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第46話 喧嘩上等
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俺の通っている高校は、アウトローな奴らばかりだ。
まあ地元では有名なバカ高校で、
「碌な奴はいない」「頭がおかしい」「喧嘩だけは強い」
そんな下世話な評判の高校だった。
俺もテストとか勉強とか、
全くしてこなかったので入れる高校なんてここしかなかった。
入学式ではリーゼントやオールバック、長髪や刈り上げ姿の男達が
右を見ては左を見てはとメンチを切りまくっていた。
ヤクザの学校かよ、と思うほどのメンツばかりで、幸先が不安になった。
ただ、そんな奴らでも
他校との喧嘩になれば共に戦う戦友になるし、皆根は優しい。
自分たちの仲間がやられたらやり返す。
たったそれだけの事だが、自分が痛い思いをしてでも仲間を思い喧嘩をするのだ。
一度仲良くなってしまえば、皆がダチだ。
クラスの中で大体5人組くらいのグループが出来、リーダーみたいな奴がいる。
そんなリーダー同士で揉める事もあるが、喧嘩で勝った方がリーダーになる。
そうしてどんどん勢力が増していくのだ。
俺は根っからの悪童で、昔から喧嘩しか取り柄がない。
なので必然的にクラスの中心のリーダーになっていたし、
別の高校の生徒からも恐れられる様になっていった。
ただ慕われるのは良いが、取り巻きみたいな事をするやつは嫌いだった。
ダチ同士、一緒のレベルで上も下も関係ない。
俺がそう言った性格なので、自然とクラスの皆も上下関係なく平等になっていた。
「ウサギ、単位やばくね。」
俺は久々に登校した男に声をかける。
そいつは兎谷(うさぎだに)と言った珍しい苗字で、皆からはウサギと呼ばれている。
「ヨウさん、久しぶり~。ちょっと怪我して登校出来なかったんですよね~。」
ウサギは頭に包帯、頬にも大きなガーゼをつけており、右足がギブスに巻かれていた。
「おい、オメー誰にやられた?」
俺の凄んだ声に一瞬クラスが静かになった。
喧嘩の気配を感じると皆がピリピリし出すのだ。
「…いや…、あのー。藤が丘高校の2年です。
俺が悪いんすよ、そいつらの中の誰かの彼女寝とっちゃったみたいで。」
そこで聞き耳を立てていたクラス全員が笑った。
「ばあーか!マジで自業自得じゃねーか!ははは!」
普通なら敵討とでも言い、喧嘩しに行くものだろうが、
付近の高校間で明確なルールが1つだけある。
それは「女性に絶対に手を出さない事」。
女性を人質に取るのも厳禁。
喧嘩に巻き込むなんて事は絶対にしない。
ましてや人の彼女を寝取るのなんてもっての外だ。
女性を理由に仕返しの喧嘩をふっかけるのも禁止されている。
何代目か前のリーダー達が、ここらの地域でそれを厳格にルール化した。
それは他の高校にも勿論伝わっている。
代々継がれたこのルールを破るものは殆どいない。
それは漢としてやってはいけない事だと皆が理解しているからだ。
ウサギは机を叩きながら、熱弁した。
「いや、知らなかったんだよ。ホントに!
てかカヨちゃんが誰とも付き合ってないって嘘ついてたんだよ~!」
俺はそんな様子を見て笑った。
「カヨちゃんが誰だかしらないが、相当な悪女だなあ。」
クラスの1人が教科書を細かく破いてウサギに振りかけた。
「祝!失恋!どんまいー!」
その様子にクラス中が笑った。
「ああ~行きたくね~。」
俺は目覚ましを止めて洗面所に向かった。顔を洗って歯を磨く。
そしてポマードを使いオールバックの髪型にセットした。
地元の中学では、高校に行かずそのまま就職した奴らも多い。
だが俺は進学の道を選んだ。
中卒では働き口が一気に狭まる事を知っていたからだ。
将来の事なんて未知過ぎて頭に浮かばない。
でも一応高校までは卒業しておきたかったので今こうして支度をしている。
母は仕事でもう出掛けていた。
喧嘩ばかりの息子に愛想が尽きた様で、今ではあまり会話もしない。
だが、高校の学費は出してくれているので、そこは有り難く思う。
改札を通り抜け、あくびをしながら電車に乗った。
そして次の駅に停車した時、彼女が電車に乗ってくる。
俺は少し遠い所から彼女を目で追った。
話しかけた事もない。
彼女の名前すら分からない。
制服で高校名は分かるけど、彼女も俺を知らない。
俺は彼女に一目惚れをしていた。
毎朝、一緒の電車に乗る。それだけで幸せだった。
遊び目的の女なら沢山いるのだが、彼女はそうではない。
そうなりたくない、させたくない。
不良が何を言っているのだ、と思うだろうがそれでいいのだ。
見て、嬉しく思う、それだけで十分だ。
…でも欲を言えば、名前くらいは知りたい所である。
無事本日の授業を終えて、隣町へ仲間と遊びに行った。
今日は新しく出来たラーメン屋へ行く予定だったのだ。
だが、近くの公園から怒声や呻き声が聞こえ、皆走り出した。
公園に着くと、自分たちと同じ制服を着た3人組が、
他校の生徒に殴られているのを目撃した。
「おい!お前ら1年か!?」
直ぐに相手を殴り倒し、倒れている男に声をかけた。
「1年です。急に…からまれて…。」
そう言って立ち上がりながら鼻血を拭った。
相手は5人。
俺たちは5人+1年の3人。
数で勝負するのは卑怯だが、急にからんだ奴らが悪い。
「てめえら覚悟しろや!」
俺の怒声と共に、仲間達が瞬時に動いた。
「あ?お前がリーダーか?」
金髪のブレザー服の男が俺を指差した。
多分こいつがこの中のボスだろう。
「ああ、こいや!」
リーダーは1対1で戦う。これも我々のルールだった。
俺はそいつの顎下に行き、拳を上に挙げた。
ゴキ、と手の甲が骨にぶつかる感触がする。
だが、それと同時に何か地面に引っ張られる様な感覚がした。
それは気のせいではなく、何故か目の前がくらりと反転する。
その間に頭でも殴られたのだろうか、少し意識が遠くなるのを感じた。
気がついた時、俺は奇妙な空間に来ていた。
仰向けになり空を見上げている筈が、水族館の様に上空には魚が沢山泳いでいる。
「はあ?」
思いっきり叫んで体を起こすと、見知らぬ人が数名俺を囲んでいた。
「あ、起きたね。大丈夫かい?」
お婆さんが俺の頭をさすって言った。
「誰だよ?」
急な展開に驚き、俺はその手を振り払った。
他の人たちは心配そうに俺を見ている。
「てか、ここ何!?どうなってんの?」
ここはどうやら海の中の様だった。
海の中に建物がそびえ、人々もそこで暮らしている様だ。
この空間自体が大きなシャボン玉の中にいるようだ。
「ああ、驚くだろうね。ここは海の中だけれど空気の膜で水が入らない様に保っているんだ。
酸素は機械で作り出して、二酸化炭素は排出溝から出される様になっているんだよ。」
おじさんが丁寧に説明をしてくれた。
「は?すっげーな!じゃあ、海の中で皆生活できてるって事?」
百聞は一見に如かずとはこう言う事だろう。
話だけだと到底信じられないが、自分の目で見たからには信じざるを得ない。
幼い女の子が俺の頭をそっとハンカチで拭った。
「血が出てます。大丈夫ですか?」
俺は礼を言ってハンカチで出血部分を抑えた。
最初に手を振り払ってしまったお婆さんが静かに言った。
「ここはね、もう終わりなんだよ。地上は噴火の影響で殆どの地面を失った。
だからここに逃げるしかなかったけど、この世界線は収束に向かってる。」
世界線?何の話だかよく分からないが、収束したらどうなるのだろうか。
俺の考えを読んだかの様に、お婆さんは話を続けた。
「世界線が収束したら、皆無に帰るんだよ。
でも別の世界線から人が来てくれて、私たちを観測してくれた。
それでもう、私達は幸せなんだよ。」
「え、皆死ぬって事?」
俺は周りの人の目を見たが、皆澄んだ目をしていた。
「無、だよ。」
こんな非常識な世界なのに、目の前の人にそう言われて急に胸が苦しくなった。
立って見ていた男性がゆっくりと告げた。
「あなたは、別の世界線から来た通称トラベラー。もう直ぐ帰して貰えるから、
安心して待っててね。」
俺は意味がわからず、口を開けたまま言葉が出なかった。
この人たちは目前に死、いや無が迫っているのに
何故こんなにも穏やかな目をしているのだろうか。
「…よくわかんないけど、じゃあさ!俺の世界に来れば?」
頭を巡らせ、俺が精一杯口に出した言葉に皆が微笑んだ。
「世界線の越境は出来ないよ。でも気持ちだけ頂くね。ありがとう。」
「AUPDでーす!通報ありがとうございます。」
そこに現れたのは、2人の男性だった。
住民らは手招きをして俺の事を指差した。
「どうも。アマギリとセイガでーす!」
セイガと言う男が大きな声を出した。
「ちょっと、うるさいですよ。」
アマギリが嗜めながら続けた。
「あなたは今まで世界線Aにいたとします。で、今いるのが世界線Z。
つまりあなたは今、世界線を越境してしまっています。それを移送するのが我々です。」
数学の様な堅苦しい説明に混乱しつつも、
俺は別の世界にいる事だけは明確に理解できた。
「でも移送するのは世界線A+。今の記憶を持ったお前を戻すと世界線Aが矛盾崩壊する可能性があるからな。
A+は限りなく今までの世界線に近い世界線だ。喧嘩上等の世界には変わりねえ。」
セイガはそう言って俺が抑えていたハンカチを取った。
もう血は止まっていた様で、顔についていた血を丁寧に拭う。
「このハンカチ、没収してもいいかい?」
ハンカチを渡してくれた女の子に許可を取った。
「おい!この人たちも俺と一緒に移送してくれよ!」
俺は先ほどの事を思い出し、必死に2人に伝えた。
でも返ってきた言葉は期待を裏切った。
「この世界線は、収束すると仮定されています。それは自然の摂理。
我々の手でどうこう出来る問題ではないのです。それに…ここの人たちはもう受け入れてますよ。」
アマギリは住民を見渡し言った。
俺は微笑む人たちを見て涙が溢れそうだった。
自分の手で何かを変える事は出来ない事が分かっていた。
「じゃあ、移送しますので。」
そう言ってアマギリが何か装置を操作した。
「俺は、忘れねーから!一生!あんた達の事!」
最後に発した言葉を聞いて、
心底嬉しそうな表情をする皆んなの顔が徐々に薄くなっていった。
「おらあ!」
頭を殴られ倒れ込んだ俺に、金髪の男は俺の腹を蹴った。
ああそうだった。俺は今喧嘩中だったんだ。
じわじわと痛みが体を伝い、次に沸々と怒りが湧いてきた。
素早く立ち上がり、相手の顔を目掛けて蹴り上げた。
どん、と衝撃が走り相手は吹き飛ばされて倒れた。
「大丈夫か!?」
他のヤツを倒した仲間が、俺を囲む。
「ああ…、俺らの勝ちだな。でも…ちょっと、1人になりてえ。すまん。」
俺はそう呟いて歩き出した。
先ほどの光景は頭を打たれた事による幻覚だったのだろうか。
だが妙にリアルで、あの空気感も皆んなの微笑みも脳裏に焼き付いていた。
俺があの世界を「観測」したから、嬉しいとかそんな事も言っていた。
本当に何だったのだろうか。
「きゃ、」
その声と同時に俺の方に何かがぶつかった。
「わ、すまん。大丈夫か?」
目の前でよろける女性を抱えて謝った。
だが、その彼女を見て俺は息をする事さえ出来なかった。
彼女だ、いつも遠くから電車で見ている彼女が、目の前にいる。
「あ、こちらこそすみま…!」
そこで彼女の顔が驚きと恐怖に変わるのを間近で見た。
喧嘩帰りで制服は土まみれ、拭ったとは言え頭から血は出ていたし
顔にも殴られた跡もある。
そりゃあこんな男に近づいたら怖いだろう。
そっと手を離し、深くお辞儀をした。
だがそこで脳がおかしくなった。
「あの、ずっと好きでした。」
心の中では「ぶつかって、すみません。」と言ったつもりだったが、
実際に出てきた言葉は今までの思いの丈だった。
「え?え?」
やってしまった。
俺はそのまま下を向いて「どうか時間よ戻れ」と顔を赤くしていた。
「あの、すみません、喧嘩する人はちょっと…」
彼女はそう言って走って逃げた。
「まあ、そうだよな~……。」
ようやく頭を上げ、俺は天を仰いだ。
純粋そうなあの子には、
喧嘩上等、オールバックの悪い男より、もっとちゃんとしたいい男が似合ってる。
不釣り合いな恋愛も、夢を見させて貰えただけありがたい事だった。
「全部見ちゃった…。」
後から唐突に仲間の声がして振り向いた。
そこには先ほどまで喧嘩していた仲間が揃っており、
助けた1年坊主達は気まずそうに明後日の方向を向いていた。
「どうしても1年が礼を言いたいって来て見たらよう…。」
皆必死に笑いを堪えながら、こちらを向いている。
先ほどの光景を全てこいつらに見られていたのだ。
考えただけで穴があったら入りてえ。
俺は顔が真っ赤になりながら、叫んだ。
「うるせーーーーー!殴るぞてめえら!」
まあ地元では有名なバカ高校で、
「碌な奴はいない」「頭がおかしい」「喧嘩だけは強い」
そんな下世話な評判の高校だった。
俺もテストとか勉強とか、
全くしてこなかったので入れる高校なんてここしかなかった。
入学式ではリーゼントやオールバック、長髪や刈り上げ姿の男達が
右を見ては左を見てはとメンチを切りまくっていた。
ヤクザの学校かよ、と思うほどのメンツばかりで、幸先が不安になった。
ただ、そんな奴らでも
他校との喧嘩になれば共に戦う戦友になるし、皆根は優しい。
自分たちの仲間がやられたらやり返す。
たったそれだけの事だが、自分が痛い思いをしてでも仲間を思い喧嘩をするのだ。
一度仲良くなってしまえば、皆がダチだ。
クラスの中で大体5人組くらいのグループが出来、リーダーみたいな奴がいる。
そんなリーダー同士で揉める事もあるが、喧嘩で勝った方がリーダーになる。
そうしてどんどん勢力が増していくのだ。
俺は根っからの悪童で、昔から喧嘩しか取り柄がない。
なので必然的にクラスの中心のリーダーになっていたし、
別の高校の生徒からも恐れられる様になっていった。
ただ慕われるのは良いが、取り巻きみたいな事をするやつは嫌いだった。
ダチ同士、一緒のレベルで上も下も関係ない。
俺がそう言った性格なので、自然とクラスの皆も上下関係なく平等になっていた。
「ウサギ、単位やばくね。」
俺は久々に登校した男に声をかける。
そいつは兎谷(うさぎだに)と言った珍しい苗字で、皆からはウサギと呼ばれている。
「ヨウさん、久しぶり~。ちょっと怪我して登校出来なかったんですよね~。」
ウサギは頭に包帯、頬にも大きなガーゼをつけており、右足がギブスに巻かれていた。
「おい、オメー誰にやられた?」
俺の凄んだ声に一瞬クラスが静かになった。
喧嘩の気配を感じると皆がピリピリし出すのだ。
「…いや…、あのー。藤が丘高校の2年です。
俺が悪いんすよ、そいつらの中の誰かの彼女寝とっちゃったみたいで。」
そこで聞き耳を立てていたクラス全員が笑った。
「ばあーか!マジで自業自得じゃねーか!ははは!」
普通なら敵討とでも言い、喧嘩しに行くものだろうが、
付近の高校間で明確なルールが1つだけある。
それは「女性に絶対に手を出さない事」。
女性を人質に取るのも厳禁。
喧嘩に巻き込むなんて事は絶対にしない。
ましてや人の彼女を寝取るのなんてもっての外だ。
女性を理由に仕返しの喧嘩をふっかけるのも禁止されている。
何代目か前のリーダー達が、ここらの地域でそれを厳格にルール化した。
それは他の高校にも勿論伝わっている。
代々継がれたこのルールを破るものは殆どいない。
それは漢としてやってはいけない事だと皆が理解しているからだ。
ウサギは机を叩きながら、熱弁した。
「いや、知らなかったんだよ。ホントに!
てかカヨちゃんが誰とも付き合ってないって嘘ついてたんだよ~!」
俺はそんな様子を見て笑った。
「カヨちゃんが誰だかしらないが、相当な悪女だなあ。」
クラスの1人が教科書を細かく破いてウサギに振りかけた。
「祝!失恋!どんまいー!」
その様子にクラス中が笑った。
「ああ~行きたくね~。」
俺は目覚ましを止めて洗面所に向かった。顔を洗って歯を磨く。
そしてポマードを使いオールバックの髪型にセットした。
地元の中学では、高校に行かずそのまま就職した奴らも多い。
だが俺は進学の道を選んだ。
中卒では働き口が一気に狭まる事を知っていたからだ。
将来の事なんて未知過ぎて頭に浮かばない。
でも一応高校までは卒業しておきたかったので今こうして支度をしている。
母は仕事でもう出掛けていた。
喧嘩ばかりの息子に愛想が尽きた様で、今ではあまり会話もしない。
だが、高校の学費は出してくれているので、そこは有り難く思う。
改札を通り抜け、あくびをしながら電車に乗った。
そして次の駅に停車した時、彼女が電車に乗ってくる。
俺は少し遠い所から彼女を目で追った。
話しかけた事もない。
彼女の名前すら分からない。
制服で高校名は分かるけど、彼女も俺を知らない。
俺は彼女に一目惚れをしていた。
毎朝、一緒の電車に乗る。それだけで幸せだった。
遊び目的の女なら沢山いるのだが、彼女はそうではない。
そうなりたくない、させたくない。
不良が何を言っているのだ、と思うだろうがそれでいいのだ。
見て、嬉しく思う、それだけで十分だ。
…でも欲を言えば、名前くらいは知りたい所である。
無事本日の授業を終えて、隣町へ仲間と遊びに行った。
今日は新しく出来たラーメン屋へ行く予定だったのだ。
だが、近くの公園から怒声や呻き声が聞こえ、皆走り出した。
公園に着くと、自分たちと同じ制服を着た3人組が、
他校の生徒に殴られているのを目撃した。
「おい!お前ら1年か!?」
直ぐに相手を殴り倒し、倒れている男に声をかけた。
「1年です。急に…からまれて…。」
そう言って立ち上がりながら鼻血を拭った。
相手は5人。
俺たちは5人+1年の3人。
数で勝負するのは卑怯だが、急にからんだ奴らが悪い。
「てめえら覚悟しろや!」
俺の怒声と共に、仲間達が瞬時に動いた。
「あ?お前がリーダーか?」
金髪のブレザー服の男が俺を指差した。
