AUPD-世界線の繋ぎ目に立つ警官-

からこて

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第38話 知らないあなた

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私には兄がいた。
少し歳が離れていた事もあり、兄は私の事をとても可愛がってくれていた。

それは小さな頃だけではなく、
私が高校に入学する頃になっても、兄は色んな相談に乗ってくれた。

「不安な時は兄に頼れば全部上手くいく」

ずっとそんな感覚を持って生きてきた。


でも、3年前の夏。
兄はバイク事故で亡くなった。

友達とツーリンクに行った時、最初は晴れていたが途中から雨が降っていたそうだ。
雨足が強くなり、休憩をする為に飲食店へ向かっていた道の最中。

雨で地面が滑り、カーブを曲がりきれずに兄はガードレールに衝突した。

勿論雨には気をつけて運転していたので、速度は決して早くなかったらしい。
でも、ぶつけた際の衝撃が強く兄はそのまま亡くなってしまった。


兄の遺体を見た時の衝撃は、一生忘れる事は出来ないだろう。
血の気のない白くなった肌、眠る様に閉じられた瞼。
魂や心が抜けた、ただの肉の塊になったその姿。


火葬が終わった後、皆で兄の骨を長い箸で壺に入れた。

私にとって初めてのお葬式だったし、人の骨を見るのは初めてだった。

これが兄なのか。
その現実味の無さに、私の気持ちは追いつかず泣く事すら出来なかった。
ずっと気持ちの整理が出来ず、ただ淡々と日々だけが過ぎていった。

そこからずっと、心のどこかが空っぽになっていて、それは誰にも埋められなかった。


その後私は高校を卒業し、これから大学に通う予定だ。
地元の大学で、実家からでも通う事は出来たが一人暮らしをする事にした。

正直、兄のいたあの家は私の心をすり減らした。

家の中は兄の痕跡でいっぱいだった。
兄の記憶が毎日思い出されるのも辛かったし、
それがどんどん薄れていく感覚も嫌だった。

絶対に絶対にあり得ないのに、いつか帰って来るんじゃないかと淡い期待をしてしまう。



「まだお兄ちゃんの事、受け止められない?」
カフェでフラペチーノを飲みながら、親友のミクがそう言った。

私は自分のドリンクを少し飲んで考える。

「…ちょっと、もう少し時間がかかるかも。」
照れ笑いしながらそう伝えると、ミクは「そっか。無理しないでね。」と言った。


「そう言えば、住むとこ決まった?」

その言葉に私は携帯を取り出し、画面をミクに見せた。

「ここ。迷ってたけどこの2LDKのマンションにしたよ。
内見一緒に行ってくれてありがとう。」

「あ!やっぱここ良かったよね!」
ミクが嬉しそうに言う。

ミクと私で4軒程内見に行って、予算内に会う素敵な部屋を見つけた。
日当たりも良く、リフォームされた直後なので新築物件の様に綺麗な部屋だった。

「でも、ヒナと大学は違うから、今みたいに直ぐに会えないね。」

そう言ったミクは悲しそうだった。
彼女は私とは違い、地元から遠い大学に通う事になっている。

今までは連絡すれば直ぐに会える距離だったのに、
これからは会う頻度も少なくなっていくのだろうか。

「…やっぱり、ミクと一緒の大学行けば良かったな。」
兄が亡くなった後も、ずっと支えてくれていたミクの存在に私がどれ程救われた事か。

「大丈夫、何かあったら直ぐ連絡してよ。ダッシュで駆けつける!」
そう言って彼女は笑った。



「じゃあまたね。明後日、10時位に引っ越しの手伝い行くから。」

ミクと手を振り合いカフェの前で別れた。

明日不動産の人と会い、鍵を貰う予定だ。

一人暮らしなんて初めてなので、わくわくする気持ちも不安な気持ちも半々にある。
家具などはネットで購入しており、入居後に届く予定だ。
明後日は両親とミクが協力し、服や小物などを新居に持っていく予定だった。

ある程度ダンボールに詰めているが、明日までには全部行う必要がある。
兄と関わった物は全て実家に置いていくつもりだ。


考えながら歩いていたら、ポツリと雨の雫が頬に当たった。

最初は直ぐに止むかなと考えていたが、雨足は強まり続け
最終的にはバケツをひっくり返した様な大雨になっていった。

「わー!もう!何で急に降るかな…。」

全身びしょ濡れになりながらも、近くのお店の軒下に移動した。

濡れた服を鞄の中にあったハンカチで拭く。
それでも濡れすぎていて服が肌にへばり付いた。

近くにコンビニもないので、傘は買えない。

暫くここにいて、雨足が弱まったら帰宅しよう。
そう思って空を見上げた瞬間、強烈な眩暈に襲われた。
全身が逆立つ様な不思議な感覚で、急に地面がぐるりと反転した。



「え…。ここどこ?」

私は周りを見渡して呟いた。

ここは住宅街の様だが、周りの建物が全て神社の様な建物だった。
古びた木造の建築で、どの住宅にも入り口には白い鳥居があり玄関にはしめ縄がついている。

でも誰もいない。
家の中にいるのかもと思ったが、何故かそんな感じはしなかった。


ここでは人の気配が全く感じられなかった。


少し歩いていくと、ここら辺で1番豪華な神社を見つけた。
もちろん入り口には鳥居があるが、これまでと違って朱色の鳥居だった。

怖く思いながらも鳥居を潜ると、両脇に狐の置物が置いてあった。

「誰か、いませんか…?」

少し大きな声を出してみたが、私に答える人はいなかった。

どうして私はこんな所にいるのだろうか。
考えても考えても答えは見つけられなかった。


それからその場を離れて、先ほど来た道を戻った。
1軒1軒誰かいないか確認したが、玄関にチャイムすら無い。
その場で声をかけるも、やはりどの家も人がいる気がしなかった。

諦めて色々な場所に歩いていったけど、やっぱり人がいなかった。

何か変だなと思い空を眺めると、薄い紫色をしている。
こんな空模様も見るのは初めてだった。
雲もない。ただ薄い紫色をベタ塗りした様な奇異妙な空だった。

それも合い極まって、私は段々と恐怖心が強くなっていった。

「誰でも良いから、出てきて!お願い!助けてください!」

私は大声で叫んだ。

だが、私の声は誰にも届かなかった。

堪らずその場にしゃがみ込む
私はどうなってしまうのだろうか、そう考えると共に私は涙が溢れくる。



「大丈夫ですか?」

急に声をかけられてパッと目の前を見ると、男性が立っていた。

人がいる。
それだけで一気に安心感が湧いて来る。

「我々はAUPDです。私がアマギリ、こちらがセイガさ…」
「ここ何なんですか!私頭がおかしくなったんでしょうか!?」

彼らの自己紹介も終わらぬ内に、私は問い詰める。
ようやく話が出来る相手が現れて、私は矢継ぎ早に質問した。

「何で誰もいないの!?どうしてこんな所に来ちゃったの!?」

泣きながら叫ぶ私に、セイガさんがまず落ち着いてくれと言った。

「君は今、別の世界線に飛んでる。それを限りなく元の世界に戻すのがAUPDの役目だ。」
「別の、世界?」

「そう。今は君が生きてた世界と、違う場所にいる。」
セイガさんは冷静に伝えたが、私は頭の中がパニック状態だった。

次にアマギリさんが説明する。
「あの、あなたがいた世界線を仮に世界線Aとすると、今世界線Zにいます。
なので限りなく近い世界線A +に移送させて頂きます。」

「…限りなく近い?」
私は不思議に思い尋ねる。

「そうです。今の記憶を持ったまま元の世界線に戻ると矛盾が生じますので、
99.9999%元の世界線に近い所へ移送する事になります。
微小な数字ですが、交友関係やあなたの身の回りの事で、
今までの世界線とは違う事もあると思います。」

アマギリさんはそう言った。

「それを分かった上で元に戻したいんだが、いいか?」
セイガさんが真っ直ぐ私を見つめて言った。

咄嗟にミクの事を思い出す。
もし移送された後、ミクが親友ではなかったらどうしよう。
1番大切な存在だったのに、違う結果になったらどうやって生きていけば良いのだろうか。

「悪いが、行ってみないと分からない事も多いんだ。でも君は行かなければいけないよ。」
心の中を覗いた様にセイガさんに言われてドキッとした。

「…分かりました。」
私は長らく考えた末に2人にそう告げた。

兎に角ここから出なければいけないし、私には1つの選択肢しかないのだ。

「じゃあ、今から移送します。」
アマギリさんがそ告うげた。



気づくと、先ほどまでいた店の軒下にいた。
胸に手を当て、脈を確かめる。

多分ここは、移送された世界だ。

私は急いでミクに電話をする。

「どしたー?カフェ出てから凄い雨だったけど大丈夫?」

電話口から聞こえた声に心底安心した。
良かった。ミクはミクのままだ。

それから少し話をしたが、変化は見られなかった。
「明後日、引っ越しのお手伝いよろしくね。」
そう言って電話を切る。

雨も先ほどよりは弱まっていたので、
私は家まで走って帰った。


「あら、びしょ濡れじゃない!」
帰ったら母親が私の姿を見て驚いた。

「うん。急に雨降っちゃって。」
私は母の様子も変わっていない事に安心しながら言った。


そう思った直後、リビングから聞こえてきた低い声が耳を貫いた。

「ヒナー?言ってくれば迎えに行ったのに。」

それは兄の声だった。
3年前、葬儀まで終えたはずの人間。

その呼びかけがあまりに自然で、私は足がすくんだ。



兄は健康そのものだった。

私は戸惑いを隠せず、兄の顔を何度も見つめた。

「どうした?」
そう言って笑いかける兄に、違和感しかなかった。

シャワーを浴びた後、母親に呼ばれ両親と兄と私で夕飯を食べた。
両親との話を聞いていく限り、
今の兄は、大学院でロボット工学を学び、休日はバイクで遠出をしているらしい。

食卓で兄は私の箸の持ち方をからかい、昔話を当然のように語る。

だが私は頷き方を忘れたように、ただ笑うことしかできない。

「覚えてる? 高校の運動会で俺がリレーで勝ってさ。」
「……うん、覚えてる。……たぶん」

私の中の記憶の引き出しに、その映像はない。

“兄が生きている歴史”が、私には空白なのだ。



次の日、バイトを終えて家に戻ると兄のヘルメットが玄関に置かれている。

帰ってきた気配を感じるたび、心がざわめいた。
本来なら嬉しいはずの“ただいま”が、喉につかえる。


その日の夜、思い切って理由を話そうとした。

「お兄ちゃん、あのね…。」

「ん?どうした?」

兄がこちらを見る。
言おうと思った。でも、口が震えて話す事が出来ない。

「……ごめん、私、うまく話せなくて。」

兄は冗談っぽく笑い、私の頭を撫でた。

「お互い大人だし、無理に合わせなくていいさ。」

——合わせなくていい。
その言葉が、逆に距離を決定づけた。


引っ越しの日。
準備を終え、ミクを待っていると兄も大きな荷物を玄関先に次々と並べていった。
私の分だけじゃない、兄の物だ。

「あー、実家生活もこれで終わりだけど、ヒナと暮らすから寂しくはないな。」

兄が隣で呟いた。

「え、ちょっと待って?一緒に住むって事…?」
私が驚いた様子で話すと、兄も驚いた様に言った。

「え、え、今更やっぱヤダとか言うの!?」

その言葉に、私はもう何も言えなくなった。



翌週、兄は実験室に寝泊まりすると言い、家を空けがちになった。
LINEの既読はつくが、返事は短いスタンプだけ。

私も返信を考え込む時間が増え、やがてメッセージを送らなくなった。


「ここ」の現実には、あの日事故は起こらなかった。


雨が降りそうだからと友達と相談し、前日にツーリングは中止になったそうだ。

なので、事故は起こらなかった。
兄は死ななかった。


でも、私が抱えてきた喪失感を共有する人は“ここ”にいない。
喜ばしい事の筈なのに、それでも私だけがずっと胸の痛みを覚えていた。


私はそんな兄と、どう接していいのか分からなかった。

私の知らない空白の記憶が、ずっと私を苦しめた。



季節が替わり、兄からメールが届いた。

「研究に集中したいから、しばらく実家に戻る。元気で。」

短い文と、スタンプの親指。

そこに怒りも悲しみも滲んでいなかった。


あれから兄との関係はずっとぎこちないままで、
すべての言葉が“他人行儀”になっていくのを感じた。


「うん。がんばって」

それだけ送り、携帯を伏せた。

返信を告げる受信音は鳴らなかった。



夜中、静まり返ったリビング。

私はテーブルの上の写真立てを眺める。

高校の入学式、兄妹で写った一枚。

だが視線を外すたび、兄の顔に“薄膜”がかかったように感じる。

「……バイバイ」

声に出してみる。

誰もいない部屋で、別れの言葉だけがはっきり響いた。

私の胸には「亡くなった兄」「生き返った兄」そして、「再び離れていく兄」

3つの喪失が重なり合い、静かに沈んでいった。

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