45 / 50
第44話 推しの名前
しおりを挟む「エル!オー!ブイ!イー!輝け!SHIKI!」
狭いライブハウスの中、
ポップな歌声と観客達の声援で会場は大盛り上がりを見せていた。
皆メンバーのカラーのペンライトを持ち、
曲の間には一斉にコールをして、会場は一体感に包まれている。
このステージに立っているのは、1年前にデビューした
『すたあ☆らいと』の5人組のアイドルだ。
俺が5人の中で1番推しているのは「SHIKI」。
メンバーカラーは黄色で、センターに立っている女の子だ。
彼女と出会うきっかけは、友人にライブに誘われた事だった。
今まで会社一筋で趣味と言う趣味もなく、休日はたまに映画に行く程度だった。
だが、初めて彼女を見た瞬間から、まるで一目惚れの様に惹かれていった。
勿論アイドルと付き合えるかも、なんて思ってはいない。
そんな不純な動機は一切無く、一目見た瞬間に、
「この子をもっと輝かせてあげたい」と思ったのだ。
世間から見れば、良い大人が年頃の女の子に熱中して
気持ちが悪いと思われても仕方ないのかもしれない。
でも、俺は単純に彼女のファンなのだ。
「あ~、ムラタさんだ~!また来てくれたの?ありがとー!」
SHIKIがそう言って手を振ってくれた。
ライブの後にはチェキ会と言う催しがある。
1枚1000円で、お目当ての子と写真が撮れるのだ。
俺はチェキチケットを10枚買っていた。
「うん。今日のライブも凄く良かった!高音が綺麗に出る様になったね!」
俺がそう言うとSHIKIは喜んで
「分かる?練習いっぱいしたんだ!」と笑った。
10枚チェキを撮った後、「また来るね。」と彼女に告げて会場を後にした。
「じゃあ、かんぱーい!」
「かんぱーい!」「乾杯!」
次に行ったのは、いつも行っている居酒屋だ。
何度もライブ会場に足を運んでいると、同じSHIKIを推す仲間と自然と仲が良くなる。
SHIKIファンクラブ(非公式)代表の、
サカキさんと仲が良くなってからは益々推し活が充実した。
新曲が出る度に、我々でコールを考えるのだ。
自分たちの団結力をSHIKIに届ける事が出来るし、
応援している気持ちは直に彼女に届いてくれる筈だ。
「今日のSHIKIも最高でしたね。あの高音聞きました?」
同じファンクラブのコトウさんが皆に尋ねる。
「あ、今日直接SHIKIに聞いたんですよ。練習めっちゃ頑張ったらしいです。」
俺がそう言うと、皆「おおー。さすがSHIKI。」と同調してくれた。
「SHIKIちゃんも欲しい物リスト公開してくれたら好きな物送るのにな。」
隣に座っていたドイさんが言う。
他のメンバーはうんうん、と頷いていたが、代表のサカキさんは
「欲しい物は、自分の力で買わなきゃ意味がない。
…そう言って、彼女はその信念を貫き通しているね。」と言ってビールを飲んだ。
以前から彼女はSNSでそう発信していた。
グループ内の他のメンバーは、普通に欲しい物リストを載せているので、
他の子を推しているファンからはSHIKIを批判する声もあった。
だが俺たちは、そんな彼女をカッコいいと思っているし、誇らしくもある。
だからこそSHIKIは推せるのだ。
「じゃあ、また次のライブで。」
「おつかれっしたー!」
我々は居酒屋の前で別れた。
俺はイヤホンをして、『すたあ☆らいと』の曲を聞きながら家に帰る。
結成して1年、俺が推し始めて10ヶ月。
時が経つのは早い物だ。
だが、歩いて数分したところで、俺の目の前がぐにゃりと揺れた。
酔いすぎたのかな、と一歩足を踏み出したところ、世界が反転した様に思えた。
「どこよ、ここ。」
俺が立っていたのは当たり一面砂しかない所だった。
上を見るも、太陽は緑色をしていて空は夕焼けの様に真っ赤に染まっていた。
「…気持ち悪い色だなあ。」
どこを見ても建物はおろか、人すらいない。
砂を踏む感触だけはリアリティがあるが、
目の前の光景が非現実的過ぎて、逆に面白い。
「まあ、夢だろ。現実の俺は道端にでも寝てるのかな。」
そう言って俺は歩き出した。
腕にしていた時計を見ると、秒針が異常なスピードで回っている。
少し見ていただけでもう1時間時が進んでいた。
「壊れてんのかなあ。ま、いっか。」
それから暫くは当ても無く歩いた。
時計が壊れているので正確性はないが、感覚的には恐らく20分程歩いたと思う。
どこまで行っても砂、砂、砂。
地平線の見える限り、建物は全くない。
緑色の太陽の光は、特別暑くもなく涼しくもなく、湿っぽさも無かった。
歩くのにも疲れたし、やる事もない。
スマホを取り出したがディスプレイは表示されなかった。
電池切れではないと思うが、電源ボタンを長押ししても真っ黒のままだった。
「……諦めない、それが私達、すたあ☆らいと~。」
俺はその場で座り、口ずさんだ。
暇を持て余した俺は、
脳内に響く曲を思い出しながらいつの間にか熱唱していた。
「だから!こそ~あなたが私たちを~輝かせて~!