多分こいつがこの中のボスだろう。
「ああ、こいや!」
リーダーは1対1で戦う。これも我々のルールだった。
俺はそいつの顎下に行き、拳を上に挙げた。
ゴキ、と手の甲が骨にぶつかる感触がする。
だが、それと同時に何か地面に引っ張られる様な感覚がした。
それは気のせいではなく、何故か目の前がくらりと反転する。
その間に頭でも殴られたのだろうか、少し意識が遠くなるのを感じた。
気がついた時、俺は奇妙な空間に来ていた。
仰向けになり空を見上げている筈が、水族館の様に上空には魚が沢山泳いでいる。
「はあ?」
思いっきり叫んで体を起こすと、見知らぬ人が数名俺を囲んでいた。
「あ、起きたね。大丈夫かい?」
お婆さんが俺の頭をさすって言った。
「誰だよ?」
急な展開に驚き、俺はその手を振り払った。
他の人たちは心配そうに俺を見ている。
「てか、ここ何!?どうなってんの?」
ここはどうやら海の中の様だった。
海の中に建物がそびえ、人々もそこで暮らしている様だ。
この空間自体が大きなシャボン玉の中にいるようだ。
「ああ、驚くだろうね。ここは海の中だけれど空気の膜で水が入らない様に保っているんだ。
酸素は機械で作り出して、二酸化炭素は排出溝から出される様になっているんだよ。」
おじさんが丁寧に説明をしてくれた。
「は?すっげーな!じゃあ、海の中で皆生活できてるって事?」
百聞は一見に如かずとはこう言う事だろう。
話だけだと到底信じられないが、自分の目で見たからには信じざるを得ない。
幼い女の子が俺の頭をそっとハンカチで拭った。
「血が出てます。大丈夫ですか?」
俺は礼を言ってハンカチで出血部分を抑えた。
最初に手を振り払ってしまったお婆さんが静かに言った。
「ここはね、もう終わりなんだよ。地上は噴火の影響で殆どの地面を失った。
だからここに逃げるしかなかったけど、この世界線は収束に向かってる。」
世界線?何の話だかよく分からないが、収束したらどうなるのだろうか。
俺の考えを読んだかの様に、お婆さんは話を続けた。
「世界線が収束したら、皆無に帰るんだよ。
でも別の世界線から人が来てくれて、私たちを観測してくれた。
それでもう、私達は幸せなんだよ。」
「え、皆死ぬって事?」
俺は周りの人の目を見たが、皆澄んだ目をしていた。
「無、だよ。」
こんな非常識な世界なのに、目の前の人にそう言われて急に胸が苦しくなった。
立って見ていた男性がゆっくりと告げた。
「あなたは、別の世界線から来た通称トラベラー。もう直ぐ帰して貰えるから、
安心して待っててね。」
俺は意味がわからず、口を開けたまま言葉が出なかった。
この人たちは目前に死、いや無が迫っているのに
何故こんなにも穏やかな目をしているのだろうか。
「…よくわかんないけど、じゃあさ!俺の世界に来れば?」
頭を巡らせ、俺が精一杯口に出した言葉に皆が微笑んだ。
「世界線の越境は出来ないよ。でも気持ちだけ頂くね。ありがとう。」
「AUPDでーす!通報ありがとうございます。」
そこに現れたのは、2人の男性だった。
住民らは手招きをして俺の事を指差した。
「どうも。アマギリとセイガでーす!」
セイガと言う男が大きな声を出した。
「ちょっと、うるさいですよ。」
アマギリが嗜めながら続けた。
「あなたは今まで世界線Aにいたとします。で、今いるのが世界線Z。
つまりあなたは今、世界線を越境してしまっています。それを移送するのが我々です。」
数学の様な堅苦しい説明に混乱しつつも、
俺は別の世界にいる事だけは明確に理解できた。
「でも移送するのは世界線A+。今の記憶を持ったお前を戻すと世界線Aが矛盾崩壊する可能性があるからな。
A+は限りなく今までの世界線に近い世界線だ。喧嘩上等の世界には変わりねえ。」
セイガはそう言って俺が抑えていたハンカチを取った。
もう血は止まっていた様で、顔についていた血を丁寧に拭う。
「このハンカチ、没収してもいいかい?」
ハンカチを渡してくれた女の子に許可を取った。
「おい!この人たちも俺と一緒に移送してくれよ!」
俺は先ほどの事を思い出し、必死に2人に伝えた。
でも返ってきた言葉は期待を裏切った。
「この世界線は、収束すると仮定されています。それは自然の摂理。
我々の手でどうこう出来る問題ではないのです。それに…ここの人たちはもう受け入れてますよ。」
アマギリは住民を見渡し言った。
俺は微笑む人たちを見て涙が溢れそうだった。
自分の手で何かを変える事は出来ない事が分かっていた。
「じゃあ、移送しますので。」
そう言ってアマギリが何か装置を操作した。
「俺は、忘れねーから!一生!あんた達の事!」
最後に発した言葉を聞いて、
心底嬉しそうな表情をする皆んなの顔が徐々に薄くなっていった。
「おらあ!」
頭を殴られ倒れ込んだ俺に、金髪の男は俺の腹を蹴った。
ああそうだった。俺は今喧嘩中だったんだ。
じわじわと痛みが体を伝い、次に沸々と怒りが湧いてきた。
素早く立ち上がり、相手の顔を目掛けて蹴り上げた。
どん、と衝撃が走り相手は吹き飛ばされて倒れた。
「大丈夫か!?」
他のヤツを倒した仲間が、俺を囲む。
「ああ…、俺らの勝ちだな。でも…ちょっと、1人になりてえ。すまん。」
俺はそう呟いて歩き出した。
先ほどの光景は頭を打たれた事による幻覚だったのだろうか。
だが妙にリアルで、あの空気感も皆んなの微笑みも脳裏に焼き付いていた。
俺があの世界を「観測」したから、嬉しいとかそんな事も言っていた。
本当に何だったのだろうか。
「きゃ、」
その声と同時に俺の方に何かがぶつかった。
「わ、すまん。大丈夫か?」
目の前でよろける女性を抱えて謝った。
だが、その彼女を見て俺は息をする事さえ出来なかった。
彼女だ、いつも遠くから電車で見ている彼女が、目の前にいる。
「あ、こちらこそすみま…!」
そこで彼女の顔が驚きと恐怖に変わるのを間近で見た。
喧嘩帰りで制服は土まみれ、拭ったとは言え頭から血は出ていたし
顔にも殴られた跡もある。
そりゃあこんな男に近づいたら怖いだろう。
そっと手を離し、深くお辞儀をした。
だがそこで脳がおかしくなった。
「あの、ずっと好きでした。」
心の中では「ぶつかって、すみません。」と言ったつもりだったが、
実際に出てきた言葉は今までの思いの丈だった。
「え?え?」
やってしまった。
俺はそのまま下を向いて「どうか時間よ戻れ」と顔を赤くしていた。
「あの、すみません、喧嘩する人はちょっと…」
彼女はそう言って走って逃げた。
「まあ、そうだよな~……。」
ようやく頭を上げ、俺は天を仰いだ。
純粋そうなあの子には、
喧嘩上等、オールバックの悪い男より、もっとちゃんとしたいい男が似合ってる。
不釣り合いな恋愛も、夢を見させて貰えただけありがたい事だった。
「全部見ちゃった…。」
後から唐突に仲間の声がして振り向いた。
そこには先ほどまで喧嘩していた仲間が揃っており、
助けた1年坊主達は気まずそうに明後日の方向を向いていた。
「どうしても1年が礼を言いたいって来て見たらよう…。」
皆必死に笑いを堪えながら、こちらを向いている。
先ほどの光景を全てこいつらに見られていたのだ。
考えただけで穴があったら入りてえ。
俺は顔が真っ赤になりながら、叫んだ。
「うるせーーーーー!殴るぞてめえら!」
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