。」

俺は冷たくセイガさんを見ると、
彼はおろおろしながらポケットに入れていたラムネを俺に差し出した。

「アマギリ様!すみませんでした!」

大きな声でそう言うセイガさんに、ため息をついてラムネを受け取った。

「訓練は、ちゃんとして下さい!」

全く。これじゃあどっちが上司か部下なのか分からない。


世界線の繋ぎ目に立つ二人は、今日もそんなやり取りを交わしていた。

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