ひーとりー泣いている空は~似合わない~!」
歌っているとどんどん楽しくなっていき、
俺は合いの手のコールを入れながら歌った。
「セイガさん…彼は何故変なイントネーションで大声を出しているのですか?」
少し遠くで大声を出す彼を見つけ、俺は意味が分からず立ち止まった。
「あれはな、歌だよ。歌。言葉と音が組み合わさったのが、歌。」
セイガさんは「そーう、これがうた~なのです~。」と変な抑揚で話し出した。
ああ、以前誰かが言っていた「音楽」という物だろうか。
暫く2人で彼を見守った。
セイガさんは笑いが隠し切れておらず、たまにふふっと笑いが漏れていた。
「…あ、終わりましたよ!行きましょう!」
彼の歌が終わった瞬間、俺とセイガさんは彼に向かって走った。
「あの~、すみません。AUPDと申します。」
俺の前に急に2人組の男が現れた。
「え!誰?えーゆー?」
「AUPDです。私がアマギリで、こちらがセイガさんです。」
セイガと言う人が、「あなた~歌が~うまいですね~。」と歌った。
「え!え!もしかして聴いてました!?」
俺は恥ずかしくなって手で口を押さえた。
「もーばっちり。聞こえてたよ。楽しそうでなにより。」
続いてアマギリと名乗った人が、
俺は今別の世界線におり、これから限りなく近い世界線へ移送するとの事だった。
今の記憶を持った俺を元の世界線には戻せないので、99.999%近い世界へ戻すらしい。
「アマギリさん、俺大好きなアイドルがいるんですが、何か変わっちゃうんですか。」
アマギリさんは、目を顰めて「………アイ…ドル…?」と呟いた。
「あのな、アマギリじゃなくて俺から話すわ。」
セイガさんがアマギリさんを後に押して話し始めた。
「正直、帰ってみないと分からん。そのアイドルの子の0.0001%思考が違えば、
アイドルじゃなくて違う道を選ぶ可能性もある。君の交友関係も少し変わるだろう。」
俺はそれを聞いて、少し悲しくなった。
もしもアイドルを選ばなかったSHIKIは、一体どんな職業についているのだろうか。
アイドルでなければ、会う事も出来なくなってしまう。
だが俺に残された選択肢はない。
彼らの力を借りて、限りなく近い世界線へ移送されなければいけないのだ。
「分かりました。ではお願いします。」
そう言って、固く目を閉じた。
気がつくと、家に帰る途中の道に戻っていた。
耳元のイヤホンからは曲が聞こえ続けている。
スマホも普通に使えた。
腕時計を確認すると、時計は狂っておらずちょうど今の時刻を差していた。
「不思議な体験だったなあ。」
そう呟いて、家に帰った。
だが、家に着いた瞬間、俺は違和感を感じて部屋の棚を見た。
マフラータオルやアクリルスタンド、大量のチェキを保管している棚なのだが
何故か「SHIKI」の名前が「SIKI」名義になっている。
まるで今までもそうでしたよ、と言わんばかりに身に覚えがある写真のサインも
「SIKI」と書かれていた。
「えええええ、これ彼女だよな!?でも何で名前が?」
そこでふとあの人たちが言っていた事を思い出す。
限りなく近いけど、ちょっと違う世界線。
この世界線で、SHIKIはアイドルのままで『すたあ☆らいと』のメンバーであるが、
名前のスペルだけが違っている様子だ。
俺は、彼女がアイドルをしている事に先ず感謝した。
次の公演は土日を予定している。
俺は月曜日から金曜日まで
ちゃんと仕事には行ったが、内心気が気ではなかった。
チェキを見る限り、彼女は彼女のままだ。
SNSも隅から隅までチェックしたが、欲しい物リストは載ってないし、
この世界ならではの目新しい情報も見つからなかった。
でも兎に角この目で確かめたかった。
土曜日になり、俺は緊張しながらライブ会場に足を運んだ。
会場付近にはファン達がおり、入場を待っている。
「あ、ムラタ氏、こっちこっち!」
代表のサカキさんが大声で俺を呼んだ。
駆け足で向かうと、周りにはいつものSHIKI応援メンバーがいた。
「何でそんなに汗かいてるの?」
サカキさんが俺を見て笑う。
メンバーのTシャツは、いつも通り同じ黄色で揃っていた。
でも、ロゴは「SIKI」に変わっている。
自分の交友関係も、仕事での立ち位置等も何も変わっていない。
ライブが始まり、皆一斉にメンバーの名前を呼んだ。
それに応える様に次々とステージにメンバーが集まる。
「SIKIーーーー!」
黄色の応援団が一斉に叫ぶ。
ステージに現れた彼女「SIKI」は紛れも無く「SHIKI」だった。
そのまま爆音が流れ、曲が始まった。
皆、ペンライトを掲げて会場全体が盛り上がる。
「ムラタさん、大丈夫?」
微動だにせず動かない俺を心配し、
ドイさんが耳元に近づき声をかけてくれた。
「…ごめん、大丈夫!」
彼女は彼女だ。もう何も気にする必要はない。
俺はそのままステージに叫んだ。
「エル!オー!ブイ!イー!輝け!SIKI!」
0
あなたにおすすめの小説
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
「魔物の討伐で拾われた少年――アイト・グレイモント」
(イェイソン・マヌエル・ジーン)
ファンタジー
魔物の討伐中に見つかった黄金の瞳の少年、アイト・グレイモント。
王宮で育てられながらも、本当の冒険を求める彼は7歳で旅に出る。
風の魔法を操り、師匠と幼なじみの少女リリアと共に世界を巡る中、古代の遺跡で隠された力に触れ——。
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる